魔法の使い方〜いつかあなたと1〜
その女性は、エリーナと名乗った。
 長い間、このゴッドガーデンで生活をしているという話だったが、見たところ20代そこそこの肌の張りを残している。若く見えるが、実はいい年かもしれない。
 優しげな面もち、両の明眸に漂う悲哀と懐慕の色が印象的な女性だった。
「ありがとうございました。助かりましたわ」
 心意を込めたルルカの言葉を小さな頷きで受けると、エリーナはティナを愛情の眼差しで見つめた。
「あ、ありがとうございました……」
 ティナもお礼を口にしたが、この女性には他の人とは違う雰囲気がある。どこか懐かしい感じ……
「ティナと、ルルカでしたね。二人とも、魔法使いのレベルにほど遠い実力みたいね」
 当然だろうが、今の二人の戦いを見て、エリーナは簡単にそれを見破ってしまった。
「ここの魔物は、魔法使いのレベルなら、難なく倒せるはずですから」
 淡々と語るエリーナ。つかみどころのないその表情は、会った時分から変わることはない。まるで、感情をどこかに忘れてきたような、夢の登場人物のような顔。
「それなのに、なぜこのゴッドガーデンに入れたのかしら?」
 ティナとルルカは、なぜここに来たのか、どうやって来たのかを、彼女に話した。今さらバレたところで何が変わるものでもないのだ。それに正直に話せば、協力してくれるかもしれない。
 話を聞いたエリーナは、わずかに憂いの色を見せる。
「そうですか…………そうすると、どちらか一人は出られませんね……」
「そんなことないです」
 自信たっぷりにティナは先程思いついたことを解説してみせる。
「ここから出た後に、事情を話して2つのマインドオーブを持って入れば……」
「それは不可能です」
 エリーナはティナの答えを予想していたかのように、すぐさま否定した。
「そういったことを考えた人間はいました。でも、ゴッドガーデンに1人の人間が複数のマインドオーブを持ち込むことは禁止されています。その行為は悪徳と見なされ、その瞬間に持っていたマインドオーブは消滅してしまうのです」
 それを聞いたティナとルルカには、落胆の色が大きく現れた。やはり、どちらかはここに残らなければならないのか。
「でも、大丈夫。あなたたちは、私が出してあげます」
「そんなことできるの?」
「ええ……とても、簡単なことですから…………」
「よかったですわ」
 エリーナの含蓄ある言葉に含まれた意を読みとれない2人は、寂しそうなエリーナを横目に喜びを露わにした。
「それより、ティナ。あなたの言っていた理由ですが……」
「あ、はい……」
 エリーナがその理由を知っているような口振りでティナを誘った。ティナには一番気になっていたことだ。すぐにルルカを置いてエリーナに心を切り替える。
「きっとウイント導師は、私に会わせるために……私から話して欲しいために、まだ未熟なあなたをゴッドガーデンまで赴かせたのでしょう。ウイント導師のお考えは、私はよく知っているつもりですから」
「ウイント導師を、ご存じなんですか?」
 有名な魔法使いだから知っている人がいても不思議ではないが、どうも親しい間柄であった含みを持つセリフに、ルルカはひっかかった。
「ええ。私も、実はフェアリー学園の生徒だったの。ウイント導師には長くお世話になりました」
「じゃあ、わたしたちの先輩なの!?」
「…………そうです。でも、ティナにとっては……まあ、いいでしょう」
 エリーナは、わずかに笑顔を崩した。
 そして、ティナたち2人に向かって、彼女はウイント導師からの依頼とも言える語りを開始する。
「あなたは、魔法の創造に苦労していると言いましたね? それは、あなたの出生に秘密があるのです。普通とは違う特別な状況であなたは産まれた……」
「それって、エリーナさんは、わたしが産まれる所に立ち会ったってこと?」
「それに近いことです」
 ティナにとって、これは人生初めてのことだった。
