とある物語・・・
INCANCELLABILE・・・消し得ぬ想い・・・
26、とあるおとぎ話(CHISSA)
6月14日、午後2時、ホテルにお別れを告げ、サンドラの働くというレストランの扉を開ける。 すいません、サンドラと話がしたいのですが。
1週間前、クラウディオに辞めると告げてから今日この瞬間までの道程は決して楽ではなかったが、とにかく終わった。 子供たちのほとんどは既に昨日のうちに早々とそれぞれの実家に帰宅していた、そう、学校が長い夏休みに入るのである。 今日まで残っていたのは、アリーシェとマリア、たった今その二人を見送ったところ。 我が妹分アリーシェは最後まで鋭い娘であった。 子供たちには誰にも言うつもりはなかったのだが、ついさっきの見送りの挨拶の後、ひとりツカツカ引き返して来て、僕に一言呟いた。
『Chika, Non Ci Vediamo Piu, Vero?(チカ、もう私たち、会うことはないんでしょ)』 誰に分かる、そんな事。
『Ci Abbandoni eh, Sei Cattivo, Te Mi Fai Piangere?(私たちに事、捨てるのね、酷い人。 私のこと泣かせるのね)』 アリーシェ、泣くフリしてるのは分かってるよ。
『・・・Ha,Ha,Va Bene, Ma, Mi Prometti di Venire a Trovarmi?(・・・ハハッ、まあ、いいか。 でも、私に会いに来るって約束してくれる)』 ああ、あの例の"笑い"を聞きにくるよ。
『Ciao! Buona Fortuna! Chika.(チャオ、幸運を祈ってるわ、チカ)』 君にもね。
シルビアのところに顔を出した。 彼女は一人でまた、"気晴らしになる"と言ってはラジオから流れるエロス・ラマゾッティの歌を口ずさみながら、仕事をしていた。 窓から差し込む日差しが強く、そして白かった。 きらめく光りの核がその光線のなかにゆっくりと舞い上がり、その小部屋全体に広がったかと思えば、そのまま流れるように優しく僕らを包み込んだその風の色は、まるであの日に時間が溯ったかのよう、若しくは、あの日のまま時間が流れることを知らずに止まっていたかのような幻想的な感覚を沸き起こし、これからまた素晴らしい、あの頃僕を強く抱き締め、そして魅了して止むことのなかった、消し去ることなど決して出来るはずもない永遠のおとぎ話、が再び待ち受けているような錯覚に、僕を導いては、消散していく喪失感の空白を満たす穏やかな官能に眠気すらも覚えさせ、何故かこの世に"奇跡"というものはあり得るような気がした。 1時間ほどそうしていた。 音楽を聞き、仕事を手伝い、そしてとりとめのない話をした。 そう、何もかもまるであの時のように、そして行かなければいけない時間が来た。
『Allora, Dove Vai?(ところでどこへいくの)』 さあ、
『Come"Bo"? Non Sai Dove Dormi? Non Hai Paura?("さあ"ってどうゆう事よ、どこで寝るか知らないの、それで怖くないの)』
4カ月前だってそうだったさ。 何かまた起こるさ。
『E Vero. C´hai Grande Fortuna.eh.(そうだったわね、あなたは幸運に満ちてるのよね)』
そう、"愛"以外はね。
『Ma, Chika、 Sempre Mi Prendi In Giro.(チカったら、いつも私の事からかうんだから)』
違うって、マジだよ。 ただ、今言いたかったのは、君がその彼氏に恋する前に知り合いたかったってこと。
何、大丈夫、僕だっていつか誰かに出会うさ。 ところで彼と結婚するつもりなの。
『Chissa(誰に分かるっていうの)』 そうね、その通りだね。 誰にも分かることじゃないよね。
『Chika. Me Piacerebbe Davvero Andare a Cercare Il Sogno Come Fai Te.(チカ、私もあなたがしてるように、夢を探しに行けたらな)』
そうね、必ずしも"良い結果"に繋がるかは分からないけど、僕は試してみたいから。
『Chika, Mi Raccomando! Fai Bravo. Sei In Gamba. Ti Voglio Bene.(チカ、お願いだから、がんばってね。
あなたは大した人だわ、大好きよ)』 ホント、もう一回言って。
『No! Stai Buono! Scherzavo!(ダメ、大人しくしてなさい、それに冗談だったんだから)』
残念。
『Va Bene, Solo Una Volta, Ti Voglio Bene.(いいわ、一回だけよ、大好きよ)』・・・ありがとう。
『Di Niente! Allora・・・Ciao! Un Bacio! Chika.(どういたしまして、それじゃ・・・別れのキスね、チャオ、チカ)』
長い抱擁の後、エレベーターで下、あの夜出会ったあの場所、まで送ってくれた。
また、ホテルを捕まえることは出来なかった。
出てきたオーナーに、自分がサンドラの友達であることを告げると、笑顔で椅子を引いてコーヒーを注いできては、すぐ来るから待っているようにと、優しくもてなしてくれた。
それはこじんまりとしてるが洒落たレストランで、他のお客がちょうどデザートを口にしている頃あい、5分もすればサンドラがでてくるであろう。 波打つ心臓の鼓動がテーブルに飾られた花からも見てとれるほど、強烈に僕の緊張を高めてくれる、畜生、成るべく成るさ。
『Ciao, Chika.(チャオ、チカ)』 チャオ、サンドラ。 。 --堅く強ばったその顔からも彼女も緊張していることが分かる-
『Allora, Cosa Sei Venuto a Fare?(それで、何しに来たわけ)』 僕が辞めたことを伝えに来た。
『Ma, Perche Te Ne Vai?(でも、どうして辞めたの)』 これ以上は耐えられないから、君も知ってるように、パオロの追放は僕にとって意味はデカいのさ、それに、クラウディオやイザベラと一緒に先に進めるとは思えないし。
