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参考 写真は信濃吉田駅を通過前の長野電鉄2000系 長野電鉄の昔からの本線はどれなのか、筆者には不明なのですが、現在の時点ではこの長野線が本線と言えるであろう。 路線系統には木島線が廃止される以前は、長野〜須坂間を一区切りとして、残る一部区間の須坂〜信州中野間は現在の須坂線に 含まれ江東線と言っていた。信州中野〜湯田中間を山の内線、信州中野〜木島間を木島線(江東線の一部として存在していた?) とそれぞれ言っていたが、木島線が廃止されてからは、現在の路線名で運行されている。 長野駅〜善光寺下駅までは地下駅となっている。以前、3000系電車が来ると東京に住んでいた方は営団日比谷線を想像するだろう。 ほぼ日中は15分おきに運行され、1時間に1本、有料特急(100円)が運行される。信州中野から湯田中については、運行本数も減少 する為か、特急列車には乗車券のみで乗車する事ができるらしい。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ひとり事 撮影旅行にいった時期が、ちょうど桜の咲く頃だったので、バックグランドに桜を入れてみた。風景にややこだわったのは珍しい作品となります。。 東京ではほぼ満開を過ぎ、緑色の若葉がでた時だった。ちなみに、やや直りかけた花粉症が再発したのは、この撮影を終え、帰宅する 新幹線の車内だった事を書き加えておきます。 '09/8/11コメント 長野方面に旅行に行き、特急に乗ってきました。表紙となる2000系車両は、マルーン色車両も含みB特急で運用されているらしく、A特急は 小田急より無償譲渡された2編成を使用し、愛称「ゆけむり」となり、長野電鉄1000系となった。小田急時代の10000系時代は、8両1編成 で運行していたらしいが、4両1編成となり、トイレ・販売カウンターなどはない。長野と湯田中での乗車開始時刻は、約20分前。小田急などに比べ 最前・最後部の席に座るのは容易いと思う(今回の旅で、下り列車で最後部の席に座らせて頂きました。) この1000系「ゆけむり」車両を運用する上で、構造上問題となる事から、それまでの構内スイッチバックと駅奥踏切・200m延長線が廃止、 又、2面2線の相対式ホームは事実上、単面式ホームとなっている。但し、1番ホーム自体は残されており、初代駅舎は「楓の湯」として、日帰り入浴 施設となっているようである。 元東急8500系(長電でも8500系)も、それまでの2000系・3500系の非冷房車両との置き換えを目的とし、'05年9月より運行を開始。しかし、 登坂性能が必要な信州中野〜湯田中間に関しては、入線していない。よって、特急「ゆけむり」の1000系代走は、2000系・3500系で補う事 になる。(B特急にて2000系の代走にて、3500系が運用の時は、特急料金は徴収はしないとの事です。) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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