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とある物語・・・

   INCANCELLABILE・・・消し得ぬ想い・・・

 12、黄金時代(I TEMPI D´ORO)


  『Sandra! Chika! Cosa Si Mangia? Stasera.(サンドラ、チカ、夕食は何)』

 子供たちからのこんな声が毎日、夕方、時には昼食の後すぐから、聞こえていた。

 僕はいつもサンドラの作る素朴だが、優しく美味しい料理を間のあたりに見るのが楽しみで、サンドラはサンドラで、僕が作る少し変わった、つまり北や南イタリアの料理であったり、若しくは今や国際的なそれの数々を見ては、フンフンうなずいて、"美味しいわね、これ"みたいなことを言っていた。 そして子供たちは・・・お互い触発された僕ら2人のコンビがまるで競い合うように繰り出す料理の連続をありがたく、いや、当然のことと思っていたかもね、とにかく喜んで食べているように見えた。

 エルシリアの誕生日にサンドラが彼女の大好きなスモーク・サーモンのパスタを作り、僕はオレンジとホワイト・チョコのケーキを作り皆で盛大に祝福をしたディナーはそれはそれは愉快なもので、それぞれが用意したプレゼントを食堂内の様々な場所に各々が隠し、"エルシリア、ちょっと砂糖、持って来て"だとか"あれ、テレビのうしろに何かいるよ"みたいな感じで誘導しながらそれを発見させるという素敵なアリーシェの企画が大当たりで、エルシリアに嬉し涙を流さすことに成功し、その後は皆で"ハッピー・バースデー"の唄を(当然、イタリア語で)コーラスしたり(ちなみに、一番手をやらされたのは僕です)もした。

 このように、3月に入ったとはいえ、まだまだ外は寒く、本格的なシーズンの到来には早いため、客の入りは少なかったため、我々だけでの本当の大家族であるかのような、楽しすぎる毎晩が続いた。 昼間は昼間で色々と、例えば、ある日は、我らが不良少年ダニエレが僕に、この町の名物である"アラバストロ(雪花石膏)"のことを知らないとは何事だ、と憤慨して一から説明してくれるが、この手のことは苦手でそれでもさっぱり分からない僕に、まったく仕様が無いな、って顔をして、町中の現場に案内してこれでもか、という感じで様々なことを教えてくれた。 話のついでに町の"エトルリア美術館"に連れられた時なんかは、既に混乱仕切っている僕の頭に向かって、ひとつひとつタップリの時間をかけての講習が始まり、さあ大変。 それにしても、実に勤勉な不良少年ですね、。それに見てるとどうやら、一番デカくて、一番大人ぶっている彼は、実は一番チビで、一番子供っぽいマリアのことが好きみたいで、だけどそんな態度見せてくれるものか、とかなくなに口を閉じて、いじめることでしか、彼女の気をひけないらしく、意気地無しだったり。 まったく、人のことはいつもシルビアのことでからかうくせに、でもかわいいよね。 お次ぎはアリーシェ、小さい方の、彼女は16才なのに20才の彼氏がいるせいか、本当にませていて、僕を見るとシルビアのことでからかうのは、ほぼ日課としておいといて、町の中で会えば、回りにいる彼女の友達を僕に紹介しまくって、彼氏がいるシルビアのことは忘れたほうがいいわよ、次ぎを探しなさい、といつも説教を垂れてくれた。
 それからこの子は本当によく笑うのだが、サンドラにも"やめなさい"と怒鳴られるその特別な笑い方、当然知っててわざとやっているのだけれど、がまた凄い。 初めてそれを聞く人は必ず驚いて、それが食事中であったら、口の中の物を吹き出すことになるのがオチで、この子がそれをやる気配を見せたら全員掛かりでそれを止めるのが課題なのだが、僕の時のハマリ方が以上だったためか(吹き出した後に、死ぬほど笑いが止まらいうえに、面白がって耳元で連発するものだから、涙ながら10分はむせ混んで本当に呼吸困難で苦しんでしまった)、困ったことに、病み付きになってしまっていた。
 そうそう、よく歌も唄っていたのだが、それがまた上手い。 目の前で誰かが数年前のホイットニー・ヒューストンの流行曲"I Always Love You"を完璧に唄うのを聞くのはそれが初めてで、本当にタマげたのをよく覚えている。 とにかくこの娘は一番のお騒がせさんで、いつも何かと問題を起こしていたが、同時に、一番のお気に入りであったのも事実で、要するに、最高の妹みたいなかわいい娘であった。
  他にも、サンドラのお姉さんがやっているバーに招待され、サンドラと一杯ひっかけたり、その息子フェルナンドと一緒にサッカーをしたり、ひとりで周辺の壮大な景色を写真撮影に行ったりもした。
 シルビアも時々訪ねてきてくれて、そしていつものごとく、2人でタバコを吸い、つま先で石を転がしながら、とりとめのない話をした。 パオロは相変わらず元気そのもので、昼前はよく僕を役所関係そこら中に引っ張りまわし、会う人会う人に例のディナーの様子をメニューひとつひとつ解説しながらをしきりと語って聞かせては、働くのに必要な書類類を段取りよくサクサクと用意してくれた。日曜毎の"ヴィッラ・マーニャ"での昼食にも、必ず招待してくれたので、ルクレッティアとままごとを楽しみ、ローザの作る素晴らしい料理の数々をよく食べよく飲んで、そして"楽園での理想の生活"において、2人で語り合った。 そう、毎晩仕事の後も結局は彼と飲んで語り合っていたかな。 そういえば上機嫌のときにいつも言っていたっけ、

