街道は、目立って人が多くなってきた。
ティナたちが向かっている先には、巨大都市サールンが待ちかまえている。峠のこの辺りからだと、その整った街並みが一望できる。
大きな湖の湖畔にあるサールンは、世界有数の貿易都市だ。船は湖から伸びる大きな川を通り、海まで行くことができる。内陸にある街にとって、ここは重要な流通市場なのだ。
ブルギールの街を出たころとは違い、4人はのんびりと歩くのが難しくなっていた。誰もが足早に、石で敷き詰められた街道を急ぐ。ついついそのペースに乗せられてしまうのだ。
「みんな、何急いでるのかなぁ」
「特に理由はないですわ。はっきり言って、せかせかしているだけで、仕事の内容はブルギールと大差ないですから」
あきれ気味にルルカは説明する。
「そっか……ルルカは、サールンの出身だったわね」
街道の脇に設置されている休息所で、少し早い昼食を取っていた4人。行き交う人々を眺めつつ、昨夜から続いている話の結論を出さなくてはならなかった。
ゴッドガーデンは、もうすぐ近く。午後には到着できる。
「さて……ティナさんと一緒に行くのは、私で構いませんわね? あなたたちのような駆け出しでは、明らかにティナさんの足手まとい、無用の長物に他なりませんわ」
「いいえ! 自分勝手なルルカさんの方が、よっぽど危険です! 危険な場所に危険人物と入るなんて、お姉さまもイヤだって目してますよ!」
2人の言い分に、ティナは素直に納得していた。
正直、どっちにもついてきて欲しくない。
「あの……ボクなら、2人よりマシじゃないかな……」
だいぶ2人に慣れてきたらしいアクスも、精一杯の主張をしていた。
出会った時の事を考えれば、これでも上出来である。
「それなら! マシかどうか、実力でハッキリさせてあげますわ!」
ルルカは立ち上がり、アクスに向かって拳を突き出す。
「そうよ! 話し合いなんてまわりくどい方法が、そもそもの間違いだったんです!」
メイプルも気合いたっぷりで構えた。
「ボ、ボクだって……負けないから!」
気圧されながらも、おそるおそる起立するアクス。やはり、恋する少年の悲しい性ってやつなのか?
3人の間で、何かがスパークしている。
「ちょっと、落ち着いて、3人とも!」
追って立ち上がったティナは、口と手を総動員して説得しようとしている。
「そんな決闘まがいのことを……」
しかし、誰も聞いてもいないし、見てもいない。
「参りますわよ!」
「望むところです!」
「う、うん……」
緊張に張りつめた空気。
それを切り裂くように、3人の右腕が勢いよく振り下ろされる!
「ジャンケンポン!!」
ズガシャアァァァァァン!!
ティナは、その場で盛大にすっころんだ。
この展開は、まったく予想していなかった。
「あいこでしょ! あいこでしよ!」
ティナの頭の上で続く『実力』勝負。
(違う…………こんなの、実力じゃない……)
激しい脱力感に襲われ、自分の頭上で続く勝負をかろうじて聞き取っていた。
何度かのあいこのあと、ようやく決着がつく。
「や、やったぁ!」
勝利の雄叫びは、アクスの口からあがっていた。
「ああ……私が、この私がティナさんを想う気持ちで負けるとは……」
「運命は、あたしとお姉さまを引き離すのね……残酷すぎるぅ……」
気持ちは関係ないとか、もともと結ばれていないとか、そんな突っ込みも今はどうでもいい。
開いたままの右手を眺めたまま崩れる2人に代わり、ティナがホッとしたように起きあがってくる。
「あの、ティナさん。ボクがお供します。よろしくお願いします!」
「ああ、聞いてた聞いてた。よろしくね」
これから危険な場所に行くのだ。あの2人を連れていって、無駄な精神的打撃を受けるのはごめんである。ティナはアクスの同行に、快く応じた。
「さ、そうと決まれば、さっさと行くわよ。ほら、屍の2人! とっとと用意する!」
食べ残しを回収すると、ティナはアクスを伴って、街道から直角に伸びる脇道に向かった。この尾根づたいの道が、ゴッドガーデンへと続いているのだ。
人生が終わってしまったかのような大ダメージを受けていた2人も、その背中を追うように歩きだす。アクスを呪い殺してやろうか、というぐらいの眼光で。
そんなことは知らないアクスは、嬉しそうに言う。
「ティナさん、心配しないでくださいね。ボクも少しはマジカルオーブ使えますから。必ず、ボクが守ってあげます」
まるで正義のヒーローに変身したかのように、アクスはバックに炎を燃やしながら意気込んだ。
「そう、ありがとね……」
正直なところ、自分でも大丈夫かどうか分からない危険地帯で、アクス程度がどれほどの役に立つのか疑わしい。本当は連れていかないほうがいいのかもしれないが……でも、その言葉は嬉しかった。
たぶん、これはルルカやメイプルに言われても嬉しいものだろう。歪んだ愛情表現は問題だが、ティナへの想いは純粋なものだと思っている。ただ、アクスは5歳以上年下とはいえ男の子。恥ずかしさからか、少しティナの顔も火照っていた。
「……お姉さま、あんなこと言ってたけど、実はアクスのバカに気があったりして……」
「その可能性は……否定できませんわ」
「ロット先輩は、どうするつもりなのかな?」
「もしかしたら、2人を対決させるつもりかもしれませんわよ」
ティナの様子を観察していたルルカたちは、ヒソヒソとそんな話をしつつ、不審な目つきで前方の2人を眺めていた。
道は、ゆるやかに登っている。
ここはゴッドガーデンに行く以外に用途はない道だ。状態のあまりよろしくない路面には、ティナたち4人しか歩いていない。
「ゴッドガーデンって、山の上にあるんですか?」
アクスが不思議そうに尋ねてきた。
と、ここぞとばかりに、メイプルが、
「そーんなことも知らなかったの? 魔法だけじゃなくて、地理の勉強もしたほうがいいわよ、おバカさん」
まるでスポ根アニメの意地悪少女さながらに、腕組みと横からの流し目まで添えて言い放った。
「キミは……知ってるの?」
「そんなの、常識よ!」
メイプルは何かを確認するように、ルルカに視線を送る。
「じゃあ……なんて山にあるの?」
「えーっとね……ゴッドガーデンって言うぐらいだから、神庭山よ!」
かなりテキトーなネーミングである。
「違います。降神山ですわ」
笑って答えるルルカに、メイプルはしばし口をパクパクさせて言葉を失っていた。
すぐに我に返り、ルルカに詰め寄るメイプル。
「ルルカさん! 裏切ったなぁぁぁ!?」
「あら、裏切るなんて人聞きの悪い。もともと同盟なんて組んだ覚えはありませんわよ。私は、私の利益を確保するために行動しているだけですわ」
「あたしをやっつけるのが、どーして利益になるのぉ!? やっつける相手が違うぅぅぅ!!」
大恥をかかされたメイプルは、ポカポカとルルカの背中を叩きながら悔しがっている。
「やっつける必要がなくなったんですわ。つい先程、気が付いたんですが……それは、あとのお楽しみということで……ゴッドガーデンに行けば分かりますわ」
復活した悪魔の微笑み。
3人は、いったい何を企んでいるのかと、脅威をそこに感じた。
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