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「Please make the world with me」
〜2007.12.17 蛮ちゃんお誕生日SS〜



2.


宴会の方は、やっとどうにかお開きになったものの。
さあ、お次はカラオケやでー!と、どこまでも元気な笑師〈既に声はがらがら状態だが〉に引っ張られ、やれやれと仕方なく絨毯の敷き詰められた廊下を歩く。
いったい何時になったら寝かせてもらえることやらと、溜息をつく銀次の足取りは重い。

いや、決して楽しくないわけではないのだけれど。
実際、無限城の面々とこうして食べたり遊んだりなど、昼夜関係なく戦いに明け暮れていた昔の自分たちには想像も出来なかったことだし。
それに、一時はばらばらになってしまったVOLTSのメンバーと、再びこうして一緒にいられることは、何とも感慨深いものがあって。
昔も今も変わりなく銀次の回りにいてくれる彼らには、本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。
あんな風に、捨てるみたいに無限城を出てきてしまった自分を、こうして赦してくれている。
…ただ。

(蛮ちゃん、あれからどうしたかなー。卑弥呼ちゃんと、どこ行っちゃったんだろ…)
どうしても今考えてしまうのは、そんなことばかり。
二人で出て行ってしまったきり、宴会場にはついに戻ってこなかったし。
いつのまにか、マリーアやら波児たちの姿も見かけない。
(一緒にいるのかな、蛮ちゃん。それとも波児さんたちとは別行動で、卑弥呼ちゃんと二人きりでいるのかな。二人でお酒とか飲みながら、ゆっくり話したりしてるのかな…)

たとえば、今後のこととか。
たとえば、今後は兄妹水いらずで一緒に暮らしてみようか、とか。
だって、家族なんだし。
やっぱ一緒にいるのが自然じゃないだろうかと、どうしても考えてしまうのだ。
(もしかして。俺がそのことへの障害になってる…?)
なんて、つい、そんなことまで心配になってきて。
おかげで皆に囲まれながらも、口を開けば出るのは溜息ばかり。
我ながら、そんな自分にうんざりする。

「美堂くんなら、ラウンジだそうですよ」

「…え?」
「波児さんやマリーアさんや、ヘヴンさんたちもご一緒のようです。女性陣を美堂くんと波児さんで独占していると、さっき笑師がこぼしてましたから」
「…カヅッちゃん」
穏やかに告げられた言葉に、銀次がはっとなり、驚いたように琥珀を見開いて花月を見る。
「あ、えと。俺、別に」
気になってるとかそういうんじゃなくて、とつい言い訳しそうになって口を噤めば、花月がそれにふわりとした笑みを返す。
「そろそろいいんじゃないですか?」
「え…。ど、どういう意味?」
「美堂くん、かなり苛立っているようですよ。行ってあげた方がいいんじゃないですか?」
「カヅッちゃん?」
「あちらはあちらで、銀次さんが僕たちとばかりつるんでいるのが、どうやらお気に召さないようです」
さらりと言って、まったく貴方がたはと言わんばかりに細い肩を竦める。
銀次が、さもバツが悪そうな顔で花月を見つめ、首を縮めた。
「もしかして、カヅッちゃん。いろいろお見通し?」
「それはもう」
「そ、それはもうって」
いったい何を知られてるんだろう?と冷や汗たらたらな銀次の顔に、花月が可笑しそうに笑みをこぼす。
あれだけ明らさまにしておきながら、今更。
それでも気付かれていないと思っているあたり、何とも銀次らしい。
くすくすと笑まれ、銀次が拗ねたように鼻の上に皺を作った。
子供のようにくるくる変わる表情に、花月がさらに漆黒の瞳を細める。
ふと、何かを思い出したようにその瞳が陰った。
遠くを見つめるような眼差しになる。

――とはいえ。昔の銀次は、こうではなかった。
痛みも苦しみも、誰にも見せることはしなかった。
感情の揺らぎを胸の内とポーカーフェイスの下にすべて隠して、押し殺して、心配ないよと微笑む銀次を痛々しいとさえ思っていた。
そんな銀次に、何も出来ない自分を歯痒いとも。
それが、今はこれほど。

「わかりやすいですから。銀次さんは」
にこりと告げれば、"それって俺が単純バカってこと??"とやや憤慨したような応えが返ってくる。
「とても素直で、見ていて気持ちがいい、ってことですよ」
「ふぅん?」
今ひとつ納得できないような銀次の顔に、花月が華奢な拳を口元にもっていき、また笑う。髪が揺れて、鈴の音もころころと笑っているみたいだ。
きっと、銀次にはわからない事だろうけれど。
今でも、銀次が花月にとっての一番であることに変わりはない。
他にどれほど大事な人がいようと、出来ようと。
かつて四天王と呼ばれた者たちにとって、銀次が今でも絶対的に特別な存在であることに変わりは無いのだ。

だからこそ。
美堂蛮には、未だ複雑な感情を抱いてしまう。
こんな風に心のままに、銀次の言葉や表情を引き出せる唯一である事が、妬ましくもあり、憎らしくもある。
さらには、こんな憂いだ顔をさせるなどと。