 物心ついた時から捨て子だったと言われて育ってきたのだ。肉親はおろか、その手がかりすら聞いたことはない。ウイント導師に聞いても、答えは「いずれ話す」だった。それがこのゴッドガーデンの中で見つかるとは。
「実は、あなたはこのゴッドガーデンで生まれたの」
「ここで!?」
「と言っても、神の子供とか、魔物の子供とか、そういうことではないわ。ごく普通の可愛い女の子」
 ニコッとエリーナが笑う。
「20年ほど前に、ここにマインドオーブを求めて2人の男女が訪れました。2人は婚約していて、必ず2人で魔法使いになろうと誓い合っていました……」
 エリーナは昔を思い出すように湖面を見つめ、1つの物語を話しはじめた。
「婚約……なかなかベタなシチュエーションですわね」
「黙ってルルカ」
 真剣に話を聞いていたティナに怒られ、ルルカは少し不満そう。
「2人とも優秀な魔法使いでした。でも、どんなに優秀であろうと、このまま2人が揃って出ることは不可能だった。力ではどうしようもない……マインドオーブのある場所を知った時には、もう手遅れだったわ」
 再びティナとルルカを見つめるエリーナ。
「なぜ、ここから出られる人間が2人に1人なのか……知らないわね?」
 確認するようにエリーナが尋ねる。いや、確認するまでもないのにそう言ったのは、その事実がかなりショッキングなことだから。
「……………………」
 知るすべはない。誰も話してくれないのだから。
 その沈黙を答えと受けたエリーナは、塔のような石碑を指さす。
「その石碑に書かれている文字……『同族の心を以て知己とせん 心と肉体 我が前で分離すべし』……読んだかしら?」
 ティナは頷いて返した。言葉で返すような余裕がないぐらい、その話に聞き入っていた。ティナの出生の秘密を描いた物語を。
「同族の心……もちろん私たちにとっては人間の心です。知己は、マインドオーブを意味しています。その後の文章は、その2人にとって残酷なものでした。肉体と心を分離する……つまり、死ぬということです。どちらかの命を引き替えに、その心でマインドオーブは創られる……」
 2人の体に戦慄がが走った。
 なんということだろう。
 それはつまり、魔法使いとなった人間は、誰かを殺すか、あるいは死んだ人間を糧にしてマインドオーブを手にしたことになる。出てきた人間が憂いの表情で帰還するのも、それが2人に1人なのも、全てそれで説明はつくが……
 ティナは持ってきたマインドオーブを手に取った。
 これも、誰かの心で創られているのかと思うと、なんだか怖かった。
「魔法使いは、ただ魔法がうまければいいわけではありません。魔力と同時に心の力……意思の力も必要となります。しかし、人間1人の力では魔力に相応するだけの意思の力など、とうてい手に入れることはできない。そのため、足りないモノを補うために他人の心をマインドオーブとして授かるのです。しかし、愛し合う2人には、とてもできない相談でした……」
 エリーナが、息継ぎのように小さな溜め息をもらす。
「そこで、2人は決心したんです。この場所で、生涯生きていくことを。その2人こそ、ティナ、あなたの両親なのです」
 ティナは何も言えない。果たしてその話が本当のことなのか、それすらティナには判別することはできないから。
 かわりに、ルルカが疑問を投げかけた。
「でしたら、その後ゴッドガーデンに入ってきた魔法使い志望の人間の心を使えば、時間はかかっても2人で出られるのでは?」
「それは……できません。この碑に書かれた文字……なぜマインドオーブを知己と表現しているのか、そこに意味があります。これはつまり『己を知る者』という意味……自分にとって大切な人物……恋人、親友、家族、人によって違うと思いますが、大切な人間の心でなくてはマインドオーブは造られない」
 見ず知らずの、どこの誰とも解らない人間の心ではダメ、ということだ。
「マインドオーブは魔法使いの心の手助けをするものです。お互いの心が寄せ合えないのでは、意味がありません」
