小説ヴァスタークロウズ 神界の財宝 ホームページトップページへ戻る
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 序 章    〜太古に大いなる力あり〜     
   
 ヴェスターランド、その世界には治乱興亡が幾多の年月、幾世代もの人々の血と涙をむさぼる歴史があった。荒れ狂う戦乱の嵐、権力者達の宮廷の権謀術数。
 そしてつかの間の平和…いつのときにも伝説があった。この世界は太古に大いなる力によって創造され、護られていると。
 伝説は世界の象をつくり、今なお生を育んでいるという。世界のいたるところに点在する消えかけた碑文、崩れ去ろうとしている遺跡に必ず刻まれている言葉
        〜太古に大いなる力あり〜
は、いつの時代の権力者にも冒険者達にとっても。かっこうの興味と好奇心をかきたてずにはいられないものであった。
 そして、今まさに伝説がよみがえろうとしていた…時にヴァスター暦3993年、春風駘蕩である。
        
 春暁と収穫

                           

 ヴェスターランドの過半を統治する、ブレードニア帝国建国暦873年、この年はヴェスターランドに人類の統治する国家が誕生して以来の正式な通算暦であるヴァスター暦3993年でもある。これ以前は古代歴が幾つかあり、シード歴が約4500年と最古のものでアカシア歴が5000年近い時を記録し続けている。今あらたな歴史が、まさにはじまろうとしていた。
 ヴェスターランドの南半球低緯度地帯に位置するブレードニア帝国の帝都プロージットは秋の収穫際のまっただなかにあり、大勢の民と貴族でにぎわっていた。
 そう、まさにこのとき、300年にわたりだらだらと続いてきた戦乱に終止符がうたれようとしていたのである。今宵ヴェスターランドに存在する全ての国家の代表が帝都プロージットに集い、平和友好条約の締結と、主に海賊討伐がその役目になるであろう連合艦隊同盟の2つの大きな約定が調印されようとしていた。
 収穫祭の賑わい以上にヴェスターランドにもたらせられようとしている平和への人々の願いが熱気となって帝都プロージットを覆っているかのように、喧騒が夜中になっても続いていた。
 平和への宴が始まろうとする頃、ブレードニア帝国が統治するサウザンイースト大陸とは海を隔てたノーザンウエスト大陸。
 その通称、玄武大陸島の東部の海岸に面し、フラート自由都市同盟が統治するフラート中陸島の帝国に面した海岸の沖合いの絶海の小島ではなにやら怪しげな集団が、奇妙な儀式を崩れかけた遺跡のような場所で行っていた。
 そして…ここでも新たなる歴史の扉が開かれようとしていた…目隠しをされ、純白の衣装をまとった若い男が消えかけた何かの紋章のようなものが刻まれた円と四角を組み合わせた台座のようなものの上に横たわっている。台座の周辺には時の流れに晒されて元々の形をとどめていない石の配列が規則正しく並んでいる。少し離れたところに祭壇のようなものがしつらえられて、その前ではフードつきの白いローブを羽織った何者かが跪いた姿勢でなにやら祈りを唱え続けていた。

                             

