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とある物語・・・

   INCANCELLABILE・・・消し得ぬ想い・・・


10,大成功?(IL GRANDE SUCCESSO?)


 この一週間は瞬く間の出来事であったけれども、なかなか楽しくも色々と忙しい一週間であった。新たに様々な人に知り合い、人間関係を把握するのにかなり苦労もしたけど、これで大体のこのユース・ホテルの全体像が掴めてきたと言えるかもしれない。
 月曜日は、ランチに2人の女先生に引率された25人の小学生が食べに来た。 どうやらこれは毎週同じことらしく、それプラス当然、我らが子供たち、パオロで38人、その他にもエドという、この町にあるうちの事業団が抱えている施設を回り、壊れたものの修理等、つまり雑用をしている、白髪にやはり白い口ひげの少し冴えない男。 そしてやはりうちらの管轄である巨大キャンプ場の責任者の、アルベルトという背が高いゴマシオの角刈り頭に口ひげ男で、いつも同じジャージを着ていて黙っていると物凄く怖いが、一度口を開けば死ぬほど面白いおっさん。それにこのレナートという奥さんに死なれた近所のとても無口な男も、ほぼ毎日食べに来るらしい。 そうそう、噂の男でこの管轄の責任者クラウディオにもやっとお目にかかった、40才位の背の高い男で、美形では決してないが、なかなかハンサム。その地位に相応しく少し粗いが口も達者で態度もでかく、見たところ要注意人物であると伺える。 つまり、総勢41人の客と厨房の3人がいた訳だ。
 火曜日は何と、先日の人数プラス32人の中学生と2人の先生、8人の高校生を含む総勢83プラス3、なかなかの数字である。 ホールでは実に75人もの子供たちが飛び回っていたことになり、掃除が大変だったのは言うまでもないだろう。 そうだ、それにいつもこの日の3時位になると、この厨房で使っている食品の90%を毎週配達してくる、とある会社の営業のクリスティーナという、サンドラと同い年位の奇麗な女性が来ることになっていて、横のカルチェレの食堂で働く女性2人シンチアとパオラも一緒に注文を済ましに来るから、ほぼ同世代の女性5人が集まってしまう訳になり、そうなると、その一週間の出来事をつまみにたっぷり最低1時間はかけての注文、というかおしゃべりが始まってしまう。この日の議題はやはり、初耳の3人がいたため僕とシルビアの一件、要するにまたまた先週の金曜日のように楽しい一日であった。
 水曜日は月曜日とまるで同じパターンであったが、唯一、だが重大な違いは、シルビアが来たこと。 なんとも嬉しかったのは、サンドラの名を呼びながら入って来たけど、僕に一本のタバコを尋ねる理由で、外に誘い出してくれたこと。 2人で外の壁にもたれ掛かっては、つま先で石を転がし、今回の事の進展などの話をしながら、そしてひとり3本ずつはタバコを吸った。 明日、つまり昨日の木曜日にまた仕事場を尋ねる約束をして、その当日、今回は我らが子供たちとパオロたちとの比較的おとなしかったランチの後尋ねた。彼女の同僚もいる時間であったので2人きりではなかったが、幸せだったのは同じこと。 それに彼女の同僚2人の女性も明るく楽しい子たちで、奥の大部屋で働く数人のおばさんも紹介してもらい、一気に友達の輪が広がる素敵な一日であったとも言える。

 さて、いよいよ決戦の金曜日、朝、厨房に着くと、例のクリスティーナが送らせる荷物の中に本当に例え話だと思っていた高価な素材が紛れていてビックリ。 僕はてっきりパオロが自分で仕入れてくると思っていたし、サンドラは注文した覚えがないから一体誰が、の疑問に、火曜日に忘れてたから、後で電話で追加しておいたよ、お金は後で会社に自分から払うから、とパオロ。 サンドラの顔がイマイチ不満気だったのは気になったが、僕のほうもメニューを決めないといけないので、それどころではなく真剣にならざるを得ない。
 夕食には我らが子供たちもいるが、それだけの素材はないため、彼らの分はいつもより30分早く、普段通りサンドラが作り、その後サンドラは席に着くためすぐ着替え、子供たちはお皿運びを手伝うもの以外は2階に退散、というパオロの提案に、多少のブーイングも上がったが、結局、皆が興味津々であったらしいため、問題なく解決。 とにかく時間差のあるサービスとはいえ厨房はただひとつなので、段取りが悪いとサンドラに迷惑が掛かってしまうから、昼前にはメニューを決め、足りない細かな材料の買い出しをも済まし、ランチのサービスの後に大抵の仕込みを終わらせ、後はまさにぶっつけ本番。
 ただこの日は本当に、常に誰か、パオロを筆頭に子供たち、挙句の果てにサンドアまでもが僕のやることに注目していて、例えば、サーモンの半身を塩や香草に漬けたり、オマール海老の尾をタコ糸で丈夫な木片に縛りつければ何故かと質問され、サーモンの骨を野菜と煮出せば何に使うか、薄切りにした冬カボチャで葉をイメージ゙して低温のオーブンに入れれば、あと2時間は掛かるのに、もう出来たか、味見していいか、と10分おきに聞かれたりと、とにかく忙しい始末。 さて、子供たちの夕食が終わり、サンドラはお粧しに行き、子供たちから代表で、一番、大人で言葉使いを知っているエルシリアと、親がエルバ島でやっているレストランを小さい時から手伝っているため、この仕事を知っている小さいほうのアリーシェがウエイトレスに選ばれた。とは言え、何だかんだいっては、子供たち全員、厨房の中での観戦となる。

