聖幽戯館〜自然との生活5〜
ロビーまで来て足をとめる。
 なんだか一方的に頼まれてしまったが、さてさてどうしたものか……。
 いきなり母神に人間の考えを言ったところで、簡単に「はい、そうですか」とはいかないだろう。何億年、何十億年も前から存在している彼女らに、若干13歳の自分の意見など聞き入れてもらえそうにない。は、自然体で、と言っていたが……。
「あんな話を聞くと、かえって難しいよね〜」
 逆に、聞かなければ自然にたちと仲良くなれたかもしれない。意識をすれば、行動が不自然に思えてやりにくいものだ。
 いや、それ以上に、人類の存亡が、美樹の双肩にかかったというプレッシャーが心を重くしていた。
 母神にどれほどの力があるか知らないが、自分が体験した限り、話がウソでないことは解った。方針が決まれば、きっと、この母神たちは人類を全滅させることだろう。その前になんとかしなくては……
 考えながら、美樹は玄関に足を向けていた。暖かな日差しを身に受けリフレッシュしたい……そんな本能がそうさせたのか。
 玄関の扉は閉じている。手をかけると容易に開くが、やはり母神の時とは違い自動ではない。あれも、母神の力なのか……それとも、この聖幽戯館そのものが母神に反応しているだけなのか。ともかく、美樹は自分で開けるしかないのだろう。
 強い日差しに目を細め、荒れ果てた……もとい、自然の庭を前に伸びをした。
「美樹、入浴は終わった?」
 と、庭にはがいた。気付いていない美樹を見て、向こうから声をかけてくる。
「あ……うん」
 まだ迷いの残る心に、この不意打ちはきいた。不自然なほど高くなったトーンに、美樹自身が驚いたくらいだ。がこの不自然な言葉に気付かぬはずがない。
「美樹……何かあった? 昨日と何か違う気がする」
 わずかに首を倒すその仕草は、長い時を過ごしてきた母神のそれとは思えない。本当に子供そのものを見ているようだ。
「ううん、大丈夫。何でもない」
 両手を小さく振って答えた時には、いつもの美樹だった。
 の人間くさい仕草につられてしまったのか。相手が人間を滅ぼそうと計画している母神だということを、その瞬間忘れていた。
「……そうですか」
 訝しげにしていたが、ムリに聞くこともないと思ったのか、は納得してくれたようだ。
「ところで美樹。入浴後は服を着替えることが習慣だと思う。でも、美樹は替えの服は持っていないけれど……よければ、に頼んでみる?」
 さすがに人間の習慣に詳しい。先ほどのなど、トイレすら知らなかったというのに……どうも、母神たちの中にも知識の差というものが存在するらしい。
「え、ホントに?」
 嬉しい申し出に、つい笑顔になりかけたが、
「でも、あまり頼るのも悪いから、自分でなんとかしてみようかと思ってるの」
「そうですか? それなら構わないけれど……どうするつもりなんですか?」
 具体的に聞かれ、美樹は困る。
 それを考えていなかった。自分で作るにしても道具が必要だし、ゼロから服を作るなんて美樹にできそうになかった。
 考えていると、に案内してもらった時に見た倉庫を思い出す。
「そうだ。ほら、あの倉庫。あそこに服もあったりしない?」
 過去に聖幽戯館へ来た人間の道具があると言っていた。それなら服もあるかもしれないと考えたのだ。
「確かあったと思う。ただ、美樹に合うかは解らないけれど……」
「じゃあ、探してみるよ。ちゃんも来る?」
 何気なく誘いをかける美樹。
「はい」
 嫌がることもなく、はすぐに返事をくれた。
「じゃ、行こっか」
 の手を取り、玄関を戻る。
 いつのまにか、美樹は自然体に戻っていた。の人間らしさが、美樹の精神を癒してくれたのだろうか……。
(……そっか。別にあれこれ考えなくてもいいんだ)
 特に意識していたつもりはない。いや、意識しなかったからかもしれない。無意識に、と普通の会話ができていた。
 ちょっとだけ、今後に自信がついた気がした。
〜自然との生活4〜Last Paragraph<<<<<★>>>>>Nest Paragraph〜自然の理想1〜

[聖幽戯館]選択へ→
[月の小部屋]TOPへ→