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とある物語・・・

   INCANCELLABILE・・・消し得ぬ想い・・・


2、 何かが起こるさ(Vediamo Cosa Succede)


   『Dunque,Cosa Faccio,Adesso(さて、どうしようかな)』

 と声に出してみると、リヴォルノで働いていた店を辞めると告げた時のKIKIとの会話を思い出す。
               ーーー*---

   『Come Mai? Lo Sai Che Stai Lavorando No,1 Ristorante di Livorno.( なんでまた、リヴォルノNo,1のリストランテで働いているってことが解っているの)』

 よく解っているが、そんなに大事なことではない。 確かに悪い店ではないし、店を経営してる夫婦共々とても優しく(かなり暗かったけど)、特に旦那さんのほうは、優秀な日本人コックの出現に手放し状態の大喜びで、いつも僕に2人でこの店をイタリアNo,1に育てていこう、みたいな夢物語りを語って、とても大事にしてくれているし、居心地が悪いわけでもない。 だた、何かが欠けている。

   『Cosa?(何が)』

  と聞かれ、覚えたてだが非常に使い勝手のよい、あまりにも便利すぎるイタリア語(肩をすくめ、あごをかすかに突き出しながら言うと更に完璧)で、

   『Bo?(さあ)』 と、答える。

   『Ma,Non Te Lo Ricordi Quanto e Stato Difficile Trovare Questo Lavoro? (だけど、この仕事見つけるのがどれほど難しかったか覚えていないの)』

  なかなか楽しかったよ、と答えるとしばらくは天を見上げてブツブツまったくこの人はみたいなことを言っていた。

   『Adesso Cosa Fai?(それでどうするの)』 可能なかぎり安い車を買おうと思う。

   『E Poi?(それから)』 山に向けて旅立つ

  『Ma Torni Subito?(でもすぐ帰って来るんでしょう)』 いや、"旅行"ではなくて"旅立つ"と言ったはずだよ。

   『Conosci Qualquno?(何か"つて"はあるの)』 これっぽっちもない。

   『・・・Ma,Dove Vai, Dove Mangi, Dove Dormi? (・・・だけど、どこに行くってゆうの、どこで寝泊まりするつもりなの)』 と身を乗り出し声をはり上げての質問に 『Bo?(さあ)』 と答える。

   『・・・・・・Bravo! Lo Sapevo, Ormai Ti Conosco Molto Bene, Sei Un Ottimista Come Gli Americani, Poi Sai, Sei Duro Come Un Sasso, Sai Solo Andare Avanti, Ma Qualche Volta Ti Fermi? No eh, Lo So Che Devi Realizzare Il Tuo Sogno, Non Hai Tempo Da Perdere, Vero? (・・・・・・まったく、分かってたわよ。今や、あなたのことはよく知ってるからね。 アメリカ人のように楽天家で、石のように頑固、ただ前に突き進むことしか知らない。 たまには止まって見たらどう。 いや、止まらないわよね。 夢を実現しないといけないのよね。 無駄にする時間がないっていうことでしょ)』

  さすがKIKI,解ってくれると思ってたよ。 そう、今の僕に無駄にする時間はない。 日本で犯してた過ちは繰り返したくないからね。 僕の中の誰かが"進め!"と言ってるから進むさ。

   『Sei Veramente Un Ragazzo In Gamba, Ma、 Mi Preoccupo! (本当に大した人ね、あなたは。でも、心配するわよ)』

 男の子だから大丈夫だよ。 何かが起こるさ。

   『Spero Che Sia Una Cosa Bella("良い"ことだといいけど)』

 ねえ、KIKI知ってる。 "良い"か"悪い"かは、僕次第なんだよ。 例えば、"困難"は"悪いことに見えるけど、それを乗り越えた時にかけがえのない"良い"ことに変わるんじゃないかな。 だから、これから起こることがたとえ"困難"でも、ブチあたってみたい。 今は負けない自信があるからね。
                                     ーーー*---