 ヴェスターランド北半球ノーザンウエスト大陸、通称玄武大陸島西部に広がる一大穀倉地帯大平原は、冬の季節から春を迎えようとしていた。
 「陛下、今ごろプロージットはさぞかし、お祭りさわぎでしょうな」
 「うむ、大きな戦いは300年前に終わっていたというに、小競り合いだけは続いておったからな、戦がなくなるのはよいことじゃ」
 ものうげにかたわらの大蔵卿ネイザン子爵に返答するのは、大平原を統治するシード・ハイランド連合王国国王イークオ12世である。今日は一週間後にせまったシード・ハイランドの一大国家行事である春分祭の出陣の儀が執り行われたために多少お疲れ気味である。
 「コーン侯爵もご自分で平和友好条約に署名なさるわけですから安心でしょうな」
とネイザン子爵がイークオ12世の玉座の脇のコンソールに、自分のティーポットから紅茶をそそいだ年代もののティーカップを給仕しながら言う。
 「そうだの、王国宰相としての責務というよりはライフワークのしあげじゃろ、武門の名門のコーン家に生まれとりながら、からきし戦がだめじゃったからな、もっとも民のことを考えれば戦などないほうがよいがの」
とネイザン子爵の淹れた王国名産の紅茶をすする国王イークオ12世。
 「それにしてもわが国は帝国やどこぞの好戦的な共和国とは違い、農業王国で攻めやすく守りにくい大平原の穀倉地帯だというのに、意外と戦上手の武門の名家が多うございますな」
と自らも紅茶をすすりながらネイザン子爵がイークオ12世の言葉に賛意をあらわしながら返答する。
 「いみじくも、我が太祖イークオT世がいうたが、大地の恵みを守る民にこそ強兵ありとな、それにしても卿はやりくりもうまいが、紅茶を淹れる腕もヴェスターランド一じゃの」
 「おそれいります陛下」
とネイザン子爵が微笑しつつ言いおわらないうちに、国王の私的サロンを兼ねた貴族専用の拝謁玉座の間の扉がノックされ、若い軽武装の騎士が現れる。
 「近衛百騎長ファイン当夜の近衛勤番申告にまいりました、陛下のご尊顔を拝したてまつり恐悦至極に存じます」
型どおりとはいえ一気に口上し、剣を抜き刃を下にしたまま両手で柄を抱えるようにして眼前にかかげて国王に敵意がないことと、忠誠を誓うあいさつを流れるような動作で行い、ふたたび剣を腰にもどす。
 「役目大儀、つつがなくつとめよ」
と国王イークオ12世も型どおりの答礼を返すが、直後に破顔して若い騎士に声を賜る。
 「そなたも明日からいよいよ千騎長ぞ、これまでの戦場での働きみごとであった、平和条約が締結される今後は戦もなくなるかもしれぬが国内の安寧のためにも、これからも余に力をかしてもらう」
 「はっ、陛下のありがたき御錠を賜り、臣ますますの忠誠と忠勤を励まさせていただきます」
とかしこまる。ネイザン子爵が笑顔でやりとりを見守る中、国王も楽しげに若者をみやり
 「苦しゅうない、宿営の勤番交代報告が済んだらここに参れ」
 「はっ、ありがたきしあわせ、では後刻参上つかまつります」
若者らしい軽やかな足取りでファインが拝謁玉座の間から出て行くのを見送ると、ネイザン子爵も破顔して
 「いい若者ですな、あの若さで戦場ではみごとな戦いぶりというのは血筋というものですかな」
 「ふむ、それだけではないな、他者をひきつけるオーラというか華があるの、末っ子の三男とはいえ、ヒオ家の一族だけのことはあるの」
と戦場での武勇ぶりを回顧する国王に
 「クリエイト勲章の授与の追加という事は、分家して一家たてさせてやるおつもりですな陛下」
このネイザン子爵と国王の会話をまだ若き騎士ファインは知らない。

                             

