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とある物語・・・

   INCANCELLABILE・・・消し得ぬ想い・・・

24、クラウディオ(FURVACCHIONE)

  サンドラが消えた日を境に、クラウディオがその態度を180度変更させ、途端に僕の料理をベタ褒めし始めた事は、僕の頭に様々な想像を起こさせるきっかけとなっていた。
  そもそも始めの頃は、この男はパオロみたいに料理に多大な興味を寄せる人ではないのだろう、と単純に思っていたが、あの日、サンドラが言ったセリフ"私が出て行くのを決めたのは、クラウディオがあなたの方が私よりも"優秀"だって言ったからなの"の意味するところをよく考えてみれば、まず第一に、クラウディオはサンドラの性格を理解しきっていたから、あの戦争下にサンドラの気を悪くしないために、それを口にしない、何故ならば、もしそれを口にすれば、サンドラを退社に追い込みかねないことも予想がついていた、ということになる。
 ただ、それならば、何故あの時、それを実行に移したか。 おそらくは、僕がいつもやってしまう様に、口が滑った。 若しくは、わざと言った、という可能性が出てくる。 さて、どちらか、 判断はもう少し後にして、その前に今回のパオロの件も考えてみよう。 あの公開裁判における罪状、まず脅迫においてだが、サンドラの退社後に付け足された言葉は、たった一つ。つまりなくても大した差が出ないものだから、この1カ月が必要な準備期間であった訳ではない。
  お次ぎの諸費横領はどうか、パオロが裏金を与えていたのは、僕、ジョバンニ、ミンモの3人、故にこれも同じ事。 残る酒類購買に関するものだが、小口店発行による領収書の収集が始まったのは、ロベルタの退社直後の3月半ばだから、サンドラ退社時点で1カ月分のそれがあった訳で、それでは不足であったため、もう1カ月待ったかどうか、そして果たしてこの領収書類は本物かどうかは判断しかねるところだが、とにかく言えることは、3月半ばから、この陰謀は既に始まっていて、その権限を持っていたのは、クラウディオただ一人であるということで、それならば、彼の方にパオロ追放の意志が始からあったことをも明確に表している。 だが、これでもまだ一つ府に落ちないことがあって、それはこれだけの罪状が、キャンプ場の責任者時代から7年に渡って会社に貢献してきた人間を解雇するのに、充分か否かで、そのこともあって、僕は会社側はクラウディオについてる部分がかなりあると思っている。
  さあ、これまでの検察から伺えることは、クラウディオの方に、 パオロにしろサンドラにしろ、追放する意志があった可能性が高いこと。 残るは順番、成り行きなの可能性もあるが、僕はそうは思わない。 必要のなくなった順に斬っている、僕が代わりを出来ると見て、まずサンドラ。 イザベラを非公式だがパオロのもとでお手伝いをさせ、一通り終わったことと、パオロの持つ役所とのコネクションを充分に引き出したことから、彼の必要性を打ち消してパオロ。そして、ここで彼が得るのは、頭角であったあの二人が稼いでいた給料。 この事業団では売上により変動するある金額を、従業員の頭数で分けるシステムであるから、その額は大きく、実際、愚かなグラツイエッラでさえ、そのおこぼれを狙い、昇給をせがんでいたくらいである。 つまり、全て計算ずくの可能性すらある訳である。

  さて、僕は彼のことをこう見ていた訳だが、その僕に対して、彼はどんな人間であったか。 それはそれは優しい人間だった。 前に言ったように、サンドラ無き後は僕の料理をことごとく褒めてくれて、やはりパオロの様に大事な友人を食事に連れてきたり、彼なりの料理論をよく語って聞かせてくれたものであるし、僕とパオロが見ていた、ここの食堂のレストラン化、とい夢を彼も見ていたこと、そしてそのために僕の事をとても大事にしていることも、僕には分かっていた。だから、昨日みたいな大暴れが出来たわけで、もし彼が僕についていなかったら、あのシンチアでさえ、一人のアジア系労働者なんて脅迫罪で起訴することが出来たし、実際、クラウディオが僕の弁護をしてそれを押さえたのも事実なのである。
  そう、個人的には彼のことを憎んではいなかった、いや、むしろ好きだったのかもしれない。 なんといっても、あのサンドラさえ、一目置いていた人物である、その彼が最終的に僕を残しているのは、ある意味では光栄なことでもあるのである。 さあ、どうするべきか、このまま残るのか、旗を翻し出て行くのか。 とりあえずは客で一杯でそれどころではなかった。 前々から、決まっていた役所の連中のパーティーが2件続いたし、いつも変わらぬ態度で僕を慕ってくれる子供たちがいた。 今はやるしかない。 さて、その役所連中のパーティーだが、2つ共幸い、30人程度だったので、さほど料理の方は大変ではなかったし、エドもこの間のカツが効いたのか、彼なりにガンバッてる姿が見れた。クラウディオもイザベラもその最中だけは、良く手伝ってくれていた。 だた、三つだけ良くないことが。

 一つはクラウディオとイザベラには、パオロみたいに宴会の席で客を慕うサービスが出来ないのが分かり、そしてパオロの退社を快く思ってない役所長直々に注意を受けたこと。 もう一つは、今言ったことにもかかわらず、客が帰るやいなや、この二人が、僕とエドと散らばる食器を残して、彼らの部屋(パオロが使っていた部屋)に引きこもり2時間は出てこなかったこと。 そして最後のひとつは、クラウディオが、すべて一人で掃除し終えて部屋に向かっていた僕に、二枚の大きい紙幣を握らせたこと。

  きっと、これだけはやるべきでなかったのだろう。

 


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