「でもねえ、カヅッちゃん。俺は」
「おや。噂をすれば」
銀次の言葉を遮るように言うと、花月が突き刺すような視線を感じて前方を見遣る。
精彩な紫紺と合って、つい睨めば、跳ね返すように睨み返された。
長い廊下の向こうからやって来る、他の泊まり客とは明らかに毛色に違う一団に、銀次が思わずびくりとなる。
うわぁっどうしよう!と慌てる様は、まるで散歩の途中で犬に出くわしてしまった子猫みたいだ。
「おやまーっ、蛇ヤローはん! まさしく両手の花やないかっ、うらやましいっ」
ひやかすようにはしゃいだ笑師の台詞に、地を這うような低い不機嫌な声が返ってくる。
「…片方はドライフラワーで、片方は刺だらけだがよ」
「ちょっとそれ、どういう意味よ! 蛮っ!」
「あらぁ、ひどいわねー、蛮ったら」
両側で憤慨する卑弥呼とマリーアを尻目に、いい加減うんざりした様子の蛮が、無限城グループの面々に取り囲まれ、まるでその中心で護られてでもいるような銀次を、ぎろりと睨む。
いきなり睨まれ、びくうっ!となる銀次を、まださらにしつこく睨んでいる蛮に、やれやれと肩を落としながら、取り成すように波児が尋ねた。
「ところで。お前さんたちは、これからどこに行くんだ?」
「あぁ、地下一階のカラオケバーでっせ! なんたって、これから閉店までは、貸ーしー切ーりっv! 思いきり歌うでえ〜! あ、よかったら皆さんも一緒に行きまへん? 数が多い方が、断然っ盛り上がりますさかいっ」
「けど私たち、これから熱血卓球大会なのですっ! 笑師さんたちもよかったら一緒にやりません!? 楽しいですよ、卓球!」
波児の横から夏実がひょこっと顔を出し、握り拳で気合たっぷりに笑師に言う。
「ね、ねっけつ? たっきゅー?」
「そうなのです、やはり温泉といえば卓球なのです!」
「へええぇ?」
「へえじゃありませんよっ! せっかく温泉に来て、卓球しなくてどうするんですかっ! カラオケなんか、いつでも出来るじゃないですかっ」
「まー、そらそうやけど」
卓球もいつでも出来る気がしたが、反論するとやぶさかではない事態に突入しそうなのでやめておく。
「どうします、銀次はん?」
「え?俺!? いや、俺に聞かれても、ええっと」
いきなり意見を求められ、皆にいっせいに振り返られて、銀次がぎょっとしたように俯きがちになっていた顔を上げる。
が。上げるなり、またしても紫紺にぎろりと睨まれて、思わずびくっとなってしまう。
「あ、俺は別にその、どっちでも! っていうか、みんなの行きたい方でいいよ、うん」
慌てて笑顔を取り繕ってそう言えば、笑師がうーむと考えるポーズを取る。
「ほんじゃあ、せっかくの夏実ちゃんのお誘いやし、みなさん先に卓球に行きまひょか〜? そんでいいでっか、銀次はん?」
今度は同意を求められ、慌ててこくこくと肯いてから、いいよね?というように、さらに同意を求めて花月に視線を向ける。
花月が肯き返したところで、笑師が掛け声を上げた。
「ほいじゃまあ、皆で卓球大会に繰り出しましょお! えいえいおー」
「おー」
と、付き合いでつい言ってみれば。
その途端。
前方から、ぐさ!と突き刺さるような勢いの目線を感じて、銀次が慌てて前を向き直る。
(ひええっ!?)
心の中で悲鳴を上げたと同時に蛮が動き出し、怖い顔のまま、ずかずかと大股早足で近づいてくる。
そして、銀次の回りの人間を排除するように乱暴に掻き分けると、目前まで来るや、やおらぐいっと銀次の手首を強く掴んだ。
「うおっ!?」
"こ、殺される!?"とでも言いたげな顔でビビる銀次に、むっとしたような舌打ちを一つ落として、蛮が掴んだ銀次の腕をぐいぐい引っ張り、歩き出す。
「うわ、ちょ、ちょっと蛮ちゃんっ!?」
ずるずると後ろ向きのまま、反対方向へと引き摺られ、銀次が思わずじたばたする。
「テメエは、こっちだ!」
「こ、こっちって!」
「うるせえ、黙ってついてこい!」
「っていうかあの、俺、後ろ向きなんで、あ、あぶないんですがっ」
「知るか」
「知るかって!」
「ちょっと、蛮っ!? どこ行くのよッ!」
「銀次さん!?」
銀次を引き摺って行く蛮の後ろ姿と、ずるずると大人しく引き摺られている銀次に、一同がさも唖然とした顔でそれを見送る。
いきなり拉致されてしまった銀次を心配するような花月の顔に、銀次が大丈夫だよ〜という半笑いの笑みを返して、掴まれていない方の手をひらひらと振った。
「ちょっと待ちなさいよ、蛮! 今度は、卓球で勝負するんじゃなかったのっ!?」
「夏実に相手してもらえや。俺なんぞより、ずっと手強ぇぞ」
「まかせてくださいっ! 蛮さんの分も頑張りますっ」
「おう、頼んだぜ」
「え、ちょっと、アンタねえ…!」
尚も言い募ろうとする卑弥呼の肩をそっと制して、にっこりと大人の笑みを浮かべ、ヘヴンが言う。
「まあまあ、いいじゃない。そろそろ水入らずにしてあげたら?」
「な…! 何、キモチ悪いこと言ってんのよっ、『仲介屋』! 男同士で水いらずも何も…!」
「まぁまぁ。男同士ったって、彼らはほら。いっそ夫婦みたいなモンだしねぇ?」
「ふ…!!」
余りな台詞に驚きのあまり、酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせる卑弥呼の腕を取り、まだ固まっている皆に向かい、ヘヴンがにこやかに音頭を取る。
「はいはーい! ささ、じゃあ皆さん行きましょう! 熱血温泉卓球大会っ!!」
「はいっ! 張り切ってまいりましょう!」
夜が深まっても尚元気いっぱいの夏実と、再び"おーっ"と歓声を上げた一団を見遣り、波児が"若いねぇ、オマエら…"と、げっそりと肩を落として息も落とした。










3につづく(涙)
や、やっと本題に入ってきた…。
蛮ちゃん、がんばって!