ロビーまで来て足をとめる。
なんだか一方的に頼まれてしまったが、さてさてどうしたものか……。
いきなり母神に人間の考えを言ったところで、簡単に「はい、そうですか」とはいかないだろう。何億年、何十億年も前から存在している彼女らに、若干13歳の自分の意見など聞き入れてもらえそうにない。歩は、自然体で、と言っていたが……。
「あんな話を聞くと、かえって難しいよね〜」
逆に、聞かなければ自然に暦たちと仲良くなれたかもしれない。意識をすれば、行動が不自然に思えてやりにくいものだ。
いや、それ以上に、人類の存亡が、美樹の双肩にかかったというプレッシャーが心を重くしていた。
母神にどれほどの力があるか知らないが、自分が体験した限り、話がウソでないことは解った。方針が決まれば、きっと、この母神たちは人類を全滅させることだろう。その前になんとかしなくては……
考えながら、美樹は玄関に足を向けていた。暖かな日差しを身に受けリフレッシュしたい……そんな本能がそうさせたのか。
玄関の扉は閉じている。手をかけると容易に開くが、やはり母神の時とは違い自動ではない。あれも、母神の力なのか……それとも、この聖幽戯館そのものが母神に反応しているだけなのか。ともかく、美樹は自分で開けるしかないのだろう。
強い日差しに目を細め、荒れ果てた……もとい、自然の庭を前に伸びをした。
「美樹、入浴は終わった?」
と、庭には暦がいた。気付いていない美樹を見て、向こうから声をかけてくる。
「あ……うん」
まだ迷いの残る心に、この不意打ちはきいた。不自然なほど高くなったトーンに、美樹自身が驚いたくらいだ。暦がこの不自然な言葉に気付かぬはずがない。
「美樹……何かあった? 昨日と何か違う気がする」
わずかに首を倒すその仕草は、長い時を過ごしてきた母神のそれとは思えない。本当に子供そのものを見ているようだ。
「ううん、大丈夫。何でもない」
両手を小さく振って答えた時には、いつもの美樹だった。
暦の人間くさい仕草につられてしまったのか。相手が人間を滅ぼそうと計画している母神だということを、その瞬間忘れていた。
「……そうですか」
訝しげにしていたが、ムリに聞くこともないと思ったのか、暦は納得してくれたようだ。
「ところで美樹。入浴後は服を着替えることが習慣だと思う。でも、美樹は替えの服は持っていないけれど……よければ、歩に頼んでみる?」
さすがに人間の習慣に詳しい。先ほどの泉など、トイレすら知らなかったというのに……どうも、母神たちの中にも知識の差というものが存在するらしい。
「え、ホントに?」
嬉しい申し出に、つい笑顔になりかけたが、
「でも、あまり頼るのも悪いから、自分でなんとかしてみようかと思ってるの」
「そうですか? それなら構わないけれど……どうするつもりなんですか?」
具体的に聞かれ、美樹は困る。
それを考えていなかった。自分で作るにしても道具が必要だし、ゼロから服を作るなんて美樹にできそうになかった。
考えていると、暦に案内してもらった時に見た倉庫を思い出す。
「そうだ。ほら、あの倉庫。あそこに服もあったりしない?」
過去に聖幽戯館へ来た人間の道具があると言っていた。それなら服もあるかもしれないと考えたのだ。
「確かあったと思う。ただ、美樹に合うかは解らないけれど……」
「じゃあ、探してみるよ。暦ちゃんも来る?」
何気なく誘いをかける美樹。
「はい」
嫌がることもなく、暦はすぐに返事をくれた。
「じゃ、行こっか」
暦の手を取り、玄関を戻る。
いつのまにか、美樹は自然体に戻っていた。暦の人間らしさが、美樹の精神を癒してくれたのだろうか……。
(……そっか。別にあれこれ考えなくてもいいんだ)
特に意識していたつもりはない。いや、意識しなかったからかもしれない。無意識に、暦と普通の会話ができていた。
ちょっとだけ、今後に自信がついた気がした。
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