聖幽戯館〜自然の理想5〜
基本的に、どの部屋の構造も同じらしい。キッチンも道具類をなくせば、この部屋との区別は難い。
 部屋にある家具も、ほとんどは同じ。ただ、配置だけは若干違うようだ。母神にも好みがあるのだろう。
 窓際に1つのイス。そして、壁を背に置かれたイス。テーブルはない。
 壁前のイスに腰掛けた美樹は、同じく窓際のイスに座り外を眺めるを観察していた。
 食事をした後、美樹は部屋にいってもいいかをに尋ねたのだが……やはり、何も言ってくれなかった。同意したのか拒絶したのか、後をついてきた美樹にも何もいわない。部屋に入ってからも、このような状況が続いていた。
 部屋に2脚のイスがあるということは、と、もう1人別の母神の部屋なのだろう。その母神がどういったキャラかは知らないが、この無口にどう対応しているのか知りたいものだ。
 どう声をかけようかと思案を練る間にも、はただ外を眺めているだけ。何が面白いのかわからない。手も動かさない、頭も動かさない。オブジェのようにそこに在るだけ。
 ただこうしていても、無駄な時間が過ぎるだけだ。
「ねぇ、ちゃん」
 名前を呼んでみる。
「ケガを治してくれて、ありがとう。ちゃんとお礼言ってなかったから」
 お礼も言ってみた。
「細胞の管理をしてるって聞いたけど、細胞っていろいろあるの?」
 質問までしてみた。
 こちらを向いてくれたのはいいが、発言はなかった。
 説明をするには何か話さないとならないはず……そう期待を込めた美樹だったが、は入口に歩き出す。そして、ドアの前で振りかえった。
「……………………」
 やはりセリフはないが、瞳は何かを語りかけている。
「ついて来て欲しいの?」
 は答える変わりに、部屋から出ていった。
 ここで置いていかれては、にしゃべらせる計画も停滞してしまう。迷うことなく立ちあがった美樹は、部屋を飛び出し白い影を探す。
 ロビーの方向にはいない。
 は、ロビーとは逆方向、神眼の部屋の前で待っていた。
(もしかして、どんな細胞があるのか直接見せるつもりじゃ……)
 百聞は一見にしかずとは言うが、細胞を見たところでどんなものなのか解かると思えないのだが……? 理科の教科書に載っているのを見たことはあっても、はっきり言ってどれも同じに見えた。
 美樹が自分の姿を視線に収めたのを確認したは、そのまま神眼の部屋へと姿を消す。追いすがる美樹が続いて入っていくと……。
「うわぁ……」
 そこは既にミクロの世界だった。
 小さくうごめく半透明の物体が、上下左右、あらゆる方向から美樹を見ている。もちろん、これらは全てヴィジョンである。
 キレイ……と言うのだろうか。夜空に瞬く星のように、小さく動き回る生命の部品たち。何か不思議な魅力を感じ、見入ってしまう。自分の目では見ることのできない、極小の世界に。
 感動を現した美樹を眺めている。美樹の言動を逃すまいと、じっくり観察しているかのように。彼女は彼女なりに美樹を試しているのだ。
「教科書に載ってる写真と違って、こうやって見てると……なんだろう、不思議な感じ……」
 言葉で表そうとしても、ピッタリくる言葉が見当たらない。本当に感動するというのは、こういうことかもしれない。
「ねぇ、この丸いのはどんなのなの?」
 ミクロの世界の中、唯一実物大の少女に話しかける。
 確かに感動はした。しかし、思った通り、これを見たところでどんな細胞なのか全くわからなかった。そこで、当初の予定通りに質問で攻めることにする。
「……………………」
 さすがにこの質問は言葉で説明するしかないだろう。それでもは、かたくなに口をつぐむ。いったい、どうしようというのか。
 無口な少女の出方を見ようと、美樹も口を閉ざし、待つ。もともと話さないに対し、美樹が黙れば必然的に言葉はなくなってしまう。
 周囲のスケルトン生命体だけが、音のないこの場所でうごめいている。
