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「Please make the world with me」
〜2007.12.17 蛮ちゃんお誕生日SS〜



1.


「…賑やかだなぁ…」
溜息と一緒にこっそりと落とした呟きは、自分でもよく聞こえない。
宴会場である大広間は、いやもう、それはそれは大変な賑わいなのである。
季節柄。たぶんどこの宴会場も、きっとどうせこんなものだろうから。
迷惑にはならないだろうけど。
それにしたって、まあ。
ちょっとみんなはしゃぎすぎだよーと、苦笑混じりに銀次が思う。

でも、ま。
いっか、たまには。
こんなこと、そうそうあることじゃないし。


たぶん、これが本年最後の大仕事だろうという、チームを組んでの大掛かりなミッションは、本日を以って無事任務完了。
奪還品の絵画は、依頼人であるこのホテルのオーナーへと届けられた。
初老の彼は、彼が幼い頃に屋敷から何者かによって持ち出されたらしい、その絵の美人に長く恋患ってきたとかで。
約五十年ぶりの対面に、それはもう感動しきりで。
〈金額の詳細は明らかにされていないが、どうやら何億という価値のつく日本画らしい〉
せめてものお礼にと、報酬とは別に人数無制限・大型送迎バス付きで持て成してくれるというので、元々仕事に関わっていた奪還チームに加え、裏新宿から運ばれてきた人間がどんどん合流してき、人数はあれよあれよという間に10倍にまで膨れ上がってしまった。
こりゃあまるで忘年会を兼ねたどこぞの会社の慰安旅行ってカンジだなあと、ちゃっかり混じってやってきた波児が呆れたように言っていたけれど。
集まってきた顔ぶれを見渡せば、社員旅行というにもあまりにも異様でアヤシげで。
さらにはそこに夏実やマリーアまで加わっているから、いったい何の団体なんだと周囲が怪しみいぶかしむのにも肯ける気がする。


それでも。
やっぱり、たまにはいいよ。
こんな風に、裏新宿を離れて皆で集まるなんて、滅多にない機会だし。
美味しい料理と、美味しいお酒。
お持て成してくれる、きれいなおねえさんたち。
何より、とにかくみんな楽しそうだし。


目の前の御馳走を箸でつつきながら、銀次が朔羅の隣で笑っているマクベスをちらりと見遣る。
彼が無限城から出て、こんな風にみんなの中で無邪気に笑っているなんて。
なんだか、少し前を思えば信じられないことだけど。
そして、十兵衛と駄洒落合戦を繰り広げている笑師の隣には、亜紋が笑っていて。
そんな十兵衛を、さも困った男だと横目に苦笑する雨流の隣では、花月が笑っている。
士度はマドカと、柾はヘヴン。叶の隣には火生留。
それぞれ楽しそうで、幸せそうだ。
自分だけの大切な人がそばにいて、満ち足りた笑みを浮かべている。
そして。

(卑弥呼ちゃんの隣には、蛮ちゃん――)

憂いだ呟きは、心の奥の奥で。
銀次が、視線だけをちらりと動かす。
何の話をしてるんだろう。周囲が賑やか過ぎて、まったく聞こえないけれど。
笑っている卑弥呼と、眉を顰めさせながらも苦笑を浮かべる蛮。
だけどもその苦そうな笑みが、決して悪い気分ではない時の笑みだということを銀次はよく知っている。
だからこそ。
なんだか近寄りがたくなってしまった。戻るのは憚られた。
そう。今、卑弥呼が坐っているそこは、もともとは銀次の席だったのだ。
当然のように、蛮の隣。
だが、ちょっとトイレーと広間を出て、すぐ近くのトイレに向かえば、そこには猛烈に具合の悪そうな男がいて。
大丈夫ですかと介抱して、隣の宴会場の客だと知って送り届けたら、まあキミよかったらお礼に一杯などと誘われ、断り切れず。
じゃあ一杯だけーとビールを頂き、当然一杯では済まされず。
よろよろしながら戻ってみれば。
自分の席が無くなっていた、というわけなのである。
…まあ、よくある話ではあるけれど。

(もしかして。俺って、要領悪い?)

