聖幽戯館〜自然との生活3〜
の部屋は、美樹が世話になっているの部屋の向かいにあった。の部屋は北向きだが、この部屋は南向き。ここでも母神の力関係が出ているのか……いや、そもそも母神にそんなこと関係ないかもしれない。
「おーい、〜」
 ノックすることなく、自分の部屋のように扉をくぐるに続き、、少し緊張気味の美樹。
 は窓際のイスに腰掛け、窓の外に目をむけていた。そして、3人が入ってくるのを待っていたように立ちあがる。
「何の用かは、わかっています」
 どうやら、庭で話していた声が聞こえていたようだ。
「そりゃ話が早いね」
 その言葉に合わせ、母神たちの視線が美樹に集中した。
 美樹は少し驚く。そして、その意味を感じ、あわてて頭を垂れる。
「あ、あの……お願いできますか?」
 目の前の母神のリーダーに対し、怯えたような声で頼みこむ。まだ、あの時の恐怖が頭の中に残っていて、これまでの母神のようにフレンドリーな会話とはいかないらしい。
 は、無味の瞳で美樹をみつめている。
「ええ、いいでしょう。ついてきなさい」
 と、美樹たちの脇をスッとすり抜けて行く。
 意外とアッサリ受理されて、ちょっと拍子抜けだった。
 は統率者だけあり、話のわかる母神のようだ。

「この部屋なら問題ないでしょう」
 さっきが言っていた空き部屋に入る。使っていないのだから、確かに問題はないが……
「あ、あのー……」
 何かしようとしていたの体が止まる。
「ごめんなさい。あの……ちょっと広すぎるかなって……」
 部屋の広さは十畳ほどもある。他の部屋と同じぐらいの大きさだった。さすがに、この部屋全部をトイレにするのは……別に問題があるわけじゃないが、落ち付いて用をたせそうにない。
 思わずそんなことを言ってしまったが、彼女たちの気を悪くさせてしまったのではないかと、美樹は改めて訂正をいれる。
「あ、いえ、あの……ひ、広いのも、いいかな……あはは」
 我ながら、稚拙なセリフだ。
 母神たちは、半ばあきれたように、そのセリフを聞き取る。
「言いたいことがあるなら、ハッキリ言ったほうがいいぞ。中途半端なことを言って、後で後悔したくないだろ?」
「だいじょうぶ。私たちは、素直な気持ちに憤慨することはないから」
 つまり、欲しいモノは欲しいと言えと?
 そういうことではないだろうが、要求には応じるということだろう。
「それじゃ、えっと……この、ぐらい、かな」
 指で床の範囲を指し示す。
「それでいいのね?」
「は、はい」
 返事をすると、床から壁が生えてきた。まさに、そのような表現がピッタリだ。動く壁は天井まで伸び接着する。そして、壁の一部が切り取られ、ドアの形へと変わっていった。
 ドアを開いてみると、その中には見なれた洋式トイレが向かえてくれる。まさに完璧である。
「す、すごい……」
、地下水を」
「はいはい」
 どうやら、地下水を使って水洗するらしい。見たところ、何も変わっていないが、見えない場所で準備が進められているのだろう。やがて、
「よし、できた」
「水質処理は、後でに任せましょう」
 といえば、例のシスター少女……確か細胞の母神だったような……
「どうゆうこと?」
 水質処理との関連性が見えず、首をかしげる。
は単細胞生物を管理している。その中には、有機質を分解するモノもいる。それを使えば簡単だから」
 が良い間合いで説明してくれた。
 どうやらという母神、いろいろな力を持っているようだ。
「しかし、部屋の一部しか使ってないな。せっかくだから、他に何か作ったらどうだい?」
 そう、部屋はまだ80%以上残っている。このスペースは確かにもったいない。
 そこで美樹は、もう一つ欲しいと思っていた施設を提案することにする。要求オッケーと言われて、もう怖いモノなしだ。
「あの、そういうことなら……」

 カポーン。
 実際にそんな音は聞こえていないが、こんな場面にはピッタリな音かもしれない。
「はぁ〜……いい気持ち〜」
 薄青の光が輝く湯船につかってくつろぐ美樹。
 そう、作ってもらったのは、お風呂だった。
 ガケから落ちて泥だらけになり、緊張の連続で汗もたくさんかいていた。お風呂に入ってサッパリしたいと思うのは、女の子としては当然の感覚だろう。
「ようは水浴びだろ?」
 とは、のセリフ。
