Front Mission (vol.3)

 

 

 

「何!? カガリ様が行方不明!?」

その一方を聞いたキサカの顔色が変わった。

 

「詳しい情報では無いですが、どうも視察中に、スコールに巻き込まれて、横殴りの風に煽られたようだとコープス外務官が…」

 

「捜索隊は!?」

「この荒れた天気です。海上からでも直ぐに探す事は…」

 

沈痛な面持ちで机に向かうキサカに、エリカ・シモンズが静かに肩に手を置いた。

 

「大丈夫ですよ、きっと。・・・王子様が何とかしてくださいますわ。」

 

 

*        *        *

 

ヘリからカガリを抱いたまま、海に身を躍らせたアスランの判断は正解だった。

そのままヘリは風に煽られ、海に叩きつけられ、炎上している。

 

とは言うものの―――

「うっぷっ」

荒れた波が顔を弄り、このままだとおぼれる事必須だ。

「カガリ。カガリ!」

返事がない。

きっと落ちた時のショックで、気を失ったのだろう。

逆に暴れないで居てくれれば、このまま近くの岸まで泳いで渡れるかもしれない。

 

そうしてアスランはカガリを抱いたまま、必死に黒い波の間に見え隠れする島に向かって泳ぎだした。

 

*        *        *

 

(どうにか助かったか・・・)

はぁはぁと荒い息を漏らしながら、アスランは何とかカガリを連れ、何処かの小島らしき岸辺にたどり着いた。

「カガリ。目を覚ませ! カガリ!!」

よく見ると、カガリの呼吸は弱い。

(此処まで泳いでくる間に、水を飲んだか・・・)

 

アスランはカガリの鼻を摘まむと、大きく口を開けさせ、そのまま自分の唇を重ね、息を吹き込んだ。

「・・・ん・・・ゴフッ!」

何度かの人工呼吸で水を吐き出したカガリ。

やはり気絶したままだが、海水を飲んでいたらしい。

 

「ともかく、雨の凌げる場所を―――」

カガリを抱き上げ周囲を捜索すると、小さな洞窟が見つかった。奥は今の風向きが違う為、丁度雨が入り込んでこない。

「・・・全く、お前とはどうして、こうも海岸で縁があるんだろうな・・・」

半分苦笑しながらその辺りに散らばる薪を掻き集めて、火を起す。

何気なく耐水性の時計を見ながらアスランは思った。

(もう、夜といって良い時間だ・・・このままだと今日中の救援を待つのは無理か)

 

「う・・・ん・・・」

奥のほうから寝かせたままのカガリが、小さな唸り声をあげている。

以前、無人島であった時なら“イージス”に積んであった非常用の毛布を与える事が出来たが、今できることといえば…

「奥に溜まった枯れ草を使うか…」

 

風向きによって吹き溜まったものだろう。枯れ草の山が、丁度ベッドの代わりになる。

アスランはカガリを寝かせようと、再び抱き上げた。

 

ぐっしょりと濡れた首長服。

あとで何を言われるか判らないが、そんなこと言っていられる状況ではない。

なるべく視線を避けながら、眠ったままのカガリを枯れ草の山につれ、服を脱がせていった。

小さなかがりびに、白い肌が浮き出る。

辛うじて自分を押さえながら、カガリの衣服を剥ぎ取ると、目の前の焚き火に翳した。

アスラン自身も上着を脱ぎ捨て乾かし始める。

以前カガリとこうして出会った時、水に濡れても耐水効果のあるパイロットスーツだったお陰で、自分は濡れる事はなかったが、今回はそうも行かない。

このままにしておけば幾ら丈夫なコーディネーターといえど、風邪をひきかねない。

 

「このままだと救援を要請するにも、明日の朝か…」

まだ地上に残るN・ジャマーの影響で、通信機器は使えない。

尤も自分たち自身は通信機器を持っていないことを考えると、遭難した地点を中心に、オーブの捜索隊が来ない限りは、助けを呼ぶことも出来ない。

(どうするか・・・)

そんな考えをしながら薪をくべていると、

「・・・う・・・ん」

小さなカガリの声

「カガリ。気がついた―――」

「…熱…い……お…水…」

「カガリ! (―――ひどい熱だ!)」

多分、飲んだ海水が肺に入り込んで、肺炎を起しかけているに違いない。

アスランは広めの木の葉に外から雨水を溜め込むと、口に含み、カガリの口に口付け、ゆっくりと流し込んだ。

 

―――コクン・・・

 

