魔法の使い方〜心の行方5〜
最近修繕された調合室は、新品同様なかなか快適であった。
 これなら、何度破壊されてもいいかもしれない。
 そんな学園が大損害を被るようなことを考えながら、昨日買ってきたばかりの新品器具をいそいそと準備するルルカの姿がそこにあった。
 まだピックコレクターになって1週間ほどの彼女だが、次の昇級試験の課題にいきなり挑戦しようというのだ。新たに支給された手引き書をもとに、起床まもなくの朝を慌ただしく右往左往していた。
『炎を起こす魔法』
 これは、その名の通り、火をつけるための魔法だ。
 どんなに魔力を集中しても、てのひら大の火球を創り出すのがせいぜいという、下級炎系攻撃魔法。普通は指先にロウソクのごとく灯す程度で、護身用魔法としても役立つため一番最初に習うのである。魔法使い見習いのかよわい乙女たちにとっては、チカン撃退用に重宝されていた。
 調合室にある薬品棚には、そのための材料がちゃんと揃っている。というか、その材料しかない。ティナがこの魔法ばかりに集中している証拠である。
 真っ赤な色の小さく固い木の実。これが夏にしか取れないレッド・ピーの実である。炎の魔法を創る時に良く使われる、ポピュラーな材料だ。あと、ピリピリという唐辛子の一種。これは食用でもあるので、比較的手に入りやすい。この魔法に使う魔法材料は、この2つだけである。
 あとは中和剤として、マカという大きな赤い花を煮詰めて作った液体と、マジカルオーブの基盤となる透明な球体。それを包み込めるぐらいの白い紙。
 一通りの材料をテーブルに並べたルルカは、ちょっと嬉しくなった。
 まずは、レッド・ピーの実とピリピリを2対1の割合で乳鉢へ。この分量を間違えると失敗するので、慎重に慎重にはかりを使う。あとはこの2つを砕いてまぜまぜすればいいのだが……
 ゴン……ゴン……
 固いレッド・ピーの実を砕くのは、思った以上に大変だった。小さいために乳棒をヒョイヒョイとよけてしまうのだ。全く狙いが定まらない。
 ゴンゴンゴン!
 あまりにしつこく逃走を図られるため、イライラしてきたルルカは力任せに押しつぶそうと、乳棒をたたきつけて大きな音を立てていた。
「あっ……!」
 勢いあまって、大きく弾かれた赤い実は、乳鉢の外へとさよならしていった。
 溜め息まじりに飛び散った実を集めるルルカ。また量り直しである。
「何、やってるの……?」
「ティ、ティナさん……」
 まだボーッとした顔のティナが、パジャマ姿のまま調合室に入ってきた。ルルカが乳鉢を前に奮闘している姿を見ると、
「もう、そんなことしてるの? 気が早い……」
 ルルカは少しだけイヤな感じがした。
 いつもであれば、同じセリフでも、
『だって、早くティナさんのお手伝いをしたいですから。助手として、ティナさんにアドバイスしてあげますわ』
 とかなんとか言い返したところだ。が、今のセリフにはトゲがあった。普段のティナからは考えられないトゲが。
 チクッと心に刺さった。
 ティナもなんとなく気付いたようだ。ルルカの反撃がないと見ると、背中を向けて出ていこうとする。
 と、ルルカがその背中に呼びかけた。
「あ、あの……ティナさん。少し、アドバイスとか……ご教授などしていただけませんか?」
 両手を胸の前で合わせ、ルルカはおねだりしてみた。
 ティナはそんなルルカをチラッと見て、そのまま出ていってしまう。
「…………やっぱり……ティナさん、どこかおかしいですわ……」
 ティナの悲壮感あふれる姿を見たのは、知り合って2年、初めてのことだった。見ていて自分までが悲しくなってしまう。ルルカは自分の身のことのようにティナを心配していた。
 しばらくすると、いつもの服に着替えてティナが調合室に戻ってくる。
「……わたしのアドバイスなんて、アテにならないかもしれないわよ」
 今度は、セリフのトゲはなくなっていた。
「それでもいいですわ。経験はティナさんのほうがあるのですから、私より間違いはないはずです」
 ルルカはホッとして、ここはおとなしくティナを持ち上げておいた。
 ティナの気持ちを想ってのことである。
「それなら、教えてあげてもいいわよ」
 少し明るさが戻っただろうか、ティナはルルカのわきで作業を見守っている。
 もう一度、材料を計量し、乳鉢ですりつぶす。
 ティナが言うには、力まかせにやるのはよくないらしい。
 面倒であっても、一粒一粒ていねいにつぶしていくのだ。
 あとはゴマをするように、乳棒で円を描きながらすりつぶしていく。
 完全にすりつぶすのに、10分ぐらいかかってしまった。
 そこに中和剤を数滴たらし、もう一度かき混ぜる。バーナーで熱を加えながら馴染ませていくと、乳鉢にはジャム状の真っ赤な『基礎』と呼ばれるものができる。
 続いて白い紙の中央に、炎を象徴する△の印を特殊なインクで記す。それが乾いたら、作ったばかりの基礎を紙全体に薄く塗り込むのだ。そして中央にマジカルオーブの基盤を置き、しっかりと包み込むのである。
「はぁ……やっとできました……」
 細かい作業に不慣れなルルカは、疲れてイスに座りこんでいた。
「あとは……そこに魔力を送り込んで、周りの紙を燃やせば完成……のはずよ」