『Immagino.(想像つくわ)』 サンドラ、聞いて欲しいことがある。 今始めるから、途中で口を挟まずに最後まで聞いてくれ、お願いだから。
ここ数カ月のうちに起こった全ての事について、そして、今更出て行くことについて、とても申し訳なく思っている。
僕はここに来るべきじゃなかったんだ。あの最初の日のパーティーの後にすぐさま出て行くべきだったのさ。
僕が来たおかげで皆が出て行かなくてはならないはめになってしまったのは、実に悲しい結果であって、決して望んでいたことでないことを分かって欲しい。
今、全てが終わったから言えるけど、僕が君に言ったありとあらゆる非難や暴言の数々については、まったくをもって真実ではなくて、いいかい、真実はここにあるのさ、君のことをいつでも尊敬してたし、君のことをいつでも、大好きだった。
つまり、僕の言ってることが分かっていて貰えてるのか分からないけど、要するに、謝っているつもり。
そして、ただひたすら僕を許してくれることを願っているし、それに君があそこに戻ってくれることが子供たちのために一番良い、と思ってる。
--今にも泣き出す寸前であった、いや、もしかしたら既に泣いていたのかも、聞こえてきたサンドラの声はあの素晴らしきサンドラのそれであった。
『Chika, Ascoltami, Ascoltami, Prima di Tutto. Te L´avevo Detto Che
Non era Colpa Tua. Avevi Fatto Bene Venire Qui. Almeno Ci Siamo Divertiti,No?
Sai, Questa Azienda Ha Avuto Sempre Problemmi. Prima o Poi Sarebbe Successo
Lo Stesso Questa Tragedia. e Stato Tutto Proprio Manicomio. Noi Tutti Eravamo
Fuori di Testa. Eravamo Tutti Testardi. Ci Siamo Detti Sempre Male Tra
di Noi. Cio`e, e Stato Colpa di Noi Tutti. Chika, Poi,Anch´io Ti Ho Voluto
Sempre Bene. Lo Sai? Sei Carino, Sei Simpatico, Sei Affascinante, Forse
Sto Esagerando un´po, Ha,Ha, Hai Visto, No? Quanto Ti Volevano Nostri
Ragazzi. Ti Sono Stati Simpatici, Vero? Ci Credo. Poi, Certo Che Ti Perdono.
Ma Anche Tu, Mi Perdoni eh, Ha,Ha, eh. Non So Se Torno Li. Perche Situazione
Non e Cosi Semplice. Poi, Adesso So Che Claudio Abbia Fatto Una Incazzata
Anche a Me, Dai, Basta, Chika. e Tutto Finito・・・
(チカ、よく聞いて、よく聞いてね。 まず何よりも、あなたのせいではないって言ったじゃない、ここに来て良かったのよ。
少なくとも、私たち楽しんでたわよね。 分かるでしょ、この施設いつでも問題があったの、遅かれ早かれ、この悲劇が起きたのは同じこと。
まさに全てがめちゃくちゃだったわ。 私たち皆、頭がどうかしてたし、強情すぎたのよ、私たちの間でいつもお互いの事を悪く言いあってたわね、つまり、私たち全員のせいだったのよ、チカ。
それにね、私だってあなたの事ずっと好きだったわ。分かるでしょ、あなたかわいいし、面白いし、魅力に溢れてて、ちょっと、褒め過ぎだね、多分、はっはっ、それに分かったでしょ、どれだけあの子たちがあなたの事必要としてたか、素晴らしい子たちだったわよね、分かるわ。
それにあなたの事許すに決まってるし、だけどあなたも私のこと許してね、あそこに戻るかは分からないわ。そんなに簡単に決めれることじゃないし、今はわたしにもクラウディオのやったことが許し難いことだって分かっているし、止めましょう、もう充分よ、チカ。
終わったのよ、全てが・・・)』
そう言って優しくほほ笑んでいたサンドラのその瞳には涙がいっぱいに浮かんでいて、僕を堅く抱き締めるその腕は激しく震えていた。
『・・Adesso, Vai a Realizzare Tuo Sogno, Chissa Se Non Diventerai Il Primo Cuoco del Mondo. Non So Se Questo e il Tuo Sogno, Pero, Sai, Io Non Mi Preoccupo di Te. Perche, So Benissimo Che Ce La Farai Qualsiasi Cosa Che Desideri. Sei In Gamba Davvero. Dai, Chika.(さあ、あなたの夢をかなえに行きなさい。 誰に分かる? チカが世界一のコックにならないって、それががあなたの夢なのだか知らないけど。ねえ、知ってる、私あなたの事、心配してないからね。だって私にはよく分かっているから、あなたには望むこと何でも叶える力があるってことを、さあ、チカ)』
キスを交わしたその頬を、一発軽く引っぱたいて、そして見送ってくれた。 来て良かった。
随分迷ったけど、やっぱり来て本当に良かった。 終わったのよ、全てが・・・・・そう、終わった、全て終わった。
ただ、ひとつだけやる事をのこして。
後日談だが、サンドラは残念ながら、僕の辞めたあとすぐではなかったが、この時働いていたレストランのシーズンが終わる10月末、つまり5カ月後にあの子たちの元へ戻ったという。
これで良かったのだと本当に思う。
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