魔法の使い方〜旅は道連れ4〜
予想通りだった。
「さあ、ティナさん。張り切ってまいりましょう」
「あたし、旅なんて初めて! ウキウキしますね、お姉さま!」
「はいはい……」
 今日からティナが旅に出ると聞いたこの2人は、金魚のフンのごとく同行を申し出てきたのだ。
 だが、ティナは断らなかった。
(もしかしたら……この2人とも、お別れになるかもしれないし……)
 いつもいつも、うるさいと思っていたのに、別れを予感させられると妙に寂しい。寂しいといえばロットやミスティ、ウイント導師。さらにはガーダ導師ですら、ティナの心に切なさを残していくのだった。
 そして、9年以上世話になってきた、このフェアリー学園の思い出も。
 見送りはなかった。
 ただ、広い庭と巨大な校舎が、朝霧の向こうから見守っているだけ。
 暁の大地の中、小鳥たちの声が響き始める頃。
 ヘタに見送りなどされたら、寂しさが増すような気がした。だからこの時間を選んだ。少し眠いが。
「街には、寄るんですか、ティナさん?」
「開いてる店なんて、ないわよ」
「それもそうですわね……」
 しかし、行くべき街道はブルギールの街をつっきっている。どうしても、1度は街の中を通らなくてはならない。
 何度も歩き慣れた道を、3人は足早に進む。
 朝霧の中に浮かぶブルギールの街は、まるで雲の上にある天上の都市のような、幻想的な雰囲気に包まれていた。いつも見ているブルギールとはひと味違う。不思議と新鮮な情景であった。
 この時間、ティナたち以外に出歩いている人影はない。昼間の喧騒がウソのような静寂が漂っていた。
「なんか……違う街みたいですねぇ……」
 自然と話す声も小さくなる。
 パタ、パタ、パタ、パタ……
 自分たちの足音が、建物に反響して返ってくる。誰かが後でもつけているような、そんな不気味な体験もできた。サスペンスドラマの主人公を演じているような気分だ。
 ちょっとワクワクしながら歩みを進めるメイプルと、少し肌寒い風に身を縮めて歩くルルカ。そして、いろいろな出来事と解決されない想いを胸に2人を先導するティナ。
 それぞれが、それぞれの気持ちを持って、旅立ちの第1歩を記していった。
 眼前を阻む濃霧は、まるで人生のように展望を許さない。
 どちらも1歩1歩進んでいくしかない。
 ティナはもう、退くことは考えていなかった。
 ウイント導師はゴッドガーデンに行けば理由が分かると言っていた。それならば、行ってやろうじゃないか。
 そう、決心したのだ。
 しばらく会話のないまま歩く。
「……ティナさん……ちょっと、おかしくないですか?」
 突然、訝しげにルルカが振り返った。
 もうすぐブルギールの街を脱出するという頃。周囲にも、建物はあまりない場所だ。
 先程までのサスペンス的環境ではなくなっていたが、あいかわらず霧は濃く戯れている。生まれたばかりの光が白いベールを照らしだし、かえって視界を悪くしてしまったように感じる。
「どうしたの?」
 珍しく真剣なルルカの顔。
「誰か……つけられているような……」
 さすがに武道をかじっていただけある。何か気配を感じたらしい。しかし、ルルカの視線を追っても、雲霧にまかれ確認はできない。
「気のせいじゃないですか? 誰もいないし……」
「いいえ! そんなことはありませんわ!」
 自信ありげにメイプルの言葉を却下する。
「きっと、いつもいつもティナさんの自爆テロに悩まされている隣室のファラさんが、恨み募る復讐の眼光で狙っているんですわ! ティナさんがゴッドガーデンで自滅する前に敢行しようと、待ち伏せしていたに決まっています!」
「もしも〜し、ルルカ〜」
 自己満足的な説明を語るルルカに、ティナはパタパタと手を降る。
 確かに、彼女は迷惑だと思っているだろうが……少なくとも、そんなことをする人ではない。というか、このフェアリー学園でそんな考えを起こすような人間は、ルルカぐらいである。
「いいセンだと思ったのですが……」
 ちょっと残念そうだ。いったい何を期待していたのか。
「でも、ルルカが言うのなら、間違いなくつけられてるのよ」
「まあ、ティナさん、信用していただけるんですか?」
「ウソなの?」
「いいえ! この私の理性に誓って、本当のことですわ!」
 その理性とやらが、かなり怪しかったりするのだが……
「どうするの、お姉さま?」
「しばらく、歩きながら様子を見て……それから決めよう。そのうち霧も晴れるだろうし……」
「そうですわね。霧が晴れればこっちのものですわ」
 ヒソヒソと対応が決議され、3人は再び歩きだした。
 ティナは歩きながら後方に神経を集中させてみる。
 確かに誰かがいるようだ。もはや足音が反射してくるはずがないのに、3人の足並みとは別の音が聞こえてくる。その足音を頼りに不審人物との距離をはかりながら、ブルギールの街から伸びる街道を急いだ。
 太陽は完全に姿をあらわしている。
 暖かい光線が、霧の粒を見えない空気の部屋に追いやっていく。
 街道沿いの綺麗な花が、朝露に濡れて輝いた。
 遠くの空で、小鳥のつがいが踊っているのも見える。
 視界は、完全に回復した。
 足音は、あいかわらず3人の後ろを付かず離れず追ってきている。
 ティナは左右の少女に目配せをした。確認するように、1度うなずく。
「せーの……」
 バッ!
