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とある物語・・・

   INCANCELLABILE・・・消し得ぬ想い・・・

25、もし・・・(LA DELUSIONE)

  6月に入り、夏の本番を感じさせる暑さに駆られ果てしなく広がる晴天の続くなか、僕の心だけは、おそらくパオロのそれも、晴れることはなかった。 ところで、ここみたいに小さな町では人々は本当に"お話し"が好きなものだから、気晴らしするつもりで町を歩いても、50メートル進む毎に誰かに捕まってしまい、今回の出来事の説明、多分僕より既に詳しいに違いないのに、を求められるのでそれどころではないから困る。
 まあそんなものだから、もし、何かの話を広めたい時には、たったひとりの人に話せば(人選さえ間違わなければ)、電話かけるよりも早く済むことがよくあるので侮れないのだが、それならば"強には強で従え"と、この習性を利用して情報収集 とにかくこの役のために生まれたような人たちのうちの一人、僕がよくパニーノを買いに行くある店のおばさんのところを伺えば、僕の顔を見るや、並んでいるお客をよそに、待ってました、とばかり機関銃掃射のように口が動き出した。

  『Ma, Perche Non L`hai Ammazzato, Subito?(だけど何で、その場で殺してしまわなかったの)』と、例の取っ組み合いについての切り込みを入れられ(もし、相手のシンチアの彼氏がくれば、きっと彼にも同じ事を言ってるのかもしれないが)、エドがいなかったら、殺してたかもしれない、と冗談を言ったつもりが、

  『Sii! Ma Mi Sa Che Dovevi Farlo Con Vostro Nuovo Direttore、 Come Si Chiama Quel Coso,,,(そうよ、でも今度の新しい親方を殺すべきだったわよ。 何て言ったっけねえ、名前、、、)』 彼の名もクラウディオだよ。 その彼女がイザベラ、あの21才の何にも分かってない娘。

  『Sii! e Lui, e Stato Troppo Furbo a Mettere Sua Ragazza a Responsabile.(そうよ彼よ。 ずる賢こすぎるわ、彼の彼女を責任者の地位に上げるなんて)』 そう、その通りであった。 なんとクラウディオは自分の元の仕事を引き継ぎ、イザベラにパオロのポストを任せて、昼間は外に出るようになっていたのである。 これは間違いであった。 週300から600食を提供し、100から250人の宿を預かる施設の統括の仕事は、子供の遊びではない。 クラウディオほどの人がそこまで愚かだとは思っていなかったが、まあ、これが、身内に弱い、人間というものである。 とにかく、既にイザベラは数々のミスを重ねながらも、毎朝ゆっくり遅くまで眠っていた。

  お次ぎは、この町の観光情報局の知り合い、マルティーナのところに顔を出してみた。 すると、耳を引っ張られていきなりの鋭い警告。

  『Che Casino Avete Fatto, State Rovinando La Credibilita, Lo Sai?(なんて騒ぎ起こしてくれたの、あなたたち。 役所の持ってた信頼性ぶち壊しているのよ、知ってる)』 想像はつくよ。

  『Io Andrei Via, Chika, Dai Retta a Me!(私なら出てくわ、チカ。 言うこと聞いときなさい)』 そして、やはりそれも事実であった。 ここ2週間、役所からの依頼はただの一つもないのである。

  ーーーマッシミリアーノ、あの底抜けの笑顔の伝道師---すらもその姿を現せない。  

  6月の第一週の金曜日の昼食後、イザベラが突然、口を開いた。

  『Chika, Possiamo Fare Una Cena un´po Elegante Per 20 Persone Stasera?(チカ、20人の客のための少しばかり優雅な夕食会って、可能かな、今夜)』 今夜?

  『Si, Per Favore, Dimmi di Si, Avevo Gia Organizzato Io.(お願い、出来るって言って、もう既に企画しちゃってあるのよ)』 もう企画した? もし"出来ない"って言ったらどうするつもりだよ。

  『Come No! Per Favore, Solo 20 Persone, Ti Prego.(出来ないはずがないでしょ。 お願い、たったの20人よ、頼むから)』 分かった、やるよ。だけど次ぎからは気を付けなよ、前もって言う様に。 ところでどれくらい優雅であって欲しいの。

  『Molto! Fai・・・Scampi,Pesci・・・Poui Fare Tutto Quello Che Vuoi. Anche Dolce, Non Pensare dei Costi.(とても、そうね、スカンピ海老に魚に、何でも好きなものしていいわ。それにデザートも。 あっ、それに経費のことは考えなくていいわ)』 でも、どうして。 客はいったい誰。