「では……ティナさんは、どうしてウイント導師に? ここからは出られないはず……」
「それは、順を追って話します。ともかく2人は、ここで一生を共にすることで別離を回避したわけですが、それもあまり長くは続きませんでした」
 再びエリーナは、湖に揺れるさざ波を瞳で追った。
「ゴッドガーデンの特殊性に気づいてきたのは、ここにきて1ヶ月くらいのことでした。魔物が襲ってくるのは日常的で、誰の声とも知らぬ波動が聞こえてくることもありました。一番の違いは、ここに入ってから髪も爪も伸びなかったということ。まるで時間が止まっているかのように、2人の成長は完全に止まってしまいました」
 その説明にルルカは頭をひねる。
「どこかで聞いたような……確か、学園の図書館で…………あ、そうですわ、死の世界……俗に『あの世』と呼ばれている……」
「そうです、ここは正に死の世界。魔物たちは死んだ人間の負の心が具現化したものでしょう。死の世界では悠久の時を約束される……どんな人間の魂でも、たとえそれが生きている生身の人間でも、永久にその姿は変わらない」
「死の世界……」
 確かに、赤で統一されたこの世界は、そう見えないこともない。
「じゃあ、なに? わたしは生まれた瞬間から死んでたってこと?」
「そうではないわ。成長はせずとも、ちゃんと生きています。ただ、それが2人を引き離すきっかけとなってしまいました……」
 エリーナの顔に、さらに濃く哀しみの色が現れた。
「数年の後、女性は妊娠しました。どうやら、胎内では時の流れがあるらしく、子供は順調に育っていきました。普通なら、これはおめでたいことです。ですが2人は、子供が成長していくにつれ、大きな悩みを抱くようになるのです。ここは時の流れのないゴッドガーデン……このままその子が産まれたらどうなるのか……予想するのは容易でした」
 時の流れがある胎内から時の流れのない世界へ。その瞬間に新しい命は成長を停止してしまうだろう。赤ん坊の姿で一生を過ごすことになってしまう。それは、その子にとって非常に残酷なことだった。
「自分たちだけならかまわない。でも子供が、しかも自由のきかない赤ん坊のまま一生を過ごすのは酷です。2人はなんとかして、子供だけでも外の世界に脱出させようと日々考えました」
 外に出るにはマインドオーブが必須アイテム。
 ティナの頭に、1つの解決策がよぎる。
「まさか……どっちか1人を犠牲に……?」
 エリーナはコクリと頷く。
「それしか思い当たらなかったのです……結局2人は、別離の道を進むことを余儀なくされました。父親が、この場で自害したのです」
 目で、碑のあたりを示した。
 おそらく、母親が子供を産まないうちに脱出させようという意図なのだろう。
 エリーナは簡単に言っているが、実際のところ、その意を決心するまでには、想像を絶する心の葛藤と哀しみを経ていたはずだ。それは、聞いているティナにもルルカも、はっきりと感じた。
「母親は最愛の人を失った悲しみをこらえ、子供とともに脱出しようとしました。それが父親の意思であり、その死を無駄にしないためにも。しかし、出られなかった……」
「どうして……?」
「妊娠していた母親は、その胎内に一つの命を授かったため、『1人』としてではなく『2人』として数えられたのでしょう。そのため2つのマインドオーブが必要で、1つしか持っていなかった彼女と子供は、脱出することが出来なかった……」
 厳しいゴッドガーデンの掟は、愛の力だけではどうにもならなかった。世界には、どんなに努力したとしても絶対に叶わないこともあるという、その証明とも言える。
「やがて、彼女はその子を産みました。ティナという名前は、後でウイント導師がつけたのでしょう。その時には名はなかった。でもこれで命は2つに別れたのです。彼女はちょうどここに来ていた魔法使いを目指す2人の男性に目を付け、片方が亡くなり、片方がマインドオーブを授かるのを確認した上で、その子を魔法使いとなった男性に託しました。父親のマインド・オーブとともに……」