 と、3人同時に振り向くと……
「あっ……」
 そこには、20メートルほどの距離を隔てテクテクと歩く男の子。
 いきなり3人が振り向いたのに驚き、小さな声をあげてキョロキョロと隠れる場所を今さらながらに探している。そして、近くに手頃な岩を見つけて、鈍足マラソンランナーのごとく姿をそこに消した。
「……何……今の?」
「バレバレって気もするのですが……あの執念深い悪あがきには、なんだか心を打たれるものがありますわね……」
「でも、隠れたにしては、マントがはみ出してるよ」
 たしかに、白いマントが岩の陰からのぞいていた。
 しかし、メイプルの声とともに、それはすぐに引っ込む。
「…………どうする?」
「どうしましょう?」
「う〜ん……」
 男の子の格好からして、学園の生徒であることはほぼ間違いない。学園からずっとつけていたようだが、探偵業は絶対無理という初々しさが、3人に迷いを与えた。これがプロっぽいオヤジであったなら、文句なしで鉄拳制裁だが。
 1度、岩の後ろから男の子の顔が現れるが、再度引っ込む。
 完全にティナたちにバレているのに、それでも諦めないこの純真さ。それは、彼がやましい考えで追っていたわけではないと語っていた。
「とりあえずさ、あの子と話してみようよ」
 正論を言うメイプル。だが、ティナは少し不安を感じた。
 それは危険な予感がしたのだ。いや、自分たちがではない。目の前の2人の目を見ていると、あの男の子の安全を確保するのは至難に思える。
「そうですわね。私たちに何か用でもあるのかもしれませんし……さっそく、波瀾万丈の究極せっかんでも……」
「待てい」
 どこに持っていたのか、ドリルやらノコギリやらを手に岩へ向かおうとするルルカのマントを、ティナはかろうじて掴んでいた。
「そんなことして怖がらせてどうすんのよ。あんたのセリフが流れてる時、岩の向こうからドキッて擬音が見えたわよ」
「気のせいですよ、お姉さま」
「言葉のアヤよ。とにかく、普通に話しかけるの、普通にね。何も、チカン目的のマセガキが、襲うチャンスを狙ってるわけでもなさそうだし……いいわね?」
「もしそうでしたら、目標はメイプルちゃんですわね。お歳が近そうですし……」
「え〜!? あたしはお姉さま一筋です! あたしの操は、お姉さま以外に考えられません!」
「そんなこと、大声で言うなって……恥ずかしいやつ……」
「あ、お姉さま、なに勘違いしてるんですか? 操には『忠誠心』って意味もあるんですよぉ。知らないんですか?」
「……そうなの……?」
「ええ。ティナさんの負けですわね」
 とりとめもない会話をしつつ岩を回り込んでいくと…………そこでは、岩に大の字で張りついた男の子が、微動だにせずに岩と心をともにしていた。
「あら、なかなか面白いことをしていますわね」
「3年ぐらいこのままだったら、努力賞あげるね」
 もはや2人は、からかいモード。
「ちょっと、キミ、なんだってわたしたちをつけてきたのよ」
 ティナが話しかけてみるが、男の子は動かない。
「ねえってば。何か言いなさい」
 やっぱり動かない。完全に岩になりきっている。
「もっしも〜し、あっさでっすよ〜」
 手近に落ちていた木の棒でメイプルがつっつくが、それでも動かない。岩に同化しようとしている。
「は〜い、カエルですわよぉ〜」
 ついにルルカが非常手段に出た。不幸なカエルちゃんが男の子の襟元に投入される。
 一瞬、ビクッと肩をゆらした男の子。そして、汗腺だけが異様に反応した。
 そのまま、待つことしばし──
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! もうダメだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 天まで届く悲鳴をあげ、岩が人間に戻って3人のまわりを走り回る。
 その男の子の顔を見た一同は、知っている顔に少々驚嘆していた。
「あぁぁぁぁぁ! こいつ、この前お姉さまに身の程知らずな暴言失語を浴びせた、あの生意気小僧だ!」
「てっきり、あの場限りのエキストラだと思っていましたわ!」
 同じ場所を高速メリーゴーランドしている男の子は、背中のカエルと2人の言葉の暴力のダブルパンチに、悲涙の表情で走り続けていた。
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