聖幽戯館〜自然と人間1〜
数日後。

「う〜ん…………」
 部屋の中、テーブルを挟んで真剣に悩む美樹の姿があった。あまりに長く悩んでいたので、しびれを切らせたのかが声をかける。
「美樹、悩んでばかりではゲームにならない」
 テーブルの上には、白と黒の丸が生前と並んでいる。その一枚を黒面にしたり白面にしたり、クルクルと指でもてあそびながら、今後の展開をシミュレートしている美樹だった。
 そう、オセロだ。
 食事会もそうだったが、母神を巻き込んだことがにも好感触だったので、何か遊びでもやろうと思いたったのだ。もちろん、このオセロはに作ってもらった。
 単純なルールで簡単にできる、という理由でオセロを選んだのだが……素人のハズのになぜか勝てない。
 結局、美樹が悩みに悩んで打った手も効をそうせず、大差で破れてしまう。
 緻密な自然を管理しているだけあり、このようなパズルみたいなモノはたちの得意分野。それが例えはじめて見たオセロであっても。決して美樹が弱いわけではない。いや、弱いのかもしれないが。
「…………ふぅ」
 少し肩が凝った。
 一度、大きく伸びをした美樹は、黒が圧倒的な勢力を見せている盤面を見下ろし、考える。
 これほど実力の差があっては、負け続けるのは母神の予知能力を借りることなく予想に難い。美樹が面白くないのはもちろん、勝っているもつまらないだろう。何か、オセロに変わるゲームはないだろうか。
 このような実力差の出るものではダメだ。運の要素が強いゲームがいい。
 もっと大勢で遊べるほうがいいかもしれない。
 それなら、外でもできる遊びにしたほうが、楽しくできるかも。
「…………よし。ちゃん、ちょっと外行こうよ」
「はい」
 何かを思い付き、を連れ立ちあがる。

「かくれんぼ?」
 真っ先に興味を示したのはだった。
「そう。1人鬼を決めて、他のみんなは好きな所に隠れるの。そして、鬼がみんなを探しに行く遊びなんです」
 自然の管理者たちに幼稚な遊びを伝授する美樹。内心はバカにされるんじゃないかとビクビクしていたが、努めて平静を演じていた。
 しかし、バカにされるどころか、説明をしっかり受けとめてくれる。母神にとってみれば、かくれんぼという遊びは初めてだ。おそらく、新鮮な気持ちで説明を聞いているのだろう。
「それで、最初に見つかった人が次の鬼になるのよ。そうやって繰り返すだけなんだけれど……」
 こうやって母神を集めたのはいいが、単純すぎて期待外れだと思われていないだろうか。面々の様子を気にするように視線を泳がせる。
 がいない。
 は例によって見つからなかった。
 はロビーにいるはずだ。さっき事前にルールの説明をしたので……今頃、隠れる場所を探しているのだろう。どうも外に出たくないようで、鬼は免除することにした。
「とりあえず……やってみましょうか。ちょっと面白そうですし」
 の言葉が合図となる。
「それじゃあ……まず、あたしが鬼やりますね。一応、経験者ってことで」
「私たちは隠れればいいんだよな?」
「はい。あ、でも、壁の中にもぐるとか、あたしが絶対見つけられない場所はやめてくださいね」
「りょーかい、りょーかい」
 釘をさすまでもなく、そんなところに隠れることは、考えになかったようだ。人間の能力レベルに合わせているのは、さすがというべきところ。
「よし。じゃ、私はお先に失礼するよ」
 が姿を消すのを合図に、母神たちは隠れる場所を探すべく立ち去ってゆく。
 本来ならば、美樹はここで数を数えるのだが……頃合を見計らって探しに行くことにする。玄関横の壁に伏せ、周りを見ないよう目を閉じた。

 そろそろいいだろう。
「よし。まずは中から探そうかな」
 随分と前にやって以来、すっかりご無沙汰のかくれんぼ。こうしてやってみると、それなりに楽しい。美樹は少しワクワクしていた。
 ロビーは静かで、人の気配はまるでない。
 目立っているのは階段とシャンデリアくらいの、殺風景な場所だ。
 そこで、美樹はあることに気付く。
「そういえば、家具とかほとんどないし……隠れる場所なんてあるのかな?」
 テーブルの下、ソファの裏……せいぜいそのくらいしか思い付かない。でも、隠れるというよりも、見づらくなる程度で、難易度はかなり低い隠れ場所だ。はたして、かくれんぼとして成立するのか……。
「…………失敗したかな……」
 もっと別の遊びにするべきだったと、ちょっぴり後悔。
 しかし、始めてしまったものは仕方がない。別の遊びに変えるにしても、みんなを見つけてからだ。
 美樹は、作ってもらったばかりのお風呂場へと向かった。
「こういう浴槽の中って、よく隠れたな〜」
 思い出を探りながら、湯船のフタをはぎ取る。
「………………うひぁ!」
 予想通りに人影を見つけニヤリとしたその瞬間、予想外の隠れ方に度肝を抜かれ尻餅をついてしまった。心臓がドキドキと波打っているのが、自分でもよくわかった。これほど驚いたのは、いつ以来だろうか。
 三十秒ほどかけて心臓をなだめた美樹は、改めて湯船を覗きこむ。
 半分くらい溜まった水の中に、うつぶせで横たわる少女の姿。白い服とフードをつけたこの少女は、間違いなく無口の母神、である。
「ひ、ちゃん、みーつけた……」
 なんとなく、両手をメガホンのように口へとあて、逆に声は小さく、水中の少女へ発見の合図を送る。
 一時の間。
 ザバーッ  前触れなくは立ちあがる。
「……………………」
 別に美樹を驚かそうとしたわけではないだろうが……せめて何かコメントをしてほしかった。
 は、この後どうすればいいかか解らないのか、浴槽の中に立ったまま。美樹の顔だけをジッと眺めている。
「…………とりあえず、ロビーで待ってて」
 その指示に対し、ほんの少しだけ頷いてみせる。
 美樹も他の母神を探しにいかなくてはならない。外へ探しに行くにしろ、他の部屋を探すにしろ、一度ロビーを通ることになる。二人は一緒にロビーまで行くことにした。
(そういえば……服、全然ぬれてない……)
 さりげなく触れてみたが、サラリとした指ざわりだった。
 普通の生地にしか見えないが、これも何か特殊なモノでできているのだろうか? それとも、水がつかないように、バリアみたいなモノを張っていたのだろうか?
 いろいろと考えてみるが、わからない。そういうものだと割り切ることにした。
「それじゃ、あたしはみんなを探してくるからね」
 一旦、ロビーでと別れる。は無言のまま、サイドに設置されているソファに腰掛けた。
(家の中よりも、外のほうが隠れる場所あるかも……)
 自由に育った庭の植物たちは、隠れみのとして絶好の役割を果たしている。姿を隠すには好都合。
 美樹は、玄関の扉から庭へと足を運んだ。
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