 慈愛の満ちた表情で話すエリーナ……
 ティナはこのエリーナという女性の正体に気付いた。
 ここまで聞いていれば分かるだろう。
 小さな声で、ティナは尋ねた。
「その女性……あの、わたしのお母さんって、もしかして……」
「…………そう……」
 エリーナはティナを真っ直ぐ見つめて、はっきりと答える。
「私があなたの母親よ、ティナ……お帰りなさい、と言うべきなのかしら……?」
 やはりそうだった。
 だが、いきなり母親だと言われても、初めて会ったも同然の人に母子の感情など感じなかった。いきなりでは無理というものだ。
 なんだか逆に顔を合わせづらくなってしまう。
「2人が親子だというのはいいとして……ここで産まれたからといって、なぜティナさんは魔法の創造が下手なのか……その辺りがなんとも……」
 感動の対面というシチュエーションにならないのは、ルルカの存在も大きい。
「言ったでしょう、魔法使いは魔力だけではなく、心も必要だと。もちろん魔法の創造にも心を使います。ティナの場合、生まれてすぐマインドオーブを持って出たため、すでに魔法使い同様の心の力を得てしまいましたから……」
「なるほど。ティナさんが創ろうとしていたのは下級の魔法ですから、魔法使いなみの強力な心をフルに使いすぎて、マジカルオーブのほうが耐えられずに、ドッカーン、となったわけですね」
 納得したようにポンと柏を打つ。
「そういうことです」
 理由が分かればなんのことはなかった。
 それさえうまくやれば、ティナはどんな魔法でも楽に習得できるのかもしれない。
 ティナの心に、再び迷いが生じる。
 やはり学園に留まるべきか……?
 しかし……
 ウイント導師とガーダ導師、ロットとミスティ、それぞれの会話が脳裏をよぎる。
 それを、頭をブンブンと震わせ振り払う。
「あの、エリーナさん。それなら、このマインドオーブって……」
 やはり『お母さん』とは呼べなかった。
 そのことにエリーナは少しショックだったが……質問には答えた。
「それが、その時のマインドオーブ……ティナのお父さんの心よ。入って来た時にあの人の声が聞こえて……それでこうして出てきたの」
「声……?」
 もしかしたら、あの時聞こえた声は……
「ですが、今まで声なんて1度も聞こえませんでしたわ」
「それは、あなたたち2人の魔力が足りないから。私ぐらいになると、心の声が聞き取れるんですよ」
 あのストーンサークル……あそこは魔力が集中しているようだったから、そのせいでティナにも聞こえたのだろうか。
 自害してまで自分を脱出させてくれた父親の心……
(……あれ?)
 と、ティナはあることに気付く。
「エリーナさん……さっき、2人ともここから出してくれるって……まさか……」
ズドオオォォォォォォォォォォォッ!
 世界が震えるような大地震が3人を襲った。
「きゃあっ!」
「な、なんですの!?」
「気を付けて! こいつは、ちょっとやっかいよ……」
 エリーナの視線の先、そこには大地から突き出た一本のツノ──すぐ横の石碑と変わらない大きさのツノが、大地を裂いて近づいてきていた。その上空には、大きな鳥の姿。どちらもやはり黒一色。
「魔物……」
 人の悪の心が創っているというものだった。
 巨鳥の方が先に攻撃に転じてきた。動きがかなり素早い!
 ズガガガガガガガガガガガガッ!
 体当たりでもするかのように大地を胴体で削り取っていく。大胆な力技とスピードの速さに、エリーナの魔法も間に合わない。ティナを抱え、大きく右に飛んだ。
 ルルカはその脚力で高くジャンプしてかわしていたが、空中の自由がきかない弱点をつかれた。数メートルほどに縮んだ大地のツノが、着地点で待ちかまえている。
「きゃあああぁぁぁぁっ! うっそおぉぉぉぉぉ、ですわあぁぁぁぁぁ!」
「ルルカッ!」
 ガシッ!
