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とある物語・・・

   INCANCELLABILE・・・消し得ぬ想い・・・

21、掃除合戦 (CHIACCHERARE 2)

  『Dicono Che Sandra Abbia Trovato Lavoro, Finalmente. e Aiuto Cuoco di Quel Ristorante Vicino.(サンドラがやっと、仕事見つけたらしいよ。 すぐ近くのあのレストランの厨房のお手伝いだそうだ)』 ある夜、パオロが言う。

  なんてこった、"お手伝い"、あのサンドラの誇りの高さを考えると胸が痛くなる。 あの悲しき決別の日の後、流れていた噂によると、サンドラが来なかったあの水、木曜日の夕方、元の旦那に会っていたというのは嘘で、実は仕事を探しに出掛けていたらしく、その成果はなかったとのこと。 そして、あの日の例の"会議"というのは、様子のおかしいサンドラのことを心配した子供たちが要求したものであったそうで、あの時点でまだ次ぎの仕事を見つけていなかったサンドラは、はっきりとした決断がついていなく、しどろもどろの状態で、それから逃げたく降りてきたら、愚かであった僕のせいで、あんなことになってしまったのである。

  ただ、彼女の中には、まったく彼女らしいが、クラウディオに言われる前に、胸を張れる格上の仕事を見つけてから、それを理由に自分からここを出て行くことを告げたかった気持ちがあったらしくて、それが彼女をあの様な苛立ちに追い込んでいたのだと思う。
  このイタリアという決して、簡単に仕事にありつけるわけではない国、しかも中部トスカーナの小さな田舎町で、生活の糧である仕事、それも自分の希望に適ったそれを見つけることは、極めて難しいこと。 サンドラほどの人だから希望通りとは言わないが、なんとかなった訳で、多くの根性なしは生活を人の施しを肖りに友達のところを徘徊して失業保険に頼り、尚且つこんな現状を国家のせいにしては、自分の非を正当化させて、バーで一杯引っかけているのが関の山で、それでも済まずに時々、妬みからあまり好ましくない行動をとるものすらいることがあるので怖い。

 例えば今回、例のブラジル人女性をパオロが何人もの面接の上、雇った時、何日も経っていないうちに、やけに目的のはっきりした検査の人間が現れ、その目的、ブラジル女性の身分証明の有無をパオロに問いただしたことがあって(近くでコック服を身に纏いタバコをふかしていた僕には見向きもしなかった)、この時点唯一欠けていた、この業務に就く時に必要な衛生健康手帳みたいなものをごまかすために、パオロが彼の友人の医者に電話で既に申請中であるとの証言をさせて、その場を凌いだことがあった。 その時は、その密告者が誰だか、様々な想像に花が咲き、四六時中、皆があれでもないこれでもないと噂をしていて、クラウディオはサンドラだと、パオロは僕らの夏期にむけての、この食堂のレストランとしての開放計画を恐れ妬む、この町の小レストランのオーナーたちだと主張していたのだが、おそらく、面接に落とされた人なのであろう。 とにかくそんなことを考えると、サンドラに対して自分の招いてしまったことの責任を感じずにはいられないのだが、起きてしまったことは起きてしまったこと。今は自分が負っている仕事の責任の方が大事にするしかない。

  さて、その仕事の方でもひとつ厄介な騒ぎが沸きおこっていた。 イタリアでも当然、この手の業務に対する衛生管理局みたいなものがあって、突然、検査に現れては、何かの問題を見つけては罰金を要求したり、時には店を休業にすら追い込む輩で厄介なのだが、今回の問題はまさにこ、クラウディオによると、その輩の責任者がサンドラの友達で、それが理由でなんと今までは、もし検査に来ても、まったく何も調べずコーヒーを飲んで帰っていたとのこと。 さあ、そのサンドラを敵に回した今、その輩が手を招いて襲撃してくるはずだというのであるが(このクラウディオの心配の仕方はやはり大袈裟なのだが、確かにサンドラならやりかねない、とも思う)、本当になんでここの人たちは、僕に次から次へと問題を探してきてくれるのであろうか、まあいい、 本来厨房の中で守られるべきことを行うだけのことだ。 とはいっても、これが実に面倒臭いことで、 冷蔵庫、冷凍庫、倉庫全ての整理整頓、維持管理の徹底。 全ての調理器具、食器、流し等の正しい洗剤による清浄、配置の管理、そしてなにより食品の管理。 ただでさえ良い仕事をしてた僕とサンドラだが、それをここまで完璧にするのは、ひとりで働く身の僕にはとても辛かったが、まあ、良い勉強ではあったのであろう。 とにかくこんな調子で夜、仕事をあがる時には、洗剤のもつ機械的な匂いに見送られ、朝、入る時には、キラキラ光り輝くステンレスに迎えられる日々が続いたのだが、一向に検査の輩の襲撃、この方が良いのだが、は訪れずれなかった。
  ただ、代わりにもっと個人的に現れて欲しくなかったものが押しかけてきた。 しばらく、見かけもせず、存在すらも忘れてた、かの特攻隊長、シンチアである。 そう、書き添えておくけど、彼女のことは初めから好きではなかった。 何故だろう、きっと、高く曲がった醜い鼻が醸し出す典型的な"魔女"みたいな顔が嫌いだったのかもしれない。 それは、とある火曜日の午後、営業のクリスティーナや、ホテルの常連で、すっかり友達である作家のダビデ、遠足組などの団体が来るときにいつも、ガイド役を努めるユーリ等などを含む皆でテーブルを囲んでは、アルベルトがキャンオプ場のドイツ人をネタに冗談をかまして、愉快な一時にすっかりくつろいでいた時の出来事であった。

