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1−1
――白い霧が、思考に絡みつく。
ヤバイな……と、雪は思った。
今までにも、何度も経験している。
少女期の、「ある日」以来……しばしば魂が体を離れていくようになった。
『夢渡り』と呼ばれるこの現象だが、時として彼女自身、それが『夢』なのか
『夢渡り』なのか、分からなくなるので困る。戻り方を知らないわけではないのだが、
だからこそ却って、「ま、良いか……」と、特に焦らない。
彼女が「ヤバイな……」と思うのは、そんな自分の緊張感のなさだった。
――まいったなぁ……疲れるんだよね、これって。
起きた後に、ぐったりとした感触が残ってくれる。
一体、どういう切っ掛けで『夢渡り』が始まるのかは、彼女にもよく分からない。
考えれば、思い当たる節もあるのだろうけれど。
こんな状況の時、彼女は色々な場所に、自由に行ける。
見も知らぬ場所や土地に。精神だけが、夢の中を渡り歩くからだ。
その場所が現実なのか、誰かの幻想なのか……過去なのか未来なのか。
彼女には分からない。
今……周囲の霧が、少しずつ、薄くなっていった。ここは何処だろう。
日本間が見える。襖(ふすま)……見たこともない、旧家の趣の内装。
雪は、畳の上を歩いているのでもなく、ふわふわと漂うわけでもなかった。
だが、空間を滑るように……風を視覚化する霧のように、すりぬけていた。
襖を開ける――と、布団と、誰かが眠っているのが分かった。
「いけない……」と、雪は引き返そうとした。どうせ、夢を渡る彼女の存在に
気付く人間など、まず居ないのだが、他人の寝所に入り込む不作法をする気は、
彼女にはない。
だが、その眠っている人物が、見覚えのある顔であることにハッとして、
引き返す足が止まった。
――透麗……?
固まっていた所に、彼が目を開いたので、ビクッとする。
え……と思ったのは、それがやはり透麗であったことと、彼の目が、
確かに雪のことを見ていたからだった。
彼が片手をついて体を起こすと、雪と同じように、単衣(ひとえ)の着物で
寝ていたことが分かる。今までの印象からすると、この和風の寝所と彼とは、
ミスマッチなように思えたが――今は、そんなことはどうでも良かった。
「――雪さん」
彼が、雪の名を呼んだ。
「誰が……あなたを殺したんですか?」
雪は、ハッと目を覚ました。……見慣れた、白い天井。彼女の部屋。
カーテンの隙間からは、朝の光が零れている。
今のは……『夢』?
雪は、体を起こした。やはり、だるい。
透麗の言葉が、まだ耳に生々しい。あれは一体……。
彼女は、ふと壁のカレンダーに目をやった。
何故、あんな『夢』……であれ、『夢渡り』であれ……が?
彼女が思い当たる理由は、一つしかなかった。
――父の、命日が近い。