 その生命体たちが、突然消えた。
 周囲は全く別の場所へと。
 まるで、自分が瞬間移動したかのような錯覚のあと、次なる場面を理解しようとキョロキョロ見回す美樹。
 どうやら、どこかの資料室みたいだった。
 すぐ近くに研究者らしき白衣の青年が見える。もちろん、美樹たちの存在に気付いてるはずがなく、一冊の分厚い資料を一心に読んでいる……ように見えた。
 良く見れば、その青年は動いておらず、映し出されたのがただの静止画だとわかった。
「……………………」
 が何かを指差している。
 青年が読んでいる分厚い冊子。
 覗きこんでみようと近くに寄ると、映像もちゃんと美樹に見えやすいような位置へと動いた。少し驚いたが、なんのことはない。が映像を動かしただけだ。
 難なく覗きこめた資料本の1ページ。いくつかの写真と、それに関する説明文が、難しい漢字に彩られてならんでいた。
 その写真の1つは、先ほど美樹が尋ねた丸い細菌。
「…………黄色ブドウ球菌?」
 なるほど。
 は話すことなく美樹に教えるため、わざわざこんな映像を用意したのか。どうやら、徹底して言葉を出さないようにしているらしい。これは手強そうだ。
(一言でいいから、声を聞いてみたいなー)
 こうなったら、意地の張り合いだ。諦めたほうが負けになる。
(定番だと、脅かしたりくすぐったり……母神に効くかなぁ?)
 美樹は、資料を読んでいるフリをしながら、の立つ位置に照準をあわせる。そして……
「わっ!!」
 バッ、と振り向き、出来るだけの大声と、思い付く限りのヘンな顔を放った。
「……………………」
 少しだけ、の眼が大きくなった……気がした。
 空振りとなったヘンな顔をジッと見つめられ、美樹は無性に恥ずかしくなる。すぐにノーマルモードへと戻していた。
(こうなったら……実力行使よ!)
 次なる作戦を思い付いた美樹。ガシっとの体につかみかかると、脇やら横っ腹やら、くすぐりの刑に打って出た。しかし、思いのほか厚い生地のせいか、は平然としいる。1分ほど挑戦したのち、美樹はくすぐりの刑を諦めた。
(……強敵だなぁ〜……)
 おそらく、くすぐったいという感覚を封印しているのだろう。これでは歯がたたない。人間の形はしているものの、人間の感じる感覚を封印しているのだから、普通のやりかたでは意味がなさそうだ。
(人間の形…………そーだ)
 何かを思い付いた美樹。いたずらっぽい笑いを浮かべ、今度はの背後へとまわりこむ。
 はというと、美樹が何をしてくるのか観察でもしているのか、なんでもきなさいとばかりの直立不動。それが、美樹にとっては好条件となった。
「それっ」
「!?」
 の体が、ガクッと揺れた。
 必殺、ひざカックン。
 ひざの裏に自分のひざを叩きこんで相手の体勢を崩す、小学生たちの秘技だ。
 人間の体格なのだから、さすがにこれは効果あったらしい。油断していたせいか、なんとが倒れるという事態に。
 ふいに映像が途切れ、もとの部屋に戻った。
(やりすぎた……かな?)
 倒れるとは思っていなかった。これは怒られるかもしれない。ツーっと、冷や汗が頬をつたう。
 いや、怒られるなら、逆に声が聞けるかも……?
 期待と不安を抱く美樹の前で、ゆっくりと立ちあがる。顔には、いつも通りの無機質な表情だけ。何を考えているのか、すっと美樹の背後をとると……
「うひゃぁ!?」
 美樹は突然の脱力感に突っ伏した。
 なんと、お返しとばかりのひざカックン……まさかがこんなことをするとは思わなかった。
 は、驚いた様子で立ちあがる美樹を見送ると、無表情は崩さないまま部屋を立ち去っていってしまった。
 残された美樹は、がとった行動について考える。
「…………意外と、乗るタイプなのかな?」
 声は聞けなかったが、少しは収穫があったかもしれない。
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