  さあ、正装した客が皆揃い、パオロが空けたスプマンテをエルシリアが供し、ディナーの開始。

  さて、牡蛎はこの人数のアンティパストにするにはいささか少なかったので、後で使うことにし、まず最初の一品は、状態の素晴らしかったサーモンを短時間、塩で締めて香草とエシャロットでマリネし、薔薇の花のように先程説明した葉を装った冬カボチャと共に盛り付けた、食感のコントラストを生かしたもの。

  次なるオマール海老の一品は、人数分あるためセコンドで使おうとも考えたが、舌ビラメもあるし、先制パンチで行こうと、ダイナミックに一匹丸ごとを尾が真っすぐ伸びるよう浅めに火を通してから殻を剥いて、バルサミコ酢をニンニク、オレンジの皮、リンゴ、白ワイン、少量の砂糖を煮詰めたタレに絡ませ、提供直前にグリルし直したものに、煮詰めたオレンジ・ジュースとオリーヴ油で作ったドレッシングをかけ、サラダと共に供した、普段なら価格的に絶対に許されない逸品。

 さて、プリモ・ピアットだが、魚ベースのパスタの代表として、これを外すことが出来ようか、と究極の"スパゲッティ・アッロ・スコッリョ"という、まあ、岩場に生きる素材、カサゴやアサリなどを使った定番中の定番。

  第2のプリモ・ピアットとして先程とは反対に"マルタッリャータ"という、無造作に切り取られた太めの生パスタを使い、ソースもサーモンの骨とキノコの屑からとったブイヨンに、サーモンの切り身、マッシュルームを加えて煮込み、少量の生クリーム、ゴルゴンゾーラ、パルミジャーノで仕上げた、リゾットをも思わせる少し濃厚な一品。

  セコンド・ピアットは一本勝負、まず、牡蛎をバターと香草で軽く火を通して冷ましてからその煮汁と共に、3枚に下ろした舌ビラメの上身と下見に挟み込み、長時間流水にさらした最低限の量の豚の網脂で包み込んだものを脂を焼ききるよう、一瞬で、しかもカリッと、焼き上げたものに、煮詰めた牡蛎の汁と下ビラメのブイヨンを生の香草とミキサーで回したものを、バターで伸ばしたものをソースとした、その日の朝に考えたにしてはなかなかの自信作。

 さて、フィナーレを飾るデザートは季節がら迷ったが、時間に追われていたのもあるし、シンプルだが軽くも美味しい、レモンを利かせた、いわゆるセミ・フレッドのシチリア・オレンジのソースで決める。

  ホールでの優雅な一時をよそに、厨房では唯一余ったデザートに子供たちがたかり、それはそれは大変な騒ぎであった。 まあ、これで終わりで、ディナー全体の流れ、構成、質にも満足いき(これだけの良い素材で失敗はしない、いや、出来ないけどね)、役所長さん夫妻からも最大級の評価を戴き、パオロにいたっては、その親友夫妻と共に、絶えぬ称賛の嵐(その後も会う人会う人を捕まえては、30分はかけて語っていたが)で、サンドラからは、少しバターの使用が多いとの指摘はあったが、やはりその後、僕に自分の料理の味付けの善し悪しを必ず、聞くようになったことからも伺える用に、満足であったと思う。 唯一、この時点で言葉が少なかったのはクラウディオであったが、美味しかった、と一言置いて行ったので、つまり、全員からの賛辞をうけた訳で、それなりに今夜のこの企画は"成功"したと言えるのかな。

 でもこの日一番嬉しかったことって、雪崩のように押し寄せる賛辞、例えば、

  『Eccezionale!(並外れている)』 や、

  『Splendido!(素晴らしい)』 若しくは、

  『Indimenticabile!(忘れることができない)』 等との、エレガントな言葉ではなく、余ったデザートを競いあって口に頬ばり、

  『Buono! Buono! Questo.(おいしい、おいしい、これ)』と、口の周りが真っ白の大きいほうのアリーシェや、

  『Me Lo Insegneresti? Chika.(作り方教えてくれるかしら、チカ)』と、スプーンをくわえるエルシリア。

  『Quando Ce Lo Rifai? Chika.(いつ、また同じの作ってくれる。チカ)』と、僕の袖を引っ張るマリア、ガブリエラに、

  『Sei Grande! Chika, Domani, Glielo Dico a Silvia!(凄いチカ、明日シルビアに報告しとくから)』 と、僕をからかうことを忘れない小さいアリーシェたちのかわいい笑顔であったのって、解って頂けます? ここで僕からも一言、ありがとう・・・みんな。 でも凄いのは僕じゃないよ、いつも輝んばかりの笑顔に溢れている君たちさ。 機会さえあれば、本当にまた作るからね。

 あっ、だけどアリーシェ、シルビアにはちゃんと忘れずに報告しておいてね。


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