正門を出入りする生徒はほとんどいなかった。
一斉試験日には、午後に暇を持て余し街へ繰り出す生徒も多いが、出かける人間はとっくに出かけたようだ。
このフェアリー学園の寮には門限がない。ただし、無断外泊は禁止が慣例だ。外泊するのなら口伝えにでも知らせておけば、帰ってくるまで無期限に外泊はできる。材料調達のため、長旅に出ることも多いからだ。かなり放任的な規則だが、生徒と学園側との信頼関係があるからこそできるのだ。今まで無断外泊した生徒は、滅多にいなかったという。
「遅いな…………」
門の柱にもたれながらティナを待つロット。約束の時間は、既に10分以上も前だ。
「あの子が来るって聞いた時から、予想はしていたけれど」
その隣で自慢の金髪を指にからめる少女はミスティ。やはりティナと同期で仲は良く、グレードマスターとしても優秀な成績をおさめている。ティナとは違って、非常に落ち着いた態度が生徒たちからの信頼を厚いものとしていた。年齢もティナと同じなので、2人で良く遊んだものだ。
この2人、研究なども一緒にやっていることが多く、学園の中ではウワサの渦中にある。すでに婚約しているとかいないとか、あることないこと言われているが、当人たちは気にしていない様子。
校舎のほうを見てみるが、ティナのピンク色の髪はない。あの色は珍しいので非常に目立つのだ。来ればすぐにでも分かるのだが……。
待たされるのはいつものこととはいえ、待つ側はたまらない。校舎から、晴れ渡った青空に視線を移し、自然のキャンパスに描かれる綿菓子で暇をつぶした。
いかにも春らしい雲が、ほのぼの陽気を演出していた。
「お…………お待たせ…………」
雰囲気に誘われて、まどろみの入口を通過しかかっていた2人は、ティナの声に引き戻される。
見れば、左手にしがみつくメイプルと、右手を組んでいるルルカに従われ、一目に気持ち悪そうな顔をしているティナがいた。何があったのか…………ロットとミスティはなんとなく想像できた。
「あれ……ミスティ……?」
「あいかわらずね……」
やんちゃな娘を見るような目つきでティナを見ている。ティナはそれが嫌いなわけではないが、それでいつも心が疼くのだった。
「ミスティには関係ない」
ぶっきらぼうに言い放つ。
なかなか試験に合格できない自分と、順調にランクを上げていくロットとミスティ。友達関係は続いているものの、正直ティナにはコンプレックスがあった。それでなんとなく話しづらいのだ。
ミスティもティナのその気持ちは分かっていた。6年ものつき合いなのだ。お互いの気持ちは理解しているつもりである。
「それで、そちらのお二人も行くの?」
「はい!」
「ご一緒しますわ」
完全にデートなるものを妨害するのが目的の2人。ミスティの姿を見てからは、安心したような、まだ何かを企んでいるような、そんな顔をしている。
「じゃあ、揃ったところで、行こうか」
先頭をきって歩きだすロット。招かざる客にも快い態度をとるところが、学園の女生徒たちの人気を集める秘訣である。
ティナも遅れないように足を差し出すが、
「ティナさん、そっちじゃありませんわ」
「はい?」
1人だけ別方向へと歩きだそうとしているティナに、ルルカの制止がかかる。
ティナが向かおうとしたのは、正門から真っ直ぐ南に伸びる道。その先にはブルギールの街並みが見えている。しかしロットたちが向かおうとしたのは、西に伸びる少し狭い道だった。
「あれ? 街に行くんじゃ……ないの?」
「違うよ。森で材料を取ってこようと思って。今ミスティと一緒に研究している魔法があってね。それに必要なんだ」
屈託のない笑顔でようやくロットは目的を話してくれた。
「僕とミスティも初めて採取する花でね、ムーンドロップって言うんだけど……ティナなら知ってるよね?」
ムーンドロップと言えば、淡い黄色の花を付ける一輪草のことだ。湿地帯に良く生えることが知られているのだが、群生することがなく見つけにくい。その上、月夜にしか花が咲かないので、昼間は雑草と間違えてしまうことも。素人では発見が困難を極める代物だ。
そして、ムーンドロップは魔法庭園でも作っていない。管理が難しいのだ。
「えぇぇぇ!? ロットさんたちも採取したことないんですかぁ!?」
まだ駆け出しのメイプルは知らないだろう。
この花のことは、学園で渡される教科書の最後の方に載っている。大抵の人間はそこに行きつく前に試験に合格し材料の学習を修了するので、教えてもらうことはない。後々、必要に応じて調べるのが普通だ。ロットやミスティもその過程をたどった一般生徒。今回の実験で必要になったということだ。
ただ、ティナだけは違った。同じ材料ばかりでは飽きてしまうので、教科書に載っているものほとんどを制覇していたりする。
「僕はないけど、4年以上ピックコレクターで勉強していたティナなら……」
グサッ!
悪気はないのだろうが、そのセリフは見えない矢となってティナの心に突き立てられた。
しかし、ロットの前だ。無理矢理にでも笑顔を作る。
「1回だけど、あるわ……」
「良かった! これで研究が進むよ」
喜ぶその言葉がティナに向けられていれば、あるいは心に刺さった矢はキューピッドの矢になったのかもしれない。
「そうね。なかなか見つからなくて滞っていたし、あの魔法の習得も見えたわね」
安堵の表情で、その言葉にミスティが答えていた。
『あの魔法』がいったい何なのか、今のティナには全く分からない。分からないが、なぜかその魔法が憎く思えてきた。
「じゃあ、ティナ。案内頼むよ」
「…………分かった……」
その笑顔から逃げるように、ティナは先頭をきって歩き始める。
もちろんメイプル・ルルカの御両人も、背後霊のごとく追ってくる。
「お姉さま、残念でしたね、期待はずれで」
「まぁ、このあたりがオチですわ」
楽しそうな2人は、やりばのない怒りと嫉妬の絶好の解消グッズになった。
「うるさーい!」
必殺の回転ラリアットが、メイプルの頭部めがけて放たれる。
「うきゅぅぅぅぅ……」
メイプルは直弾を受けうずくまったものの、ルルカはヒラリとそれをかわす。さすがに身が軽い。ティナは余計に頭にきたが、ルルカには無駄と悟ってあきらめる。再度、小石を地面にめりこませる勢いで歩いてゆく。
「ふわぁぁ……お姉さま、超低気圧になってますねぇ……」
「機嫌激悪ですわね」
その行動を動物を観察するかのように凝視する2人は、やはり楽しそうだった。
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