聖幽戯館〜自然との生活4〜
入っていくと、はソファを勧めた。
 座ってみると、フカフカしていて、とても座り心地がよかった。綿菓子のような柔らかさで、美樹の体重を包み込む。長く座っていても、お尻が痛くなったり腰がつかれたり、そんなこともなさそうな程。
 ただ、当のは、美樹を正面から見降ろすように立ったまま話を始めた。
 フカフカのソファに座っていても、美樹は緊張から少し体を固くする。
「あなたの、処遇についてです」
 そう切り出す。
「処遇……?」
 昨夜の場面が思い出される。
 その話は、自分がここで生活することで決着していたのだと思ったが……これからまだ何かあるのだろうか?
「昨夜の会議……私は、あなたが覗いていることを知っていました。その上で、あなたがどうするのか……様子を見ていました」
 あの時……がこちらを見ていたと感じたのは、勘違いではなかったようだ。知っていて、会議を続けていた……あの、人類抹消計画、と言っただろうか。美樹には、とてもショックな内容の計画。
「見たところ、あなたは、物事を客観的に見ることができそうですね」
「え……そ、そうですか?」
「少なくとも、私にはそう見えました。あなたの命を絶ち切らなかったのは、それが理由です」
 どこでそんな判断になったかは知らないが、少なくとも美樹は自覚がない。あの時だって、自分のピンチをなんとかしのごうとしただけだったのだが……でも、それで命が助かったのらラッキーというもの。
「見つかったことで、あなたは逃げました。実は、この行動は、私から見れば失格点です。もう少し堂々と意志をぶつけてもよかったでしょう」
「はぁ……」
 じゃあ、何が合格点だったのだろう?
(あの後といえば……ただ、逃げて、悪あがきしてただけなよーな気もするけど……)
 どうも合点のいかない美樹。
「あの時、言いましたよね? 『人間の悪いところを考えて……』と。自分たちをヒイキめに見ず、第三者の立場から捉えなくては、そのような言葉は出ないはず。命の危機の中、助かりたい一心で放ったセリフだということを差し引いても、見込みはあると思いました」
 の説明はこうだった。確かにそうかもしれないが、美樹に自覚がないのも事実。自分が客観的な人間かなんて、実感がわいてこない。それに、美樹に何かを期待しているみたいだが……?
「えっと……見込みがあるっていうのは、いったい何のです?」
 実は母神は人間の中から選ばれ、特殊な能力を得たスーパー人間だった……なんてことはないだろうが、人間の美樹にいったい何を期待しているのだろう。
「その前に……」
 少しの間をおき、は美樹の質問には答えず、逆に尋ねてきた。
「あなたは、自然に対する人間の行為を、どのように考えていますか? それと、人類抹消計画についても。言葉を飾る必要はありません。あなたの正直な気持ちを教えてもらいたい」
 表情に一段と真剣さが加わる。美樹もつられて、真剣な顔になった。
「えっと……あたしの本当の気持ちを言え、ってことですか?」
「そういうことです」
「……怒りませんよね?」
「ええ。私はただ、あなたの気持ちを知りたいだけです」
 知ってどうするのか、それは知らないが……ともかく、不満をぶちまけてもいいというのなら、やってやろうじゃないか。美樹は、そう心を決めた。
「人間を全滅なんて、やりすぎだと思います。そりゃ、自然を汚したり壊したりしてるけれど、自然を保護しようとしてる人だってたくさんいます。今はまだまだだけど、きっと未来は元の自然に戻すって信じてます!」
 自分がその一角をなそうと思っているのだが、今の状況ではムリだろう。それに、自分がそんなことできるのか、正直自信がない。このの前では、とても言い出せなかった。
「それで、罪をほろぼすということですか?」
「そういうわけじゃないけど……人間がしたことなんだから、人間が戻すのが道理かなって……それだけなんですけど……」
 予期せぬの言葉が、美樹の心を惑わせた。自分の言ったことがの目にどう映ったのかが気になり、急に言葉をにごしてしまう。『正直に』とは言っていたが……正直こそ最もむずかしいモノだと感じた。
「元に戻す……ですか」
 は視線を窓に向けた。窓から見える、聖幽戯館の庭に。
