4.来訪者


 貫くようなギリシアの日射しが、静かに往来に降り注いでいた。


 古い列柱の残骸と共に石造りの小屋が散在する、聖域のとある界隈。その家は通りから幾分離れた静かな場所に、こじんまりと立っていた。先刻の騒ぎに驚いて飛び去ってしまっていたスズメたちも、今では何事も無かったかのように戻って来て窓辺で遊んでいる。
 手元の書類に目を通しながら、シオンは久々に手ずから淹れたバター茶で一息ついていた。今日はもうすっかり一日家にいることに決めたらしい。さっきまでは略式の教皇服を着込んでいたのが、いつの間にやら私服に着替えている。
 ――しかしまあ、周到なことだ。
 うんざりを通り越して半ば呆れつつ、シオンは心中呟いた。先程使いの海蛇座から手渡された、聖域の復興作業に関する本日分の報告書のことである。もし仮に教皇が教皇の間に来るつもりがないと言うのならば採決だけでももらって置けと、あらかじめ使者に持たせてあったのだろう。使いを寄越した人物の名は、この上聞く気にもならなかった。
 「……教皇宮へ、行かなくていいんですか、シオン」
 傍らから、遠慮がちな声がそっとかけられる。見ればムウが気がかりそうな様子で、床の中からこちらを見上げていた。カップに口をつけながらシオンは、声の方をじろりと睨む。
 「悪かったらここにはいない」
 「でも、……皆困っているのでは」
 ムウはシオンの手元の書類の束を、視線の先で指し示す。積み重ねられた紙の束は、どう贔屓目に見ても薄いとは言い難かった。
 「これはついでに渡されただけだ。逆に言えば、これだけやっておけば家にいてもいいとお墨付きを貰ったようなものだろう」
 仏頂面で答えるシオンに、ムウは思わず口ごもる。シオンは報告書に視線を戻して、なおも構わずに言葉を続けた。
 「ムウ、気にする必要などないと言っているだろう。使いを寄越したそもそもの思惑とて、どうせまたろくでもないことに決まっているのだ」
 「……ろくでもないって」
 「まあ、滅多に遅刻などしない私がなかなか姿を現さないものだから、野次馬根性が疼いたのだろう。別段急務も無いくせに」
 問題発言を大放出しながらも、表情は露ほども変わらない。だが一見至って静かなシオンのその様子が何やら少し苛立たしげに見えて、ムウはどことなく不安を感じた。……苛立ちの理由に、思い当たるものがあったから。
 「言っておくが、別に使いが青銅聖闘士だったからと言って重大な用件という訳では無いぞ。ただの人員不足だ――お前も知っているように」
 速読した報告書に何かを殴り書きながら、シオンはわずかに肩を竦めた。ここ最近の業務の膨大さに比して、聖域の人手不足の悲惨さはもはや冗談としか思えない。
 「ともかくお前は余計なことに捕らわれていないで、さっさと回復することだけ考えていろ。わかったな」
 作業の手を止めぬまま、それでも幾らかは声を和らげたシオンに対して、ムウは複雑そうな顔で微笑を返した。内心の懸念を包み隠しながら。……人員不足の聖域にとっては、やはり教皇のサボタージュが迷惑極まりないということには変わりが無いのではないだろうか。先程からずっとシオン自身が苛々しているのだって、そのせいなのではないだろうか。
 「どうした、不満そうだな。子供呼ばわりしたのがそんなに心外だったか」
 「べ、別にそういう訳では、ありません」
 顔が赤くなって行く自分に腹立たしささえ感じながら、ムウは躍起になってシオンの言葉を打ち消す。シオンは面白そうに続けた。
 「そうは見えないが」
 「あ、あれは、あなたの言い方が。……第一あれでは風邪を引いたのが私だと、すぐにばれてしまうではありませんか」
 「海蛇座ならば、何だかんだで素直に勘違いしてくれそうだったぞ」
 「あの伝言を聞いた人たちがどう思うかということが重要なんです」
 それに、と言葉を繋ぎかけて、ムウは口を閉ざした。……何よりもこの忙しい時期に風邪を引いたなどということが皆に広まって、無用の気遣いをされると困るのだ。同僚達が働き蜂のような毎日を送っているのに、自分だけ休んでいるなど耐えられる訳がない。その分の負担は結局、皆に負わせてしまうのだから。――傍らの、この人も含めて。
 言外の意味を感じ取ったのか、シオンはわずかに溜息をついた。横目でムウの方をじろりと睨むと、低い声で口早に答える。
 「……いつまでも皆に隠しておけるものでもあるまい。それともお前はその体調で、よもや明日から仕事に戻るつもりなのではあるまいな」
 「でも――」
 反論しかけるや否や、睨み付けるような視線に再び射竦められる。しかし、青ざめながらもムウはかろうじて、その眼差しを受け止めた。いくら相手がシオンでも――いや、相手がシオンだからこそ。これだけは譲ることなど、できない。
 そこはかとなく口論の気配が漂い始める。不穏な沈黙が室内に満ち、辺りには気まずい雰囲気が広がり始めた。
 ――と、その時、であった。