  『Tutta La Mia Famiglia, e Amici di Mio Babbo(家族全員にお父さんのお友達)』 ・・・・・・・。

  その夕食会は、大成功であったと言えると思う。 仕事には手は抜けない、意地があるからね。 イザベラのお父さんからも最高の絶賛を受けた。 盛大な拍手喝采もあった、"この町一番の料理人"だとかなんたらかんたら。 でも、それが一体何だっていうのだろう。 ただ一言"光栄です"と答え返すのが、僕の精一杯であった。

  人はその人生の中で、自分が今してることが全く"無意味"に見えてしまい、足がまるで地に着いていないことに気が付くことが度々ある。 それはありとあらゆる瞬間に起こり得ることで、例えば、それは家に籠もり鳴らない電話を待ち続ける数日間にコーヒーを沸かしている時や、信号待ちしてる車の窓から道を行き交う人々をぼんやり眺めている時であったりもするのだが、大抵は予期してない空白、具体的に言うと、例えば、やり甲斐のある仕事に心地良い責任感を感じ、一生懸命、休みを惜しまず精根尽くして働いている時に、いきなり理由不明の休暇を強制された様な場合、つまり、自分を動かしていた力があるきっかけが、突然行き場を失い、空回りをし始めた時に起こるものである。 そう、僕の中の"何か"がまさに空回りしていた。

  『Chika, Cosa Hai? Ti Vedo Strano.(チカ、どうしたの、様子変よ)』 分からない、多分出て行きたいのかも。

  『No, Chika, Non Dirlo(ダメよ、チカ。そんなこと言わないでよ)』 冗談だよ、さあ、食事にしよう。 唯一の救いはいつまでも変わることのないそんな子供たちだけであった。 それにしても、何てこの子たちは強くて、優しいのであろう、あのサンドラが去った時でさえ、自分たちのほうが何十倍も悲しいはずなのに、僕のことに気を遣って励ましてくれたっけ、まったく、逆でないといけないのに。 そう、この間の喧嘩騒ぎの時のアリーシェのセリフ"私には分からないけど、誰が間違っているのか、多分全員だけどね、それに結局あなたたちの問題だし"が意味するところは大きい。 一体、どんな気持ちがするのだろう、この年頃の子たちにとって、目の前で好きな人達が醜い権力争いを繰り広げることが、そして一人一人と次々に消えていくことが。 彼らは抵抗出来ない、いや、抵抗してはいけないことを知っている、だから我慢するしかない、そしてそれを受け入れることしか出来ないことも知っている。 どうだろう、今の状況は、僕は一人で忙しく、クラウディオとイザベラは彼らの世界にしか興味ないみたいで、エドは存在してることすら時々忘れるくらい無気力だし、グラツイエッラは朝来てから、夕方5時に帰るまで、ひたすらグチをこぼしている、それが全てだ。 そんな中でも、可哀想な我らが被害者はそれにただただ耐えなければいけないのだ。

  ならば、あの頃、あの素晴らしき黄金時代、4カ月前僕を魅了し、留まることを決意させたあの日々はどうであっただろうか、サンドラがいた、ロベルタ、ジョバンニ、ミンモ、そしてパオロ、彼ら主役の子供たちを支える脇役たち全員がいて、それはまさに一つの"家族"であった。会話に溢れていて、思いやりにも溢れていた。そして何よりも愛に溢れていた。 そう、あの頃、ここの食堂はただのユース・ホテルのそれでは絶対になかった。 この町最高の人達に好まれた、この町最高のレベルの、この町最高に輝いていた、大食堂であった。 いや、食堂であるだけではなく、"憩いの場"ですらあった。 何故、こうなってしまったのだろう。 もし、僕があのパーティー、ここに来た日の翌々日のあのハパーティーの後すぐ、"楽しかったよ、ありがとう。 はい、これは宿泊代、チャオ"と、消えていたら、まだ、パオロ、サンドラ、そしてロベルタ、皆ここにいるのだろう。 それか、もし、あの日サンドラの言った"あんまり"新しい"ことばかりしないでね"という警告に従っていたならば、今でもサンドラと一緒に楽しく料理を作れていたのだろうか。もし、サンドラが僕にパオロが与えた裏金について聞いた時に沈黙を守っていたならば・・・そう今はもう誰も残っていない。誰ひとりとして欠けるべきではなかったのに、誰ひとりとして・・・待てよ、クラウディオはあの"大家族"の一員であっただろうか、いや違う、皮肉なことだ。 必要でなかった二人が最後まで居残ってしまった訳だ・・・果たして可能なのだろうか、サンドラをここに連れ戻すことが、そして許されるのだろうか、この僕とクラウディオがこのままあぐらをかいて居座っていて・・・一体、どうしたら・・・。

 その夜、クラウディオに辞めることを告げた。

  

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