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とある物語・・・

   INCANCELLABILE・・・消し得ぬ想い・・・


4  パオロ父さん(BABBO PAOLO)


 またまた、たっぷりと眠ってしまって、他の人達の朝飯がとっくに終わっている時間に起き上がると、昨日はコックだったあの娘が廊下の掃除をしながら、

 『Buon Giorno!!! Hai Dormito,eh!(おはよう、あなた随分寝たわよね)』と叫び、やはり朝からも元気なのだと判明する。

  『Vai a Prendere Cappuccio Giu, Ci Sara Anche Paolo! (カップチーノを飲みに下に行けばいいわ、パオロも居ると思うし)』 と言われ、寝ぼけ眼を擦りながら下に降りれば、朝食の後片付けも終わったらしく、すっかり何もかもが整理整頓されて光輝いている食堂の入り口に構えるバーの正面のフロアに、一人の男性がビールのボトルを片手に朝日を睨んでゆったりとくつろいでいる。

 "おはよう"と声をかけると、落ち着きと共にこちらを振り向いては、ゆっくりと立ち上がり歩み寄ってくる。

  『Buon Giorno(おはよう)』 と低く迫力のある声と共に右手を差しだし、色付きのメガネを傾け、僕に一瞥をくれるや否や、左手のボトルを掲げて、突然一言、

  『Vuoi Una Birra?(ビールでも一杯いくか)』 ありがたいけど、今は朝のはずだからカップチーノのほうがいいかな。

  『HA,HA,HA,Hai Ragione, Mettiti a Sedere,Te Lo Faccio Subito, (はっはっはっ、君の言う通りだ。すぐ用意するから、座って待っていなさい)』 そう言われ席に着く。

 それにしてもこの人、なかなか強烈な印象の持ち主。この四角く大きな顔に、その突き出した下唇の上に堂々とそびえるチョビ゙髭といい、そしてその短く刈り込まれた縮れた黒髪なんか正に、どこからどう見てもヤクザのおっさんである。貫禄のある広い肩と見事なまでに膨れ上がったビール腹はその堂々たる威厳を否応にも見せしめるが、不思議と腕と足は以上に細いため、その歩く姿はまさに、何千万年も昔にちょうど直立歩行を始めたばかりの人類(猿?)か、もしくは竹馬に乗ったずん胴型の冷蔵庫のようである。

 『Eccolo!(さあ、出来た)』 と、カップチーノとブリオッシュを運んできては、ビールで一息つくと、

 『Allora, Cosa Volevi Parlare Con Me?(さて、僕に話があるとのことだが)』 と、いきなりカマシテくる。 いや、そうじゃなくて、と昨日のいきさつを話すと、

  『HA,HA,HA, Scusa, Sai,Gli Manca Un po´di Cervello a Roberta, (はっはっはっ、すまんすまん、しかしロベルタには、少しばかり脳みそが足りんな)』 でも明るくて良いんじゃないの、

  『No,No, La Stupidita e un Peccato,(いやいや、馬鹿なことは罪だよ)』 と、爆弾発言二連発。

 『By the way, Do you speak English?(ところで、英語は出来る)』 こう突然英語で迫ってくる(こういう人、本当に多い。日本人と見ると、こちらが上手く(どころか、完璧にイタリア語で質問しても、英語で答えてくる)。出来るけど、今は、イタリア語の方がましだと思うと、答えると、 『Bravo, Allora Con Te Parlo Italiano, Io Parlo Molto Bene 5 lingue,Italiano, Englese,Spagnolo,Tedesco,Francese, Pero, Giapponese No! (素晴らしい、それなら君とはイタリア語で話そう。私は5ケ国語をとても上手に話すけど、日本語はダメでね)』 そんなこと最初っから期待していない。

  『Aproposito, Cosa Fai in Italia?(ところでイタリアで何してるんだい)』 との在り来りの質問に、「僕はコックで、イタリア料理を学びたいから、働かせてくれるレストランを探している最中だけど、どこかいいとこ知ってるかな?」と、こちらもお決まりの返答をすると、

