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2−1
「ええ〜い、遅れたのはオマエが悪いっ!」
テレビ局の地下駐車場で、「OH! かると」の記者二人組が、わめきながら走っている。
「なーんで、あんな、こきったねぇ便所の写真なんか撮らなきゃなんねーんだよ、このオレが!」
「だ、だって、すーさん、あそこは絶対“何か”いますよ! 何にも感じなかったんですか?
僕、鳥肌立っちゃいましたよー」
「おー、見事なチキン肌だったな。くっそ、四十分も遅刻しちまったぜ……」
「番組収録、始まっちゃったでしょうね」
「それより螢君を待たせてんだよ、俺」
「すーさん……仕事サボって逢い引きしないでくださいよ」
「違うわい!」
エレベーターで地上に出てから、正面ロビーより入る。
「あ、いたいた。螢君!」
雄生が見つけると、螢は何やら三十代位の、バリバリ業界女っぽいパンツスーツ姿の女性に捕まって、
立ち話させられている所だった。雄生に気づくと、螢は何度もその女性に頭を下げて、振り切るように
走ってきた。女はその後ろからも、「その気になったら連絡ちょうだいねー!」と、ベタつくラヴコールを
送っていた。
「何だ、あの女」
「あの……分かりませんけど、ここに来てから四人目なんです、ああいう人が……」
疲れたように、螢は溜息。人見知りする方ではないが、慣れない場所だし、苦手なタイプもいる。
「悪かった。そんなに待ったかい?」
「いいえ、僕がちょっと早く来たんです」
「――さっきの女性、スカウトじゃないですか? 螢君、綺麗で目立つから」
受付を済ませてきたトオル君が、ゲストパス片手に雄生を小突くが、雄生は「何でオレを
つつくんだよ!」と怒る。
「さっき雪さんに電話したら、今夜は友達と外食だそうです。僕、雄生さんがお仕事終わるの
待ってますから、夕食ご一緒しませんか?」
「ひゅーひゅー、すーさん良いねぇ! あでっ」
トオル君の後頭部にゲンコ。螢は、ちょっと引きつり笑いで、
「あの……勿論、トオルさんもご一緒に」
「あ、そ……そーだね。うーん……」
考え込む雄生に、トオル君が、
「すーさん、収録はあと二時間はかかると思いますよ。それまで螢君を待たせるのは……」
「あ、僕は平気です」
「螢君の分もゲストパス貰ったから、収録見に来るかい?」
「いえ、ここで待ってます」
「――よしっ、一時間で帰る」
「へ?」
トオル君は目を丸くした。イキナリ大宣言した雄生。誰がなんと言ったって、一時間で仕事を放棄することを
決意したらしい。
「どうせ使う写真なんて、枚数だけなら五枚も使わねーんだから、テキトーにパチパチ撮って、さっさと
終わらせちまえば」
「すーさん……もー少し、仕事に熱意を持っても……」
「どーせオレが撮る写真には心霊ナントカは写らねーんだろ? なら、どんな写真でも一緒だろう」
良いのかなーと戸惑うトオル君を完全無視して、雄生は、
「螢君、じゃ、一時間待っててくれるかな? そしたら今夜は、オレのおごりだ」
「え、すーさん良いんですか?」
「オメーは自腹だよバカ」
トオル君、またゲンコを食らう。
「え……僕、そんな、ご馳走して貰うつもりじゃ……」
「いーのいーの! じゃ、仕事してくらぁ。螢君、悪い人買いに捕まるんじゃないよー?」
そうと決めるtハリキって、さっさと仕事場へと向かう雄生だった。
螢は、ふぅ……と溜息をつくと、キョロキョロっと辺りを見回し、一番目立たなそうな席を探し、
チョコンと座った。
「――君、高校生?」
五分としない内に、妙なオッサンに声をかけられ、螢は、何処にいれば良いのかと、また溜息をついた。
「――可愛い螢君を、あんな所に置き去りにして良かったんですか?」
「取って食われやしないだろ」
夏休み用超常現象特番の収録が行われているスタジオに向かいながら、トオル君が耳打ちすると、
雄生は、ぶすっとして答えた。
「お前、ヘンな詮索はやめろよなー」
「でも、うちの部内でもウワサの的ですよ? すーさんと、絶世の美少年のカップルのことは」
「……殴るぞ」
「僕が言ってるわけじゃないですよぉ〜! ――でも、あの涯見さんにそっくりな弟さんですからね。
涯見さん、今でもマスコミからひっきりなしに出演依頼が来てるのに、片っ端から断ってるんですよ?
