とある物語・・・
INCANCELLABILE・・・消し得ぬ想い・・・
3、 ホタルの正体(SILVIA)
光の正体は、ヴォルテッラのカルチェレ(監獄)が真の暗闇に向かって眩しいばかりにその威厳を見せしめるように放つライトであった。
『ヴォルテッラ?』
なんてこった、どうやらゆうに300キロは走ったらしい。光に吸い込まれたかのように、正にカルチェレの足元に近付き、路地の片隅になんとか車をすべりこまして降りてみると、その風の強さと冷たさに思わず、自慢のMA1に加えてダウン・ジャケットさえをも着込んでしまう。すっかり雪山の遭難者の有り様で門にたどり着くと、真っ先に目に入ったものは"ユース・ホテル"の看板。なんてついてるんだ、と城壁をくぐるとすぐに第2の看板。
どうやら着いたらしい。
腕時計を覗きこむと既に9時35分。食事が残っていることをひたすら祈りながら足を進めると白壁に眩しい青いエレベーターに当たり、2階"客室"1階"教室"地下"食堂"と子供のいたずら書きのように記してある、その明解だか曖昧だか首をかしげてしまいたくなる説明に、"受付"は2階なんだろうな、たぶん、と躊躇していたら、後ろからその冷たい風から逃げるように一人の女の子が走ってきた。
ポニー・テールに結わいた薄い栗色の髪の襟元に、ぐるぐる巻きにされたマフラー、そしてそこからからはみ出る寒さに真っ赤に染まったその小さな頬の奇麗さにすっかり見とれ動けなくなれば、『Ciao!』と口がいきなり滑る。きっと朝から誰とも話していないから寂しかったのだろう。
『Ciao!』 と笑顔の答えに舞い上がっている僕にさらに
『Volevi・・・Ostello、 Vero?(・・・ホテルに行きたいのでしょ)』 そう、何階なのかな。
『Ti Porto Io, Vieni(連れてって上げるわよ、来て)』 と2人でエレベーターに乗り込み、口の滑りついでに自己紹介して名前を聞くと、
『Piacere, Chika, Sono Silvia, (はじめまして、チカ。わたし、シルビア)』
と差し伸ばされた白く小さい手にすっかり慌てて、自分の手をジーパンで擦り差し返すと笑い、風が強いよね、と僕が言うと。
『Si! Io, Mi Sono Ghiacciata!!(本当、私なんか体が凍っちゃったわ)』 と頬をこすっている。このまま死んでもいい気分。
予想通り2階に瞬く間に着き(45階であればよかった)、受付に人っ子ひとりいないのを見たシルビアは、
『Aspetti Qui, Chiamo Qualquno Io, Ciao!(誰か呼んでくるからここで待ってて)』
と僕を降ろし、そのまま下へ消えうせてしまった。しばらくシルビアのチャーミングな頬と笑顔の余韻にひたっていたかったのだが、すぐさま現れたキッチン服のまた別の若い女の子が放った、ウソみたいに大きな奇声に現実に引き戻される。
『Ma,Io Non So Niente! Paolo Gia Andato Via, Sandra a Casa, Che Devo
fa? (どうしよう。パオロは帰っちゃったし、サンドラは家、何したらいいか解らないのよ、わたし)』
と、どうやら宿泊客の相手は初めてらしい。
『Ora, Ti Porto a Tua Camera, Domani, Quando Viene Paolo, Parli Con Lui? Va Bene? (とりあえず部屋に案内するから、明日パオロが来たら彼と話して。いいわよね、それで)』 "いいよ"と返事をする前にすでに、あれこれと今日のこの状況を絶えず独り言(とても大きな)のように説明しながら、シーツ類を探しに走っている。大体解ったのは、客が一人もいないので、ホテル長のパオロという人と、コックのサンドラの共にいないということ。しかもどうやら前代未聞の出来事であるらしい。
『L´ho Trovata La Lenzuola!!!(見つけたわ!!!)』 もし、誰か寝てたら絶対起きてる。
部屋に連れてってもらうと、ものすごく空腹なことを思い出し、彼女にまだ食事が出来るか、と質問する。
『Si!!!Oggi Cucinato Io!(そう、今日は私が作ったの!)』 ひとりで料理を作ったのも今日が初めてだったのだろうか。
『Poverino, Non Hai Mangiato Ancora? Vieni Giu! (かわいそうに、まだ夕食たべてないのね、おいで)』と、手を引きずられて地下に降りる。着いてみるとビックリ、何と150人はゆうに入る広くてなかなか優雅な食堂があった。すっかり感心していると、既にテーブルの準備を整えたらしく、イスを引いて待っている。
『Ti Piace La Pasta?(パスタは好き)』 大好き。
『Vuoi Anche La Carne?(お肉も食べる)』 当然。
『Bevi Un po´di Vino?(ワインも飲む)』 喜んで。
メニューは「ペンネのラグー・ソース」に、「とり肉のロースト」、「ポテト・フライ」と定番のそれであったが、特にパスタは思ってた程は酷くなく、ついつい、2回もおかわりをしてしまったら、逆に僕が食べられそうなほど大喜びされて、途端に食堂中をこだまする声で、
『Quanto Sei Bravo, Grazie!!!(ありがとう、なんていい子なの)』 と、抱きつかれてしまった。
その勢いの良すぎる明るさにはかなり面食らったが、何はともあれ、これほど人に大喜びしてもらうと、決して悪い気はしない。部屋に戻り、シーツを広げることすらも忘れてベットに横たわると、窓から斜めに壁を照らしつけるカルチェレのオレンジ゙色の光が目に止まる。今度は幻覚ではなく、本当の夢が見たいな。シルビアにもまた会えるかも・・
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