河野勲の岩国ノート

 〔3〕グレナダ侵攻 1983/10/30

その朝、基地は爆音に覆われた 

 急に寒くなった。少しかぜ気味だ。二十六日は六時三十分に目が覚めるが床の中でうつらうつらしている。F4ファントムが南へ向かって発進する爆音。時計を見れば六時五十分。続いてジェット機のエンジンテストと発進音がする。七時十分にF4が市中上空を旋廻して南へ消える爆音がする。床を離れお茶を飲んでいると七時十五分、海上自衛隊のP2Jが北へ発進、海上へ旋廻して東へ。七時五十八分、八時、十時四分と米軍機の発進が続くが、比較的少ない。十一時ごろだったか、地元の山口放送テレビがつぎのような電話をかけてきた。
 「基地報道部の話によるとけさ七時前後に米軍機が十機編隊で発進したということだがどのように思うか」と。
 「私も爆音で確認している。しかし十機も編隊を組むとは珍しいことだ。中東かカリブ海の緊迫した情勢に呼応した動きと見るべきではないか」と答えた。
 中国新聞のI記者も午後、電話で「米軍基地のいような動きに市民が市の基地対策部に電話をしたので対策部が基地に問い合わせをしたらしい。編隊を組んだのはA4スカイホークとA6イントルーダーにF4もいたらしい」という。
 中東へ、カリブ海へ、岩国から直接飛んで行くことは考えられないがアメリカの世界戦略体系は全世界に張り巡らせられている。大韓航空機事件、ビルマのテロ、ベイルートの爆弾テロ、カリブ海のグレナダへの米軍侵攻はびんびんと岩国へも響いてくる。
 午後は雨になった。十五時十二分にF4が北へ発進海上へ旋廻していった。それ以外まったく発進がない。平日で動きのないこと自体が危険なことである。

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