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3−2
「あ、やっぱキツイ……」
五階まで昇ると、雪はゼーゼーいって、手すりにドッともたれた。
「そんなに急がなくったって……雪、大丈夫?」
マイペースの青海が追いついて、背中をさすってくれる。
「雪、そっちがGスタだよ」
雄生が指さす。
「あ、そう……」
雪は何とか呼吸を整えて、歩き出した。
「青海……どう思うぅ?」
「あたしゃ、そのドア開けたいとは思わないね」
「やっぱー?」
二人が行っている間に、雄生がGスタの扉を開けた。
「わぷっ……」
青海が、不快な表情を顕わにした。
「ひっどい気の淀み」
雪の方は、この何十倍もひどい“逢魔ヶ刻”を、結構最近体験しているので、大してビビらない。
「トオル!」
雄生が、ライトの下へと駆け寄る。丁度、弦元瑞鳳が、彼の霊治療に取りかかろうとしている所だった。
「何だね君、邪魔しないでくれたまえ」
「こいつは俺が面倒見る! あんたの手は借りないよ」
オカルト人間は根本的に信用していない雄生は、弦元からトオル君を引き離そうとした。トオル君は昏倒したまま、
目覚めていないようだった。霊能者としてのプライドと知名度をかけている弦元はムッとして、
「やめたまえ! 私に任せれば、ちゃんと……」
「――それはどうかしら?」
弦元は、艶っぽい青海の声に、ハッと顔を上げた。雪は、床に倒れた二十名ほどのスタッフやギャラリーやらを
見ながら溜息。
「あーあ、こりゃヒドいわ」
「あなたの手には、余るんじゃなくって? 弦元瑞鳳さん」
そう言っている間にも、また一人が運ばれてきた。
「キリがないわよ。モトから断たなきゃ、イタチごっこだね、これは」
「なっ……何を、私の手に負えないというのか? 馬鹿な……!」
弦元は短気らしく、すぐに真っ赤になった。元々血圧も高い方なのだろう。
「どうやら中途半端な除霊をした様子ね。それで雑多な霊がガンガンやってきて、その上に……」
――螢が。
雪は、コトの次第が大体読めた。
「無礼な! 誰だ、あんたらは!」
何様のつもり……はお互い様なのだが、弦元が鬼ダルマのような顔になったものだから、
一応健在のギャラリーが、再びざわついた。青海は、ふっと笑って、膝をついたままの弦元を
見下ろすように、
「通りすがりの者だけど。――妙見青海。そっちは涯見雪よ。名前位、聞いたことあるでしょ?」
弦元は眉をひそめると、
「妙見? ……ああ、妙見教のオカマ息子と、顔と体で売ってる占い師が、何を生意気な」
ぶちっ。
青海と雪の額に青スジ。雪は、唇の端を、ひくくっとさせながら、
「ハルミちゃあん? 先を急ぎませんこと? こんな高血圧男に構っていても、らちがあかないわ」
「そうね。――瑞鳳ちゃん、あんたは精々、この人達のお守りでもしてるのね」
「私たちが、元を断ってくるわ」
二人は弦元に一瞥をくれると、きびすを返し、スタジオから出て行こうとした。
「あ、雪!」
慌てて後を追おうとする雄生だが、突然、横たわっていた、倒れたはずの人々が次々に起き上がり、
「えっ……」と、弦元共々、ぎょっとした。そればかりか、何ともなかったはずの、残りの人々までが
言葉を失い、無為に雪達の行く手に立ちはだかった。
「そ、そんなバカな……!」
弦元は腰を抜かしたのか、その場にへたりこんだ。今、このスタジオ内では、雪、青海、雄生、そして
弦元を除いた数十名の人間が、みな何かに憑かれたように、何者かの傀儡と化していた。
青海は、冷静なような、呆れたような溜息をついて、
「雪、あんたの弟って、生半可でない力の持ち主らしいわね。まぁ、半数は『つられ現象』と見積もっても」
