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とある物語・・・

   INCANCELLABILE・・・消し得ぬ想い・・・

22、鳴り止まぬ拍手の中で(LA GIOIA)

  5月、それは一年のうちで一番トスカーナが美しい時。 降り注ぐ強烈だが心地の良い太陽光線と、その秘める生命の源に向けて溢れる全てのエネルギーをぶつけてくる怖い物知らずの若葉たち、そしてその繰り広げる直線的で力強い舞台劇を、優しくも優雅に演出し、辺り一面に咲き誇るラベンダーの花々。 町の市場では幾千にも及ぶ様々な旬野菜が水々しくも、香りたかく人々を寄せ付け、通りでは子供たちがシーズンを終え疲れきって見える上着を腰に巻いたり、振りかざし友達と戯れていれば、まだ季節の変化に気が付かぬような老人たちは、既に半袖、半ズボンの気の早すぎるドイツ人をまるで靴底に纏わり付くガムの屑を見るような眼差しで見つめている光景が心地よくも清々しいこの時期。 そう、トスカーナに来るなら5月です。

  しかし、ここトスカーナにいると、着物の変化だけではなくて、その人々の動きからも季節の流れが良く分かるから面白い。 年頭の冬は年始から6日の"ベファーナ(年老いた魔女が子供たちに贈り物をする"クリスマス"に似たお祭り)"が済むと人々は出掛けたくても、その寒さのために閉じこもるから、いささか欲求不満がちで忙しい。春の到来を待ち、春になると、積もるに溜まったその欲求を一気に吐き出すから、それはそれは軽快に飛んでいるかのように見えるし、夏がくれば、まだ尽き果てぬ勢いとその惰性、そして楽しまなければいけないという意地からも良く動くが、かすかに疲れに負け始める。そして秋には、すっかり飽きてしまった暑さと遊び、または働きすぎの疲労にダラダラと流し始め、初冬を迎えると1年を乗り切った満足感、休養を求める気持ちからか、喜びと落ち着きをもってゆとりを楽しむのである。 要するに人がもっともエンジョイして見えるそのピークが今のこの時期で、今なら転がるサッカー・ボールに町中全員が子ネコのようにじゃれついて離れないだろう。

  我らがホテルでも、開放された庭に向けて走りぬける子供たちの姿が眩しく、学校から帰るやいなや、足を踏まれたネコのような勢いで飛び出していくからかわいいのだが、すっかり水着でくつろぐエルシリアには参った。すくなくとも厨房に入る時は上着ぐらい着てもらわないことには目のやり場がなくて困る。

  さて、相変わらず恒例の週末のパーティーだが、やはり人々は季節を感じる昼間を好むみたいで、昼食が主であったのだが、その5月第2週に行われた、全国各地から集まるイヌの競技会の時は、いつもとひとあじ違う面白さがあって、実に楽しかった。 まず、愉快だったのが、大体の客数がどれほどなのか、開催者に質問したところ、平気な顔で100人から200人って答え返されたこと、ちょっと待って、仕込むのは僕で、僕はひとりだ、第一、材料の用意だって、100人の差は大き過ぎる、と食い下がったが、本当にその彼も想像つかないらしく、その日の様子を見ながら考えようという、という結論に至って、なんとか納得。 実際は120人だったのだが、まあ、イタリアではこの位のゆとりを持っていないとやってられない。
  さあ、次ぎなる出来事は、イヌ。 イヌの数は幸い120でなくて、半分の60だったのだが、問題は食事中にどっかに繋ぐには、数が多すぎる。 当然、テーブルについての食事に付き合わせるのにだって、多いのは同じなのだが、まあ、今日は日曜でお祭りだ、という奉仕的な考慮から、イヌの乱入を認めたが大変。 吠えるは、喧嘩するは、誰かに噛み付くは、それはもう、まるで喜劇の舞台みたい、閉会後もそのまま、この庭でくつろぐものが大半で、バーやレジには誰かいなくてはならず、僕とアリーシェとマリアの3人で交替でサービスするが、そうなると、一杯引っかけながら僕に彼の半生を聞かせる親父、導入したばかりで、誰も値段を把握していないアイス・クリーム売り場に、ひっきりなしに群がる子供たち、トイレに行くのにまでイヌを連れいくと言ってはきかないおばさんたち、とまあ、四六時中公開の公園みたいに居座られてしまい、いつ帰るのだか計り知れない状態。

  『Chika, Posso Andare Su a Camera?(チカ、上の部屋にあがってもいい)』 と、マリア。 ダメ、少なくともパオロかクラウディオが来るまでは(そう、蒸発していたのである)手伝って、お願い、と頼むがかわいそうに、すっかりお疲れのようだった。 4時半にやっと、全員が帰って、掃除を開始し出来たわけだが、どれだけ大変だったかは、想像して頂けますね、そこら中がイヌの足跡や糞でいっぱいであったのを。

