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とある物語・・・

   INCANCELLABILE・・・消し得ぬ想い・・・

28、夢(SOGNI D´ORO)

  この夜もまた、パオロの家でお世話になり、そして再び、パオロと今日の惨事を飲み語った。 彼は言っていた。

  『Finalmente, Ci Sono Riuscito a Fargli Confrontare Con Me.(遂に、クラウディオを私と対決させることに、成功したのさ)』 そう、クラウディオの冷静さを粉々に崩し、彼の本性を引き出させたことを、誇らしげに語ってはいたが、その顔には、彼すらも予想だにしていなかったクラウディオの怒りの様に、とりとめのない反省とそしてただならぬ恐怖を抱いていることが伺われた。

  当然であろう、この様な醜態の後に、一体誰が、心の底から歓喜の声を上げることが出来よう。 一体誰が、安らぎを抱いて眠りに就けよう。 夜も12時を回り、僕らは床に入ったが、かなりの量のお酒を飲んだにもかかわらず、様々な事が頭を過り、なかなか眠りに就くことが出来なかった。 果たしてこれで全てが終わったのだろうか、それともまだ、まだ醜い惨事が起こるのか、それに、今日のことだって、とても正気の人間のしたことではない。 もういい、充分、これ以上はゴメンだ、サンドラの言った通り、全員、当然僕も含めて皆、どうかしていたのだ。 頭を悪魔に取り付かれて我を忘れてしまっていたのだ。 そして、本当におぞましい悲劇を起こしてしまった訳だ。 そういえば、いつもキキに言っていたっけ、"何かが起こるさ"、そう、起こったさ、それも出発してから、あっと言う間に、でも、こんな辛い事は、こんな悲しい結末だけはとても・・・。


  そして夢を見た。

  空は青く、どこまでも果てしなく広がり、僅かだが伺える淡く軽やかな雲はその強い日差しを透かしかざして、まるで水晶のごとく光り輝く緩やかな大海のさざ波のよう。 前方には微かだが下りつける幾千もの重なる丘陵たちを誇らしげに魅せ付ける偉大なる大地、そしてそれを控えめに支えるオーケストラ隊のように連なる低い山々が奏でる協奏曲は、共鳴して揺れだす小麦の穂たちが跳ね上げる無数の光の粒を冷たくも優しい風に乗せ、僕を柔らかく包み込む。 後方を眺めれば、そこには静かに拍手を響かすように佇む森林が香り高く、その横で優雅なゆとりを見せ葉を鳴らしているオリーヴの木々が、まるで、大きく手を振っているかのよう。

