魔法の使い方〜学園の少女4〜
翌日になって、ティナは倉庫の整理をするために、7階の魔法材料管理倉庫にいた。
 昨日保留となっていたペナルティだ。
「あーあ……いーつーになったーら、おっわるっかなー……」
 歌ってないとやってられない。
 一口に倉庫と言っても、このフェアリー学園にはたくさん存在する。ここ意外に、マジカルオーブ保管庫、魔法器具室、運動器具倉庫、遊具室、農耕具室、家財倉庫などなど。全寮制の上、魔法材料の自足もしているため、ジャンルに応じた倉庫があちこちにある。
 さすがにこれら全ての整理は一人では無理だ。
 ティナが今回やってしまったのが魔法材料に関するものであったため、ペナルティは魔法材料管理倉庫を整理すること、となったのだ。ただし、この倉庫は一番広い。
 7階建ての校舎の最上階は全てこの倉庫になっている。さらにここ以外にも、学校の地下にも存在しているのだ。材料の性質に合わせ、乾燥した場所で保管するもの、暗くジメジメした場所が適したもの、水の中に沈めるものなど、とにかくいろいろあってややこしいのだった。
 言っちゃ悪いが、ティナはこの道4年の大ベテラン。学校にある材料で知らないものはない。普通の人が本を見ながら整理するよりは、何も見ずにできるティナの方が早くできるが……朝から延々とやっているが、7階の倉庫だけで一日が終わってしまうだろう。
 誰かに手伝ってもらいたかったが、ロットとミスティは研究室にこもっていて、とても手伝いを頼めるような状況ではなかった。ルルカやメイプルは手伝うと言ってくれたが、材料のことをまだ良く知らない2人では、足手まといになるだけである。
「……ルルカに来てもらえば良かったかなぁ……」
 例えそれで時間が余計にかかったとしても、話し相手がいるのなら多少は気晴らしになったかもしれない。一人で黙々と続ける作業というものは、思いのほか疲れるものだ。今から呼びに行こうにも、ルルカは材料採取をするとか言って、どこかに出かけてしまったのだ。
 ちなみにメイプルは呼びたくない。足手まといどころか、新たな事件を発生させる危険がある。
 ティナは改めて気合いを入れると、整理が終わっていない棚に手を伸ばす。
 棚にキチンと並べられていたはずの材料類は、何度も何度も出し入れを繰り返している間に、小さな無秩序地帯を作っていく。これがあらゆる紆余曲折を経て重なり合い、複雑な混乱に到達するのである。そうならないよう、月に1度は誰かが見回っているらしい。
 まず、棚に間違って入っている材料を取り出して、元の位置へ戻す。続いて、材料が使いものにならなくなっていないかを見極め、ダメなら廃棄処分とする。残った材料は、取り出しやすいようにキチンと並べ直すのだ。
 誰でも出来そうに思えるが、廃棄するかどうかの見極めが難しいのだ。なんせ、材料ごとに判断基準がまるで違うのだから。それを全て覚えているティナは、やはり才能はあるのかもしれない。
 最終的に残った数を帳簿に書き留め、その棚の整理は終了するのだ。
 こんな某量産工場のラインを見ているように同じことを繰り返し、ようやく7階の倉庫を制覇した時には、太陽はもう地面の下に帰っていた。
 これから地下の倉庫に進軍するような気力は、すでにない。
 帳簿を倉庫の入口に戻し、ティナは7階を後にした。
 明日も同じことを繰り返すのかと思うと、頭の芯から頭痛がしてくる。しかも、地下はジメジメしていて、独特な臭いとグロテスクな材料の数々が保管されている場所だ。学園でも大多数の生徒が敬遠する、デンジャラスゾーンなのである。
 ティナといえど、これだけは周囲の評価に賛成していた。
「地下かぁ…………やりたくないなぁ…………」
 しかし、やらねばウイント導師はともかく、ガーダ導師の鉄槌が間違いなく振り下ろされることだろう。
 やるしかないのだ。嫌だけど。
 とにかく、今日はここまで。一応、経過を伝えておこうかと思い、ティナは3階の理事長室へ足を向けていた。
「ウイントさん、まだいるよね? いつもなら帰ってないはずだけど…………」
 ウイント導師は比較的遅くまで学園内にいる。何をしているのかは定かではないが、それを知ろうとは思わない。例え知ったとしても、ティナにそれが理解できるはずもないのだ。
 3階は魔法使いたちの研究室が多い。そのほとんどが帰ってしまうこの時間になると、廊下はシンと静まりかえってしまう。
 ついでに学園の構造を紹介すると、1階2階に教室があり、4階にロットたち上位ランクの生徒の部屋、5階がティナたち中級ランクの部屋、6階にメイプルのような駆け出しがいる。
 天井の端末クリスタルから、弱い光が漏れている。昼間に比べれば暗いが、歩けないほどではない。
 しかし、静かすぎて、かえって耳が痛くなりそうだ。
 ティナはわざと大きな足音を立てながら、奥の突きあたりにある他とワンランク違った造りの扉を目に歩いていく。
 頑丈そうな扉の向こうからは、光は漏れていない。その隙間がないのだ。
 ノブに手をかけようとした、その時、
「ええっ!?」
驚愕と反意が込められた叫び声が、その向こうから飛び出してきた。
 ティナは、反射的に手を引っ込める。
 今の声は、どうやらガーダ導師の声。いつもなら早く帰るのだが……まだ残っていたのか。
 どうやら、ウイント導師と何かを話しているようだが……?
