魔法の使い方〜心の行方1〜
今日もまた、ヒマな講義が終わった。
 別にヤル気がないわけではない。
 高校大学で単位が足らずに留年した学生のように、ティナは何度も同じことばかりを勉強しているのだ。分かりきったことを勉強し直すことほどヒマなことはないと思っていた。途中で講義の旋律が子守唄に聞こえてしまっても、仕方のないことなのだ。
 これがロットの講義だったなら違う結果になっただろうが、あいにくロットの担当は魔法に関したものであり、今のティナが受けられるものではない。
 周囲が一生懸命な中、ティナだけがダレている。でも、誰も何も言わない。
「ティナさん、終わりましたわ。起きて下さい」
 ここはピックコレクターになって間もない生徒を対象にした講義。ルルカも当然その1人になったわけだが、隣ではティナが劣等生を象徴しているかのようなヨダレを垂らして、机で熟睡している。
「…………え、もう、終わったの?」
 ここの他にも、ピックコレクターのための講義は用意されている。が、ここよりも高度な知識を教えていて、ここで成績が良ければそちらに行ける。そして、もう一度やり直したい場合などには、一度受講したことのある講義なら出席できるのだ。
 ティナはピックコレクターの講義は制覇している。ルルカにせがまれて、この講義に一緒に出席していたとしても、なんら問題は発生しない。
「はぁ……あと5分あれば、食べられたのに……串焼き団子……」
 どんな夢を見ていたのか知らないが、微妙に不満そーな顔をしながら立ち上がる。そして、お腹の虫にせがまれるかのように壁の文字盤を見た。
「もうすぐお昼……か」
「そう言えば、今日のメニューには、お団子があったと思いますが……」
「え!? ホントに!? おごってくれるの!?」
「誰がそんなこと言いました?」
 さりげなく質問を2重にする罠をかけたティナだったが、ルルカは相も変わらぬ微笑みで、スパンとそれをかわしてしまう。
 ここの食堂は毎日メニューが変わる、その名も『日替わり食堂』。食べる喜怒哀楽を存分に発揮した、当たり外れの大きい賭博的な要素をも盛り込み、学園の生徒たちに楽しみと恐怖を与えてくれる。
 え? 訳がわからない?
 百聞は一見にしかず。とにかく、食堂に行ってみようではないか。

食堂は1階の渡り廊下から行けるようになっている。ちょうどラッシュ時間ということで、人・人・人の洪水となっていた。
 食堂以外にも売店もあるし、街に出て食べてきたり、お弁当を持ってきても構わない。そのへんは生徒の自由である。その中で食堂が人気を集めている理由は、入口付近に設置されている巨大な回転板だ。
「さあ! 今日のメニューは女の子には必見だ! 心して挑戦しろよ!」
 お祭り気分ではっぴを羽織っている活きのいい中年オヤジが、4つある回転板の前で大声を張り上げている。それぞれの回転板には着飾った少女たちが張りついており、回したり止めたりと忙しそうだ。その盤には何やら文字が書かれ、そこに向かって何かを投げつける生徒たち。
 デパートなんかで時々見られる懸賞付きダーツを思わせ……いや、そのまんまの情景が展開されていた。あるいは、宝くじの当選番号を決定する会場と言ったほうが分かりやすいかもしれない。今日の昼食を賭けて、ダーツの矢1つでメニューを決めようという、この大胆かつ陰険なイベントが、なぜかウケまくっているのだ。
 4つの回転板は、それぞれ主食、汁物、おかず、デザート。うまくけば問題ないが、組み合わせによっては地獄のような食べあわせになることも。もちろんダーツが刺さらなければ、その一品はなしよ、ってな感じで、ハラハラドキドキの絶叫マシンのような緊張感である。
 中には無難にもともとある定食を注文する者もいる。人生、こういうノリの悪い人間は、頭角を現すことなく終わるものだ。
「お団子ちゃん、お団子ちゃん……あっ、あったぁ!」