 カラン!カン、カン、カン……

 突然、外の方から派手な音がこだました。
 訝しげな表情で眉を顰め、シオンとムウは思わず互いの顔を見合わせる。耳を澄ませば何やらこの家へと向かって、バタバタと足音らしきものが近づいて来ていた。今まで言い合いをしているうちに、つい聞き逃してしまったのだろう。注意して聞いてみると、足音の主はかなり派手な騒音を立てている。窓辺のスズメが驚いたような声を上げて、再びどこかへ飛び立って行った。
 ガラン! ガランガラン!
 もう一度、何やら喧しい物音が響き渡る。バタバタと、騒がしい足音。だんだんとこちらへ近づいて来る。シオンは思わず片手で頭を抱えた。
 ……噂をすれば、影。
 ドバアァァン!
 物凄い音を立てて、いきなりドアが開いた。勢い良く入ってきたのは――。




 「ムウ!熱を出したそうじゃな、大丈夫か?!」
 来訪者の弾むような声に、眉根を押さえてシオンが呻く。
 「……童虎」
 名前を呼ばれた男は爽やかに一笑すると、くるりと後ろを向いて姿を消した。表の方からは再びバタン!と派手な音を立てて、扉の閉まる音が聞こえてくる。
 「……童虎。この部屋には病人がいるのだが」
 再度姿を見せた男に対して、お前は五月蝿過ぎだとでも言わんばかりに、ことさらに抑えた声音でシオンが言葉を発した。童虎はさも心外な、というように片眉を上げてみせる。
 「当然じゃ。先刻承知しておるわ」
 確かに。良く見てみると童虎の両手には漢方薬だの栄養食だの、病人向けの持参品が山のように抱えられている。いや、両手だけではない。腰やら背中の辺りにも何やらでっかいズダ袋が括りつけられていて、さも重そうに揺れている。その、いかにも風邪対策!といった派手な見舞いの格好を見て、ムウは思わず頭を抱えそうになった。……こんな格好で聖域を闊歩していて、人目に付かないはずが無い。
 横ではシオンが不機嫌の一歩手前といった様子で、来訪者へと文句を付けている。
 「わかっているのなら、もう少し静かに入ってくることはできんのかお前は」
 「何を言っているシオン、おぬしが変な戸締りの仕方をするからじゃろうが。戸が開くまで、どえらく力が要ったぞ」
 当たり前だ。シオンは内心で低く呟いた。こういう輩(というかお前だ)が入って来られないよう、粗末な板戸にわざわざ閂までかけて、念入りに戸締りをしていたと言うのに。
 「お前はうちの玄関を破壊する気か」
 「安心しろ、扉に傷はつけておらん」
 言い返しながらも童虎は大股に闊歩して二人の傍までやって来るなり、いそいそとムウの顔を覗き込んだ。
 「……これはまた、派手に熱を出したようじゃな。風邪の具合はどうじゃ?」
 言いながらも童虎の目は既に、俄然やる気に満ちて輝き出している。ムウは何とか微笑を捻り出し、大丈夫です、とかろうじて答えた。胸の中で先刻からの懸念が一気に不安へと拡大するのを、虚ろな気分で認識しながら。……仮に海蛇座の聖闘士が素直に勘違いしてくれていたとしても、どうもこの様子からすると、やはり自分の風邪のことは他の人間にも大いに知れ渡ってしまっているのではなかろうか。他でもない、ここにいる天秤座の黄金聖闘士のせいで。
 「あの……老師、もしできれば、皆にはあまり……」
 黄金聖闘士、牡羊座のムウともあろうものが風邪ごときでぶっ倒れたなどということが伝わったら、後で同僚達に何と言われるか知れたものではない。
 「ああ、大丈夫大丈夫、心配するな。お前は色々と変に気を回し過ぎじゃ」
 白い歯を見せて、童虎は快活に笑った。勢いで腕の中から菊花茶の缶が滑り落ち、カランカランと派手な音を立てる。苦虫を噛み潰した表情で、シオンが唸った。
