魔法の使い方〜学園の少女2〜
「申し訳ありませんでした」
 ティナは深々と頭を下げていた。
 ここは、フェアリー学園3階にある理事長室。目の前の立派な机には理事長でありティナの育ての親であるウイント導師が座り、その傍らに補佐を任されている男──ガーダ導師が立っている。もちろんガーダ導師も魔法使いだ。
「君はとかく問題を起こすが、今回はまた別だ。こんなことは前代未聞だね、まったく」
 ガーダ導師は機嫌悪そうに、自慢の白いヒゲを指で撫でた。
 不祥事があった場合、ほとんどの場合ガーダ導師に任せ、ウイント導師は特に何も言わない。どこか中性的な面もち、白髪ではないが淡色の長い髪、ティナが物心ついた頃から変わらぬ瞳が、ティナを見つめている。
「あの花は、大切な魔法材料なのだよ。それを採取するでもなく、許可も取らず、ただ踏み散らしてしまうとはね。それもピックコレクターとして材料の大切さを学んでいる君が、だ。これは君だけの問題ではなく、学園全体の問題なのだよ。分かるかね?」
 ガーダ導師お得意のお説教攻撃。これが始まったら長い。
 ティナはなるべく目を合わせないように、机の脚あたりに視点を調整する。
 先程までティナがいた場所は、学園の裏手にある魔法庭園。魔法材料をなるべく自然に近い状態で栽培している場所だった。ほとんどの魔法材料はここで手に入るという、巨大な庭園である。
「だいたい君は不注意が過ぎる。この前も薬品の管理を怠り調合室で爆発を起こすし、中庭ではマジカルオーブを暴走させて洪水を発生させるし、体育場では無理な扱いをして器具は壊すし…………お酒を飲んで酔っぱらい校舎を穴だらけにしたこともありましたね」
 ネチネチと過去の過ちを羅列してくる。未練がましい男である。
 ただ、そのほとんどが事実であるため、ティナは何も弁解ができない。ただ、酔っぱらったことについてはメイプルが悪いと確信していた。無理矢理飲まされて、気が付いた時にはここにいたのだ。
「もう少し、先のことを考えて行動したらどうだね? そんなことだから、いつまでたっても昇級もできないし…………」
 終わりそうにない。
 ティナは助けを求めるように、チラリと眼差しをウイント導師に向けた。
 そんなティナの気持ちを理解してくれたのか、ウイント導師は一度頷いて、
「今日は、もういいでしょう」
 柔和な表情に違わず優しげな声が、ガーダ導師のお説教を制した。
「しかし、ウイント導師……」
「幸い、踏みつぶしてしまったのは半分。当面は問題ないでしょう。ペナルティは、後日あらためて言い渡すことにします」
 ウイント導師にそう言われては、ガーダ導師も説教を中止するしかない。ものたりない顔をしながらもティナに視線を戻し、
「帰ってよい。これ以上の問題は起こさぬように!」
「はーい……」
 クルッと2人に背を向けて、ティナは逃げるように理事長室を出ていった。
「あーあ、うるさいうるさい……」
 ガーダ導師の説教にうんざりしたティナは、だらしなく廊下を歩く。
 木造7階建ての校舎は100年以上前に建てられたという話だが、歩いても軋まないし、嵐にも揺らぐこともない。信じられない話だが、この学園全体がウイント導師の魔法により支えられているらしい。だから安心して学習ができるというものだ。
 ウイント導師はいったい何歳なのか……こればかりは本人に聞いても笑って誤魔化されてしまい、謎のままである。
 この後、特に用があるわけではない。部屋に戻ろうとしたその時、
「やあ、ティナ」
 聞き慣れた声がティナの足を止めた。
「ロ、ロット……」
「また、しぼられたのかい?」
 この学園の女生徒たちの憧れの的。笑顔が素敵なロットが、その究極の笑顔を携えて立っていた。
 とたんにティナの気分は最高潮に跳ね上がる。
「そ、そうなのよ……エヘヘ」
「今度は、何やらかしたんだい?」
「別に、たいしたことじゃ、ないんだけどね……」
 魔法材料を台無しにするというのは、たいしたことだと思うが……
 ロットはグレードマスターだ。次の称号を得れば、魔法使いまであと一歩、という高位の称号である。グレードマスターはまた、学園で先生としても扱われる。下級の生徒たちの授業を担当しているのだ。その一方で研究を続け、一人前の魔法使いを目指している。かなり忙しい毎日を送っていた。
 そんなロットとティナの仲がいい、ということは、学園の中では有名な七不思議の1つに挙げられているほどだった。実は同期で、昔からの親友同士。激しくランクに格差がついた今でも、その関係は継続している。こちらはあまり知られていない事実だ。
「それなら深くは追及しないことにするよ。それで、あっちはどうだったの? そろそろ合格できた?」
 ロットはティナが昇級できるようにと、いろいろアドバイスなどをしてくれていた。ティナの結果が気になるのも当然である。
「ごめん……また、ダメだった……」