  さて、翌週は毎年恒例のここで行われるパーティなのだが、少し趣向が違って、費用の一部を役所が出すというために内容も、魚にスカンピ、オマール海老に子牛などと豪華なもの、そして、それを料理するコックもここの人間ではなく、やはり恒例で、この町の大病院の総料理長だというドナートというおっさんらしく、今回は傍からの観戦。 それでも、やはり手伝おうかな、という意志はあったのだが、なんと言っても2カ月振りに寝過ぎることが出来る朝だったのと、前夜、今週も居残っていたアリーシェとマリアをディスコに引率せねばならなかった(16才なので、両親にも頼まれたためと、アリーシェに"シルビアもいるかもよ"と誘惑されたため)ために11時まで爆睡してしまい、抜けた力を再び振り絞って下に降りると、一人の若造を連れたドナートが走り回っている。

  『Ciao! Chika, Hai Dormito Bene, Vero?(チャオ、チカ。 良く寝たみたいだね)』 そうね、良く寝た。

  『Se Vuoi Imparare Da Me, Vieni.(もし、俺の料理を学びたかったら、入ってきなよ)』 いいや、もし、僕の手伝いが必要だったら、呼んでよ。 久しぶりに良く寝た寝起きだったために、ちょっと、口が滑ってしまった。 12時になり、調子が戻って来るころ、様子を覗くと、すっかりハマっているように伺えたので、ここはひとつ、と手伝いに入る。 客数は80人だが、料理の方は徹底した、ビュッフェ・スタイルで、内容も案外インター・ナショナルなものが多かったため、これといって、気になるものはなかったが、味はやはりなかなか美味しかった。 ただ、しばらく使えてない良い食材を思う存分使っているのと、若くて奇麗で成熟した3人の専属ウエイトレスを連れて来たのに、焼き餅やいてたかもしれない。

  『Se Vuoi Vedere Mia Cucina, Vieni Quando Vuoi.(もし、俺の料理が見たかったら、好きな時に来いよ)』と、名刺を僕に渡しながら、また、言ってる。 あんたもね、いつでも食べに来てよ。 そう、僕も負けじと、頑固なのである。

  更に翌週、かつてサンドラが予約を受けた、40人のパーティーがやはり昼間にあったのだが、これには始める前にひと悶着あった。 それはサンドラが決めたメニューが、この金額ではもうけがまるで出ないものであったために、事前に向こうのリーダーを呼び付けて、メニューの変換を申し入れるハメになったのだが、あっさりと断られ、安いワインと冷凍の魚で対処することに決定。 まったく、先週のドナートのそれとは、随分おおきな違いである。 ところで、そのサンドラの決めたメニューを見たときに、まるで子供相手のように見えたのだが、始まってみるとその通り子供の比率が多いみたい、このあたりは、さすがのサンドラ。

  さて、無難にアンティパストの提供を終えた後、最初のプリモは"ラザーニャ"だったのだが、これが大反響。 走りよる子供たちからの度重なる御代わりに、余分を出すつもりが全てなくなってしまえば、続く"リゾット・アッラ・ペスカトーラ"では、大人たちからも未曾有の大歓声。 そして次なるセコンド"大エビのオーブン焼き"では、振り入れたパン粉のサクサク感がうけて、少なめに作ったとはいえこれも完売。 その勢いで続く肉料理も見事に平らげ、僕の、かつてあの豪華な特別のディナーで披露したデザート"レモン風味のセミ・フレッドの黄桃ソース"への拍手の後に、彼らの持ち込んだ大型ケーキの入刀を引き受け、そしてやり遂げたいつもの満足感に浸っていると、なにやらそれでは終わらぬ様子。 小さな拍手が始まったかと思うや否や、聞こえてくるこれは一体、

  『Chika,Chika.Chika,Chika,CHika,Chika・・・・・・・・・』 既に町でも有名になりつつある僕の名を、鳴り止まぬ拍手喝采に彩られながらの大合唱が響きわたる。

  『Chika,Chika,Chika,Chika,Chika,Chika・・・・・・・・・』 押し寄せる地響きの中、あのリーダーのおばさんが叫んでいる。

  『Chika e No,1 a Volterra!(チカはヴォルテッラ、一番!)』 足が震えた。 お腹の底から込み上げて来る何かに胸が詰まった。

  何年か後に、かの有名シェフF氏にくっついては、各種のもっと豪華なパーティーで拍手喝采を浴びたことは幾らでもあるが、この時のそれは社交辞令のようなそんなものとは大違いで、どこの誰だかも分からぬひとりのアジア系外国人が異国イタリアの地において、僅か半年で厨房、しかも彼らの国の料理の、を仕切る運命のイタズラに悩み、皆から愛されていた前シェフの残す高くて厚い壁に鍛えられ、それに負けじとよじ登り続けた"結果"ではなかろうか。 そう、そして彼らはまさしく"僕の名"を呼んでいる。 どうやら僕の横でパオロまで興奮して涙ぐんでいるらしい。その夜、語ったところによると、嬉しくてめまいがしたそうである。そしてそれは僕も同じだった。 これまでに人生の中でめまいなんてただの一度すらも起こしたことないのに・・・・・
 "チカ"出生26年後の嬉しい初体験であった。

  

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