魔法の使い方〜学園の少女5〜
フェアリー学園は、いつものように朝を迎えた……
 いつものようにウイント導師やガーダ導師、魔法使いたちが学園に顔を出し、いつものように一日が始まるはずだった。
「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 まだ早朝の静かな学園にこだまする1つの悲鳴。
 生徒たちに早起きが多い学園では安眠妨害の苦情が出ることはなかったが、尋常ではない声量に、何事かと廊下を走る少女──ルルカを目で追っている。叫びながら突っ走り、1つ上の6階の部屋に直行する。
 ドガバキバタンッ!
 カギのかかっていたはずのドアを蹴破り、夢から醒めたばかりのメイプルの襟首をひっつかむ。
「大変! 大変なんです! こんなところで寝てる場合じゃないですわ!」
「にゅわあぁぁぁ! ゆ、揺すらないでくださあぁぁぁぁい!」
 遠慮を忘れるほど取り乱したルルカの激震攻撃に、まだボーッとしているメイプルの頭がガクガクとおじぎしている。ルームメイトの少女が驚いて……いや、恐怖の眼差しでルルカを見ていた。
「その程度で拳の道を極められると…………そうじゃないですわ! ティナさんが!」
「……え? お姉さまが!? どうしたんですかぁ!?」
 ティナの名が出た途端、メイプルは一気に覚醒した。
「ティナさんが、行方不明なんです!!」
「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
 ガァァァァン、てな感じで、両手を頭に持っていくメイプル。
「昨日から姿が見えなくて! 今朝起きてもベッドにいないんです! どう考えてもおかしいですわ!!」
「確かに、あのねぼすけお姉さまがこんなに早く起きるわけないわ、帰ってきてないのが一般の考えね。こうしちゃいられないわ!」
 ルルカに掴まれたパジャマを奪い返すと、勢いで取れてしまったボタンにも目もくれず、マッハの勢いで着替えを終了させるメイプル。
「お姉さま、待っていてください! 必ずあたしが助け出してあげます!」
「ティナさんのお命、燃え尽きさせてなるものですか!」
 2人はティナに何か不幸があったものと決めつけて、どこ行くともなく飛び出していってしまった。
 一連の嵐のようなドタバタ劇を目の前にして、騒ぎを聞きつけ駆けつけた生徒たちは茫然と立ちつくしていた。騒がしい2人が去ってしばらく、ようやく1人が正気に戻ったらしい。慌てた様子でどこかに走っていく。
行き先は理事長室。問題があった場合、まずここに知らせるのが決まりなのだ。
「ウイント導師!」
「なんだ、騒がしい!」
 部屋に飛び込んできた生徒を叱るように、ガーダ導師の叱咤が飛ぶ。その生徒はビクッと体を震わせた。どうもガーダ導師は、生徒たちから好印象ではないようだ。
「す、すみません……」
「いったい、どうしたの?」
 続いて、たしなめるような優しい声が響く。
「はい、ウイント導師。実は、あの……誰かが行方不明とか言って、騒いでいる人たちがいるんですが」
「行方不明?」
 意外な言葉だったのだろう。2人して眉をひそめている。
「それは、確かなのか?」
「は、はい……いえ、確かめたわけではないのですが……昨日の夜から姿を見ないと言っていました。届け出は、どうなっているんでしょうか?」
「その生徒の名は?」
「ティナです。あの、よく事件を起こす……」
 さすが有名人。名もなきエキストラキャラにまで知れ渡っていた。
 それはともかく、2人の導師は明らかに慌てたようだった。
 ティナは昨日から、魔法材料の倉庫を整理していたはず。もちろん外出届など出されていないし、聞いてもいない。いくらなんでも、徹夜で倉庫の整理を続けているなんてこともないだろう。何か、事件に巻き込まれたのか……?
「とにかく、探すんだ! ティナの顔は知っているな!? 授業や講義を中止しても構わん! 全員でティナを探すよう伝えるのだ! いいな!」
「は、はいっ!」
 その生徒はすぐさまきびすを返し、再び走ってガーダ導師の言葉を伝えるべく戻っていった。
 その影を見送って、
「私も行ってきます。もしかしたら、倉庫で倒れているかもしれない」
 ガーダ導師も厳しい顔のまま、理事長室を出ていった。

「…………くしゅんっ……」
 そのくしゃみで目が覚めた。
 ただいま、とばかりに輝きを増す太陽の光が、夜露に湿ったティナの服を照らしだしている。冷えきっていた体が、再び温もりに包まれるのも時間の問題だろう。
「……………………あ……そっか…………」
 混濁する記憶を整理し、ブンブンと頭を大きく動かし眠気を振り払う。髪についていた雫が飛び散り、泉の中に幾重にも波紋を広げてゆく。
 どうも、あのまま寝入ってしまったらしい。
 ティナの脳裏に、昨夜の理事長室での会話が蘇る。
 なんだか、また鬱になってきた。
 眼前で消えていく波紋を眺めながら、もう一度考えてみる。
 あれは、確かに知っていたとしか思えない。
 魔法使いを目指す者にとって、その道を閉ざすような決定的な言葉。
 それを知ってしまった自分は、これからどうすればいいのか……
 朝のすがすがしい陽気も、ティナの心の中にまでは入ってこれないようだ。
「…………え? 朝?」
 誰がどういった視点から見ても、今のこの時間帯は『朝』であると答えるだろう。
 ティナの顔に、みるみる焦りの色が浮かんでくる。
「……や……どうしよ………………と、とにかく、帰らなきゃ!」
 ターボダッシュで校舎に向かうティナ。
 行き着いたそこでは、もはや授業どころではない、大騒ぎになっていた。
 そして──
 ティナは今までで最高の説教を、ガーダ導師にくらうことになった……
 唯一の救いは、夜露の中で寝たため熱を出し、ペナルティの倉庫整理を解除されたこと…………と、書き加えておこう。
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