 デザートの盤に紛れもなく『団子セット』という文字があった。ティナは肉を前にした狂犬のように歓喜した。
「あれは、わたしのものよ……誰にも渡さないわ……」
「ティナさん、そんな殺意バリバリの目をしていたら、みなさんが怖がって道を開けてしまいますわ。もう、私、感激ですわ!」
 ただならぬティナのブラックオーラに恐怖して、道を開けないと人生終わる気がした生徒たちの間を、ティナと、ちゃっかりルルカも通り過ぎていく。
「おっ、来たね、名物娘! 今日は一段とイッちゃってるね!」
 オヤジさんがティナの姿を認めると、さらにトーンの上がった声で呼びかけた。
 割り込みどころか追い抜きを敢行してきたティナは、列の先頭までやってくると、料金と引き替えに4本のダーツを受け取った。
 ルルカを伴っての第1投。主食の盤は4つに分かれている。白米、焼きそば、パン、ふかしいも(?)のうち、刺さったのは緑のエリア、パンだった。
 続いて第2投は汁物だ。めんつゆ以外なら納得したほうがいい。ここでみそ汁が当たると和洋折衷な食事となるが、ティナは見事にパンプキンポタージュをゲットした。
「まあ、ティナさん、うらやましいですわ」
 焼きそばとビーフシチューだったルルカが、その組み合わせに羨望の眼差しを送る。
 次はおかずだ。サラダなんかを当てれば黄金トリオをゲットできるが、ここは焼き魚に留まった。ちなみにルルカは天ぷらを当てていたりする。
 そしていよいよ最後の投擲、禁断のデザートを決める番である。
 実はここが一番意地悪い。まともにデザートと呼べるものは半分程度で、まるごとタマネギとか、蜂の子の炒め物(チョコ味がするらしい)とか、すごい味のする特製ドリンク(中身は秘密)とか…………安全策として、わざと外すのも作戦のひとつと言える。
 しかし、ティナには団子セットの文字しか見えていない。他に何があるのか、そんなものは一切目に入っていなかった。
 盤が少女の細い腕によって回される。もはや文字は判別できないが、団子セットのエリアは黄色だと確認済みである。回転する黄色を、数秒間見つめてタイミングをはかる。
「……3……2……1……うりゃ!」
 ピッ、とティナの腕が素早く振り下ろされた!
 指から放たれたダーツは、重力の枷に逆らい真っ直ぐに黄色いエリアに吸い込まれた。盤に突き刺さり一緒に回転するその影は、間違いなく黄色のエリアにかかっている。
 ティナは勝利を確信した。
 少女の手がブレーキをかけ、ダーツの刺さった場所を確認するが……
「え〜っと…………あれ? どっち…………」
 そこは、きわどく赤いエリアとの境界線にあった。まさにど真ん中。少女は判断にかねてオヤジさんを振り返る。
 オヤジさんは笑いながら、
「こういう時は、一度抜いてみるんだ」
 と、刺さっていたダーツを引き抜いてしまう。そこに残った穴を見て、どちらのエリアに多く侵入しているかで判断をするのである。オヤジさんは、間違えないよう慎重に穴を確認した。
「う〜ん…………こりゃ、赤だな。『カエルの刺身』だ」
「のおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
 オーマイガッ、のポーズで絶叫したティナは、その場に崩れ落ちる。
「はいはい、残念、残念! そんなとこで屍になってないで、さっさと行ってくれよ。ほらよ、次、行こうか!」
 最終的に決定したメニューの食券をティナに渡すと、オヤジさんはルルカを促した。
「えいっ」
 ルルカも怖いもの知らずである。なんとも無造作にダーツを盤に突き立てる。
 盤の回転が止まったそこには……
「あっ」
「あら」
 ルルカのダーツは、ものの見事に『団』の文字に命中していたのだった。
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