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10月18日(火) 朝

 ……なんか寝苦しくて眼を開けると、7人の幼馴染(ひとりは偽者)に包囲されていた。
「おはようございますっ!?」
「おはよう、拓海」
 家主の娘が笑顔でお返事くれる。
「……あ、朝なんだ」
 7時半というところで、きょうは登校時刻前に起きられた。
 慧はともかくほか6人は自宅から来たようで、ちゃんと制服姿になっている。きずなや赤音は自宅からがっこうに向かった方が早いのだが、野暮は云わないでおこう。
 拓海が洗顔を済ませてリビングに顔を出すと、慧も制服に着替えていた。
「おぅ、おはようさん」
 そして、へーぜんと出海原信士が、沙織の対面でコーヒーをすすっている。やや反応に窮している双子姉はともかく、沙織も平然としたものだ。なるほど、これならきずなと赤音がいるのも納得できる。
「おはようございます」
「きょう、午後からがっこう来てくれ。お前の入るクラスの担任と、寮長に会わせるから」
「あい、おーらいです」
「敬語は不要だぞ、息子よ」
「息子じゃねェってのに」
 望み通り敬語を使わなかったら、なんか嫌そうな顔をされた。
 普段はダイニングでごはんなのだが、人数が多いとリビングに移動する。夫が何かとあけがちなので、ご近所のこずえたちが来るのは普段から歓迎していたが、ここまで人数が多いのは珍しい。何しろ、紫乃はもと天牢さんちのご近所住まいで香久山さんちからはちょっと距離があり、信士のご自宅はがっこうの近くだ。
 ちなみに、空は五泉市在住なので山の向こう、春香と立夏は寮住まいと聞いた。
 リビングのテーブルには大量の朝ごはんが並んでいる。慧ときずなの間に座らされると、ごはんが大盛りになったお茶碗が回ってきた。
「はい、いっぱい食べてね」
「いただきます」
『いただきまーす』(×7)
 拓海が来るのを待っていてくれたらしい。幼馴染7人(ひとりは偽者)も手を合わせた。
 目玉焼きや焼き魚をつまんだり取りあったり、仲良く朝ごはんしていると、何となく遠い日々のことを思い出して、自然と拓海の目が細くなる。4年間の『獣の穴』での活動(特に、クロエとの関係)を根掘り葉掘り聞かれたが、シェリルについてはあの場に綾と紫乃がいなかったのでツッコまれなかったのが、不幸中の幸いだろう。
 お味噌汁をすすりながらゆっくり見渡す。幼馴染たちは成長していて……?
「……?」
 あからさまな違和感が、ある。
 もう一度見渡すが、どこから、というか誰からなのか、拓海には判らない。本人と慧とこずえ姉には判っているのだが、その辺の事情を口にするはずがない面子なので、どうにも違和感が解消されなかった。
「拓海くん、口にあわなかった?」
「あ、いえ……そーいうわけでは」
 不審そうな沙織にごまかしの声を返しておく。