 なすすべなく体を貫かれた……と思って目を背けたティナだが、なんとルルカはそのツノに体をねじってしがみついていた。さすがである。
「あ、危なかったですわ……」
「まだよ!」
 と、再びツノは伸び、ものすごい高さにまでルルカを運んでゆく。
 そしてそこに待ちかまえているのは、巨鳥の影。
 引きつるルルカの顔。
「…………こ、こうなったら、やぶれかぶれですわ! えいっ!」
 この高さから飛び降りればただではすまない。それを知りながら、ルルカは思い切って決死のダイビングを決行した。
 ゴイイィィィィィィィン……
 上の方で鈍い音がした。勢いだけの巨鳥がツノの先に頭突きしたようだ。
「やっぱり、やめればよかったですわぁぁぁぁぁっ! ティナさん、ごきげんよおぉぉぉぉぉっ!」
 空中で涙の粒を吹き上げながら、ティナに手を振ってお別れの挨拶を送るルルカ。けっこう余裕のある最期を見せている。
 エリーナの魔法が発動する。
 と、ルルカの体が、地面に激突する寸前でとまった。
 滅多に見られない魔法をエリーナが使った。魔法は自然の摂理に従って使うので、飛べない生物を飛ばすことは邪道とされ、魔法使いたちは習得してもほとんど使わない。こういう危機的状況でしか見られない魔法だった。ティナも実際に発動された場面は初めて見る。
「ルルカ、大丈夫!?」
「はい……心配してくれて、ありがとうございます、ティナさん」
 体勢を崩していた巨鳥が湖の上で大きく旋回し突っ込んでくる。しかし、今度はエリーナが魔法の準備をしていた。
 気合いとともに幾条もの淡黄色の光がエリーナの両手から生まれ、閃く刃となって黒い巨体を襲う。スピードにはスピードだ。
 呪文がいらないので、なんだか物足りない気がするが、これが本当の魔法なのだ。
 ザザザザンッッ!
 8個の欠片に分断された魔物は、重い胴体部分から水面に影を消していく。大きな波が3人の立っているあたりまで届いた。
 この魔法も知ってはいるが見たことはない。連続に使用された高尚な魔法に、ついついそれに見とれてしまった。エリーナは、確かにそうとうの魔法使いらしい。
 グオォォォォォォォォォォォッ!
 駆動音とも咆哮ともつかぬ音が響き、巨大なツノが大きく曲がってティナを頭上から狙う。気づいて顔を振り上げた時には、恐怖で体が凍り付いていた。
 エリーナは魔法を使ったばかり。もう一度発動させるには、少々のタメがいる。
「ティナ!!」
 何かに魅入られたように、ティナはその切っ先を見つめたまま。
「『蒼き稲妻よ 天空を駆け裁きの鉄槌を』!!」
 ビシャアアァァァァァァンッ!
 蒼の光線が奔り、一瞬世界が紫に染まる。直撃をくらったそのツノは、一時に数千年分の風化が襲ってきたかのようにボロボロになって崩れ落ちていった。
 助けは意外なところから現れた。
 魔法の飛んできた方向に視線が集まる。
 そこには1人の男性……知った顔…………
「ロ、ロット……? どうして、ここに……」
 見間違いではない。夢か幻……でもたぶんない。はっきりとティナの瞳孔にはロットの姿が入っていた。
「ちょっと、頼まれててね……ティナを助けてやってくれって。後を追ってきたんだけど、どうやら途中で追い越したみたいなんだ。受付に話を通しておいたら、ティナがゴッドガーデンに入ったって聞いて……追って入ったのさ」
「え? でも……どうやって……」
 ズズズズズ……
 もっといろいろ訊きたいのだが、そうさせてはもらえなかった。
 ツノが崩れ落ちた中から、新たな魔物が出現してくる。どうやらツノはこいつの一部だったらしい。地中に隠れていたが、ツノをやられて本体を現す。
「話は後だな。とにかく、あいつを片付けないと……そうそう、この魔法はね、ティナが探してくれたムーンドロップを使った魔法なんだ。お披露目をティナのために使えて嬉しいよ!」
「え?」
 ロットは珍しくウインクなんかして、再び同じ呪文を唱えた。
 蒼い光線が辺りを紫に染めて突き進む。
 パシーン!