一番上座にいた蛮の隣に卑弥呼が坐ったので、まさか席のない方側にちょこんと坐るわけにもいかず、適当に空いた席を探して坐ったら、瞬時にしてマクベスの部下の少年たちに周囲を取り囲まれてしまった。
いったい何ごとかと思えば、無限城の少年王直属の部隊だそうで、〈只今彼の手足となり動ける少年たちを育成中らしい〉銀次も覚えのない新顔だらけだ。
次から次から挨拶に来てくれるのだけれど、はっきり言って似たようなアイドル系の顔が多くて〈選考基準は何なのだろう…〉、もともと人の顔を覚えるのはそう得意な方ではない銀次は、すぐに誰が誰かさっぱりわからなくなってしまった。
しかも、尊敬と憧れのきらきらした眼差しを向けられ、むやみに褒め称えられ、どうにも居心地が悪い。
何やら、今日のこの宴会の席を獲得するのにも、激しい争奪戦があったらしい。〈いったい全部で何人いるんだろう…〉
「いやもう、みんな大変だったんですよ! 生雷帝…いや天野さんに会えるって、そりゃもう大騒ぎで!!」
「…いやあの。俺、そんな大した人間じゃないんだけど」
しかも、ナマ雷帝って。
「何言ってるんですかっ! 俺たちにとっては、貴方は超憧れの方なんですよっ!! 何ていってもあのマクベスが敬愛してやまない方なんですからっ!!」
「…はあ」
口々に言われ、うんうんと強く肯かれ、しまいには次々と握手まで強請られ、銀次が思わずたじたじとなる。
やれやれ。
いったいマクベスは、常日頃、彼らにどんな風に銀次のことを話して聞かせているのやら。
だが。
今や無限城の伝説となりつつあるらしい『雷帝とVOLTS』のことは、彼らにとってはもう伝え聞いた話の中でしか知り得ないことなのだ。
(まだ、たかだか数年前のことなんだけどね…)
今もあの城は、犯罪と悪の温床となっている危険な場所には違いないのだが。
ロウアータウンの人々が、中層階からの襲撃に怯えるようなことはない。戦いに明け暮れることも。
かつての『地獄』としか言い様のなかった無限城を、この少年たちは知らない。
それはそれで、きっと良いことなのだろうけれど。
一抹の寂しさや虚しさを覚えてしまうのは、どうしてなんだろう。

(これが、変わっていく、ってことなのかなぁ…)

ビールの注がれたグラスを手に再びちらりと視線を流せば、今まで見たこともないような楽しげな卑弥呼の笑みがそこにある。
蛮を見つめる、やわらかな眼差し。声をたてて笑っている。
アルコールが入っているせいもあるんだろうけど。とても楽しそうだ。

兄妹とわかってから、二人の関係は少し変わった感じがする。
いや。蛮はさして変わらないようだから、変わったとするなら卑弥呼だろう。
(憑き物が落ちたというか、そういうカンジ…なのかな?)
気が強いのも、喧嘩腰な口調も相変わらずなのだが、どこか甘えているような素振りが見える。
そう考えるなり、銀次の胸の奥はチクリと痛んだ。