  『Ma,Gia Sai Fare Qualcosa, Oppure Non Sai Niente? (だけど、既に何かしら出来るのか、それともまったくゼロなのか)』と、負けず嫌いな僕に火花を点ける。
 「かなり出来るよ」と、強きで答えると、しばらく考えこんでは、

  『Si, Ma、 Prima、 Se Ti Interessa, Puoi Vedere La Festa di Contrada Che Facciamo Noi Domani Sera Qui, Vengono 150persone a Mangiare,(そうね、知ってるけど、その前に、明日の夜ここで町内祭りがあって、150人もの人が食べにくるから、もし興味があったら見ていけばいいよ)』と、おいしい誘いを投げかける。

 すかさず"Volentieri(喜んで)"と答えると、

  『Okey, Allora Oggi Vai a Fare un Giro in Paese, Poi Torni Prima di Cena, Cosi, Ti Presento Nostra Cuoca Sandra (オッケー、じやあ今日は町の散歩にでも行って、夕食前には帰ってきなさい。その時にコックのサンドラを君に紹介するから)』 と、全て勝手に決められてしまったが、まあ正論なので、そうすることに決めて散歩に出かける。

  "Costa degli Etruschi"と呼ばれる、古代エトルリア人により築き上げられた数々の拠点が密集した「トスカーナ」はティレニア海沿いに広がる一帯の中腹に位置する"ヴォルテッラ"。かつてローマ帝国時代には重要な自治都市としての栄華を誇り、中世にはフィレンツエ王国の教区であった、チェーチナ渓谷を見下ろす丘の上に聳えたち、中世的街並をまるまると残すこの町には、そういえば、リヴォルノでの学生時代に一度、たった2時間ほどであったが、皆と"遠足"で通過したことがあった。
 改めて一人でゆっくりとまだ観光客の少ないこの時期に見て回ると、シエナの持つ貴族的な気品の良さや、サン・ジミニャーノ程の芸術的な一体感こそは見られないが、四方八方を障害もなく全てを見渡せる立地条件も手伝ってか、開放的かつ、まばらな立体感があり、遠くはティレニア海から吹き注ぐ、澄みきったその風の色は、なにか素朴で絵画的な情緒を感じさせてくれるもので、いっぺんで「虜」になってしまった。
 隅から隅まで全部歩いてみて、目に入るもの何もかもが気にいったけれども、特に夕刻の時に"Piazza della Liberta"から洗礼所を右手にかすめ見る展望、つまり、遠く彼方に広がる山々へと傾くオレンジ゙の夕日が、ものの見事なまでに古めかしく、そして朽ち果てて向きや角度はおろか、挙げ句の果てにはその大きさまでも"一つとして同じもの"を持たない、淡いレンガ色の密集した屋根々を真っ赤に染めてしまう「賛美歌」には正に絶句してしまった。
 すっかり日も暮れ、流れる冬鳥たちの編隊が、昼間よりもさらに遠くに感じる山々の連なるシルエットに抱かれるように融け込み、世の中が赤と黒の上下に真っ二つに分かれる頃、風もまた、まるで思春期の女の子の心変わりのように瞬く間に変る。
 どう説明すれば良いのだろうか、この嫌な風のことを。それは、刺すほどに冷たくては鉛のように重たいもので、あたかも、たちの悪い小悪魔たちが、今だとばかり林から音を立てて抜け出しては、我々を追い詰め、路地のどこへ逃げても、前から後からと付きまとっては、神経を消耗させ、人格を掻き崩し、そしてその生気までも抜き取ってしまうかのように、攻撃的なもの。一体、どれほど嬉しいか、帰る場所があることが。まだ、リヴォルノから出発したばっかりなのに、以外と根性なしなのかもしれない、僕は。
 とにかく、明後日からは、また放浪に出ないといけないから、今のうちは身体を休めておくべきだ。さあ、帰ろう、暖かい部屋と温かい食事、そして、幾人かの話し相手ぐらいはいるだろう。ところで、「サンドラ」っていったかな、パオロが紹介してくれるはずのコックの名前って。きっと、いかにもって感じのふくよかなおばちゃんだろうな。料理の上手な人だといいけど、まあ、どうでもいいことだ、それに、たかかユース・ホテルのコックに期待するほうが可笑しいし・・・。



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