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3−1
「――あんたがタダの占い師なんかじゃないってことは、結構、同業者の中には気づいてるのがいるわよ?」
「占い師を差別する気? 職業に貴賤は無いはずだけど」
ぶすっとして、雪がコーヒーカップに唇を付けると、目の前の青海は溜息ついて、
「まぁ、あたしにとっちゃ、看板が『占い師』だろうと、『霊能者』だろうと、あんたは変わらずに
友人だから、知ったこっちゃないけどさ」
「だったら放っとけば良いじゃない」
「何事も『不自然』は良くないって、それだけ」
青海は肩をすくめた。
「あたしは雪が好きよ。だから忠告するけれど――影小路透麗とは、関わらない方が良いわ」
「なんで、イキナリそっちの方に話が飛ぶわけ?」
雪は一瞬呆れ、また不機嫌。青海は煙草に火を付けて、
「お節介と言うよりは、忠告と思ってね。あの男は危ないわ」
「……アブナイ奴だとは思うけどね、確かに。でも別に、そんな深い仲じゃないし」
「だから、そこでストップしなさいってこと。それ以上惹かれたらダメよ」
雪は、はっと息をついて、
「馬鹿馬鹿しい……。大体ハルミ、あいつを知ってるの?」
「知ってるわ」
「あ……そう」
それならば言うこともない。
「そんなつもり……無いよ」
雪は片肘ついて、ちょっと窓の外の夜景を眺める。
「大体、彼とは世界が違いすぎるもの」
「――“同じ”だから心配するのよ」
「え?」
雪は青海を振り返った。彼は、真剣な時には、全くのポーカーフェイスになる。
今がそうだった。
「あたしが、あんたとあのボーヤ……雄生君だっけ。を、似合いだって言ったのは、彼とあなたの
世界が、全く別だからよ。――影小路なんて、あんたと表裏一体じゃないの」
「ハルミ……」
一体青海は、何処まで知っているのだろう。雪が汀の血を引く者であるということは、まず知っていると
見て間違いないだろう。彼も大きな教団をバックに持つ人物だから、汀と影小路の関係位は、
その気になれば、すぐ調べられるはずであるし。
「あの男と一緒になったら、あんたはあんたでいられなくなる」
「それは……御神託?」
「――親愛なる友人へのアドバイス」
ふと目があった瞬間、緊張が解きほぐれ、二人は微笑した。
「大丈夫よ、ハルミ……。私は誰も愛さないし」
「他の男より、螢君の方が大事……か」
「あんたって、『さとるの化け物』じゃないのー?」
「知らなかったの?」
冗談めかして笑い合う。その和らいだ笑みも又、凍り付いた。
不意に雪が、ビクッと身を震わせた。
「どうしたの? 雪」
雪は、自分の両肩を押さえて、
「何か……凄くイヤな気が通ったわ」
「そぉ?」
珍しく神経質そうな様子の雪に、青海は眉をひそめた。
「どんな感じで?」
「よく分からないけど……螢」
まさか、と思いながらも、雪は席を立った。
「確か雄生、Fテレに行くとか言っていたわよね」
雪は、公衆電話から留守電をチェックしたが、メッセージはゼロ。
「家にも帰ってないし、雄生といるはずよね……」
「螢君が、どうかしたの?」
早足でパーキングに向かう雪を、青海が追う。
「あの子、超過敏症なのよ。そのくせ、自分の身を護る術を知らないの……」
嫌な予感が当たらなければ良いけれど――と、雪は車に乗り込んだ。
「今までに、そんなことが有ったの?」
勿論、青海も一緒に乗り込み、車は発進。彼は、いつになく深刻な顔の雪の横顔に尋ねた。
「あの子に、何かとタダ働きさせられてるわ。変なとこニブくて、幽霊と知らずに一週間も付き合ってた、
