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10月18日(火) 夕方

 イタリア本国のクロエや東京の叔父(叔母の妹の夫)に連絡したり、必要な書類を書き込んでいるとすぐに時間は過ぎてしまい、慧が帰ってきた。
「あぁ、おかえり……」
 抱きついてきた慧は、拓海にしがみついて赤毛をゆるゆる。されるままにじゃれつかれているとこずえ姉の視線が怖いが、グロリアに云われたこともあって諌める気にはならなかった。
「こらこら慧ちゃん、えっちなことをするなら制服は脱がないと」
「沙織さん!」
 紅茶を持ってきた沙織を怒鳴りつけるこずえ姉だ。本当に脱ごうとする慧は今度こそ諌めておく。呆れている綾と真っ赤なこずえ妹も来ていたので、こずえ妹を抱き寄せて頭をなでた。
「はい、みんなもおかえりー」
「た、ただいまー……」
 嬉しそうに拓海にひっついている妹の様子に、こずえ姉の表情がほころび、慧が無言で反対側にひっついた。
「こらこら、慧。妬かない、やかない」
「妬いてないよ」
 じゃぁ何だ。綻んだはずのこずえ姉の視線が険しくなってくるが、それでも文句は云わずにテーブル挟んだ対面に座る。苦笑混じりで綾もそっち側に座るので、沙織が紅茶のカップを並べた。
「うーん……」
 こずえ妹を膝の上の乗せるのを断念して、胸で頭を受け止める姿勢になる。
「何年か空けてる間に、こずえちゃんも育ったなぁ。可愛がるのに不都合があるよ」
「そ、そうかな? わたし、そんなに大きくなった?」
「あんなに小さかったこずえちゃんが背も高くなって……ちょっと残念」
「いつまでも子供っぽかったら、拓海が困るでしょうが」
 こずえ姉が苦笑して、慧より大きいバストを揺るがした。
「それに、身長だけじゃないしね。育ったのは」
「……そうだね」
「あ、ぁう……きゅう」
 恥ずかしそうに頬を染めつつ、拓海の胸元を離れないこずえ妹のバストもずいぶん大きい。慧の手前表情をかしこまっているが、拓海内心大喜びだった。紫は当然……もとい、アレはさておいて。双葉や空、春香や立夏や巫女さんもだいぶ大きかったし。下心のある視線を胸元から下げれば、そういえばまだ制服姿だった。
「こずえさんのパンツルックも珍しい気がするな」
「そう? ……いや、そうね。制服でもなければスカートだし」
 拓海はもう着替えている。ちょっと残念、と思いつつ、
「昼に来てたのよね?」
「うん。寮長さんと風紀委員と、あと担任の先生に会ったよ。あんまり好意的じゃなかったけど」
 他のふたりも警戒しているのがこっそり判ったが、特に風紀委員。双葉の側にも云いたいことはあるだろうが、それを抑えているのが伝わってきていた。
「でしょうね」
 苦笑するこずえ姉だ。……何かあったンだろうか。
「クラス委員とは会ってないのよね」
「……云われてみれば」
 何で寮長と会わせておいて、そのクラスのリーダー格とは会わなかったのやら。各自何やら微妙な表情を交わした。
「すとっぷ」
 云いかけたこずえ姉を制する。
「事前情報はない方が、出会いは新鮮だからね。聞かないでおこう」
「……相変わらずね」
 苦笑するこずえ姉に、綾は少しだけ微笑んだ。拓海を賭けて仲良く争っている慧とこずえ姉妹だが、こずえ姉もこずえ姉で慧に負けないくらい、拓海を信じ理解している。
 そこに加わっていないのが、少しだけ寂しい。
「……そういえば慧、恵庭さんに会ったよ」
 口を開きかけた慧だが声が出せない様子だった。頭をなでてやる。
「うん、無理に返事しなくていいから」
 慧には、魔法およびそれに関連した事柄は、一切口にも態度にも出せない呪いがかかっている。
「慧と同じ中学だったって云ってたけど、やっぱりそっち系か」
「まぁ、あのがっこうだからね。……慧さん、相変わらず大変そう」
 慧の身を案じている表情の綾に反して、母親はまったく心配していない様子だった。
「精進しなさいね、慧ちゃん。呪いがかかったままで結婚式なんてことになったら悲惨よ? そっち関係の出席者に挨拶もできない失礼なお嫁さん、とか云われたくないでしょ」
「そのときは、わたしか妹が結婚しますから!」
「本末転倒だろ、それじゃ!?」
 こずえ妹の頭もなでながら(今度は無意識)拓海は吼えるが、こずえ姉も真顔だ。譲れないものならこずえ姉妹にもある。この件に関しては慧の味方な綾が話を逸らした。
「でも、何で恵庭さんまで? 寮とは関係ないよね」
「いや、教会に顔出したらいたんだよ。あんなところに巫女さんがいていいか知らないけど……」
 まぶたを押さえる。
「ひょっとして、あの巫女さんも同じクラス?」
 綾がうなずいて、慧は身動きしない。その程度でもできない、か。
「あーいう恰好でも、寿さん、何も云わんの?」
「宗教的な理由だからと、伝教委員会が許可が出したそうよ。巫女装束じゃないけどそっち系の恰好してる子が他にもいるし。さすがに、バニースーツで通学したいって申請は、民俗的な理由と主張しても通らなかったらしいけど」
