魔法の使い方〜ゴッドガーデン5〜
一瞬だった。
 いったい何が起こったのか、2人の瞳には見知らぬ世界が映っていた。
 ストーンサークルだけは変わりなかったが、空は朱に染まり、世界全体が紅く輝いているかのようなこの場所は、明らかに先程までいた場所とは違う。
 足下には絨毯のように敷き詰められた花が、赤い光の中で一面に咲き乱れている。その色が本当は何色なのか、判断にかねた。
 まるで、血のように染まった世界……
 しばし茫然と佇むティナとルルカ。
「……ここが…………ゴッドガーデン……?」
「どうやら……あの石碑には、人を異世界に飛ばす力があるようですわね」
 ルルカはキッパリと『異世界』だと言い切った。こんな場所が、自分たちが日々生活している世界にないことぐらい、すぐに分かるというものだ。
 2人は石碑から手を離すと、ストーンサークルの外側に出て辺りの展望を見渡してみる。
 そこは、小高い山の頂上みたいだ。その全てが花で覆われている。
 いや、この山だけではなさそうだ。どうやら視界に入る全ての大地に花が乱舞しているらしい。ここはまさに、神の庭という名がふさわしい場所だとティナ思った。
 ただ、何か違和感を感じている。既視感と言ったほうがいいかもしれない。
「ティナさん……ここは降神山じゃないですか?」
「……え? まさか……」
 改めて、眼前に広がる朱の世界を眺めてみる。
 なるほど。確かに前方に広がっている湖はサールンのソレに似ている。この山の形も、周囲の地形も、サールンと降神山周辺のものにそっくりに見えるが……
 だが、それだけだ。サールンの巨大都市は影も形もないし、ここを取り囲んでいた壁の城も消えている。湖に浮かんでいた船も、ふもとに伸びる街道も、元の世界にあった人工物は見られなかった。
 唯一それがあるとすれば、湖のほとりにある黒い1本の柱だけ。
「…………これ、どういうこと?」
「アレではないですか? ほら、世界はいくつかの次元が重なってできている……きっと、そのうちの1つに入り込んだんです」
 得意げに講釈をたれるルルカだったが、少し自信なさげに見える。確信はなさそうだ。
「ま、いいや。そんなこと、とりあえずどうでもいいし。それより……」
 ティナは先に帰り道の確認をしたかった。
 この世界に来た時同様、やはり石碑に触れば帰れるのかもしれない。ルルカも同じ考えだったようで、再び石碑のある場所にとって返す。
 石碑はほとんど同じように見えたが、書いてある文字が違っていた。
『心を知り知己を手にし者 神の使者とし出立を許す』
「つまりどういうこと?」
 ティナは解釈に困ってルルカを見た。
「えぇ〜っとぉ……『出立』とは元の世界に戻ることを意味すると思います。ですから、ここで何かを手に入れた者だけが戻れると、そういうこと……」
 と、ルルカが突然言葉を止めた。
 その顔には、どうしようもない後悔の色が浮かんでいる。
「と、どうしたの、ルルカ……?」
「ティナさん……もしかして、ここにある『知己』とは、『マインドオーブ』のことなのでは……?」
「!」
 ティナは驚いて言葉を失った。
 もしそうならば、ティナとルルカは一緒に戻ることができない。持っているマインドオーブは1つ……どちらか1人はここに残るしかないのだ。自力でマインド・オーブを探すという行為は、2人にとって無謀な賭けだ。途中で何かの餌食になることは目に見えている。
(そっか……だからウイントさんは1人で入れって……)
 あの言葉を軽視していた。1人よりも2人のほうが、戻れる可能性が高いと思っていた。
 予想外の状況に、ティナもルルカも戸惑うだけ。体中が絶望感で満たされた気がした。
『大丈夫だ…………』
「え? 今、なんか言った、ルルカ?」
「いいえ……何も……」
 ティナには確かにそれが聞こえた。だが、ルルカには聞こえていなかったらしい。訝しそうにティナを見つめている。
(大丈夫……確かにそう聞こえたんだけど……)
 ゴッドガーデンと言うぐらいだ。どこかに神様でもいて、その神様の言葉なのだろうか。