 外の湧水でいいじゃないかと案をだしていたが、ここでもがなんとかしてくれた。
 タオルやセッケンまで用意してくれるし、いたれりつくせりとはこのことだ。昨夜のことがウソのような待遇だった。
 ただ、ガスや電気がないため、お湯を沸かすことができないらしい。今現在、美樹がつかっているお湯は、が出してくれたもの。液体の範囲内であれば、温度の調節は可能らしく、40℃のお湯を出してもらってのだ。当然ほうっておけば冷めてしまうので、入りたい時には呼ぶようにとのこと。
 この問題も解決策はあるのだが……用に冷蔵庫を作ってくれた温度を管理する母神。あるいは、電気を管理する母神。どちらも聖幽戯館から離れているため、今はムリだ。そして、もう一人……唯一、美樹を快く思っていないがいる。うすうす気付いてはいたが、彼女は気体を管理する母神で、ガスも配下なのだという。ただ、彼女の性質から考え、協力してくれはしないだろう。
「ここにいない母神も、けっこういるんだね〜」
 誰もいない浴室でつぶやいてみる。
 あんな計画を練っていた母神たちだが、友好的な性格なのが多いらしい。そういうことなら、もっと他の母神にも会ってみたいものだ。
 さて、あまり長く入っていても、のぼせてしまう。美樹は湯船から出ると、同時に作ってもらった脱衣所へ。同じく用意してもらったバスタオルで、体の水滴をふきとった。
 服を着ようとして、ふと思う。
「あー……この服しかないんだよね」
 そう、着替えなどないのだ。お風呂に入って体を洗っても、汚れたままのこの服しかない。これでは、せっかくのサッパリ気分も半減である。
「洗濯できればなぁ……あ、でも、それじゃその間は裸でいなきゃいけないのか」
 さて、どうしたものか。
 おそらく、に頼めば服ぐらい作ってもらえるだろうが……こんなに急にいろいろ頼んでは失礼かもしれない。彼女たちは、気にしなくていいと言っていたが、美樹の人のよさがためらわせる。
「それなら、着なきゃいいじゃない」
 背後からかけられた声は、美樹の心臓を飛びあがらせた。
「あ……」
 振り向いてみると、声から予想したとおりの顔がそこにある。
 気体の管理者、の顔が。
「そもそも、動物はそんなもの着てないよ。それが自然」
 なるほど。彼女がこんな薄布だけの格好をしているのは、そういうことか。服を着ることに抵抗を感じ、こんな恥ずかしい格好を選んだのだろう。もっとも……今は美樹もバスタオルで隠しているだけなのだから、お互い様かもしれないが。
「あの……でも……恥ずかしいし……」
 彼女の言葉そのものは穏やかだ。しかし、顔は笑ってない。完全にこちらを威圧してきている。
「あなた、自然が好きだって言ってるそうだね。それなら、自然に従い生きるぐらいしたらどうなの?」
 の視線が横へ動く。トイレと浴室のほうへと。
「ぅ……で、でも……急には……す、少しずつ慣れていければいいかなー……とかじゃダメ?」
 すごくその場しのぎの妥協案だが、それしか思い付かなかった。はたしてこれで通用するものか……  は、少し目を細めて美樹を見ている。
「その気があるのなら、今すぐにでも実行したらどうなの? いい? それができないのなら、私はあなたを認めはしないからね!」
 ゴォォォォォォォッ!
 姿を消す瞬間に起こる突風が、バスタオルも吹き飛ばし宙に舞う。
「わ、わ」
 それを慌てて拾いなおした美樹は、自分が裸で生活する気がないことを実感した。
「うー……あのさんだけは、簡単に仲良くなれそうにないな〜……」
 吹き飛ばされて床に散らばる自分の服を見おろし、深ーいため息を吐いた。
 さて、どうしたものか。
 とりあえず、この服を着るしかなさそうだが……
 迷ってみるものの、どうしても他の選択肢が出てこない。しかたなく、土ボコリがまだ付いたままのこの服を着ることにした。
 濡れたバスタオルを広げて干し、聖幽戯館の廊下に出る。
「あ……さん」
 そこには、どうやら美樹を待っていたらしいが立っていた。
 母神の長は、目配せで近くのドアを示す。リビングの……会議室に使っているという部屋のドアだ。
「少し、話をしましょうか」
 そのドアは、音もなく開いていた。
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