頤が小さくゆれ、水を飲み込む音。

それと同時に

「寒い…寒いよ…お父様…」

「カガリ―――」

今度はガタガタと震え出すカガリ。

毛布もない以上、これ以上暖めてやる術は無い。としたら、残る手段は―――

「…怒るなよ」

そう言ってアスランはカガリが身に付けているものを全て外すと、自分も同じように一糸纏わぬ姿になった。

そのまま枯れ草のベッドに潜り込むと、必死に自分を堪えながら只一つの誰よりも護りたい命を、胸の中で温め始めた。

柔らかく、すべらかな肌が小刻みに震えている。

(…ギュッ…)

細い小さな腕が、自然と自分の背に回されるのを感じながら、アスランは必死に祈った。

 

―――カガリ

   意外と細いんだな。お前の身体は・・・

   でもお前の意思は強くて鋭い剣のようなはずだ

   だから・・・こんなことで・・・負けるな

   

   カガリ―――・・・

 

 

*        *        *

 

 

       ―――ここは、どこだ?

       

          お父様?何処?

          私苦しいよ。

       

          私は私の理想の世界を作り上げたい

          お父様の護ってきたオーブと言う国を

  

          でも全然上手くいかなくて

 

          辛いんだ…とっても…

 

    

 

カガリ―――

 

       ―――お父様?

 

    お前はお前の信じる道を行きなさい―――

 

       ―――お父様! でも私なんかの力じゃ…

 

    そんな顔をするな、オーブの獅子の娘が―――

    ちゃんとお前を護ってくれるものがおろう―――

    愛しく、誰よりも大事に思ってくれている者が―――

 

       ―――誰よりも? 愛しく?

 

   あぁそうだ。だから一人で抱え込まずその身を委ねなさい―――

 

       ―――誰よりも・・・温かい

 

          お父様の・・・胸―――

 

 

「う・・・ん・・・」

 

気がついたカガリが辺りを見回す。

聴こえてくる穏やかな波の音。

朝の光と小鳥の声。

そして―――直ぐ傍で眠る…揺れる濃紺の髪―――

 

「・・・へ・・・?」

 

―――3・2・1

 

「キャー――――――ッ!!」

 

流石のアスランも、これにはすぐさま目を覚ました。

「お、お前、私に一体何した!?」

慌ててアスランに背を向け、真っ赤になって胸を隠しながら、カガリが怒鳴った。

「何もしてない!! 只、お前が熱出して寒がっていたから…その…暖める術がなくて…」

言い訳のようにアスランも真っ赤になりながら背を向ける。

かがりは夢を反芻する。

(夕べ…そう…苦しかったのに…急に温かくて、優しいものに包まれた気がして…そうしたら安心して…)

「私が?…そ、そっか…それでお前、助けてくれて。」

「大丈夫…夕べは…暗くて…その…見えなかったから…」

 

お互い背を向け合いながら言い合う2人―――

 

 

アスランは枯れ草のベッドから這い出ると、カガリの方を見ないようにしながらカガリの衣服を投げよこし、自分も生乾きの衣服を着た。

 

「お前のはもう乾いてると思うから…」

「・・・アスラン。」

「ん?」

「・・・ありがとな・・・助けてくれて・・・」

「あぁ・・・いや、とにかく良かった・・・熱も下がったみたいで。」

「うん・・・」

「でもまだ無茶するな。」

「あぁ・・・」

 

何時の間に眠り込んでしまったのか、自分でも思い出せない。

只いえることは―――カガリの苦痛を少しでも取り除いてやりたかっただけ。

覚えていることといえば・・・カガリが自分の背に手を回し、呼吸が安定しだしたのを確認したら…自分も安心してしまった。

 

もしかしたら救助が傍まできていたかもしれないのに。

 

(・・・まいったな。)

 

警戒すらも忘れてしまった。

 

荒れたスコールが、暫く2人だけの世界を作ってくれたことに、何故か心のどこかが擽りを感じてやまない。

 

こんな状況の中で。

 

 

 

アスランは外に出た。

海岸線は夕べの嵐と一転して波は穏やかで、空には一つの雲もない。

 

ふと足元に奇妙な金属片が疎らに落ちているのが目に入った。

「これは…」

夕べのヘリのものではない。

もっと、傷一つなく、錆一つさえない新しい部品の一部―――

 

「何かあったのか?」

奥からカガリが衣服を着終えて出てきた。

「これ。」

アスランが触っていたものをカガリに見せる

「これって…何かの」

「あぁ・・・間違いない…」

アスランは余裕を持っていった。

 

 

「MSの部品の一部だ。」

 

 

そう呟いたアスランの耳に、遠くから救援のヘリの音が聞こえてきた。

 

 

・・・to be Continue.

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