「そう…………」
 ロットも残念そうだ。
 ティナの技術に問題はないはずだ。ロットも見たことがある。手順も分量も完璧にやっているのに、なぜかうまくいかない。うまくいかないどころか、ティナがやると必ず爆発を起こすのだ。失敗したとしても何も起こらないのが普通なのだが……
 ともかくマジカルオーブが創れないと、魔法使いになることはできない。魔法を覚えるにはマジカルオーブを創り、それで何十回となく使用することで体に魔法を覚えさすのである。これを他人が創ったものでやっても意味はなく、自分で創りだしたマジカルオーブでなくてはならない。魔力の波動が合わないかららしいが、これが現実である。
 ティナも店で売っているマジカルオーブを使って、簡単な魔法ならば使用できる。しかし、それでは魔法使いとは言えない。自らの力で魔法が使えるようにならなければ。
 ちょっと暗い顔になったティナに、ロットがある提案をしてきた。
「そうだ、ティナ。これから何か予定ある?」
「え? 別にないけど……」
「それじゃ、ちょっとつき合ってよ。部屋を片づけたいから……30分後に、校門のところで待ち合わせ」
 と、返事を待つことなく、ロットはティナの肩を軽く叩いて去っていった。
 残されたティナは、なかば茫然としていたが、
「もう……あいかわらず、強引なんだから……」
 文句を言いながらも、その顔は恥ずかしくも嬉しそうな笑顔。
 気のせいか、足音まで軽くなったかのようなステップで階段を駆け上がり、一気に5階まで。この階にある自分の部屋の扉を押し開けた。
 広いとも狭いとも言えない空間に2つのベッドとデスク、そしてクローゼット。丸テーブルと図書箱が少し圧迫感を感じさせているが、2人で使うにはちょうどいい。奥にあるもう一つの扉からは、ティナが爆発事件を連発している調合室へ行けるようになっている。今は修理も終わり、使用可能の札がかけられていた。
 ちなみに窓はない。
 灯りは学園の屋根にある巨大クリスタルが太陽光を吸収し、部屋の天井にある端末へと送ってくるのだ。夜でも蓄えたエネルギーのため明るいが、あまり無駄遣いはできない。
 室内に誰もいないことを確認すると、ティナはベッドにダイビングした。
「ぎゅぇ…………!」
 カエルがつぶれたような奇妙な音が聞こえたが、ティナは気にする事なく布団を抱きしめる。
「うふふ……2人っきりで街にお出かけ……」
 ロットは別に『2人で』とも『街に』とも言っていなかった。これは単に、ティナの勝手な思いこみである。
「…………ぐ……ぐるじ……」
「?」
(ベッドがしゃべった?)
 いや、ベッドがしゃべるわけがない。
 おそるおそる布団をめくっていくと、そこからルームメイトのルルカの顔が出てきた。どうやら寝ていたところに、ティナのダイビングアタックをくらった上、首を締め付けられたようだ。気を失ってピクピクしている。
「ル、ルルカ!」
 ティナはベッドを降りて、目を回しているルルカの頬をペシペシと叩いてみる。しかしルルカは動かない。
「あーん、どうしよー! 明日の朝刊に『魔法使い見習い 悲劇の事故!』なんて見出しが載ったら、あたし学園にいられないよー!」
 ルルカに反応がないので、最悪の事態を想定したシミュレーションが脳裏を駆けめぐる。
「よーし……こうなったら…………強行手段!」
 パッシーン…………
「いったーい!」
起きた。
「良かった! 目が覚めたのね!」
 ベッドに身を起こして左の頬をさするルルカを見て、安心した笑顔で喜ぶティナ。
「あの……私、どうしたんでしょう?」
 いったい何が起こったのか、記憶をたどるような目つきになる。カラスの濡れ羽色とでも言うのだろうか、黒く長い髪がいかにもお嬢様って感じだ。
「世の中には、知っていいことと知らない方がいいことがあるのよ」
「はあ…………?」
 釈然としないルルカは、何かを思い出そうとしている。しかし、結局思い出せず諦めたようだ。
「ところでティナさん、そのスリッパはなんですか?」
「え? あ、ああ! こ、これは……その…………さ、逆立ちしてきたから、手に履いてきたのよ。たぶん……」
 手に持っていたスリッパを発見されて、またまた慌てるティナ。言い訳ストーリーにも、ひねりがなくなっていた。
「ティナさん、逆立ちができるんですか? 今度ぜひ見せてください」
「うん、今度ね……」
 これで納得するルルカも、どうやらただ者ではなさそうだ。
 自分の大ピンチを切り抜けたところで、今度はティナがルルカを追いつめる番だ。自分の失敗は追及をまぬがれようとするが、他人の失敗はとことん追及する。これが人間の本来の姿なのだろう。
「それより! どうしてルルカがわたしのベッドで寝てるのよ!」
「あら? これは私のベッドですわよ。ティナさんのはあちらです」
「え?」
(もしかして、墓穴掘りまくり!?)