 しかし、乾いた音を残して、それは空の彼方にはじき飛ばされた。
「本体には、雷の魔法は効きませんよ。丈夫な装甲が施されています」
 さすがゴッドガーデンを知り尽くしたエリーナだ。魔物の特長を良く知っている。
 ただ、『雷』属性は普通防ぐ手段が少ないものだ。同じ『雷』属性あるいは『日』『月』の属性でなければ防げない。
 エリーナは、ここの魔物に詳しそうだ。ロットは、相手の属性を尋ねてみる。
「あいつの防御の属性は!?」
「『月』よ!」
 ロットは小さく舌打ちする。
 どちらかというとロットは『月』属性が得意。この雷の魔法もムーンドロップを使っているため『月』に近い力を含んでいた。『月』に『月』では純粋な魔力勝負となる。やはり、『日』属性魔法が有効か。
 しかし、ロットが覚えている魔法に、それほど強力なものはない。
 考えている間にも、魔物はルルカに狙いを定めている。その切っ先をルルカは軽々とかわしているように見えるが、見ていてハラハラするし、このまま放っておくわけにもいかないだろう。
 とにかく、覚えている『日』属性で一番強力と思われる魔法をロットが放った。
 シュウゥゥゥゥゥ……
 弾かれることはなかった。が、一部を焦がしただけに終わる。
 しかし、その攻撃に魔物の注意がルルカから外れた。目標を変えたようだ。
「その程度ではダメよ。あなたも、まだ魔法使いのレベルではないみたいね……」
「お察しの通りです……」
 もっと強力な魔法を覚えておくべきだったと後悔しても遅い。
 まともに戦えるのは、エリーナ1人だけのようだ。
 再びエリーナの魔法。
 魔物はオレンジの光に包まれ、その動きを停止する。範囲内に灼熱地獄を展開する高尚な魔法だ。これにかかっては、さしもの魔物もひとたまりもない。
 しかし、それは執念なのだろうか。
 目の前の獲物を屠るだけの存在として、消滅の瞬間まで目的を追い続ける。
 一度止まっていた爪が、断末魔と雄叫びを伴って近くにいたティナに振り下ろされた。
「……!!」
 ティナは足が痺れたように動けなかった。
 使ったばかりのエリーナの魔法が間に合うはずもない。
 ロットは慌てて魔法を発動させるが、焦って外してしまった。
 ルルカも離れすぎていてティナを助けられそうにない。
 ザシュッ!
もはやその目的すら忘れてしまった最期の一太刀が、心地悪い肉を裂く音で動きを止めた。
 ティナの眼前に、真っ赤なものが霧散する。
 朱の世界でも、なぜかそれだけは鮮明に映った。
 そして、ティナの胸にもたれるエリーナの背中……
 その重みに耐えるような力はティナになく、2人とも一緒に大地に墜ちた。
 エリーナの胸に突き刺さった爪は、力をなくし消滅していく。その下からは、血潮が泉のように湧き出てくる。
「…………エリーナ……さん……」
 声が震えているのが、自分にもはっきり分かる。
 目の前で起こっていること……それを信じたくない気持ちと、認めなければならない事実とが、ティナの心を震わせた。
 ロットとルルカが、急いで駆け寄ってくる。
「ティ……ナ…………あなたに、会えて……良かった…………」
 やっと聞き取れるような小さな声。
「ロットさん! 回復魔法……」
「……もう、無理だよ……ボクの力じゃ…………」
 悔しそうにロットの手が握られた。
 エリーナの体が白い光を放つようになる。
「…………また、いつか……あなたと…………」
 光は次第にエリーナの胸の上へと集まり、1つの蒼い宝石──マインドオーブが自分の主を待つかように浮遊した。
 それは、もう一つの事実を語る。
 エリーナの心と体は、今、分離したのだ。
 小刻みに震える両手で、ティナは抱えるようにしてそれを手に取った。
 双眸から溢れるものは、ティナの素直な気持ちがこもっていた。
 たった1人の自分の肉親だった。
 会ってから1時間も経っていない……それでも、エリーナはティナの母親。
 エリーナのティナに対する愛は分かっていたのに……
 素直になれなかった。
 後悔しても、それはもう叶わない。
「お母さ──────ん!!」
 その声は、もう、届くことはなかった。
〜ゴッドガーデン6〜Last Paragraph<<<<<★>>>>>Next Paragraph〜いつかあなたと2〜

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