「キミが魔法使い? 確かに……これは本物に間違いないが……」
ティナが見せたマインドオーブを手に取り、じっくりと鑑定していたヒゲづらの魔法使いは、それが本物であると分かるとティナの手に返した。
魔法使いと言ったが、どうやらこの人、本物の魔法使いではなさそうだ。胸にマスターコンプリートのバッジが見えている。彼がここの責任者だと言うからには、この壁の城には本当の魔法使いはいないようである。
ここでの手続きというもは、果たして本当に入る資格があるのかを審査するというもの。何年何月何日に誰々が入ったとか、魔法使いになって戻ってきたとか、そんな記録は一切ない。従って、名簿なるものも存在しない。もしそれがあったら、ティナは即偽物と診断されたはずだ。
うまく行きそうな雰囲気に、ティナは少しホッとしていた。
しかし、世の中そんなに甘くはない。
「失礼かと思いますが、一応検査は行います。あなたとマインドオーブの魔力波動を照合して、波動が一致すれば本物ですからね。知っているかと思いますが」
(知らないわよ、そんなこと)
そんな検査をされたら、一発で偽物決定だ。
一瞬ヤバイと思ったティナだが、なんのことはない。例えバレたとしても、自分は推薦状があるから入れるのだ。気まずいことは変わりないが。
逆に目立って焦っているのはアクスとルルカ。メイプルはどっちでもいい、関係ないを決めこんでいて、面白そうになりゆきを見守っていた。気楽なものである。
「時々あるんですよ。魔法使いのスキをついてマインドオーブを盗む輩が。困ったものです」
そんなことを言いながら、怪しげな道具を持ってくる。
「なにそれ?」
「? ご存じない?」
魔法使いの顔が少し歪む。
「魔法使いであれば、ご存じなはずですが……まあ、いいでしょう。ここを握ってみれば分かりますよ」
そのセリフにも、少し不信感が漂っていた。
「ティナさん、なんてことを……」
「どうせバレるからいーじゃん。だいたい、なんであんたが焦ってるの? アクスくんなら分かるけど」
アクスは、気が気でもなさそうに両手をギュッと握っていた。
「それは、時間が解決してくれますわ」
ヒソヒソと話すティナたちに、見ていた魔法使いは、ますます怪しそうに視線を送ってくる。
「どうしました?」
「あ、いえいえ。ここを握ればいいんですね?」
どうにでもなれ、ってな感じで、ティナは無造作に1本の突起をつかんだ。
一瞬、体に電気が走ったような感触がして、それは終わった。
「もう離してもいいですよ。では、マインドオーブを……」
続いてマインドオーブを道具のそばに置いて、2つの魔力波動の照合を始める。
「むむ! こ、これは……」
すぐに魔法使いは驚愕の色を現した。
「あははは・は・は……」
ティナは乾いた笑いで答えるしかなかった。
真剣な表情になった魔法使いは、ティナの顔を食い入るように眺めている。
「ねえねえ、これって犯罪かなぁ?」
「魔法使いを詐称したのですから、犯罪では?」
「それじゃあ、ティナさん、捕まっちゃうの……?」
後ろからそんなヒソヒソ声が聞こえてくる。またまたヤバイと思ったティナは、泡くって事の説明を始める。
「あの……じ、実は……」
「失礼いたしました。確かに本物です」
「……………………なんですと?」
意外な発言に、ティナは何を言われたのか分からなかった。
しかし、再びティナの手に返されたマインドオーブが、彼の言葉の意味を語っている。
どういうわけか、ティナの魔力と、ウイント導師のマインドオーブの魔力波動が一致していたらしい。あるいはウイント導師が細工していたのか……ともかく、事件にならなくて良かった。
「その若さで魔法使い、そうとう優秀なのですなぁ。これは、将来が楽しみだ。いや、私のような未熟者が言うのもなんですがね。はっはっはっはっ」
調子いいもので、今まで見せていた目下のものへの含みは一切なく、自分より高レベルの仲間と話す時のような、そんな信頼を込めた口調にかわっている。
「それで、あなた1人が入るのでしょうか?」
一同が茫然とする中、魔法使いが話の進行を促してきた。
「あ、そうそう……これを……」
ティナは懐に忍ばせた推薦状を手渡す。
「ほう……推薦状ですか。これは、ウイント導師のサイン……間違いない」
1人うなずきながら、魔法使いは推薦状を受け取る。今度は特に疑うこともなく、あっさりと受理されてしまった。
「それでは、お2人での入場ですね、ティナ導師」
「え? あ、はい」
いきなり『導師』なんて呼ばれて驚いた。慣れていないせいか、なんだか違和感がある。
「では、頑張ってきなさい。えーっと……」
「アクスです」
「キミには聞いていない」
魔法使いは冷たく言うと、ルルカに顔を向けた。
「はい、ルルカと申します。お願いいたします」
