倉庫というから、もっとホコリっぽくてジメジメしているかと思った。しかし、それは杞憂に終わった。
北を向いているため、日差しなど入ってこない。母神が、掃除したり風を通したりするとは思えない。それでも、倉庫の中は爽やかな空気に満たされていた。
そこには、あらゆる道具が床に散りばめられいる。しまってある、というより、捨ててある、という言葉がピッタリくる。そのどれにもホコリは付着しておらず、まるで時が止まっていたかのように、色あせることなく存在していた。
「…………へぇ〜……」
倉庫の意外な爽やかさと、グチャグチャに放置された道具類に、美樹はなぜか感嘆の息を吐き出した。
パッと見たところ、最近のモノはなさそうだ。刀や鎧、古いお金、なんだか良くわからない道具もある。これがみんな迷い込んだ人間が持っていたモノなのだろうか。
「ねぇ、暦ちゃん?」
「なんですか?」
スタスタと倉庫の中に足を進めていた暦が振りかえる。
「あたしの前に人間が来たのって、いつ頃?」
「150年ほど前だったと思う」
「150……」
(ということは……だいたい明治維新の頃?)
少ない知識を絞る。
そのころに迷い込んだのなら、まともな洋服を期待するのはムリかもしれない。まだ近代社会が日本に来るか来ないかの頃なのだから。もともと期待はあまりしていなかったが……とりあえず、布らしきモノを手当たり次第に手に取り鑑定してゆく。
「これは……てぬぐいかな? こっちは帯かぁ……」
なかなか着られそうなモノが見つからない。
「これはなんだろ?」
白いモノを見付け、引っ張ってみる。かなり長いが……ズルズルと引き出していくうち、それが何なのか頭に浮かび、ふっと手を離す。
「これ、もしかして……ふんどし……」
「それを着るの?」
「き……着るわけないでしょー」
暦の発言に、一瞬自分がふんどしを締めている姿を想像してしまい脱力感に襲われる。
それにしても、どうも男物が目に付く。もしかしたら、聖幽戯館に着た人間は男しかいなかったのか?
聞いてみると、
「そんなことはない。一度、美樹くらいの女の子がきたことがある」
「ホントに?」
それなら、その子の服がどこかにあるハズだ。美樹は勢い込んで探索を再開する。
10分ほど探すと、部屋の隅、扉に近いほうの壁の前に、赤いモノが見つかった。広げてみると、それは浴衣。裾のほうが少しボロボロになってはいるが、生地そのものはしっかりしている。
「これならよさそう」
服の上から試着してみると、サイズは大丈夫そうだ。ただ、少し短めだろうか……。
「裾が破れて短くなったのかな……」
よく見れば、裾は真っ直ぐではなく、斜めにギザギサのラインが走っていた。着る服がこれしかなく、生活している間に破れてしまったのだろう。
「それにするの?」
「うん、これなら……洗濯すれば大丈夫」
ハッキリ言って臭った。ずっとこの浴衣で生活していて、汗とかがしみ付いているかもしれない。洗濯して落ちるかわからないが……。
ともかく畳んで脇に抱える美樹。
「ありがとう、一緒に探してくれて」
「私は別に……それより、それだけでいいの?」
「え?」
暦の言葉の意味が、咄嗟には理解できなかった。少し考えればわかりそうなことなのに、スッポリと美樹の頭から抜け落ちていた。
暦と見つめあうこと数秒。
「…………下着は?」
解っていない気配を悟り、不足アイテムの名を口にする。
「あ〜……」
言われて、納得である。
服だけあってもダメだ。着替えるのなら、下着もなければ……。改めて倉庫の中を見渡し、
「ある気配じゃなかったな……」
それもそのはずだ。一番新しい少女の服でも150年以上前。そのころ、下着を付ける習慣は男にしかなかったのだから。それが、先ほど美樹がみつけたふんどしであり、唯一の下着と言える。
こうなったら、自分で作るか? 生地は、ないことはない。ただ、ソーイングセットがなければ……いや、それ以前に美樹に技術がない。
「歩に頼む?」
困る美樹に助け舟を出すが、美樹は首を振っていた。
「ううん、もう少し、考えてみるね」
下着をずっとつけているわけにもいかない。1つしかないのだから、洗濯した後は乾くまでどうしようか……やはり、履かないまま過ごすしかなさそうだ。あるいは、夜洗濯をし、寝ている間に乾かすか。
「…………それでいくしかないかなー」
寝ている間なら少しはマシだろう。
「でもさ、暦ちゃんって人間の習慣は良く知ってるよね」
一応の決着をつけた美樹は、倉庫から出て暦を振り返る。暦は美樹の横にはりつくように付いてきていた。
「人間は、私の配下だから」
何度か聞いたセリフが答えだった。
美樹は、先ほど聞いた歩の言葉を思い出す。
『人間が好きではあるのですが……なかなか人間の存在をはっきり認めることが出来ないでいるみたいですね』
人間は自分の配下だとハッキリ言っている暦。それなのに、人間を自然とは区別して考えているのだろうか……それとも、わかっているのに他の母神たちに合わせているのかもしれない。
「ねぇ、暦ちゃんは人間は好き?」
そのことを聞いてみようと思ったが、なんとなく聞きそびれてしまった。
「はい」
短い言葉だが、意外と鮮明な声で。どうやら、本当に好きなのだろう。
「でも……望は人間を拒んでいる。人間の歴史を考えれば、それも当然かも知れないけれど」
その名が出ると、美樹の表情も固くなる。
暦は、まるで自分が悪いことをしたかのように顔を曇らせていた。実際、人間を管理している立場なのだから、それも当然なのだろうが……少し、意識しすぎな気もする。
「他のみんなは?」
「……みんなは、人間が嫌いとは言わない。でも……やっぱり、いい気はしていないと思う」
やはり、暦は人間が好きなのに、他の母神に対して気を遣っているのではないか。自分の配下が起こした不祥事に、少なくとも母神たちのほとんどがそう思っている事件に、多いに責任を感じているようだ。それで、「自分は人間が好きだ」という想いを抱え込んでいる……。
何か、現状を払拭できるようなアイデアはないものか……頭をひねってみる。
母神のような高位存在に対し、どこまで効果があるのか疑問だが。
「そういえば……」
ふと、先ほど歩が話してくれた内容が頭によみがえる。
「母神って、未来を予知できるんだってね」
「はい……」
なぜ知っているのか少し驚いたのか……少し逸らしていた視線を、再び美樹へと戻す暦。
「あ、歩さんに聞いたの。……人間を創る時、その後の未来がどうなるのか見たんだよね?」
「はい、もちろんです。そうしなくては、自然が……」
そこで言葉を切らした。
自然が崩壊してしまう危険もあるから……そのように続けたかったのだろう。しかし、今は……
美樹はそれに構わず続けた。
「でも、それって暦ちゃんだけでやったの?」
「予知……ですか? こういうことは、自然全体の問題だから……全員の意見を求めてから」
「それだったら、暦ちゃんが責任感じることなんてないよ!」
突然の大声に、暦の肩が小さく揺れた。母神には珍しい反応だ。
「そうでしょ? みんなで決めたんだから、みんなの責任よ。暦ちゃんのせいじゃない!」
結局のところ、張本人である人間が悪いことになるのだが……それはあえて言わなかった。人間が好きらしい暦に言っても仕方がないと思った。
視線を落とし、少し考えている風の見た目5歳児の女の子。
そんな小さな頭を見ていたら、思わずなでなでしていた。
「…………ありがとう、美樹」
なにか結論でも出たのか、視線を合わせてそうもらした。
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