一週間



 1.


 日曜日――市場へでかけ糸と麻を買って来た…


 「負けろ。」
 「フッ笑止な。これ以上1ドラクマも譲るものか。」
 先刻から2人の男が、市場で凄絶な値切りあいを続けていた。購買者はカミュ――押しも押されぬ聖域の黄金聖闘士であり、対する販売者はシャカ――神に最も近い男という2つ名で知られる、こちらもまた黄金聖闘士である。双方一歩も引かず、こと値切り合いに関して両者の力量は全くの互角、このままではワンサウザンドウォーズに突入するやもしれない、というのは通りすがりの天秤座のDさん(自称18才、無職)の述懐である。
 「大体シャカよ、おまえ何の怨みがあって私の邪魔をする」
 「邪魔などと…滅相もないな。ただ私は今週の家賃を稼いでいるだけのこと。君にとやかく言われる筋合いはないね」
 「私だって!!今日ここでその糸を買って今週中にボタン付け千着分仕上げねば来月から新聞を止められてしまうのだ!」
 「私かて立場は同じだ!!今日中に指定額でこのかご一杯の糸を売らねばならんのだ!良質デカン高原産綿花使用だぞ!!」
 「じゃあせめて糸巻きくらいしてから売れ!」
 「よいではないか減るわけでもなし!」
 その時、2人の頭上で雷神もしっぽを巻いて逃げ出さんばかりの大音声が響き渡った。
 「やめんかあ――っ!!」
 2名の黄金聖闘士は、互いにしたたかにぶつけ合った前頭部を抱え込んで声にならないうめき声をあげながら、石畳の上にうずくまった。その目の前に、長衣に身を包んだ長身を認め、シャカはうなった。
 「げっ…教皇…」
 地上最強の黄金聖闘士のえり首ひっつかんで正面衝突させ、地面に投げ飛ばした張本人が、いささか血色の悪い顔でそこに立っていた。
 「まったくお前達は…このヤジウマが目に入らんのか…」
 「入ったら大変です」
 即答したカミュは光の速さで弁慶の泣き所にケリを入れられた。
 「必要以上にアテナの名をおとしめるような真似は以後慎むように…。」言い捨てて、教皇は立ち去った。
 痛みにおめきながら、カミュは思った――もしこの人に率いられていたら、アテナ軍は半日でハーデス城を陥とせたんじゃないだろうか。城内にカンボジア産の蚊の大軍を送り込むとか、爪立てて黒板引っ掻く音を100台の選挙カーからステレオ音声で流すとか、城をアフロディーテの特大ブロマイドで完全に包囲するとか、何か常識人には耐えられそうにない、通常例を見ない、意地の悪い攻撃をして――。しかし、そういう発想が可能だという時点で、自らにもまたその種の才能が存在しているということに、カミュは気づいていない。
 「それではカミュよ、商品はここに置いていこう。お大事に…」
 …お大事に…?はっ。カミュは気付いた。そして、気付いた時には完全に遅かった。
 「シ…シャカの奴…誰がかご一杯欲しいと言ったんだ…。し、しかも…。人の財布から勝手に代金を抜き取って行きおって…」
 水と氷の魔術師は、その場につっぷしたきり10分ほどぴくりとも動かなくなった。


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