「卑弥呼さん、楽しそうですね」
「えっ? あぁ、カヅっちゃん」
いつのまにか傍に来ていた花月が、銀次の視線を辿ってさりげなく言う。
銀次を取り囲んでいた少年たちは、近づいてきた花月の一瞥に怖れを為したようにやや遠巻きになった。
かと思えば、悩ましげな浴衣姿にほう…っと溜息が漏らされる。
それをきれいに袖にして、花月が銀次の隣に腰を降ろした。
「やはり兄と妹だとわかって、美堂くんに対しての気持ちに変化があったんでしょうか。壁が取り払われたというか、随分当たりがやわらかくなりましたね、彼女」
「ん? あぁ、やっぱカヅッちゃんもそう思った?」
「ええ」
「お兄さんだってワカって、もう蛮ちゃんに意地張る必要もなくなったってことなのかな」
瞳を細めるようにしてしみじみ言う銀次の言葉に、花月が"そうですね"と深く頷く。
と、その背後から、やおら不機嫌そうな声が返った。
「やーねぇ、わかってないわねえ、アンタたち」
「んあ? ヘヴンさん」
いつのまにと問うより前に、後ろから二人の肩を抱くように腕を回して、少々ろれつの回っていない口調でヘヴンが言う。
「やっぱ、そーゆーとこは花月くんも男よねぇ。そーでもしなきゃあ、どーにもなんない複雑な女心なんて、どーせ男なんかにゃわっかんないわよねぇ〜」
「やれやれ。飲み過ぎですよ、ヘヴンさん」
花月にたしなめられて、ヘヴンが口を尖らせて反論する。
「言うほど飲んじゃいないわよーだ。けどさ、ちょっとかわいそうよね、レディ・ポイズンも」
急に真顔になって言われ、銀次がさも問いたそうに彼女を見た。
銀次らしい素直な反応に、くすりと笑みが返される。
「だって考えてもみなさいよ。ずっと好きだった男が、実は血の繋がった兄でした、なんてさ。どっかで割り切って、気持ちにふんぎりつけなくちゃやってらんないわよ。もっとも、そんな簡単な話じゃないとは思うけどね」
"ずっと好きだった"という言葉が、改めて銀次の胸に突き刺さる。
ずきりとした鈍い痛み。
わかってはいたけれど。
言葉にされると、結構堪える。

「蛮クンは、どうなのかしらね?」
「…えっ」

考え込むように言われて視線を上げれば、ちょうど卑弥呼が蛮の腕を取り、立ち上がったところだった。
どうやら一緒に宴会場を抜け出そうと、蛮を誘っているらしい。
面食らうほど上機嫌だ。

(…蛮ちゃん)

心で小さく不安げに呼べば、騒々しい中でもそれは蛮に届いたらしく。
離れた席から見上げる銀次を、肩越しに振り返る。
紫紺といきなり目が合い、どきりとなった。
呼び返されたような気がしたけれど、しかし、かと言って、"なーに?"とほいほい近寄っていくわけにもいかず。
戸惑った顔でビールの入ったグラスを手に取れば、卑弥呼に腕をぐいぐいと引っ張られながら、蛮の目線が"テメエも来い"と銀次に流された。
思わず、ぎょっとなる。
(そ、そんなこと言ったって、一緒になんて行けるワケないじゃん! 卑弥呼ちゃん、絶対機嫌悪くなっちゃうしっ!)
心の中でバッテンを出せば、どうやらしっかり通じているらしく、紫紺があぁ?と不服げに眇められた。
(だって、そうじゃんかっ)
頭を下げ気味にしながら〈いつもゲンコが飛んでくる時の顔つきなので、自然とそうなる〉、むむと眉を結んで、ぶんぶんと首を横に振れば、蛮の片眉が上がり、今度は睨むような顔になった。
(そ、そんな怒ったみたいな顔してもダメっ。無理だから!)
心底困ったように、だって俺、二人のおジャマだもん、と声に出さずに口をぱくぱくさせれば、ますます蛮の目が剣呑となる。
"言ってろ、ボケ!"とつっけんどんに返され、あっという間につれなく背を向けられてしまった。
(ぼ、ぼけって…)
呆然としたまま、広間を出て行く背中を見送る。
声を出さずにほとんど目線だけで会話できるのはスゴイけれど、伝わりすぎてしまうのも時には微妙。
心の中を見透かされてるようで、どどーんと落ち込む。
深々と溜息を落とした。
(あーあ。怒っちゃった…)
蛮が何を怒っているのか、今ひとつよくわからないまま。
銀次がしょぼんと項垂れる。