占いは当たるし、華のある女性だし。なのにちっともマスコミに顔を出さないから、カルトなファンの
間では、スゴイ人気なのに……」
勝手に言いくされ……と、雄生が心の中でボヤくと、スタジオに着いた。
「――くっだらねぇ番組作ってやがるよな」
「しっ……スタッフに聞こえますよっ」
いつもフォローが大変なトオル君。
一時間半の特番として制作されている番組。司会は、俳優の割には、現在の仕事のほとんどは
司会業という男性と、花形タレントアナウンサー。ゲストはアイドル歌手やらお笑いタレントが
数人と、羽織姿の霊能者らしいゲストが一人。もう収録が始まってから、しばらく経っている。
「弦元瑞鳳(つるもとずいほう)ですね」
早速、情報通のトオル君が解説。しかし本番中なので、囁き声だ。弦元は四十を過ぎた位で、
ちょっとずんぐりだが、かつての日活アクションスター風味の男だった。
「へぇ……あれでもオカルト人間かいね。まぁ、雪に比べりゃ誰でもソレっぽいけどよ」
「今、著書が売れてるんですよ。でも、女性関係がハデらしいですね。週刊誌の格好のネタに
なってますよ」
「……そんなヤツを出すなよ」
「一応ネーム・バリューが有りますし、本人も目立ちたがり屋だから、出演交渉がラクなんですよ、きっと」
トオル君は、イジワルではないのだが、いつも鋭い発言をする。
それから少しして、ギャラリーの外れから雄生が何枚か写真を撮ると、
「あの、野坂あけみっていう女優さん、いるでしょう?」
「オバサンの方か?」
「えぇ。――あの人、霊媒体質で、今までに何度も霊体験してるそうですよ」
「あっそ」
左から右へ、つーっと抜けてくだけの情報。
「いや、どーですか皆さん。実際に、こんなことが有るのだということを、ただの『偶然』などという
一言で、片づけられますか?」
司会が興奮して、鼻息も荒くなると、アイドル歌手の少女が、自分の霊体験について話し始めた。
雄生は、トオル君につつかれれば写真を撮る位で、あとは何も聞いてはいない。早くひけて、
螢と楽しいディナーに行きたいということしか、考えていなかった。
「でねっ、でねっ、お婆ちゃんが死んで亡くなった後、私、『あぁ、そうだったのか』って、
もうメチャクチャ涙が出てきて、全然元気になっても、一週間かかりました……」
――メチャクチャなのはテメーの日本語だよ……
破壊的な文法の日本語は、雄生ならずとも聞く気が失せるだろう。
「おい……トオル、あと十分で帰ろ」
「え、だって、これからがヤマですよ? それに、僕たち遅刻してきたんですし」
「もう付き合ってらんねーよ。俺はとにかく帰るからね」
仕方ないなぁと溜息ついて、トオル君は聞き流し。彼は熱心に番組に参加しており、
メモを取りながらも、ギャラリーが「えーっ!」、「きゃーっ!」というのにも、儀に同調していた。
そしてクライマックス――霊能者・弦元瑞鳳による除霊が始まった。
「あの女優って、何年か前、事故ったんじゃなかったか?」
除霊を受けるのは、数年前に交通事故で障害を負い、現在もリハビリ中の舞台女優だった。
「すーさん、本当に何にも聞いてないんだから……。だからね、彼女の事故も、怪我が
なかなか良くならないのも、どうやら霊障、霊が取り憑いているせいだから、弦元氏が
これから除霊するんですよ」
「……ホントかぁ〜?」
「しっ……」
真剣な顔のトオル君になると、雄生は何も言う気が起こらなくなる。彼には、脂ぎった中年が、
車椅子の女優の背を触りまくっているようにしか見えない。
「ははぁ……複数の霊がついていますね。……子供の霊もいるようです」
よくまぁ口から出任せをペラペラと〜と、雄生は呆れるのも疲れてきていた。
「すーさん、あとちょっとですから、付き合って下さいよ。もう、これが最後なんですから……ね?」
「……分かったよ」
泣く子とオカルト・マニアには逆らえない。渋々承諾。トオル君は最後まで見ていきたいらしい。
「野坂さん……野坂さん、大丈夫ですか?」
ゲストの一人が、具合を悪くしたように顔をゆがませているのに、他のゲストが気付き、司会が声をかけた。
「寒い……辛い……んです、何か、急に、とても悲しい気持ちになって……」
例の、霊媒体質女優だ。確かにさっきよりも顔色が悪く、寒そうに肩を抱いている。
「あぁ……今、そちらの方向に霊が言ってますからねぇ、野坂さん」
除霊を始めようという弦元が、彼女に言った。
「それが、今の久川さんに憑依している霊の感じです。悲しいでしょう?」
「えぇ……とても……辛い……」
スタジオ内がざわめくが、弦元は余裕の声で、
「もう少しでラクになりますからね……大丈夫です」
――何のこっちゃあ。
厳粛なムードに包まれている空間で、雄生一人がイライラしていた。