 もう1つのベッドを振り返って見れば、枕元にかわいいクマさんのぬいぐるみが鎮座している。間違いなくこのぬいぐるみは…………
「ルルカのじゃん! やっぱりこっちがわたしのベッドよ!」
「あら、バレました?」
 お嬢様ポーズでニッコリと微笑む姿は、最近はやりの癒し系笑顔。黙っていれば男どもが放っておかないだろう。
「帰ってきたらティナさんいないし、寂しくなってティナさんの残り香を堪能していたのですが、そのうち眠たくなってきて……ついでに気持ちよーく寝ていたんです。これはもう、正統すぎる理由ですわよね?」
「どこが?」
 ………………
 ……………………
「試験のほうはどうでした?」
 戦況不利と見るや、話題を180度旋回させる。しかも笑顔を絶やさぬ超強者だ。ティナは何度となくこの反撃にやられている。
「とりあえず試験は関係ないわ! 今問題なのは…………」
「その様子ですと、今回もダメだったようですわね。かわいそうなティナさん…………きっと悔しくて情けなくて、ベッドで朝まで泣き明かすつもりだったんですね。それなのに私がベッドを占領していたから、それが出来ずに怒ってらっしゃるんでしょう? 私なら構いませんから、どうぞ私の膝の上でお泣きになって下さい、さあ、どうぞ。さあ、さあ、さあ!」
 両手を差し出しておいでおいでをしているが、ティナはその動きに逆らうように後退する。しかし、これは失敗だった。
 キラーン、とルルカの瞳が妖しく光る。
「えいっ!」
「のわあぁぁぁ!」
 いきなり立ち上がったルルカの腕が、ティナの首筋を見事に捕らえる。そのままルルカのベッドへ仰向けに。クマさんがピョーンと飛び跳ねた。
「これでおあいこですわね。私はティナさんのベッドで寝ましたが、ティナさんも私のベッドで寝ましたから。この話はなかったことに…………」
 ルルカはそのままティナの上に覆いかぶさるかっこうで、抵抗するティナの体を抑え込んでいる。何か格闘技を習っていたらしい。
「はーなーせー!」
「はい、それではお話しますわ。私は、試験合格しました。これでティナさんと同じピックコレクターになったんですよ! ありがとうございます!」
 分かっていてやっているのか、本当に勘違いなのか…………ルルカは話を続け、ティナを離そうとはしなかった。
「ドッカーン!」
 折り悪く、扉を破壊するんじゃないかと思うくらいの勢いで飛び込んできたのは、元気爆発娘メイプル。手には近くの果樹園で作られている果実酒が。
 と、目の前の光景を見て、とたんに表情が一変する。
「ああぁぁ! あたしがいない間に何やってるんですかぁ! 不潔です、お姉さま!」
 もがいているティナと、それを抑えるルルカを見て、何を勘違いしたのか2人の引き離しにかかるメイプル。ティナとルルカは対照的な表情を見せた。
 しかし、ティナはすぐに顔を引きつらせることになる。
「もう! これだから2人きりにさせられないんですよぉ! お姉さま、あたしこれからもちょくちょく現れますから、安心してくださいね! 必ずルルカさんから守ってみせますから!」
「え……ちょくちょく現れるの……?」
 両のこぶしに胸に、決意の炎をメラメラと燃やすメイプルは、持ってきた果実酒をデンとテーブルに置いた。
 阿吽の呼吸でルルカがグラスを3つ置き、おつまみのスルメがメイプルのポケットから現れると、ルルカはグラスに真紅の液体を注ぎまして……あっという間に酒盛りの準備が完了した。
「さぁー! 恒例の『試験が終わって良かったね』パーティーの始まり始まりぃ!」
「恒例とは言っても、2回目ですけれど」
「ちょっと待って…………」
 突っ込みを入れる暇もないほどの2人の早技に翻弄されてしまい、なしくずしに巻き込まれていくティナ。さっき注意されたばかりなのに、また記憶喪失になったら…………。
「ほらほら、お姉さま。飲んで飲んで!」
「遠慮はいりませんわ」
「いや……あのね、わたし…………これから行かなくちゃならないところが…………だから、やりたかったら2人でやって」
 これ以上つきあっていたら、約束の時間に遅れてしまう。ティナは部屋を出ていこうとしたが、
「どこに行くの? あの件なら、もう終わったよね?」
 なにげないこの質問が、ティナをおおいに動揺させた。
「そ……それは…………」
 ティナの顔色が、髪の色に近づいてゆく。
 その変化を見逃すような2人ではなかった。
「あらあら、私たちを差し置いて……」
「ロット先輩とデート……とか?」
 一気にティナの顔が上気する。
「だ、だだだ、誰が、ロットとデ……デデ、デデデ、デー……ト……だって言ったの!」
「ティナさん、お考えになっていることが、顔にスパーンと出てくるんです。すぐに分かりますわ」
「良く言えば素直で可愛い! 悪く言えば単純バカ! でもそこがステキ!」
「バカな子ほど可愛いって、本当ですわね。ねー」
「ねー!」
 言いたい放題、勝手に2人で盛り上がっている。
「そうと分かれば! お祝いしなくっちゃね!」
「そうですわ。ティナさん、さあ飲んで下さい!」
「飲んで飲んで!」
「だからぁ……うぶ!」
 ティナの平穏な日常は、まだまだ終わりそうになかった。
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