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          3−2

          『あなたのハッピーな未来を占う・KKハッピーフォーチュン企画』が事務所を構えるビルの下に、
          黒塗りのリムジンが停まる。女王様のお迎えだ。

          「待ちかねていましたよ。雪さん」
          ペントハウスでお出迎え。“薔薇龍”のオーナーである、影小路元男爵家の当主は、麗しき花嫁を
          迎えるように、雪を招き入れた。雪はといえば、光り物とばかりに眩しいビーズ煌めく黒繻子の
          チャイナドレス。髪には、透麗から贈られた紫の薔薇を一輪、差していた。
          「お約束通り、花の色の褪せぬ間に来たわ」
          ふと店内を見回すと、いやに閑静……いや、一人の客もいない。音楽だけが、甘やかな想いを
          綴るピアノの音で、いつものように流れていた。透麗は彼女の手を取ると、すっと奥へ導いた。
          「今宵のゲストは、あなただけです」
          「……まぁ」
          流石の雪も、この超ゴーカなセッティングには溜息をついた。ビンボー性だから、思わず一晩の
          デート費用を概算してしまいそうになる。
          「私ひとりに、随分と大仰なのね」
          「仮にも主賓としてこれだけ美しい女性をお招きしたのですから。私は、あなたに相応しい場を
           設けただけです」
          とにかくコイツに負けないぞと気合い入れてきた雪だが、やはりどうも、容易には勝てそうもない。
          「相変わらず、口が巧いのね」
          ふっと笑って、雪は勧められるまま、フロアの席に座った。透麗は、先日、雪を案内した、一番の
          顔役らしい「しぶ〜い中年男性」にオーダーを申しつけた。
          「さて……影小路さん。お招きいただいて有り難う、ということをまず申し上げなくてはね」
          「お忙しいところを、無理を言いました」
          「とんでもない。女冥利だわ。けど……このご招待の理由。お尋ねするのは、早速不粋かしら?」
          「理由なんて、あまりに明白で、何の面白味みもない話題ですよ。――あなたに会いたいと思った
           からです。ゆっくりと……誰にも邪魔をされずに」
          グラスが二つ置かれたので、まずは乾杯。
          「あなたこそ、私に聞きたいことがお有りだとか」
          「……あなた、分かってるでしょう」
          「何をですか?」
          涼しい顔は、しらばっくれていることを隠しもしない剛胆さ。となれば、雪も負けじ。
          「まさかあなた、恋人に『式』を打つのが趣味でもないんでしょうに」
          二人の視線が、カチッと合う。「本心」など、まるで始めから存在しないもののように、沈黙の中に、
          いくつもの憶測が交錯する。どうとも、こうともとれる……謎めく微笑。焦らすことが、相手への最上の
          賛美であるかのように。
          「私の勉強不足だったんだけれど。あなたのお家って、古くは陰陽師の家系なんですって?」
          「そうですよ」
          透麗は、あっさりと認めた。しかし、その次もあっさりかというと、それはまた別な話だ。
          雪はグラスをかざし、彼の顔と重ねた。
          「あなた……術者なの?」
          「さぁ。それはどうでしょう」
          確かに、いくら先祖の生業がどうであろうと、何も彼が術者とは限らない。
          「私がたまに、霊媒師の真似事みたいな仕事して小遣い稼ぎしてるのを、何処からか聞きつけたの?」
          「真似事……? ご謙遜を」
          透麗は、雪の言い草に、クスクスと笑った。何だか下手な嘘がバレた時のような笑い方をされて、
          雪は面白くない。ちょっとご機嫌を損ねそうな彼女に、透麗がずいっと体を寄せた。
          「影小路のことをお調べになったのなら……私とあなたが、古きにおいては血を分けた一族である
           ということも、知っているでしょう」
          雪は、一筋の動揺も見せなかった。誘導尋問には引っかからない。……がしかし、やはり彼が、
          「知っている」ということは確信できた。ハッタリでも何でもなく、彼は雪の素性を知っている。
          だが透麗は、優雅な笑みで、そのまま彼女から身を引いた。
          「東西二大陰陽師として東を統べる汀家。その直系の巫女姫が、これ程美しく……また、こんな所で
           朴占をやっていらっしゃるとは、私も驚かされました」
          “こんな所”で悪かったな――と、雪は心中ボヤいた。どうせ狭い事務所だが、それが今は精一杯なのだ。
          「流れている血に嘘はつけないけれど……私は汀の名は捨てたし、あの家とは絶縁。だから当主だって、」
          「汀慧。あなたの従兄に当たる。彼も若いながら、なかなかの術者だと聞きますが」
          「汀家に対して、何一つ影響力を持たない私に、どんな用があるって言うの? 時代錯誤な陰陽師同志、
           名を張るわけでもないでしょうけれど」
          「関係有りませんよ。ただ私はあなたに、その力を封じてほしくはないんです」
          「別に……封じてなんかないわ。実際に仕事してるじゃない」
          突然何を言うのかと、雪は気抜けした。別に誤魔化すつもりの言い分ではなかったのだけれど、
          透麗の微笑が、彼女に疚しい感情を思い起こさせる。彼は、そんな雪の様子には気付かぬように、
          自分のペースで話し続ける。
          「お仕事を依頼しても、受けていただけない。だから仕方なしに、送り狼をさせてもらいました。
           それが先日のことの顛末です」
          「……すんごい愛を感じるわ」
          七人の謎の依頼人――そして、“逢魔が刻”の罠の謎は解けた。しかし短気な雪は、既にムカッ腹を
          立てていた。
          「冗談で済む話じゃないわよ、死んだらどーしてくれるつもりだったの」
          「そんなわけはないと、分かっていましたから」
          「……」
          雪は、頭が痛くなってきた。怒りたい、けど怒ったらこの男の思うつぼだ。
          「あの時は結果的に助かったけど、もうやめてほしいわー、ああいうの」
          「そういえば、あなたを助けたという、あの彼……凄い人物のようですね。相当に感じにくい体質の、
           野蛮人並みの強靱な神経をしているらしい」
          「……その点については、私もそう思うわ」
          要するに“無神経”と言ったも同然だが、雪は思わずうなずいた。
          「安心して下さい。先日の非礼は、あなたのことを確かめたかっただけです。もう二度と、同じことは
           繰り返しません」
          「当たり前よっ、もう」
          やられてたまるか! と、噛みつきたい思いだった。
          「大体、何だっていうの? ちょっと力があったにせよ、こんな世の中じゃ無用の長物でしかない。
           世界が救えるってもんじゃないし、それどころか自分独り養える保証だってないのに……」
          どうもこの透麗は、キレてんだか天然ボケなんだか、調子を狂わされる。
          「私は不思議なんですよ。何故あなたが……それ程に、術者としての道を避けるのか」
          「嫌いなのっ。向いてないの。でも義理があるから、時々お手伝いすることもあるってだけ」
          「何故……嫌いになったんですか?」
          じっ……と、瞳の奥を見据える、透麗の眼。相変わらず、人を惑わせる程に美しいが、
          今の雪は、それに酔えるムードではなかった。まさか……いくら彼でも、そこまでは知るまい――
          その緊張が、彼女から一切の感情をはぎ取っていた。
          「……強いて聞き出そうなどとは思いません」
          透麗が、柔らかな声で言った。雪は、ハッと彼の目を、再び見た。
          「私はただ、あなたに、自分の中の光を、大切にしてほしいと思うだけです」
          優しげな……それが甘い罠かもしれない。嘘と知っても、騙されたフリをして酔いたいような――
          「光……?」
          雪は、眉をひそめた。
          「えぇ。私には見えるんです」
          そう言って透麗は、彼女の全身を眺めた。
          「湧き出でる泉のように、光が溢れる。あなたの内(なか)から、エネルギーがほとばしるのが、
           見えるんです。美しい光が。だから私は、一目見てあなたが何者であるか分かりました」
          本当だろうか。まぁ、この男の言うことを一々本気にしていたら疲れるだけだった。
          「あなたの弟君である螢君。彼もまた……同じように美しい光に包まれていました」
          何事も話半分で聞き流すつもりだった雪だが、やはり螢の名前が出ると、顔を上げずにいられない。
          計算の上なのか、透麗は、そんな彼女を極上の笑みで迎えた。
          「血筋というものでしょうね。あなたの光が、すべての災厄を浄化する焔とすれば、彼の光は……
           この世に生を受けたばかりの、何ものにも染まらず、穢れぬままにある純粋な生命の灯。
           どちらも実に美しく、私の目を愉(たの)しませてくれます」
          「そのためだけに、私に術を使わせるの?」
          「――いいえ」
          唐突に、透麗の表情が失せた。能面のような、真っ白な、何も映さぬ面(おもて)。雪にとって、
          彼の、こんな様子を見るのは意外なことだった。
          「じゃあ……後の理由は、何?」
          少し戸惑い気味に尋ねると、またすぐに透麗は艶然と微笑し、先刻までの瞬間が幻であったかと
          錯覚させる。それが何よりもつかみ所が無くて、雪はもう一度問いかけようとした。その瞬間彼が
          立ち上がったので、雪の視線も上がった。彼が手を差し伸べたので、つられてそれを取る。
          彼は優雅な指先で彼女の手を包み、「一曲お願いします」と伺いを立てた。