 「うるさい。静かにしろ。病人に響く。用が済んだらさっさと出て行け」
 「何を言うか。少しはわしにも心配させろ。」
 旧友への挨拶もそこそこに、童虎はムウの方へと向き直った。腰に結わえ付けられたズダ袋の中から、ガランと何やら不可解な音が鳴る。
 「使いにやった市は貴鬼が風邪だと言っていたが、シオンがそう言ったのならばどう考えてもおぬしのことじゃろうと思ってな」
 病人に向けてにっと笑いかけたかと思うと、童虎は素早く床にあぐらをかいて、持参して来た荷物の整理を始めた。いつの間にか勝手にその辺に置いてあった敷物を取って、尻の下に敷いている。両手に抱えられていた膨大な漢方薬は瞬く間に寝具の脇に山を作り、ズダ袋の中からは一体どこで手に入れて来たのか、缶詰だの一升瓶だの果物だの巨大な冬瓜だのがぽんぽんと飛び出して来ていた。
 「そうじゃムウ、いい病人食があるから後で食べてみろ。作り方はここに書いて来た。粥と言ってな――」
 ムウに対して目くばせしながら、童虎は袋の中から米と鍋を取り出した。
 「……童虎。うちにだって鍋くらいはある」
 うんざりしたような口調で、傍らのシオンがげっそりと呟く。
 「水は米の体積の六倍じゃ。病人は手を濡らすでないぞ、わかったな」
 親友のコメントを無視しながら、童虎はせかせかと手と口を動かした。
 「しかし、いったい何をやらかしたんじゃ?おぬしともあろうものが熱でぶっ倒れるとは、いやはや、珍しいこともあるもんじゃのう」
 「いえ、その……」
 「痩せ我慢のしすぎだ、この馬鹿弟子は」
 苦りきった様子で、横からシオンが容赦なく言い放つ。不機嫌さ極まりないといったシオンの様子に、ムウは泣きたいような気持ちになりながら毛布の中に首を縮こませた。こんなに忙しい時にこんなに手間を取らせてしまって、やはり迷惑でない筈が無いのだ。
 病人の様子を横目で見ながら、童虎が顔を顰めて言う。
 「シオンよ、あまり苛めるでない」
 「別に苛めてなどおらぬ」
 「まあ、お前はそのつもりかもしれんがなあ……」
 そうこうしている間にも、袋の中からは驚くほど色々な品物が飛び出していた。一品一品に対してひっきりなしに細々とした説明を加えながら、童虎はそれらを手当たり次第に積み上げる。日本酒。卵。熱燗用の土瓶一式。生姜。生姜の下ろし金。砂糖。かりんのはちみつ漬け。その他諸々、エトセトラ。
 所狭しとばかりに目の前にうず高く積み上げられて行く品々を見ながら、ムウは内心舌を巻いた。一体これだけの物品を、いつの間に仕入れて来たのだろう。しかも、聖域では手に入らなさそうなものばかり。
 「さて、と」
 あっと言う間に出来上がった品物の山の頂上に、最後の一つを綺麗に積み上げて満足そうに頷くと、童虎はふいに勢い良く立ち上がった。
 「用向きの二つ目じゃ。シオンよ、ちょっと顔を貸せ」
 「後日にしろ」
 即答したシオンの腕を、しかしながら童虎はむんずと掴んだ。そうして、あろうことかそのまま戸口の方へと引きずるようにして、抵抗するシオンを無理矢理引っ張って行ったのであった。
 「童虎!何をする!待たんか!」
 「ムウよ、五月蝿いのはわしが相手しているから、今のうちにゆっくり休んでおくのじゃぞ」
 「五月蝿いのはどっちだ!いい加減にしろ!」
 逆上寸前のシオンと、全く構わない様子でそのシオンを拉致して行く童虎。ムウは思わず呆気に取られて、気の利いた言葉一つ思い付かないまま、仕切り壁の向こうへと消えて行く二人を見送ったのであった。