  『In Italia. Io Sono Tuo Padre. Capito, Chika.(イタリアでは私が君の父親だからね、分かったかな)』

 マッシミリアーノ、あの例のハンプティ・ダンプティが、今朝も現れて、好物のポレンタ粉(とうもろこし粉)で作られたパンとブレザオラ(北イタリアで作られる、牛肉による生ハムみたいなもの)によるパニーノを口一杯にほお張りながら、言っていた。

  『Rimani Qui Per Sempre, Vero?(ずっと、ここに残るんでしょ)』 そんなことは当然考えてもいなかったが、今までこんなにも、僕のことを気に掛けてくれる人達に囲まれたことがなかったものだから、ただただ楽しく、そして、これが続くものばかり、と思って疑わない日々であり、順調に大海を走りはじめた大船舶の甲板で、雲ひとつない澄み切った大空をビールを片手に見上げてる、そんな気分であった。

  3月8日、土曜日、今日はイタリアでは"女性の日"と呼ばれ、女性にシンボルの"ミモザの花"を贈り、それを飾り付ける素敵な祭日で、我が家、今やそうとも感じられるこのホテルでもそれを祝って盛大なパーティを行うことに、いや、行なわされることになった。 誰にかって、そう、よもやお馴染み、近所の最強奥様軍団の選りすぐり20人が手を繋ぎ、地響きを沸き起こしながら押しかけてくるのである。

