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とある物語・・・

   INCANCELLABILE・・・消し得ぬ想い・・・


20、パオロの夢(CHICCHERARE)

  『Ha,Ha,Ha,,Incassano,Incassano,,,(ハッハッハッ、、お金が入る、入る、、、)』

  パオロが今日もその響く笑い声と共に、役所や銀行へと走っている。 まったく、ただでさえ、ひとりで忙しいのに加えて、役所の方がこれでもか、と送り込んでくれる団体のおかげで、僕は悲鳴を上げそうになっているっていうのに。 4月の第4週の火曜日なんて、いつもの地元組に加えて、100人のフランス人の子供たちと、10人の付き添いが食べに来たことがあって、総勢200人を越える大混乱。 セルフ・サービス・カウンターではひたすら続く人の列にめまいがし、ホールでは庭を解放しても、座りきれない人たちが出るでるほどの喧騒。 厨房ではこの日の献立が"ペンネのトマト・ソース""トリのロースト""ジャガイモのオーブン焼き"と比較的、楽だったから良かったものの、それでも、20キロのパスタを湯がくのは大変であったし、少ない時間にひとつだけのオーブンで50匹のトリをローストするのには、ちょっとした小細工が必要で神経を使うし、極め付けは30キロのジャガイモ。 前日のうちに半分以上は皮を剥くという反則技を使ったにもかかわらず、骨の折れる作業で、オーブンがトリに占領されているため、フライパンで処理するが、やはり、その果てしない数に頭痛が止まなかった。 はっきり言って厨房の設備がこの人数に適していないのだが、グチっても仕様が無い、なんとかやり遂げてみせた。 とはいえ、もし、学校をサボって手伝ってくれたアリーシェがいなかったら、上手くいったかどうかはさすがに怪しいもので、ここは感謝。

  その翌日の夕食にはやはり役所関係の人々80人の以前からの希望で日本食のディナーをやらされるハメになり、突然の決定に醤油以外の調味料なしで対処。 フプリモとして乾燥ポルチーニ茸を使った"炊き込みご飯"。これに近いイタリア料理があることを計算しての"肉ジャガ"、セコンドには、向こうが勝手に希望するエビを使っての"エビの塩焼き"、そして"トリの照り焼き"に"野菜のテンプラ"を作った。 基本的に全品、彼らのお気に召したみたいだが、一番評価が高かったのは"トリの照り焼き"であったらしく、何人からも御代わりを要求されたが、そんなものない、骨を卸す苦労も考えてもらわないと困る。

  とまあ、このように様々な行事のおかげ、と僕が頑張って2倍の客数を2カ月前と変わらぬ経費でいれてるため、パオロは銀行へ小切手を換金に行くのが楽しみらしくて、その時だけはその重たそうな身体までもが浮いているように見えるから怖い。 さて、ユース・ホテルの方の一般の泊まり客も日増しに増えてきて、そちらの収入もあったのだが、その大半であるドイツやオランダからのケチなバック・パッカーたちは、あまり食堂には降りてこず、廊下で子供たちの贔屓の長テーブルに陣取っては、そこらで買ってきたサラダや果物を赤ワインと共に食し、しかも酔いまくるという無茶をするのがオチで、あまり感心ではなかったのだが、たまに年齢層の高い人たちが来ると、そこはパオロが得意の語学を生かし、下の食堂を勧めては、サービス役を喜んで努め、そして長々と料理の説明や歴史などのウンチクを語っては、昔やっていたのであろうウエイターだか、支配人だかの時代を思い偲んでいた。

  ところで、僕はこれまでイタリアで、この手のこと、つまり料理に関してダラダラ垂れることが大好きで仕様が無い人と、星の数ほども知り合ったが、面白いことに、そのうち99%の人の"夢"がレストランのオーナーだというから凄い。 イタリアにおけるレストランのオーナーというのは、日本では稀に下町の隅で見かける、大衆的小料屋の粋なゴマシオ親父みたいな人のことを指していて、大抵はないが、もしあっても、ないと同然のメニューを振りかざしては、テーブルからテーブルへと華麗に渡り歩き、人によってその力量に差はあるが、選択の少なく平凡極まれないメニューを、まるでミシェラン3ツ星レストランのそれであるかのように聞きいれさせたり、昨日の残りをいかにもこれからその人のために作るかのように信じ込ませるその長けたお喋りには芸術的なものすら見られるものである。
  そんなお客とのやりとりを楽しんでは、営業終了後にビール片手に今後の計画を語り始めるパオロのその顔は実に生き生きしていて、結構僕も楽しんで聞いていたのだが、確かに彼の言っていたことは正しかったと思う。 それはこのメンサ(学生食堂)の持っている厨房、ホール、照明、バー、そして続きの庭、どれをとってもその他のユース・ホテルなどは問題外で、その立地の素晴らしさも手伝ってか、このままでいるにはあまりにも勿体ないものがあり、正しい改善さえ行われれば、この町一番の大レストランにだってなれるかもしれない、ということ。 パオロはこの夏に向けてその計画を実行に向けたいと言っては、様々な障害を例に上げたが、それはこのまま役所との関係を向上させていけば、解決出来る、と考えていて、厨房のことに関しては僕となら、一緒に夢を実現出来るとしきりに言っては、僕をもやる気にさせていてくれたと思う。

  レストランというものが、単にひとつのお金を稼ぐ"箱"としてだけではなくて、お客に"夢"と"忘れられない素敵なひととき"を与えながらも、そこで働く従業員もがそれを与えることに生きがいを感じ、楽しむ"お宝箱"でなくてはいけないことを、僕に肌で感じさせてくれたこの頃のパオロの語り癖は、今思い出しても楽しい。

  そもそも、僕をこの道に引きずり込んだのは、学生時代のバイト先で出会ったこの"夢"にまつわるカケラの一片みたいなもので、その後、欠けていたものというのは、そこから先へと続く第二片目であったのかもしれない。 厨房を取り仕切る責任者として、パオロの考えている苦難以外にも、思い当たることは限りなくあったが、ともあれ、挑戦してみたい気になっていた。 そしたら、分かるのかもしれない、僕が探し続けている"何か"が、、、。

  

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