「……それを自分で制御できないから困んのよ」
雪は舌打ちした。
「とにかく、あんたはここから出ないと」
青海は、ジャッと、水晶の数珠を取り出した。
「操り人形だから、大したことはできないわ。恐るるに足らない相手だけれど……さすがにこれだけいると、
厄介よね。人間に傷つけたくはないし。――雪、ここはアタシに任せて、あんたは螢君を」
「分かった。恩に着る、ハルミ」
とは言ったものの、四方を囲まれている。みな緩慢な動きではあるが、攻撃してこ来うと来まいが、
人間バリケードは、それだけで行く手を阻む。
「いくら何でも、これだけの数を一遍に片づけるのはムリね。でも一瞬なら……吹き飛ばせるわ。
後はできるだけ抑える。――そのスキに、行ける?」
「……行くわ」
雪が応えると青海はうなずき、呼吸を整えると、改めて数珠を鳴らし、両手を合わせた。
「三界万霊、妖気妖霊、邪気邪情――魔可魔妖霊、亡霊、精霊餓鬼、それら一切のものどもよ
……それら皆地に堕ちて、無に還(かえ)るがよい!」
虚ろな目をした傀儡達が、青海の唱える呪に不快の念を示し、青海に襲いかかろうとしたが、
青海の威厳に満ちた声が、ピインと反響し、傀儡達を圧倒した。
「今よ、雪!」
言われるまでもなく、雪は人の壁を押し広げ、スタジオの思いドアを開けて飛び出した。
「雪!!」
雄生も、その後を追った。何人かがそれを追いかけドアから出たが、青海が再び扉を閉ざした。
彼は一息つくと、数珠を握り直し、婉然と。
「さぁ……あんた達は雪が一仕事終えるまで、私とデートよ。有り難〜いお詞(ことば)でも聞きなさい」
* * * *
雪は、ハッと立ち止まった。目の前に立ちふさがったのは、スタジオ内にはいなかった、
ここの社員らしい男達。
「……螢、やっぱりアンタ、スゴいよ」
雪は溜息。これだけの人数を一度に操れるというのは、並の術者にできる所業ではない。
それとも……何か別の要素が影響しているのか。
「何処のどなたか存じませんし、何の恨みもございませんが――急ぐので、失礼!」
多分、通りすがりに術に引っかけられたのだろう。雪は、なるべく彼らの間をすり抜け、
自分に手が伸びれば軽く刀の鞘で叩いた。が、しかし。
倒れた一人に、うっかり足をがっちり掴まれ、雪はモロ豪快に、びったーん! と前に、
ぶっ倒れた。
「雪、大丈夫か!?」
海藻のように貼り付いてくる人間達を振り払いながら、やっと雄生が追いついた。
雪は、右手の刀を握りしめ、左手で額を押さえた。
「あっ……たぁ――――っ……!!」
彼女が倒れると、それに、むらむらと男達が群がった。
「わ〜っ、雪!?」
あれじゃ雪が潰されるー!と、慌てて雄生が駆け寄るが……
「――どっかんきゃーっ、おのれらぁっ!!」
どげしっ。
凄まじい怒声と共に、群がっていた男四人が、跳ねとばされた。
「あたしを……(ハアハア)ホンッキで、(ハアハア)……怒らせたわねぇっ……!!」
雪は、ヨロリと立ち上がると、またまとわりついてきた男を、今度はアゴからぶちまかした。
「ひえぇっ……!」
雪が本気で怒ったー!! と、それだけで雄生はその場から逃げ出したくなったが、ヘタに逃げると、
見境の無くなっている雪に、一緒にぶちかまれそうだし。
「き、雪っ、ケガさせちゃマズいんじゃないのか!?」
「死ななきゃいーのよ、死ななきゃ!」
「……あっそう」
一体誰が、今の彼女に逆らうだろう。完璧にキレてる。
もう何のエンリョもなしに、行く手に立ちはだかるものは全てぶちまかし、破壊しながら進む。
「……気の強い女だとは思ってたけど」
雄生は、雪が片づけた残骸を踏まないように注意して、彼女を追いかけながら、
「これからはうかつに悪口言うのはやめた方が良いな……」などと考えていた。