 「……わかっている……だからもう帰れと……」
 「ほざけ。わかっているなら……」
 戸口の方から声がする。病人に配慮してか抑えた声音を使ってはいるものの、何やら切迫した応酬の中、ごく稀に会話の一部分が漏れ聞こえて来ていた。
 出来るだけ話の内容を聞かないように、ムウはそっと寝返りを打つ。せっかく二人が自分に気を遣ってくれたのだから。……恐らくは、滞りっぱなしの聖域の業務についての話だろう。それから、サボタージュ中の教皇を業務へ引きずり戻すための説得と。童虎がわざわざ向こうにシオンを引っ張って行ったのは、この人手不足の折に寝込んでしまった自分に対して余計な気遣いをさせないためだということくらい、いくら何でも察しは付く。そして先ほどからシオンが客人を一刻も早く家から追い払おうと躍起になっている理由も、恐らくはそれと同じ。
 「もうわかったから、さっさと帰れ。あの荷物だけ置いていけ」
 「追い剥ぎかお前は」
 「追い剥ぎで結構だ」
 聞こえてくる口調から察するに、シオンは少し苛立っている様子だった。その不機嫌そうな雰囲気に、ムウは胃の辺りが重苦しく落ち込んで行くのを感じる。壁の向こうの応酬は、その間も止む気配がない。
 「……自分だけ仕事を放り出してやって来たくせに。海蛇座を様子見に来させたのも半分はサボりの口実探しだろう」
 「随分と酷い言いようじゃなあ、シオンよ。わしはお前のためを思って――」
 「だからわかっていると言っている。いいからさっさと戻って働かんか。昨日人員不足を嘆いていたのはどこのどいつだ」
 少しなどというものではない。シオンは相当苛付いているようだった。言葉の端々に不機嫌さがあからさまに顔を出している。しかも先程から客人に対して、帰れ帰れの一点張りである。
 ムウはもう一度寝返りを打ちながら、聞こえないようにそっと溜息をついた。……シオンは聖域の事で手一杯なのに、自分のせいでここへ繋ぎ止めてしまって。これでは自分は、あの人の足枷以外の何ものでもない。
 戸口の話し声は、延々と続いている。二人で声を潜めて話し込んでいるシオンと童虎の様子には、どこか入り込めないような雰囲気が感じられた。何か余程、大切なことを話し合っているのに違いない。そりゃあ、二百数十年来の友人である二人の間に自分なんかが入り込める余地など無いことくらい、わかってはいるけれど。
 ……重ねて我知らずため息をつきながら、ムウは静かに肩の毛布を引き寄せた。




 「おい、シオン!」
 壁の向こうの小さな居室。先刻から延々と続いていた話を、シオンは強引に打ち切った。さっきから相当我慢を重ねてこの友人の小言を聞いていたが、もはや限界である。これ以上言い合っていても埒が明かない。
 「待たんかシオン、まだ話は――」
 「もうわかったと言っているだろう!用が済んだらさっさと帰れ!」
 話ならば既にもう十分だ。と言うかむしろ、これ以上話を続けさせるわけには行かないのだ。背後から追いかけて来る童虎の声を無視しながら、シオンは問答無用で踵を返して病人のいる寝室へと向かった。
 部屋の中に入った瞬間、毛布の中でムウがはっとしたように顔を上げた。中空で一瞬だけ視線が絡み合う――と思ったのもつかの間、病人は無言のままで素早く視線を逸らせた。
 少しだけ傷ついたような瞳で眼を伏せたムウを見て、シオンは内心舌打ちをする。
 ……だから、早く帰れとあれほど言ったのに。
 追いついて来た童虎を睨みつけるように一瞥すると、シオンはムウの額に手をやった。午前中に飲んだ薬が効いているのか、熱はそれほど上がってはいない。
 「……具合は大丈夫か」
 そっと問いかけると、ムウは毛布の中で綺麗に微笑んだ。
 「ええ、大丈夫です。――あの、シオン」
 返事はしないまま、視線で続きを問いかける。何となくわかっては、いたけれども。先程からムウが自分に対して間違った気の使い方をしているのは、どう見ても明らかだった。
 「私は、大丈夫ですから、あなたは無理しないで、教皇宮へ行くか、少し休むかしてください」
 シオンは無言で、再びの渋面を作る。一体どう言えばわかるのだろうか。無理をしているのはそっちだろうに。そうでなければさっきのあの手は、いったい何だというのだろう。
 思えば昔からずっとそうだった。変な気ばかり使って強がりを言う。……本当は傍にいて欲しいくせに。自分で自分のことを迷惑だとでも思っているのだろうか。綺麗に微笑って、独りでも平気だと言う――その嘘が、酷くいたたまれない。昔よりもずっと上手くなってしまった、その微笑みも。
 「……同じ事を何度も言わせるな」
 吐き捨てるようにそう言って、シオンはムウへと背を向ける。そうしてそのまま玄関へと歩を進めた。まったく要領を得ていない様子で、それでも心配そうに後ろの方でうろうろしていた童虎の腕を、乱暴に引っつかみながら。