 ここから先はティナにも自信がない。ティナもここまではできるのだが、成功したためしがないのだから。
 ルルカはイスに座ったままで、両手を白い紙で包まれた球体にかざした。
 魔力をこめる、なんて一口で言うものの、初めて体験するルルカにとっては至難の業。果たしてこれで魔力が送られているのか、それすら怪しいものだ。
 1分ほど気合いだけでそれを続けたルルカ。金網の上にそれを移して、下からバーナーであぶってみた。成分の関係で黄色っぽい炎が出てきたが、炎の色は関係ない。紙が燃え尽きたあとのマジカルオーブの色が問題なのだ。
 紙はすぐに灰になる。その下からは、真っ赤なマジカルオーブが、その中に△をともなって現れた。
「えっ? うそ……」
「成功……なんでしょうか?」
 そこにあったのは、店でも学園の倉庫でもよく見かけるものだった。
 炎系を表す△マークはどの角度から見ても存在しているし、真っ赤に染まったボディは攻撃の魔力を得たことを示していた。まさしくこれは、マジカルオーブそのものである。
 いきなり成功するとは……どちらも思っていなかった。
 驚愕と疑問とが同時に現れ、すぐにそれは別の感情へと姿を変える。
「ほ、本当にできたんですよね? 間違いないですわよね?」
 喜びが抑えられないルルカは、ティナに確認を求めてきた。
「…………うん……間違い、ないわ……」
 その声に秘められた、落胆の色。
 自分が何百回となく挑戦し、そのことごとくが失敗に終わった作業を、ルルカはいとも簡単にやってのけた。まったく信じがたいことである。
 しかし、目の前に鎮座する、疑いようのない事実。
 今、ティナは、ルルカにしたアドバイスを後悔すらしていた。
 まったく、最近のティナは、いいことがない。
 理事長室で聞いてしまった会話にはじまり、昨日のロットとミスティ……そして、目の前に存在するルルカのマジカルオーブ……
 無意識のうちに、ティナの手は震えていた。
「ティナさん! この勢いで、ティナさんもやってみましょうよ! なんだか、できそうな気がしませんか?」
 喜色絶頂のルルカは、ティナの様子に気付くことなく提案した。
「う……うん……」
 ティナは断れない。
 ルルカにとって、これは大きな喜びなのだ。その晴れ舞台を自分の勝手で台無しにするわけにいかない。ティナは、ルルカに教えた通りのことをやろうとした。
 だが……
 いつものように、スムーズにはできなかった。
 すりつぶし方が甘かったかもしれない。均等に混ぜ合わせられなかったかもしれない。もしかしたら、分量も正確でなかったかもしれない。
 その過程のあらゆる場所にミスがあったような気がした。
 どう考えても、成功があるはずがない。
 ボッ……
 黄色い炎が優しく燃えている。
 オーブの全体を包み込み、すぐにそれは世界から姿を消した。
 その中から、血のような赤があふれ出てくる。
「…………マジカル……オーブ……」
「やりましたわ、ティナさん!!」
 がばっ、と抱きついてきたルルカなど気にならなかった。
 そこに残ったのは、まごうことなくマジカルオーブ!
 自分の目を疑ったが、ルルカも同じものを見たのだ。幻覚ではない。
「なんで……どうして、できたの……?」
 胸の奥からは、次から次へと喜びがあふれでてくる。それを理性がなんとか押しとどめ、疑問をかけた。
 4年以上もの間、同じようにやってきたハズだった。なぜ今回に限って……?
 理性の下で渋滞していた感情が、答えを導く前にその壁を突き破った。
 分からない。分からないが、ティナは今、マジカルオーブの創造に成功したのである。その事実を素直に喜ぶことにした。
「やった……やったぁぁぁぁぁ!!」
 ティナもまた、ルルカを思い切り抱きしめる。
 そのまましばらく2人でクルクル回ったりなんかして喜びをわかちあった。ガシャーンとかパリーンとかいう音が聞こえてきたが、とりあえずどうでもよかった。
「もう1つ、創ってみませんか?」
「そうね。うん、創れる時に創ろう!」
 よほど嬉しかったのだろう。朝食の時間に入っていることにも気付かずに、2人はもう一度、マジカルオーブの創造に着手していた。
 それは、一種の暴走と言えないこともなかった。

 学園の中央にある吹き抜けには、噴水によるパフォーマンスが心地よい中庭がある。休み時間や食事どきになれば、ここは生徒たちの憩いの場となる。とくに食堂が開いていない朝食の時間には、多くの生徒の声が集まってくる。
 上部のクリスタルからは、朝の光がサンサンと降り注ぐ。高い壁は、学園でも珍しい石造り。白い上品な岩肌が、風雅な感触を中庭に醸し出す。
 そんな極上の雰囲気を壊す使者が、今日も現れた。
 ズドガァァァァァァァァァァ……ン。
 壁の一部が、すさまじい爆音とともに砕け散る。
 驚き慌てる生徒たちが見上げた先には、ポッカリと空いた穴と、そこから吹き出す闇のような煙。
 そこは、以前にも破壊されたことがあった。
「またか……」
 日常茶飯事だというようなセリフをほとんどの生徒が口にし、あきれたように失神しているピンクの髪の少女を見上げていた。
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