  『Ieri Sera Ho Trovato Scarafaggi Nella Vostra Cucina!(昨夜、ここの厨房でゴキブリ発見したわ、私)』 一体、何事だ? ---突然現れ、挨拶すらせず、まったくの笑顔もなしに、放ったこの一言。 そういえば、昨夜、僕が厨房を閉めて、パオロと飲んでいる時に、トマト一缶借りに来たのである。 それを今返しに来た訳だが、昨日その時は何も言わずに帰っていったのだが、今考えれば、夜中のあの時間にトマト缶借りに来るのも、おかしい。 それはともかく、何でまた、まさに皆、しかも客や外部の人間までがいるこの時に言う必要がある。 彼女だって同じ会社の一員だから、もし"ゴキブリ"が"恥"と仮定しても、それの上塗りをする必要はない。ーーー

  『e Vero, e Una Schifezza Questa Cucina!(本当よ、不潔だわ、ここの厨房)』 僕のこと怒らしに来たのか。 --- これには、女性に対しての我慢には少なからぬ自信のある僕でも、さすがにキレそうになる。 パオロもクラウディオも怒っていたが、僕への侮辱に聞こえたので、彼らを征してまでも口答えを始めてしまった。ーーー

  『Quando C´era Sandra, Non C´erano.(サンドラがいた頃は、いなかったわ)』 いたさ、僕は見たし、第一、ゴキブリのいないレストランなんて、世界中どこ探したってないさ。

  『No, Non C´erano. Sono Venuti Perche Te Pulisci Male.(いいえ、いなかったわ。ゴキブリが出たのは、あなたがちゃんと掃除しないからよ)』 なにを言うか、もとからいたさ。 それにゴキブリなんて掃除して除けるものじゃないし、こんな古くて、何年も食堂があったところは、例え駆除したって卵があるから、また出てくるに決まってるではないか。 それから、一番大事なことだけど、僕は完璧に掃除をしているよ。

  『No, Non C´erano, Tutta Colpa Tua!(いいえ、いなかったわ。 全部あなたのせいよ)』 僕の言ったこと、聞いてなかったのか、じゃあ、もう一回言うまでさ。 "サンドラの時にも、いたのを僕は見た"。

  『No, Bugiardo!(いいえ、嘘つき)』 いったいどこまで馬鹿なんだ、おまえは。 このヘペチャパイで鉤鼻のブス。 ---本当に大人げなかった、と反省はしているのですが、この時はキレました。 僕が何を冷静に説明しても、4回続けて"サンドラのいた時には・・・"の一点張りで、弱いのですよ、この様な原始的な挑発と、議論する頭すらない人に、キャーキャー喚きたてられるのに。

  『Bastardo, Schifoso!(ひとでなしの不潔なやつ)』 なんだと、この・・・ ---つい、立ち上がって、近くの空き椅子を蹴ってしまいましてね・・・泣かしてしまいました。 アルベルトが僕を押さえてくれて、エドが彼女を連れ去ってくれたので、事なきを得ましたけど、本当に大変な騒ぎでした。
  繰り返しますが、反省はしてます。 でも、もしもう一度起きたら、同じことするかもしれませんね。 文句をつけられるような仕事はしてないのだから。 ただ、今回のことはある疑問を残していきました。 それは、果たしてサンドラが関与してるか否か、それと、まだあの戦争のケリはついていないのかです。
  何と言ってもシンチアは特攻隊長ですから・・・・。

  

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