なんてことも有ったわね。優しい子なもんだから、寂しそうなのが寄ってくるのよ」
「……それはアンタも、大変だわね。色々と」
「だけど今度は……こんな感じは初めてよ。何が起こったのか、分からないわ」
高まる緊張の中でも、冷静な運転を心がけながら、雪はFテレへと車を向けた。
「――あいやー……何だか知らないけど、凄い霊気が渦巻いてるよ〜」
Fテレのビルより、少し手前の路地に車を止めて、二人は降り立った。が、その途端の青海の発言。
空を見上げて、眉をひそめた。
「こりゃ、ナニか起こってるね。ナカで」
雪は、いよいよもって、気を引き締めた。
「――それは?」
雪が、車のトランクを開けて、白い布地に包まれた細長い物を取り出すと、青海が尋ねた。
「私の護刀(まもりがたな)よ。普段は持ち歩かないんだけど。今日は……虫の知らせかしら」
ふっと笑う表情も、油断のない緊張に覆われている。青海は一目見ただけで、それが「普通」の
刀ではないことが分かった。大きさは、普通のものより、ワンサイズ小さいものだが、女の雪には、
丁度良い大きさのようだ。
「――ここいらへんにいただろう!? 高校生位の、そう……ピアスあけてて、凄く綺麗な男の子だよ!」
受付嬢に食ってかかる勢いの雄生を、入ってきた雪が見つけた。
「雄生!」
雪が呼ぶと、雄生はハッと振り返った。解放された受付嬢は、ホッとしたように胸元のリボンを直した。
「雪……どうしてここに?」
「螢は何処なの?」
ずいっと詰め寄られると、雄生は思わず後ずさり。
「そ、それが、ここで待ってるって言ってたんだけど、さっきスタジオでチラッと姿を見たような気がして……。
で、やっぱりここにいないし、何処に行ったのか」
「ねぇ雄生さん」
“オネェさん”の触れ込みを聞いていた青海にイキナリ名指しされて、雄生はビクゥッ。
「は、はいぃ?」
青海は、雪に負けじ劣らじ迫力があってコワい。
「そのスタジオで……何か、有ったわね? 何が起きたの?」
それを問われると、雄生はチッと舌打ちして、
「集団ヒステリーだよ。何とかって拝み屋が、倒れた奴を片っ端から診てるが、十人や
二十人も倒れるんだ。トオルもだぜ。もう参ったよ……」
「――集団ヒステリー?」
青海は眉をひそめた。雪がピンと来て、
「雄生……もしかしたら、心霊特集かなんかの番組だった? それで、霊能者が除霊とかしなかった?」
「そ、そんな内容だったか……な? 俺、写真撮ってただけで、何も聞いてなかったから。
でも、とにかく今、Gスタはパニック状態だよ。つられたように、パッタパッタ倒れ始めて。
――でも、螢君の姿を見たのが見間違いとは思えなかったのが気になって……」
「まさか」
雪は、キュッと唇を噛んだ。くっと顔を上げると、
「そのスタジオって、何処?」
「五階だよ。でも今、エレベーターが全機故障みたいで」
「分かった。とにかく行こう、青海!」
「お、おい、俺が行かなきゃ分からんだろう、場所も!」
「その必要は無いみたい」
雪は、辺りを見回す。すると、かなり強い霊気の痕跡が残っている。
「あらホント。これって、螢君の?」
青海もそれを見つけて、雪に聞いた。
「そう。すんごい霊気まき散らしながら歩いているみたいね。これならすぐ見つかるわ」
点々と、道しるべのように、心の目にしか映らぬ青白い光が、燃え残りの火のように、
床に散っている。雪は、それをトレースすれば良い。
「そ……んな、俺は、どーなんだよ!」
何も見えない雄生が、とにかく二人を追う。
「ついてくるのは勝手よ……!」
雪は、ヒールで五階昇るのは、ちょっちキツいなと思ったが、螢のことを思うと、足も止まらなかった。