「本当に自然を元に戻そうとするならば、まずは人間の数を今の十分の1にしなくてはならないでしょう。昔の自然に戻すには、人間の数はあまりにも多すぎます。これは、絶対条件……これなくして、元の自然に戻す術はありません」
「……それは……」
「食物連鎖の上位に位置する人間は、あまりにも数が増えすぎ、それだけで生態系を大きく乱しています。そして、人間が活動することで消費する資源、発生する廃棄物……当然これも過剰な量となり、自然のバランスを狂わせる。人間の需要に見合うだけの資源の供給力は、自然にはない」
 再び、美樹を見て、続ける。
「自然は、強い力を持っているけれど、ただ力だけで動くわけではない。力のバランス、それが自然の本来の姿。それぞれの力がバランスよく働くことで成り立ちます。このバランスが崩れたとき、自然の力は正常に働かなくなってしまいます。そして、崩れた原因は、人間の過剰繁殖」
 一言一言を、ゆっくりと話していく。美樹に言い聞かせるように。
「つまり、現在の状況でどう手を打とうと、自然を元に戻す方法はない」
「じゃあ、どうやっても人間を……減らさなくちゃいけないんですか?」
 それが、昨夜話していた計画に直結していることはすぐにわかる。人類抹消計画に――。
「自然を元に戻そうとするなら、そうです」
「どうして、そんなこと言いきれるんですか? 他に何か方法とか……」
 自分でもビックリするくらい、美樹は意見をぶつける。目の前にいるのが、自然界のトップであることなど、忘れているかのように。自分が人類代表で、その責任感からの行動ではない。美樹自信がどうしても納得できないのだ。
「ありません」
 はキッパリと否定する。その根拠は、続けて話す母神の能力にあった。
「私たち母神は、自然という巨大で繊細なエネルギーを管理しています。下手にいじればバランスを崩し、崩壊する危険もあります。そのため母神は、ある共通する能力がそなわっているんです」
「共通する……?」
 個々では管理対象が違うので能力にも差があるようだが、どうやらそれ以外に母神特有の能力があるみたいだ。
「ええ……未来を、予見する力」
 目を閉じ、美樹に悟らすよう、ゆっくり、かみしめるように。
「自然のルールを作りだし、それを管理する私たちは、現在の状態が続いた場合に起こる未来の現象を知ることができます。それを元に、自然に少しずつ変化をもたらしてきました」
 なぜだろうか。の言葉に厳しさが感じられなくなってきた。どちらかと言うと、優しさが漂う。
「おそらく、このまま人間が繁栄を続ければ、自然の多くは機能を失いかねないでしょう。母神たちにとって、それだけは避けたいことです」
「あの……」
 思わず右手を動かした。
「未来がわかるんですよね?」
「ええ。あなたたち人間が、1+1を2と答えるように、母神はほぼ確実な未来を感じることができます」
「じゃあ、どうして『おそらく』なんですか?」
 このだって母神。未来がはっきりわかっているなら、おそらくなんて表現はつかわないはずなのに。
「それが、母神の最大の悩みなんです。人間の行動が関わってくると、どうしても予見の力に狂いが生じてしまい、思い通りに自然をコントロールできなくなっていること……水や空気が汚れたり、動物が絶滅したり、その事実に母神は怒っているわけではない。自然の状態を勝手に変えられたことが、抹消計画につながりました」
「……………………」
「解りますか? これはすなわち、人間が行なっている自然保護という行動にもあてはまることを。今の状態の自然を、また勝手にいじられて……人間の自己満足にすぎないことを。人間の身勝手で、自然が自然でなくなっているということ」
「そんな……」
 よかれと思ってやっている自然保護までが、母神の怒りを買っているなんて……思いもよらない事実に、美樹は言葉もない。
 これでは、人間が何をやってもダメではないか。この母神は、人間に何もするなと言っているのだろうか? 何もしないで、ただ一生を終えろと……?
 昨夜の会話を聞いた限り、人間の魂を管理しているにすら、今の人間の行動を予想することは難しいようだ。管理下にある人間がこの調子では、も肩身の狭い想いをしているかもしれない。
 そういえば、他の動物たちなら未来はわかるのだろうか?
(……あれ?)
