陽が高くなるにつれ、街道にもチラホラとすれ違う旅人の姿が認められるようになってきた。
にこやかに挨拶していく商人風の男。ぶすっとした愛敬のない中年オヤジ。どっかの高官でもしているのかお堅い無表情理屈バカ。やたら騒がしい迷惑を体中で発散しているオジタリアン。時折、馬車や騎馬なんかも追い越していったりする。
中には、街道から見える位置で用を足している者までいたが、旅の恥はかき捨て、大胆なものである。
そんな街道を、4人に増えたティナ御一行は、ゆったりとした足どりで大自然の中を進んでいた。
「それで、待ち伏せしてたの?」
「はい……なんとかティナさんのお役にたちたくて……」
「それなら、堂々としていればよかったのに」
「は、恥ずかしくて……それに……」
男の子は、チラッとルルカ&メイプルを見る。
2人は男の子を、親の仇と殺人犯と恋人を奪った売女を見るような視線をミックスし、恨み募る非常に怖い目つきで凝視していた。
男の子の視線が、すぐさま俯角へと落ちる。
「なるほどね……」
気の毒そうにティナは呟いていた。
ともかく、ティナはこの男の子の同行を拒否しなかった。
旅は人数が多いほうが楽しいと、2人を説得するのは容易ではなかったが。
「で、キミの名前は?」
「ア……アクスです。入学して1年ぐらいで、今、ファーストビギナーを称与されています……歳は、もうすぐ11歳になり……」
「えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
さりげなく聞かれていないことまで答えたアクスのセリフに、なぜかメイプルが落胆の悲鳴をあげた。
「あ、あたしより年上!? しかもランクも負けてる!? 在籍期間もあたしの3倍ぃぃぃぃぃ!?」
青い空なんて大っ嫌いだぁぁぁ! とばかりに天を降り仰いでいる。
「す……すみません!」
そして、なぜか謝るアクスくん。
メイプルは、ババッとアクスに駆け寄って、恐怖に怯える彼をビシィッと指で糾弾すると、当然のように言い放つ。
「決めたわ。あなたは今日から記憶喪失よ」
「え……?」
「だから、名前は……そうね、ドルガンにしなさい。アクスなんて立派な名前、顔と性格が完全に負けてるわよ」
「……あの…………」
「で、改めて学園に入学して、あたしの後輩になるの。あ、1度退学届けを出すの、忘れないでね」
「……………………」
「でもって、数年ぐらい冷凍カプセルかなんかで眠ってもらえば、年齢もあたしの勝ち……」
「ちょっと待てい」
メイプルの超利己的発言に対し何も言えないアクスに代わり、ティナが待ったをかけた。
「メイプル、あんたね……そんな簡単に難易度星8個以上の現実離れしたことを口走らないでくれる? 有言不実行なんて、カッコ悪いわよ」
「大丈夫です! 記憶喪失なんて、高いところから落とせば簡単に……」
「死ぬって!」
「えぇー、そんなの、根性でなんとか……」
「ならんって! とにかく、人の親がつけた名前を勝手に変えるとか、学園に再入学とか、人権無視しまくりのことはやめ! その他は不可能!」
息を切らして、メイプルを制することには成功した。しかし……
「あら、私なら可能ですわ」
悪魔の微笑みが、ティナたちのど真ん中に出現する。
「記憶を封じるツボを押せばほとんどの記憶は消せますし、その後『この子はドルガンです(魔法使い志望) 可愛がってあげて下さい』って札をつけて、氷雪の大地に放り出す……」
「死ぬ死ぬ、それも死ぬ! だいたい、記憶を封じるツボって何!?」
「あら、ご存じありませんか? ほら、耳の少し上の……」
「説明せんでいい! そんな怪しいツボ!」
「聞いたのはティナさんですわよ」
なんだか、いつも以上に歯切れがいいルルカだった。完全にアクスに対し脅迫モードに入っている。
「試してみましょうか、アクスとやら……」
ルルカがアクスにダークな微笑みを向ける。アクスはビクッと肩を揺らした。
「あんたがやれぇぇぇぇぇ!」
「きゃあぁぁ! ティ、ティナさん、そこは違い……あぁ! 頭がガンガンしますわぁぁぁぁぁっ!!」
もう、何が何だか分からない。
アクスはすっかり怯えて、遠巻きに、少し離れた大木の陰に避難してしまった。
果たしてアクスは無事学園に戻れるのか……不幸なキャラはどこにでもいるものである。
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