  どこだろう、ここは。 サンドラと野生アスパラガスを積みに行ったあの情緒的な林の近くにも見えるし、ルクレッティアを散歩に連れ出した時の"ヴィッラ・マーニャ"の裏側の田舎道から流れる傾斜面にも思えるが、そのどちらのでもないみたい。 とにかく、右手に聳えるように突き立つ杉の木の並木道を抜けると、一件の素敵な家にあたる。 それぞれがまるで自分が一番だとでも語るかのようにその個性を相反させては、奇跡的な結集を見せるあの色あせた、トスカーナの象徴とも言えるレンガにより成る伝統に打ち出された、古くも輝かしい素晴らしき家。 壮大に広がるそのガーデンの片隅には、無造作に生え茂る雑草の陰にやはり家と同じレンガによる井戸が潜み、それを覆い被るように伸びている一株のローズマリーやサルビアが強烈な芳香を漂わす。
  縁部分を様々な野生植物に彩られた低く奇麗に保たれたその芝には、いくつかの白い大理石の丸テーブルと数組のリクライニング式の縦長椅子が散らばる。 2階の四角い窓枠から蔦に絡み垂れ下がるバンジーの花に飾られた縦長に伸びるその1階のアーチ形の縦枠が並ぶその奥には、L字の心地よいアーケードが長々と続き、アイリスや洋ランの花々に色とりどりに染められたその空間には、堂々と居座るひとつの素朴なベンチが見受けられる。
  そのまま奥へ進むと、角にあたる部分が削られていて入り口になっていて、そのガラス張りの四角く大きな黒褐色の扉を軋む音を立てて中に入れば、角錐形に吹き抜けになっている天井の二つの天窓から差し込むクロスした光の筋、そしてそれを受け、立体的に幾十もの細い銀線で散りばめられて下がる本当に小さなスポット・ライトたちが昼間の今でもキラキラと、まるで天から降り注ぐ"銀色の涙"のように輝き照らされ、広がる大空間に舞い降りる。
  何と、開放的なことだろう、外側のそれと同じだが上部は白め、下部は赤めの内壁にはところどころ小窓がポッカリと口を開け、扉と同色の磨き抜かれた床、やはり同色の丸い中央テーブルは沢山の光り輝くグラスや食器が飾り付けてある。 それを慕うかのように囲む四角いテーブルたちを覆うのは、濃くも上品なグリーンのテーブル・クロスで、それを引き立てるのは赤褐色の椅子たち。 左手には大きな、上にカマドを備えた囲炉裏が燻り、正面には立派なバー・カウンターが腰を揚々と据え、その脇には厨房へ繋がる扉、さらにその奥には2階部分の幾つかの客室へと続くL字形に伸びた廊下とを結ぶ階段がひとつ、そしてもうひとつは地下へと続く。
  それにしても、誰が住んでいるのだろうか、そしてどんな人達なのだろうか、でも、きっと素敵な人達に違いない。

  再び、外に出ると既に日が暮れ始めていた。 ガーデンの丸テーブルに椅子を引き寄せ、腰を掛け、そしてただただ、沈む陽を見つめていた。 陽はゆっくりと静かに、だが目にもはっきりと分かる速さで地に帰っていて、その放たれて泳ぎ彷徨うビロードのような積雲、そして大地までもを真っ赤に染めていた。  

  一滴の光が前をかすめた。

  『Mi Faresti Accendere? Chika(火を付けてもらえるかしら、チカ)』 何だって、

  『Cosa Fai, a Fuori? Andiamo Dentro, Chika, Vieni, Dai!(何してるのよ、外で。 中に入りましょうよ、さあ、チカ、おいで)』 そう、紛れもなく、それはシルビアだった。 優しく僕の手を引っ張って、家の方に向けて走りだす。 先程誰もいなかったその家からは、眩しいばかりの光がもれて、すっかり霞んでさえも見える。 二人で扉を開けると、そこにはだかっていたのは、"パンダ"(あの人気アニメ"らんま1/2"に出てくるらんまのお父さんの変身した時のパンダ)、思いっきり驚いてたじろぐと、さっと、お面を外して"あの笑い"をしては逃げるアリーシェ、そして大爆笑している皆の姿。 皆?そう、マリア、カガブリエラ、エルシリアなど子供たち全員、そしてパオロ、サンドラ、ロベルタ、ジョバンニ、ミンモ、床を這って、よだれを垂らし手を叩いているルクレッティアの姿も見える。 走り疲れて息を切らしている僕にアリーシェが呟いた。



   『Cosa Fai di Buono, Stasera? Chika.(今夜はどんな美味しいもの、作ってくれるの。チカ)』  



  目が覚めると、窓からこの世の中全てを白く染めてしまいそうな眩しい光りが差し込み、まるで優しく吸い上げるかのように僕を包み込んだかと思えば、得も言わぬ暖かさで身体中を陶酔感覚に満たしてくれた。 再び、キキとの会話が記憶に甦る ---良いか悪いかは、僕次第なんだよ、"困難"は悪いことに見えるけど、それを乗り越えた時に、かけがえのない"良い"ことに変わるんじゃないかな---  そうだ、全てが僕次第なんだ。 これを乗り越えなければ、そして、変えなければいけないんだ. 明日に向かってまっすぐ走りだすかけがえのない"夢"に.

  


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