 それならば、きっと2人で脱出する方法があるということ……
「あ、そうか! 大丈夫よ、ルルカ! 帰ったらウイントさんに事情を説明して、他の誰かのマインドオーブを借りて、2つ持ってここに来れば2人とも出られる!」
「あ……そ、そうですわね。良く考えればそうですわね。なんだが、元気が湧いてきましたわ!」
 そう結論づけた2人は、ホッとして周囲の探索を再開する。
 まず目に付いたのは、湖のほとりに建っている黒い柱。ちょうどサールンがあった辺りだ。
「行ってみる?」
「それしかありませんわ。だいたい、こんな場所での行動となると、気になった場所は徹底的に完膚無きまで調べ尽くすのが常識ってものですわ!」
 完全にいつもの調子を取り戻したルルカは、先頭をきって歩きだす。
 ティナは正直このまま学園に戻って、さっさと終わらせたいなんて思っていたのだが、ウイント導師が言っていた理由というのも気になる。その理由はまだ見つかっていない。
「ちょっと待ってよ、ルルカ!」
 ティナは慌ててルルカの背中を追いかける。
 幸いルルカが立ち止まったのですぐに追いつけたが、さらにその前方にはルルカの歩みを止めるものがいた。
「グオォォォォォオオオォォォゥゥゥゥ……」
 黒い饅頭みたいな化け物。
 そうとしか表現できない。
「ついに出たわね化け物! ティナさん、頑張ってください!」
「ちょっとぉぉぉぉぉっ!」
 ティナの腕をひっつかみ、坂の下にいる化け物めがけて放り出す。足を取られたティナは転倒、下り坂だから転がる転がる。あっという間に黒い巨体に激突してしまった。
 ブヨンッ!
 まるでプリンとゼリーを詰め込んだウォーターベッドのような弾力が、ティナの体を受け止めた。その黒光りするボディは朱に照らしだされ、不気味が蔓延しているような光景だ。
 ティナの顔が引きつっている。
「ああ、ティナさん! 大丈夫ですか!?」
 ティナの大ピンチに、その張本人が遠巻きに叫ぶ。
 ルルカはあてにできない。ティナは持っていたマジカルオーブに手を伸ばし……
「ひえぇぇぇぇぇ!」
 巨体から伸びてきた触手が、ティナの手をからめとる。ヌメヌメっとした感触が心地悪い。
「やだやだぁぁぁぁぁ! 食べないでぇぇぇぇぇ!」
「ティナさん!」
 気味悪がるティナの上を、高く跳躍したルルカが跳び越え、そのまま化け物饅頭にフライングキックをぶちかました。大男をも失神させるという自己評価のキックは、その巨体に深く突き刺さり……
 ボワンッ!
 いきなり爆発した。
 発生した大量の黒煙が、2人の視界を惑わせる。
「ゲホッ! ゲホッ! なんなのよ、これ……」
「コホッ! コホッ……あぁ! 髪が真っ黒ですわぁ!」
 その煙に完全に飲み込まれた2人は、その色を漆黒に染められた。
「もともと黒じゃん! わたしのほうが重大よ!」
「なにを言うんですか! 見てください、この下品なただ黒けりゃいいって感じの色を! 私の髪は艶やかな上品漂う濡れ羽色なんです!」
「わたしは可愛いピンクの髪の毛が真っ黒なのよ! ああ、もう! お風呂入りたい!」
 2人は、髪どころか顔も服も、一切合切が真っ黒である。黒子も逃げ出す、見事なメイクアップを施されていた。
「あんな軽薄がにじみ出る色よりも、そちらの方がお似合いですわ」
「なっ! どこが軽薄だってのよ! ルルカこそ、ゴキブリの如く色のくせしてぇ!」
「あ、あんな存在そのものが悪な下等生物なんかと一緒にしないでいただきたいですわ!」
 とかなんとか言いつつ、お互いにホッペタがどこまで伸びるか競争をしていたが、それが不毛な争いだと気づくのに数分をようした。
「と、とにかく……湖まで行こうよ、ルルカ。そこで髪とか洗えばいいし」
「そうですわね……あ、でも、あの水、赤い水とか言いませんわよね?」
 遠目に見たところ、朱の空が反射していて湖面は血のように赤い。
「行ってみないとなんとも……ね」
 ともかく2人は、そのほとりに突き刺さっている柱のもとに向かうことにした。
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