――だけど。
なんだか、こういう時ぐらいは譲らないといけない気がして。
譲るという言い方もなんだか変だし、エラそうだけども。
でも、ずっと自分が蛮を独占して一緒にいることで、彼女は妹でありながら、兄妹としての時間も容赦なく奪われてしまうわけで。
だったら、彼女が『兄との時間』を奪還したところで、それはきっと正当なことで、自分が口を挟めることじゃないとも思うから。
それに。もしかすると、兄妹水いらずで暮らしたいとか。
そういう望みもあるのかもしれない。
気の強い彼女だから、そんなことは自分から口に出来ないだろうけれど。
言い出せずにいるだけで、ずっと抱えているのかもしれない。
もしかしたら、蛮自身も――。

(蛮ちゃん、もしかして。俺なんかといるよりも……)

「銀次はん、飲んでまっかー!」
突然かけられた景気の良い声に、落ち込みかけていた負の考えを払拭するように、銀次がぱっと顔を上げて元気に返す。
「あ、うん! 飲んでるよ、笑師!」
「なぁんか、元気ありまへんな〜。よっしゃ! ここはイッパツ、ワイが銀次はんを景気づけたるで〜!」
「へっ?」
銀次が、いやあのという間もなく、すっかり酒が回ってさらに舌の滑りがよくなった笑師が、夏木亜紋を引き連れ、前の舞台へと駆け上がる。
宴会場は、さらに大盛り上がりとなった。
やんややんやの大声援に、銀次がビールをこくこくと飲みつつ、やれやれみんな元気だなぁと両の眉尻を下げる。
諦めたように、まあ脱がなきゃいいかーと、苦笑混じりに思った途端。

「いっちばーん、笑師春樹! ぬっぎまーーーす!」

――これだし。
がっくりと肩を落として、見たくなーい見たくなーいと顔を背ければ。
笑師が目聡くそれを見つけ、裸足でぱたぱたと〈ぶらぶらと〉舞台を降りて、嬉しそうに銀次に向かって突進してくる。
「銀次はーん! ちょっと、何顔そむけてますねんっ、失礼やなあ! ほらほら見てんかっ、ワイの超ーせくしーぼでーーー!」
「うわあっ!ちょ、ちょっと笑師やめてよっ! 俺、べ、別に見なくていいからっ! しまっといて、そんなの〜!」
「そんなのって何やねん! 銀次はん、ほんまにつれないわぁ、もう。えいっ、この! みんな見てんか、ほら、ちょんまげ〜っvv」
赤面しながら頭を抱え込むようにするなり、ぽて…とその金色の頭に置かれた、やわらかで生あたたかな感触にびくっとなる。
これって、まさか、もしかして。
「――ぎ、ぎえぇええええーーっ!!」
「えーみーし! よくも銀次さんに…! 許しませんよ! そんなものっ、この絃でちょん切ってくれる…!」
銀次が悲鳴を上げるなり、花月が絃を奮い、飛針が飛び、士度が狼に擬態し、光の拳が襖を突き抜け、マクベスが親衛隊に笑師の捕獲を命じる。
「うわあっ、花月はん、十兵衛はん! ちゃいますがな、じょーだんですがなっ! うぉおお、士度クン、やめてえな〜! じょーくじょーく! ひえええっ〜〜!?」
宴会場はあっという間にどたばたの戦場と化し、騒ぎを聞きつけ、何だかこりゃ面白い出しモノをやってるぞと、他の宴会場から見物にきた客も入り乱れ。
ホテル側が唖然とするほどの、大騒動となってしまった。

…まあ。みんな楽しそうだから、いいんだけどね…。
これで、奪還料からホテルの修理費と備品代差し引きで結局赤字…なんてことにならなければいいんだけどなぁ…。

と、いう銀次の心配をよそに。
宴は、こんな調子でまだまだ果てしなく続いていくようだった。











2につづく(涙)
ごごごめんなさい!
せっかくのお誕生日なのに蛮ちゃん怒ってるし!
この先はらぶらぶです、ええ、らぶらぶ!お誕生日だモン!