          「――あなたは何故、そんなに術に拘るのに……あなた自身はこのお店をやっているの?」
          「何か、矛盾していますか?」
          そう言われると、どうも応えられない。滑らかなリードに乗せられて、雪は気を抜けば、彼の世界に
          引き込まれそうになる。
          「あなた……あなたの家は、今も……」
          “外法師を続けているのか”などという問いかけは、聞きづらく、一番重要なことなのに、口ごもってしまう。
          そんな雪の言いかけた言葉など気にしないように、透麗が逆に問いかける。
          「あなたこそ、御自分のことを詮索されるのを好まないのに、何故私の招待を受けてくれたのですか?
           雪さん」
          彼の所に来れば、色々と知られたくないことまで掘り出されるかもしれないということは、予感していた。
          だが……それでも何故来たのかと問われれば、実のところ、それは彼女にも、よく分からなかった。
          疑問を晴らしたいというのも、ここまで相手のペースに巻き込まれるような場所に赴く理由としては、
          いささか弱い。だから、それを尋ねられると、雪自身、ちょっと困った。うかつに口を滑らせたくないから、
          知らん顔して、黙秘。
          「あなたも、私に逢いたかったからでしょう」
          何を勝手に……と、雪がムッとした顔をすると、透麗はふっと笑う。彼女の腰をぐっと抱き寄せ、
          「あなたの、そんな子供っぽい可愛らしさが、とても好きですよ。雪さん」
          耳元で囁く声が、ひどく腹立たしくも、甘く感じられる。



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