 ごはんが終わっても、どうにも、違和感が消えなかった。

 がっこうに行く準備そのものはできていたので、信士はとっとと玄関から出たが、女の子たちはそうもいかない。洗面台や姿見の前で身だしなみを整えている。
「おーい、そろそろ急げー」
『はぁーい』(×6)
 紫乃がアホ毛を気にしながら、赤音がめがねの角度を直しながら、綾ときずなはポニーテールを結びながら、こずえ姉が妹のリボンタイを直しながらお返事する。食器の片付けをしてきた慧がほか6人を残してブーツをはいた。
「よしっ……先に行くね、拓海」
「気をつけてね」
 玄関まで見送りに来た拓海が、慧の頬にキスする。キスを返した慧は前髪をかき上げて玄関を出た。
「慧ちゃん」
「はい?」
 まぶたを押さえて信士は心の底から訴える。
「うちのがっこう、アクセサリーには厳しくないけど、左手の薬指だけは勘弁してくれねェかって父さん思うよ」
 聞こえたこずえツッコミ……もとい、こずえ姉と赤音が拓海の左右を駆け抜けて、ブーツをひっかけ外に出た。ご機嫌そうな慧の左手の薬指には、確かに、飾り気のない銀の指輪が通っている。
「誰からもらったの!?」
「拓海」
「うん、判ってたわ。確認しただけ」
 聞くまでもなかった。こずえ姉がまわれ右して、
「どーしてこういう真似をしでかすの!?」
「紫乃さんにもくださいですー!」
「その通り! 妹にも用意しなきゃダメでしょ!」
 紫乃がボケたせいでこずえ姉もへんな反応だった。名指しされたこずえ妹は帽子を目深にかぶって顔を隠している。
「そりゃほしいけど、でも、でも……!?」
「最初から判っていたこととはいえ……」
「いつの間にか勝負がついちゃってた……」
 きずなと綾も半ば以上呆然とした形相だった。騒ぎを聞きつけて出てきた沙織が、首の前を親指で引く。前髪をかき上げた慧は携帯を出し、用意しておいたメールを一斉送信した。
 6人の携帯がそれぞれの着信音で、そのメールを受信したのを持ち主に知らせる。
「……って、慧!? ナニ送った!?」
 嫌な予感がした拓海が今さら悲鳴をあげるが、もちろん遅かった。紫乃が携帯を開くと、顔が真っ赤に染まってアホ毛が逆立つ。
「これ、なんですー!?」
「おにーさん!?」
 日頃は見せない(ただし、ここにいる面子にはバレている)素の口調できずなも悲鳴をあげた。まぶたを押さえながら、帽子の下から湯気まで立てているこずえ妹の携帯を抜きとると、ゆうべ沙織に撮られた、オマ×コから血の混じった精液を垂れ流しながら拓海のチ×ポ咥えている慧の姿が映っている。
「けーちゃんが、けーちゃんが、たくみくんと、たくみくんと……!?」
「なんてモノ送ってよこしますのー!?」
 赤音は慌てて携帯を閉じるが、こずえ姉と綾は真剣な形相で左上に見入っていた。要するに拓海に。
「コラこずえ姉! あなたまで!」
「はうぁっ!? いやいや、気になんかなってないわ! こんなおおきいの妹に入るのかなんて気にしてないから!」
「おねぃちゃあぁんっ!?」
「でも、明らかに事後だから、エレクトしてたらもっと大きいの……?」
「事後ゆーな、綾さん!」
 ようやく我に返った当事者が声を上げると、もう一方の当事者が心底幸せそうな表情でそっと前髪をかき上げた。
「すごかったよ」
『…………………………』(×6)
「黙りこまないでくれ! 頼むから!」
 真剣な表情でうつむいて考え込んだ6人に拓海は本気で訴えた。
 その訴えに応えて綾が動く。
「あの、拓海君? 聞いてないと思うけど、うちの両親、もう亡くなってるの」
「はぁ……」
「だから、私、いまひとり暮らしなんだ」
 判るでしょ、ここまで云えば判るでしょ、とトロけた目で切々と微妙に距離を詰めてきた。のだが、紫乃の携帯を覗き込んで「ぅわー……慧ちゃん、スタイルいいなー」とか何とかほざいていたバカ父がようやっと我を取り戻す。
「いや、待て!」
 そーいえば信士がいるのを忘れていた一同、一斉にモノを投げつけ始める。
「ナニ見とゃね、おとーさん! 娘の裸で興奮したぇなや!?」
「いくら不真面目でいい加減で職務放棄が目立つとはいえ、そこまで! 見損ないましたわ、校長!」
「赤音ちゃんの台詞はおじさんかなり傷つくなー!? というか、ホントに落ちつけ!」
「あなたが落ちつきなさい、信士。あと、眼は潰しなさい」
 何気に沙織もかなり非道い。そうじゃなくて、と信士は拓海に詰め寄ると、きずなをつかんで突き出してきた。
「まぁ待て、息子よ! 姉に手を出したからには、次は妹に手を出すべきだな!」
「……ふや?」
 呆気にとられている妹だ。
「世の中には順番というモノがあるからな! 慧ちゃんに手を出したら次はきずなだ! 確かにプロポーションでは少し劣るが、胸のサイズなら……」
「待たんか、出海原信士!」
「親をフルネームで呼ぶなと云っているだろうが!」
 欧米ではお説教のときに、血のつながった相手でもフルネームで怒鳴りつけるのは珍しくないのだが、日本には親を叱る行為そのものがほとんど見られない。信士を蹴飛ばした紫乃が、拓海の前でアホ毛と両手を振り上げた。
「紫乃さん、きょうは危険日ですー!」
「意味判って云ってンのかー!?」
 文字通り、一発でレッドカードものの発言だった。真っ赤になって「おにーさんとウチが……ウチが? ほじゃてウチらは兄妹で……!?」とトロけているきずなをさりげなく妹と取り替えて、こずえ姉が紫乃の肩に手を置いた。
「紫乃、それじゃ拓海はなおさら抱いてくれないわ」
「なんでなんでですー!?」
「アホはさておいて。拓海、いろいろと聞きたいことはあるけど、遅刻しかねないから大目に見てあげるわ」
「むしろ、休んででも問い詰めるところじゃありませんの?」
 赤音の常識はずれな慎重論は一顧だにされなかった。
「とりあえずはがっこう。きずなも、トロけてないで行くわよ」
「あうぅ……」
「痛いですー」
 紫乃のアホ毛ときずなのポニーテールをつかんでこずえ姉は歩き出す。不満そうに赤音と綾もそれに続いたが、時間が遅いのは事実だ。スーツの足形を払いながら信士が運転席に乗り、一同、信士の車に乗り込んだ。
 よし、とこずえ姉はこっそりこぶしを固める。忘れ者には誰も気づいていない。上手くヤるのよ、妹。
「信士ー、ひとり忘れてるわよー」
 が、沙織がこずえ妹を持ってきた。ナニを妄想しているのか、帽子を乗せた頭を真っ赤(というか、ピンク)に染めていやいやと振っているが、ハンと紫明亡きいま唯一七海を鎮める女は気にした様子もなく持ち運んでいる。
「ちっ……」
「舌打ちしないの」
 もぉ、と慧が溜め息ついてドアを開けた。足持ってついてきた拓海に改めて微笑みかける。
「じゃぁ、行ってくるね」
 バタバタしまくったものの、追及されなかったのは幸いだった。走り出したバンを見送って手を振る。
「もう6人かしらね」
「……何がでしょう」
「処女だけはもらっておかないと、何かとまずいことになると思うわ。うん」
「いや、それだけってのがよっぽどまずいですよ!」
「そうよねー」
 判っていない口調で沙織はのほほんと応じた。この母親は、まったく……と息子は溜め息ついてまぶたを押さえる。
 そんな母の手が、息子の肩に触れた。
「それで、お昼まではどうしようかしら」
 完全においてけボリだった真理佳と環には聞こえないような声だ。拓海はそーっとその手をよける。
「いちど、ゆきさんのところに行ってこようかと」
「あぁ。旦那さんが入院してるのは聞いた?」
「冬春氏から。あと……」
 こちらも小声で。
「あまり悩ませないでください」
「母さんより若い子がいいワケね」
 笑って沙織は拓海の頭をなでた。
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