 「シオン、まだ話は終わっていない!」
 無理矢理戸口から外へと追い出され、抑えた声で童虎は叫んだ。シオンもまた低めた声で怒鳴り返す。
 「いや、もうわかったから!十分だ!」
 「本当にわかっているのかお前は!」
 「馬鹿にするな!」
 半ば当り散らすようなシオンの様子に、童虎は今ひとつ不安感を拭えないまま最後の念押しを試みる。
 「いいからお前はここでちゃんと傍にいてやるんだぞ!しばらく教皇の間には寄り付くんじゃないぞ!わかったか!」
 「だから、わかっていると言っている!もういいから、心配しているならむしろさっさと帰れ!」
 バタン!
 そういうわけで、どんなわけで。相当に焦っているらしいシオンの内心を反映するかのように、扉は勢い良く童虎の鼻先で閉まったのであった。もっとも、その音に紛れるようにして最後にぼそりと付け加えられた感謝の言葉を、童虎の耳は確かに捉えたのだったけれども。
 ……礼は言う、と、小さな声で。




 「……しかし、本当にわかっているのか、あいつは」
 全く、不器用にも程がある。先刻までのシオンの様子を思い返しながら、童虎はぽりぽりと頬を掻いた。まあ、さすがにあれだけ色々と持ち込んでやるべきことを与えておけば、幾ら何でも当分の間は教皇宮にやって来ることもないだろうが。何と言っても、今日半日分の努力を無駄にしてもらっては困るのだ。朝の聖域を駆けずり回って八方手を尽くし、病人以外の人間が傍にいてやらないと絶対に役に立たないようなものばかりを、わざわざ掻き集めて来たのだから。
 何とは無しに考えにふけりながら、童虎は背後の家を振り返る。一見しただけでも中の住人が静寂を好む類の人物であろうことがわかる密やかな佇まいのその家は、白っぽい外壁に太陽の光を眩しく映して輝いていた。
 ともかく、今日のところは良しとしようか。何はともあれ、あの二人がお互いのことをこの上無く心配し合っているということは、良く良くわかったわけだから。まあ、だからこそお互いに相手のことについては頑として譲らずに、喧嘩にもなってしまうのだろうが。
 ついさっき後にして来た家の中で二人がうまくやれていることを祈りながら、かくして童虎は足取りも軽く、十二宮へと向かって伸びる緩い坂道を下っていったのだった。


 貫くようなギリシアの日射しが、その後姿を見送るように、静かに往来に降り注いでいた。



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もはやいっそムウ視点で「トライアングル」とでも題した方がよかったのではないだろうか。笑

管理人の中で、童虎って何故かこういうイメージです。具体的には、「そ〜れ、Fight!」とか「やっP〜!」とか言ってくれちゃうような弾けたお茶目さと、2代目水戸黄門のような深みのあるお茶目さとを兼ね備えた、年齢不詳の素敵な爽やか青年(外見)、でも実はある部分は物凄く大人。みたいな。そして生活習慣はワイルドな感じで(廬山の大地耕してます系)。

なお、当サイトの童虎はムウのことを色々気にかけていて(というか気にかけているがゆえに)、シオンとの関係のあまりの不器用さをヤキモキしていたりとかいなかったりとか、するらしい。で、色々と世話を焼くんだけども、かえってそれが逆効果になることもあるらしい。いや、あの、……ホッホッホッホッ(←笑って誤魔化してもダメです)
実はハーデス編での三人の関係がどうしても自分的にアレだったので脳内補完したかったというのが、今回の話を書いた動機の80%くらいを占めていたりします…

ええと、もう1話だけ続きます。風邪シリーズ、次回で最後です。

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Written by T'ika /〜2004.8.8