魔法の使い方〜心の行方3〜
ブルギールの街は、いつものように盛況な活気を見せていた。
『都会』と言えるような大都市でもなければ、『田舎』と呼ぶような寂れた土地でもない。至って平均的で、どこにでも存在していそうな、地図で探せばいい感じに見つかるぐらいの規模である。
 この街では、大きな街道が交差しているせいか、各方面からの旅人たちの憩いの場になっていた。雑踏の中に浮かび上がるブルギールの街並みは、対旅人的な建物が多い。
 名物といえば、この地方で取れる果実を使った種類豊富な果実酒だ。販売店にも酒場にも、昼間っからお客が詰めかけているのはよく見る光景である。中にはこれを求めてやってくる人間もいて、通の中ではけっこう有名な銘柄らしい。
 そんな酒場の一軒に、場違いな声が響いた。
「おっちゃーん、こんちわー!」
 元気な声を響かせて、カウンターに歩み寄っていくメイプル。
「なんだ、お嬢ちゃんじゃないか。今日は、何の用だい?」
 若いバーテンは一応そう尋ねていたが、答えを聞くことなく棚の酒瓶から一本取り出した。戻ってくると、メイプルの目の前にデンッとそれを置く。
「あと、今日はアレも」
「アレ、ね」
 完全に馴染みの客という会話を聞いた酔っぱらいたちが、自分たちはファミリーレストランにでも迷いこんだのか、と勘違いしてしまうほどだ。入口近くで見ているティナとルルカも、呆れた顔でメイプルを見守っている。
 バーテンはもう1本、色の違う瓶を同じように置き去りにすると、何かに対応するように構えている。
 一方のメイプル。2本の瓶をバッグにしまうと、そのまま入口の2人のところまで戻ってきた。
 そして、振り向く。
「いくわよ!」
「来い!」
 メイプルとバーテンの間に、何か輝くものが飛んだ。
 それを両手で大事そうに受け取ったメイプルは、てのひらの中の1枚の銀貨を見てガッツポーズ。
「むむぅ!? しまった……そうきたか。今回は、私の負けだね」
 バーテンは自分が取った銀貨4枚をカウンターに並べて、あまり悔しそうなそぶりも見せずに負けを認めた。
「それじゃ、また来るねー!」
 大きく手を振って店を出ていくメイプルを追い、ティナたちもポカポカした街道へ出ていった。
「最近、調子いいなー」
「ちょっと、メイプル……?」
「なに?」
 ゴキゲンなメイプルに、訝しげな眼差しを送っている2人。
「いや……あの……聞きたいことはいっぱいあるんだけど……とりあえず、今のは何?」
「お会計」
 当然でしょ、とアッサリ答えてくれた。
「それはなんとなく分かりますわ。ただ……あれでは金額と合わないのでは?」
「合う時もあるよ」
 それでいいのか?
 納得がいかない2人を感じたメイプルは、捕捉を加える。
「だから、一種のゲームなの。あたしが投げる金額を予想して、おっちゃんがお釣りを投げるわけ。ピッタリになれば引き分け。お釣りが足りなければあたしの大損。逆なら大収穫……ってな感じ。あとは……あたしが金額以上を投げるのが条件かな?」
「……へぇ…………」
 あの様子だと、さっきの勝負はメイプルに軍配が上がったようだ。
 それにしてもあのバーテン、まだまだ若いというのにメイプルにおっちゃん呼ばわりされて怒らないばかりか、経営に支障をきたすようなゲームにつき合ってくれているとは……別にメイプルとは家族でもなんでもないが、頭の下がる思いである。
「で? どうしてあんたがお酒を買えるのよ」
 誰がどう見ても未成年のメイプルだ。こんなことが騎士団にバレたら、営業停止は当然というもの。
「魔法の材料に使う……ってことになってるの」
「ことになってる……って……」
 確かに材料としてお酒を使うことはあるが……果実酒だと余計な成分が混ざってしまうため適さない。だいたいメイプルにはまだ必要のないものだ。
「魔法のことに詳しくない一般に対し、フェアリー学園の生徒である立場を利用して手に入れるとは……さすがはメイプルちゃんですわ」
 感心するなよルルカ。
 ただ確かに、あまり突っ込んでいても仕方がない。
「まぁ、いいや…………で、ルルカのほうは?」
「はい。マジカルオーブの生成に使う薬品や道具を揃えておこうと思いまして。ティナさんと一緒に研究ができると思うと…………幸せですわ!」
 夢見る乙女と化したルルカに苦笑しながら、しかし、ティナは疑問をかける。
「それなら、学園のものを使えばいいじゃない。わたしだってそうだし、そういうのは、一人立ちする時でも充分でしょ?」
「どこの誰が使ったかも分からない道具を使用するなんて、この私の理性がゆるしませんわ」
「あっそ…………」
 丁寧な言葉の裏に隠れることもしない失礼な内容だ。
 そんなわけで、一行は近くの魔法具店へと向かうことにした。
 今日、学園はお休みである。こんな日はのんびりとすごしたかったティナを強引に連れ出し、街にショッピングに来ている3人の他にも、学園の人間は結構目に付くものだ。いつもの魔法使いルックではなく、普段着を着ているのがほとんどであるが。
 メイプルとルルカも、いつも学園で着ているものとは違っているが、ティナは普段のままだ。
(まったく……休日ぐらいこの2人から離れたいのに、こうも付きまとわれちゃたまんないわよ……)
 ティナは2人から何とかして逃げだそうと、チャンスをうかがった。
 魔法具店は、もうすぐそこだ。不思議な文字が描かれた、微妙に傾いている看板が、3人の行く手にぶら下がっている。
 そのドアにルルカが手をかけた──
「あっ、そうそう。わたしも試験課題の練習しようと思ってたのよ。確か、材料が切れてたわ。さっそく採取してこなきゃ。じゃね、2人とも!」
「あ、ティナさん!?」
「お姉さま!?」
 2人の悲痛な叫び声を振り切って、ティナは土煙を煙幕に走り去っていった。
 魔法具店の軒下に残された2人は、
「あの魔法の材料って……確か、夏にしか取れないんじゃなかったっけ?」
「ええ。それこそ学園の倉庫のものを使えばよろしいのに……」
 さりげない突っ込みは忘れなかった。
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