数日後。
「う〜ん…………」
部屋の中、テーブルを挟んで真剣に悩む美樹の姿があった。あまりに長く悩んでいたので、しびれを切らせたのか暦が声をかける。
「美樹、悩んでばかりではゲームにならない」
テーブルの上には、白と黒の丸が生前と並んでいる。その一枚を黒面にしたり白面にしたり、クルクルと指でもてあそびながら、今後の展開をシミュレートしている美樹だった。
そう、オセロだ。
食事会もそうだったが、母神を巻き込んだことが歩にも好感触だったので、何か遊びでもやろうと思いたったのだ。もちろん、このオセロは歩に作ってもらった。
単純なルールで簡単にできる、という理由でオセロを選んだのだが……素人のハズの暦になぜか勝てない。
結局、美樹が悩みに悩んで打った手も効をそうせず、大差で破れてしまう。
緻密な自然を管理しているだけあり、このようなパズルみたいなモノは暦たちの得意分野。それが例えはじめて見たオセロであっても。決して美樹が弱いわけではない。いや、弱いのかもしれないが。
「…………ふぅ」
少し肩が凝った。
一度、大きく伸びをした美樹は、黒が圧倒的な勢力を見せている盤面を見下ろし、考える。
これほど実力の差があっては、負け続けるのは母神の予知能力を借りることなく予想に難い。美樹が面白くないのはもちろん、勝っている暦もつまらないだろう。何か、オセロに変わるゲームはないだろうか。
このような実力差の出るものではダメだ。運の要素が強いゲームがいい。
もっと大勢で遊べるほうがいいかもしれない。
それなら、外でもできる遊びにしたほうが、楽しくできるかも。
「…………よし。暦ちゃん、ちょっと外行こうよ」
「はい」
何かを思い付き、暦を連れ立ちあがる。
「かくれんぼ?」
真っ先に興味を示したのは泉だった。
「そう。1人鬼を決めて、他のみんなは好きな所に隠れるの。そして、鬼がみんなを探しに行く遊びなんです」
自然の管理者たちに幼稚な遊びを伝授する美樹。内心はバカにされるんじゃないかとビクビクしていたが、努めて平静を演じていた。
しかし、バカにされるどころか、説明をしっかり受けとめてくれる。母神にとってみれば、かくれんぼという遊びは初めてだ。おそらく、新鮮な気持ちで説明を聞いているのだろう。
「それで、最初に見つかった人が次の鬼になるのよ。そうやって繰り返すだけなんだけれど……」
こうやって母神を集めたのはいいが、単純すぎて期待外れだと思われていないだろうか。面々の様子を気にするように視線を泳がせる。
暦、歩、泉、茂。潜と望がいない。
望は例によって見つからなかった。
潜はロビーにいるはずだ。さっき事前にルールの説明をしたので……今頃、隠れる場所を探しているのだろう。どうも外に出たくないようで、鬼は免除することにした。
「とりあえず……やってみましょうか。ちょっと面白そうですし」
茂の言葉が合図となる。
「それじゃあ……まず、あたしが鬼やりますね。一応、経験者ってことで」
「私たちは隠れればいいんだよな?」
「はい。あ、でも、壁の中にもぐるとか、あたしが絶対見つけられない場所はやめてくださいね」
「りょーかい、りょーかい」
釘をさすまでもなく、そんなところに隠れることは、考えになかったようだ。人間の能力レベルに合わせているのは、さすがというべきところ。
「よし。じゃ、私はお先に失礼するよ」
泉が姿を消すのを合図に、母神たちは隠れる場所を探すべく立ち去ってゆく。
本来ならば、美樹はここで数を数えるのだが……頃合を見計らって探しに行くことにする。玄関横の壁に伏せ、周りを見ないよう目を閉じた。
そろそろいいだろう。
「よし。まずは中から探そうかな」
随分と前にやって以来、すっかりご無沙汰のかくれんぼ。こうしてやってみると、それなりに楽しい。美樹は少しワクワクしていた。
ロビーは静かで、人の気配はまるでない。
目立っているのは階段とシャンデリアくらいの、殺風景な場所だ。
そこで、美樹はあることに気付く。
「そういえば、家具とかほとんどないし……隠れる場所なんてあるのかな?」
テーブルの下、ソファの裏……せいぜいそのくらいしか思い付かない。でも、隠れるというよりも、見づらくなる程度で、難易度はかなり低い隠れ場所だ。はたして、かくれんぼとして成立するのか……。
「…………失敗したかな……」
もっと別の遊びにするべきだったと、ちょっぴり後悔。
しかし、始めてしまったものは仕方がない。別の遊びに変えるにしても、みんなを見つけてからだ。
美樹は、作ってもらったばかりのお風呂場へと向かった。
「こういう浴槽の中って、よく隠れたな〜」
思い出を探りながら、湯船のフタをはぎ取る。
「………………うひぁ!」
予想通りに人影を見つけニヤリとしたその瞬間、予想外の隠れ方に度肝を抜かれ尻餅をついてしまった。心臓がドキドキと波打っているのが、自分でもよくわかった。これほど驚いたのは、いつ以来だろうか。
三十秒ほどかけて心臓をなだめた美樹は、改めて湯船を覗きこむ。
半分くらい溜まった水の中に、うつぶせで横たわる少女の姿。白い服とフードをつけたこの少女は、間違いなく無口の母神、潜である。
「ひ、潜ちゃん、みーつけた……」
なんとなく、両手をメガホンのように口へとあて、逆に声は小さく、水中の少女へ発見の合図を送る。
一時の間。
ザバーッ
前触れなく潜は立ちあがる。
「……………………」
別に美樹を驚かそうとしたわけではないだろうが……せめて何かコメントをしてほしかった。
潜は、この後どうすればいいかか解らないのか、浴槽の中に立ったまま。美樹の顔だけをジッと眺めている。
「…………とりあえず、ロビーで待ってて」
その指示に対し、ほんの少しだけ頷いてみせる。
美樹も他の母神を探しにいかなくてはならない。外へ探しに行くにしろ、他の部屋を探すにしろ、一度ロビーを通ることになる。二人は一緒にロビーまで行くことにした。
(そういえば……服、全然ぬれてない……)
さりげなく触れてみたが、サラリとした指ざわりだった。
普通の生地にしか見えないが、これも何か特殊なモノでできているのだろうか? それとも、水がつかないように、バリアみたいなモノを張っていたのだろうか?
いろいろと考えてみるが、わからない。そういうものだと割り切ることにした。
「それじゃ、あたしはみんなを探してくるからね」
一旦、ロビーで潜と別れる。潜は無言のまま、サイドに設置されているソファに腰掛けた。
(家の中よりも、外のほうが隠れる場所あるかも……)
自由に育った庭の植物たちは、隠れみのとして絶好の役割を果たしている。姿を隠すには好都合。
美樹は、玄関の扉から庭へと足を運んだ。
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