  『Ciao,Ciao,Chika! Come Mi Sta Questa Camicia Rossa?(チャオ、チャオ、チカ。 どう、この赤いシャツ、似合うかしら)』 それはそれは、まさにあなたのために生まれたようなシャツで、"ヴィッラ・マーニャ"から、ティッツイアーナとバレンティーナ、ルクレッティアも参加することになったが、それでも少人数なため、なかなかないい機会でもある、というサンドラの提案で、いつもより少し格調の高いディナー、あの金曜日みたいな、にすることに決定。
 今週末は家に帰らずに残るという2人のアリーシェとエルシリアがウェイトレスを努めることになり、山ほどのミモザの花を買ってきたパオロも正装すると言い出したので、舞台そでは完璧。あとはメニューを絞るのみ、そこで僕とサンドラふたりで考え抜いたのは、最初のアンティパストからありきたりのクロスティーニを外し、季節の演出を意識した"ホウレン草と生ハムのスフォルマート"。お次ぎは、半割りにしたものに白ワインとオリーヴ油、レモン汁、パセリに自家製の細かく挽かれたパン粉を振り添え、オーブンで焼き上げた"スカンピ海老のオーブン焼き"。 ふたつのプリモは、まずサンドラが担当し、軽さが強調された"ファルファッレ、ズッキーニとフレッシュ・トマト、バジリコのソース"に、僕が担当した、極僅かの生クリームで繋ぎ、色のコントラストを生かした盛り付けに工夫を感じる"ペンネ、車エビとカルチョーフィの軽いクリーム・ソース"。 さあ、セコンドはサンドラに絶賛された、トスカーナの伝統をかなり意識しながらも、トマトを最小限に押さえ、アサリの出し汁の旨さを浮き立たせた"アサリとカサゴのミネストラ、ガーリック・トーストとエクストラ・ヴェルジネ・オリーヴ油仕立て"。
 メインの一品は、やはり、サンドラのお母さんの十八番だと言う(サンドラの美味しい料理の秘訣はすなわちこれ、家庭料理の名人と名高かったお母さんの味を愛しているとことだと思う、そんなお母さんの料理についてサンドラが語る時、どんなに彼女の目が輝いているか)"家ウサギの詰め物"なのだが、普通一般にトスカーナで見られるこれは、子牛の挽き肉に卵、パルミジャーノ、そしてピスタチオによる詰め物で仕上げた、少し重たいものであるのに対し、サンドラのそれは浅く茹で上げられたホウレン草を気持ちばかりのフレッシュ・リコッタ・チーズと大目のパルミジャーノで和えたものを用いてあり、優しくも控えめな詰め物がウサギの肉の持つ旨みを引き立てた大変素晴らしいもので、これには、さすがの味利きのティッツイアーナも両手を挙げての称賛、サンドラの作ったものの中で一番の傑作は明らかにこれであったろう。
 別皿で添えられた、粗漉ししたゆで卵を色とりどりの生野菜の上に振りかけた、いわゆる"ミモザ・サラダ"の演出効果も抜群で、皆様から狂喜の歓声があがったが、それにビックリしたルクレッティアがいきなり大声で泣き出したのにはまいったね。

 さて、デザートなのだが、作る前にアリーシェに何が食べたいか質問したら、すぐさま二つ返事で、

  『Tiramisu!(ティラミス!)』 との声が帰ってきて、そんな簡単なものでいいのかな、と迷ったが、再び、

  『Ti Prego, Tiramisu! Tiramisu! Tiramisu!(お願い、!(ティラミス! !(ティラミス! !(ティラミス!)) と迫るので、断れずに(弱いんデスよ、女の子のお願いに)、結局、それを作ってみたら、みなさま大喜び。 子供たちなんて特に大騒ぎで、あのおしとやかなエルシリアまで3回もお代わりをしていた。

 本当にこの子たちは、素晴らしい、いつも大事なことを教えてくれる。 少しばかり腕を鳴らさないと作れない高度なお菓子や、最新の設備によってしか可能でない摩訶不思議なお飾りも、確かに必要な時も多く、大切なことだけど、そんなものなくとも、こんなにも喜んでもらえることもあるんだな、と。 いや、でもこの子たちだったら、"!(ティラミス"と今説明した"それ"がふたつ並んでいたら、一度は好奇心から後者に手を出しても、2度目からは必ず"!(ティラミス"を選ぶだろうね、頑固だから、トスカーナの人たちは。こんな時どういう仕草するか知ってます? 机を叩くのですよ、握った拳の甲をうえにして、第2間接で2回、ゴンゴンってね。

  ああっ、なんてこった。 アリーシェがまた、例の"笑い"を始めて、ルクレッティアを泣かしている。 まったくアリーシェったら、ホントに。 やってもいいですか、だって絶対これですよ、彼女は・・・ゴンゴン。
  

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