「私は賛成できません! あの子にはまだ早すぎます!」
 珍しくガーダ導師が熱くなっている。いつもの、ウイント導師のイエスマン的な存在とは思えないぐらいの迫力だった。
「やめようかな……入るの……」
 何かもめているようだし、どうやらガーダ導師の機嫌も悪そうだ。ここに入っていったら、思わぬとばっちりを受けるとも限らない。そんなのは嫌だ。
 ティナは自問しながら頷くと、そのまま扉に背を向けた。が、
「ティナは、まだ魔法も完全に使えないピックコレクターなんですよ!」
「え?」
 自分の名前が呼ばれ、ティナはまるでビデオテープを巻き戻すように動きを逆転させた。
 こんなに深刻そうに、自分のいったい何を話しているのだろう……?
「退学……なわけないか。ガーダ導師が反対してるわけだし……」
 一瞬悪い予感がしたものの、それはすぐに消えた。あのガーダ導師が、説教好きで完璧主義で騒動が大嫌いのガーダ導師が、その張本人であるティナをかばうわけがない。
 話の内容が気になったティナは、その場で耳を傾ける。
「それは、言われずとも分かっています」
 ウイント導師の声だ。心なしか、いつもより真剣味の漂う響きである。
「でも、このあたりが潮時だと思うわ。ガーダ導師、あなたもティナがここでつまづくだろうことは、予想していたはずよ。17年程前、魔法使いになったばかりのあなたが、ティナを連れてきた時から……」
「それは、そうですが……」
 このセリフは、ティナにショックを与えた。
(ちょっと待ってよ……ってことはなに? 2人とも、わたしがマジカルオーブを創れないって分かってたの?)
 ティナは昔から、いくら良い成績をおさめても、ウイント導師に褒められたという経験がない。ウイント導師は知っていたのだ。ティナはマジカルオーブが創れないと……
 それは、ティナに魔力が足りないことの証明とも取れる事実だった。
(それなら……どうして、今まで……)
 なぜ言ってくれなかったのか?
 入学の時の魔力検定の時、それは分かっていたはずだ。
 どうして学園に留めてくれたのか?
 自分がショックを受けるから……? 恩返しをしたいという自分の気持ちを想って……?
 だから、何も言わなかった……?
 でも…………
 ティナの瞳が、いつも以上に濡れていた。
「ともかく、あの子のためにも、このまま学園に置いておくわけには……」
 そこでティナは駆け出した。
 これ以上聞きたくなかった。
 この場を離れたかった。
 誰もいない階段を一気に駆け降りる。踏み外して転がり落ちたのも気にならなかった。1階の裏口を大きく開け放ち、ティナは星空の中に躍り出る。
10分後…………
 ティナはいつもの場所にいた。
 悩み事があるといつも来る場所。
 ティナの心を癒してくれる場所。
 大好きな大好きなティナの特等席。
 そこで、ティナは星空を見上げていた。
 今まで頑張ってきたのは、いったいなんだったのか。
 必ずできると信じての4年間は、まるで意味のない道楽に過ぎなかったのか。
 まるで、ピエロのような4年間……
 走馬燈のように甦ってくるいくつもの思い出と、たった今知ってしまった真実とが、ティナの頭の中をグチャグチャと駆けめぐる。
「どうして……」
 星へと問いかけても、返ってくるのは儚くきらめく光だけであった。
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