 何かひっかかった。
 動物と人間……どちらもの管理下だ。いや、それ以前に、人間だって動物には違いない。ということは……
「……人間は、自然じゃないんですか?」
 その問いに、は答えない。
「人間も動物ですよね。それなら、ほかの動物が自然だっていうなら、私たち人間も自然なんじゃないですか? それなら、人間がしてきた行動も自然なんじゃ……」
 完全に思い付きのセリフだった。つい勢い込んで口に出したが、途中から言葉に勢いがなくなる。こじつけな理由に思えてきたのだ。
 は、そんな美樹をしばらく見つめていた。
 怒っているような、驚いたような、そんな目で。
「そう……人間も自然の一部であることに違いはない。でも……母神たちは、それを認めたくないのでしょうね」
「……え?」
「あなたなら、そのことに気付くと思っていました。人間が、大地、海、大気、それらと何も変わることのない、自然の一員であることに」
 いままでの話の内容から一転し、人間をかばうような話が始まった。
「母神は、自然を完全にコントロールする時代が長かった。人間には想像に難いほど長い時間……そして、人間が登場し、そのコントロールが難しくなり……母神は、自分たちの存在に危機感を持ち始めています。人間が自然をコントロールできるようになったら、自分たちは必要なくなるのではないか……と」
 母神がそんな考えを持っていたとは……は違うのだろうか? なんだか最初から人間を認めていたような気もする。もしそうなら、どうして他の母神たちを説得しないのだろう?
「これは、もそうなのです。人間が好きではあるのですが……なかなか人間の存在をはっきり認めることが出来ないでいるみたいですね」
ちゃんも……?」
 そういえば昨日も、人間をコントロールできなかった自分の責任、みたいなことを言っていた。
「私は、人間のことは気に止めていません。人間が自然をコントロールできるようになったといっても、やはりそれには限度がある。自然のルールまで操ることは人間にはできないのだから、母神が必要なのには違いがない。それに、良いにしろ悪いにしろ、予想のできない未来に対し、楽しみもあるものです」
 珍しく――まだ出会って丸1日もたっていないが、雰囲気からそう思う――の口元が緩んだ。
「この楽しみを、他の母神にも知ってもらいたい……私は、常々思っていました。しかし、母神を統括する者である以上、自分の意見だけで決めるわけにもいかない。ほとんどの母神が人間の存在を否定するのなら、私はその方向でまとめなくては」
 リーダーとしての心構え、という所だろうか。は自らの意思とは違う計画を進めざるをえなかった……そういうことなのだろう。このあたり、がリーダーとして信頼される一角が伺えた。
「私のこの考えは、誰にも話したことはありません。あなたが初めてです。私の考えが正しいか否か、それは私には判断できません。もちろん、人間抹消計画もしかり。……未来予想がうまく働かない今、母神が1つ成長するチャンスだと……あなたを見て思いました」
「……どういうことですか?」
「母神は、母神以外から意見されることがありませんでした」
 は小さく頷いて、
「母神が表立って自然に干渉することがなく、そのような機会がなかったというのも理由の一つですが……何より、私たち母神は、自然界から見れば絶対的な存在。逆らうという意志そのものがないのです」
 土とか水とかに意志なんてあるんだろうか……。
 そんな突っ込みを入れたくなったが、やめておいた。
 ただ……と初めて会ったあの時、逃げてしまったクマを思い出した。の気配を感じたのか……。
「でも、あなたは違います。今はまだぎこちないですが、いずれ母神たちの良き相談役になるかもしれません」
「あの〜……」
 の言いたいことが解ってきた。
「それはつまり、さんに代わって、あたしがみんなを説得して欲しいって……?」
 そんな大それたこと……そんな責任重大なことをしろと言われても困る。
 はこのために美樹を生かしたのだろう。断ったらいきなりブス……なんてこともありうるかもしれない。
 困惑する美樹。しかし、はクスっと笑い、
「いえ……私はただ、自分の考えを述べただけ。あなたがやりたくないのなら、それでもいいでしょう。それから……」
 再び真剣な顔になる。美樹の背筋にもピッと緊張が走った。
「今ここで話した内容は、誰にも内緒にしてください。私から言われたのではなく、あくまでも、あなたが自分で起こした行動……そのような前提でなくては、母神たちも本心を出してくれないでしょう。いずれ機会を見て、私から説明をしますから」
 つまり、何があってもは責任とらないと……?
 わずかに苦笑する美樹。
 まぁ、やるやらないは自分で決めていいわけだから……とはいえ、放っておけば人類全滅は時間の問題ということではないか。
(これって……ある意味、選択肢ないじゃない)
 自分は助かるんだからいーやー♪ なんて無責任な考えもよぎったが、美樹にはできそうにない。もしそうしたら、きっと罪悪感だけが残るだろう。
「もし、あなたが引き受けてくれたとしても、ムリして良いことを言おうとしなくていい。あなたは、あなたらしく、母神に接していけばいいのです。そう、友に接するように……それが、母神の心に変化をもたらすと、私は思っています」
 優しげに、美樹の耳に伝え、の話は終わった。
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