「当然だろうがよ」
 どういう民俗だ。月からでも来たンか。
「まぁ、風紀はいい顔してないけどね」
「だろうな」
「それはさておいて。拓海、書類書けたの?」
「あ、あい」
 書いていた書類を沙織に渡す。軽く目を通した義母はうなずいた。
「書類上はこれで大丈夫だけど、審査と手続きには早くても一週間以上かかるから。気長に待ってなさいね」
「あい、よろしくお願いします」
「何の書類?」
「僕んとこの組織が、日本国内でも活動できるよう手続きをね」
 軽くまぶたを押さえて、重要なことを云ってのける。3年近くは日本国内にいる以上、JAJF(日本ジョローチ連盟)や役所にある程度の書類を提出しておかないと、ジョローチとしてもそうでない業態としても活動しにくい。このため、臨時の日本支所なり支店なりの扱いで起業しておき、活動することになった。
 ジョローチとはいえ日本の基準では未成年なので、社長はクロエとしても後見人とか法定整備士とかの問題もあり、その辺りは沙織と信士と冬春辺りが上手く手配してくれることになっている。こずえ姉が身を乗り出した。
「そう、それだわ。拓海のところの組織、わたしたちもいいわよね?」
「待て待て。さすがにそれは控えてくれないと。慧はともかく、こずえさんたちを荒事に連れだすのは気が引けるよ」
「が、がんばるから。いっぱい努力するから」
 ひっついたままのこずえ妹も切実だ。
「……むしろ、カタギのお子さんたちがどーしてあのがっこうにいるのかって気もするけどね」
 帽子をのけて、孫を見る目で拓海はこずえ妹の頭をなでる。きずなや赤音や紫乃はともかく、ジョローチ養成校にどうしてこずえ姉妹や綾まで来ていたのか。
「ジョローチ資格なら取ってるけど」
 綾が小振りな身分証を出した。え、と少し驚くが慧も出す。確かに、JAJF(日本ジョローチ連盟)認定Dランクのライセンスだ。こずえ姉妹は、と見るが持っていないのでかなり残念そうな顔になっている。
「ま、まだ取ってはいないけど、ちゃんと取るわ!」
「わたしたちでも、役に立つから……」
「……あー、こずえさんたち。綾さんも」
 真面目な顔で真面目な声を出すので、こずえ妹でも離れるが慧はひっついたままだ。こずえ姉の視線が怖い。
「僕の立場としては、慧の封印を解いてからでないとイタリアには連れて帰れない。この封印を解かなければ、慧を幸せにできると親御さんに証明できないからというのがひとつ。加えて、慧にもジョローチとしての働きを求めるには、やはり自分の身を守るすべは身につけておいてもらわないといけないのね」
 蹴り足に自信はある慧だが、やはり使い慣れたスキルのが有効だろう。前髪をかき上げる。
「拓海の隣にいたいのか、うしろでいいのかって話だね」
「うん、守る意志と自信はある。だけど、自分でも戦える、最低限のスキルは身につけておいてくれ」
 むぅ、とこずえ姉妹は表情をしかめた。
「……赤音や紫乃には遠く及ばないのは事実ね」
「……でも、がんばる」
 決意を口に出すこずえ妹だ。可愛い可愛いと頭をなでる。沙織も微笑んでいた。
「拓海をいい子に……いえ、いい男に育ててくれたみたいで、嬉しい限りだわ」
 クロエを殺すべきか迷っていたが、どうやらその必要はないらしい。拓海の実力はともかく、志は認めよう。
「そう云う沙織さんこそ、慧をこんなに綺麗に育ててくれて」
 慧の頭もなでつつ笑う拓海だ。
「そーよぉ、けっこう苦労したんだから。少しはお淑やかに育つよう、サッカーはやめさせてお茶習わせて、厳しめのがっこうに通わせたりね。……タマちゃんと違って、結果が出てよかったわ」
「相変わらずですからねー……」
 まぶたから指先を離せない。沙織も真顔で溜め息吐いたが、すぐに顔を綻ばせる。
「あぁ、そうだわ。慧ちゃん、明日から自分でお弁当作りなさいね。2人分」
「コラー!?」
 慧のリアクションを待たずにこずえ姉が吼えた。拓海も気圧されつつ、
「いや、それは嬉しいけど……ぅわー、慧の手作り弁当……」
「い、いかにも恋人同士って感じだよね」
 綾が頬を染めている。羨ましい、と声に出しそうなこずえ妹だが、姉が身を乗り出した。
「それ認められたら、こっちの立場がないでしょうが! 作るなとは云わないけどわたしたちにも作らせなさい!」
「やだ。拓海のお昼はわたしと一緒固定」
 ぎゅーっと首筋に抱きつく、困った姉。困っていない表情の拓海なので、こずえ妹が指を咥えている。
「……綾!?」
「あ、いや。私は、慧さんなら、いいかな……と」
 少し残念そうに身を引こうとする幼馴染の偽物。話にならんとこずえ姉は携帯を抜き出した。
「じゃぁ、赤音呼ぶわね」
「ぅわあ」
 嫌そうな慧が拓海の袖を引く。
「拓海、逃げよう?」
「イタリアまでだな」
「逃がしませんわよ!」
 実はその辺まで来ていた赤音の踵が拓海のアタマに振り下ろされた。
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