  言ってしまった以上,後には引けない。 さてさて、そうだ。トスカーナ1周でもしてみよう。 イタリアという国の中で、何故、ミラノでもローマでもナポリでもなく、トスカーナにこだわった理由が解るかもしれないと、とりあえずかの有名な"アウレリア街道"に向けて南下する。 暫定最中のブドウの木々の間を走り、驚き飛び立つ野鳥を追いかけ、小道に逸れれば気の荒い犬に引き連れられた子山羊の群れに囲まれる。 どうやら道に迷ったらしい。 かまうもんか、と強気で突き進むが、アスファルトが土になり、土が砂利、砂利がゴツゴツ尖った石と変わり始め、人の気配を最後に感じてからかなり経つなあ、とタイヤの不安にかられるのをよそに茂みはますます高くなり、"隠れて何かを捨てるならここだね"なんて考えていた矢先に出くわしたライフルを持った迷彩服のおっさん(ハンターである)には、それはそれは驚いた。 心臓が張り裂ける思いで駆け抜け、10分程あとに美しくも尊大な夕日に照らしだされた小さな町に生還した時の感動は、何か征服感にも似た興奮みたいなもので、ふと湧き出した子供心を満足させるには充分のスリルであった。 とはいえ、時間も遅いので再挑戦はまた次回に見送って近くの小さな街々を回るに留める。 
 夜も更け、おなかも減ったのでトラットリア(大衆食堂)と繋がっている、どう見ても地元の労働者むけの安ホテルを見つけ、すっかり冷え固まった体を芯から暖かくしてくれる"米入りの野菜スープ"と"ほろほろ鳥のグリル"を若くてかすかにスパイシーな"エルバ・ロッソ"というワインで頂いてすっかり満足し、バーでおじさんたちとクグラッパを片手にイタリア代表のサッカーの試合に盛り上がり、その後倒れるように眠りに就く。 
 翌朝、掃除のおばさんに時間だと起こされ、慌てて外の出てみると絶好のドライヴ日和。 ガスを満タンにし、昨日とはうってかわってスーペル・ストラーダ(バイパス)に乗り、憧れだったマレンマ(グローセト県を中心に広がる、トスカーナ湿地帯)に向けて疾走する。 乾いた風に乗って辺りを優しく包みこみ、その大地の息吹は人口的なものをまるで感じさせず、"自然"というものの成し得る力の偉大さを何も誇示することなく証明していた。 感嘆の声が途切れることがなかった。 ただひたすらに走った。 いや、止まることが出来なかった。 もっともっと何があるか見ずにはいられずに僕の足は取り憑かれたかのようにアクセルの上を動こうとしなかった。ラッツイオ州のボルセナ湖のほとりをうかがった辺りで、進路を目的のトスカーナの中心部の丘陵地帯に戻し、国道2号線を直進する。 小雨が降り始めていた。 雲がどんよりと重く低く大地に襲いかかるかのように押し寄せ、風は冷たく、聖域に忍び寄るよそ者の侵入をあざ笑い、そして威嚇するがごとく吹き荒れ、右手に見えるカステッロ(城)の背後の一瞬の閃光と共に雪崩れよせた氷がボンネットを激しく叩きつくその音は、まるで死にゆく中世の騎士たちの泣き叫ぶ声に聞こえさえもした。 それでも止まろうとは考えもしなかったし、怖くもなかった。  吹きやまぬ嵐はない、その後ろに僕を待ち構える"何か"が見たかった。 そして、始まりと同じように突然終わった儀式の後に広がったものは、道路に突き刺さるようにそびえ立つ虹と、大地から空へと吸い上げられる雲に浮かび上がる前後左右のかなたに点在するカステッロたち、雨に流され更に澄みきった空気にくっきりと映し出される丘陵の頂きにより成る芸術的な曲線が奏でる、光りと陰のシンフォニー。 それは全てが今までに写真で見て頭の中で描いていた想像の世界を逸脱しており、その風のかもしだす何故か悲しげな色は、当然、初めて見るものなのにまるで昔に何処かで触れたことのある、いやおそらく僕が生まれるよりも遥かなる遠い過去から僕の中に存在し続け、ずっとずっと僕の到来を待ち焦がれていたかのようなノスタルジックな思いに瞳を潤ませた。 
 後のことはあまりはっきりと覚えていない。 気が付けば夜もすっかりと更け、体全身を締め付ける疲労とかつてないほどの空腹感に身をよじり、前を見上げることすら困難であった。 寝てしまったのかな。 子供の頃、父に連れられてよく行った田舎の草原で捕まえたためしのない"ホタル"を追いかけていた記憶が頭をよぎる。

  『・・・ホタル? なんでまたこの寒いのに』

 一連のオレンジ゙の光が遠くから僕を見下ろしていた。



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