「なかなか礼儀正しいお嬢さんだな」
ルルカの本性を知らない魔法使いは、満足そうな笑顔でうなずいている。
「少しお待ちください。準備ができましたら、お呼びにまいります」
そう言い残すと、魔法使いは部屋を出ていってしまった。
「予想通り、ですわ」
してやったり、という感じのルルカ。
ティナは、ここでようやくルルカの考えが分かった。こうなることは、必然のことだったのだ。
おさまらないのはアクスである。
「よ、横取りなんて、ひどいですよ……」
「おほほほほ! 横取りとは人聞きの悪いことを……聞いていませんでしたの? あの方が私を選んだのを!」
「それなら、間違いを申告して……」
「ムダムダ、ムダですわ。あなたのようなチンケな子供に、魔法使いになれるようなオーラが感じられると思って?」
ルルカは思い通りになって、かなりハイテンションな言葉遣いだ。
よくよく考えてみれば、アクスに同行は不可能だったのだ。
魔法の学習に入るのは、今のメイプルの称号であるベイジーズから。そして、10歳にならないと、その試験を受ける資格はない。したがって、10歳の2人は、どう見ても魔法使いになる資格を有しているとは思えないのである。
「そういうわけですので、ここは私にまかせて、あなたはメイプルちゃんと一緒に待機していることですわ」
ルルカは14歳なのだが、その風貌が大人っぽいルルカは、魔法使いの資格を持っているように見えたのだろう。だから、あの魔法使いもルルカを推薦状の人物と思ったのだ。
いろいろあったが、結局お供はルルカに決定した。
「準備が完了いたしました、どうぞ」
1人の剣士が部屋に入ってくると、その旨を伝えた。
重そうな巨大な扉が開く。
そこからは殺風景な景色が続いているだけだ。
唯一、山の頂上に不思議な巨石群が見えているが、それ以外は岩肌をさらけだした単なる山にしか見えなかった。
「これといって、危険な感じではありませんわね」
「それに、ここってこんなに狭いんだ……」
ゴッドガーデンと名付けられた地に、ティナとルルカは第1歩を示した。
メイプルとアクスは資格がないということで、この扉まで来ることも許されなかった。一時の別れをおしんで、また一騒動あったが、残った2人はこの壁の城にお世話になるらしい。
一時の別れになればいい。
それはみんなが考えていたが、誰も口にはださなかった。
重い低音を響かせ、その扉が閉じる。
なんだか、血に飢えた猛獣の檻に閉じこめられたみたいだ。
「とりあえず、頂上に行くしかないわよね……」
それ以外にめぼしい場所はない。2人は岩だらけの道を登り始める。
そこまでたいした距離はない。ここがゴッドガーデンだとしたら、ほんとうに狭い範囲しかないことになる。なぜ、こんな場所から帰ってこられる人間が2人に1人なのか。
いや、何かあるはずだ。
2人は用心しながら、いつでもマジカルオーブを使えるように構えて、1歩1歩足を動かしてゆく。
緊張から、いやな汗も流れ落ちていた。
しかし、何も起こらぬまま、頂上についてしまった。
「いい眺めですわね」
ここまでくると、壁の上から周囲の山々が一望できる。かろうじて湖に浮かぶ何隻かの船も。
ティナは何か不思議な雰囲気を感じた。
ストーンサークルのように整列した巨石群……何か魔力のような力が秘められているようだ。
中央に綺麗な角柱の石碑があり、その周囲に不規則な形の岩が並んでいる。外側の岩ほどに大きく高くそびえ立っていた。
「で、どうすればいいのかな?」
巨石群を見上げ、ティナは首をひねる。
「とりあえず、あの石碑が怪しそうですわ」
ルルカは中央の碑に目をつけた。
確かに、何か文字が書かれているようだ。2人は近づいて、その文字を読んでみる。
風雨に晒されているはずのその石碑は、表面がツルツルしていて、文字にも掠れは一切ない。
「『心を望み神を臨みたき者 己の意思を元に我が碑に触れよ』……」
「つまり……この石碑にさわれば、本物のゴッドガーデンに行ける……そういう解釈でいいのかしら?」
「そういうことかなぁ……ここは、まだゴッドガーデンじゃないみたいね」
ホッとすると同時に、ティナは大きく深呼吸をする。
ここが最後の決断の時。
「ルルカ……本当についてくるの? 帰れないかもしれないよ?」
「気にすることはありませんわ。ティナさんのために命を落とすのであれば、私の本望です」
その顔は、いつもの悪魔の笑顔とはどこか違っていた。
「縁起でもないなぁ…………よしっ! 迷っててもしょうがない、行くわよ」
「ええ」
決然と言い放つと、2人はお互いを確かめ合うように手をつなぎあう。
そして、一緒に石碑の冷たい感触を、その手に感じた……
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