 そのころ、サウザンイースト大陸とノーザンウエスト大陸に挟まれた太平洋の東部にある群島国家連合の統括艦隊総司令官のヤムト提督は、帝都プロージット近くの軍港キーツ沖合いに錨泊中の大型戦闘艦スエズの白兵戦指揮甲板の指揮見張り所で、夜天を見上げて眉間にしわを寄せていた。
 御歳80歳、海のことならまさに生き字引、帝国艦隊や自由都市同盟艦隊や共和国連邦艦隊さらには海賊達にすら恐れられ、連合の艦隊にその人あり。
 老練という言葉は彼以外に使うなとまで本気で言われている百戦練磨の海の武人である。今夜、帝都プロージットで行われる会議のあとで締結される連合艦隊同盟条約により。各国の海上艦隊で構成される連合艦隊最高司令官に就任が既に決まっている彼にとっても、長い戦乱から平和な海になることは喜ばしい思いであった。
 「閣下いかがなさいましたか、明日は就任式ですし、お休みになられては」
とヤムト提督の背後から副官のディッケル海尉が尊敬するヤムト海大将軍を気遣う。
 ヴェスターランドにおいては国家の体制にかかわらず、陸上の軍隊とは別に海の軍隊は独特の共通の階級が存在する。陸上の軍隊の場合は、5人一組の長を伍長や兵士長。百人の長を百騎長、千人の長を千騎長と呼び習わし、将軍、参謀長、要塞司令官などの職務別の階級と騎士や男爵や伯爵などの爵位が階級になっていることが多く。指揮権や軍功をめぐってのトラブルも多い。陸上戦闘の場合は個人の武勲が主なものなのでやむおえない面もある。
 これに対して海の軍隊の場合は、船の大小を問わず船全体の指揮者が長となり、船自体の運航の上手さと船の操作を行う人間の統率力の優劣が武勲に影響するために、階級も実力に比例する形になっている。
 また、役割分担もすすんでおり。役割によっては最終階級も違ってくるという、ある意味かなり合理的になっている。海の武人はまず、個人的には白兵戦を戦う力量があることと、船をいかに操れるかということが重要視されている。
 しかしながら船を操る能力と戦う、白兵戦をする能力を両立させることは極めて難しく。どこの国の海の軍隊も実質的には陸上の軍隊を船に乗せて戦うか、船は移動手段と化しているケースがほとんどである。10隻の艦隊があれば9隻は兵士や物資の輸送船であり、船を操りながら自在に相手の船に乗り移って戦える戦闘艦は1隻くらいしかないのが普通であり。陸上にくらべて大規模な海上戦闘はめったにない。
 ヤムト提督の凄さは戦闘艦を護衛として使うのではなく、戦闘艦だけで行動させた最初の司令官である。そして船の行動に陸上と同じ隊列という概念をもちこんだことも彼の軍歴を輝かしいものにしている。
 海の軍隊の階級は海兵にはじまり、海曹・海兵長・海曹長・海士・海士長・海尉・海佐・とあり各階級で上下の二段階合計16段階あり、トップの海将軍には海大佐の上の准将と将軍と大将軍がある。敬称も海准将軍となって始めて閣下や提督と呼ばれるようになっている。
 このときヤムト提督が眉間にしわを寄せていたのは、水平線から空に向かって奇妙な気配が上がったのを感じたからである。しばらくの間水平線を睨みつけていた老提督であったが、不満気に首を振ると明日の式典に備えて戦闘艦内の自室に副官を従えて立ち去る。
 それからしばらくして水平線の一点から光の筋が天高く立ち昇り、中天でしばらく停滞すると、ある方角へ彗星のように尾を曳きながら飛び去っていった。

 

 光芒一閃

                               

 フラート自由都市同盟が統治するフラート中陸島は夜中にもかかわらず、太平洋方面から突如湧き起こった光の洪水にさらされていた。光はフラート中陸島の沖合いにある絶海の小島がその発生源であった。
 ちょうど群島国家連合のヤムト提督が帝国の軍港キーツ沖合いに錨泊中の大型戦闘艦スエズで夜天を見上げて眉間にしわをよせて睨んでいたあたりである。
 絶海の小島は祭壇の遺跡と呼ばれる不思議な遺跡が存在することで知られていた。長い年月のために風化が進みほとんど原型をとどめておらず、刻まれていたはずの文字すら無くなっていたのである。島としても非常に小さく、サウザンイースト大陸とノーザンウエスト大陸を交易する船の航路からもはずれており、あまり重要視されていなかった。
 むしろ、この小島から南にある孤島の遺跡群と呼ばれる複数の洞窟遺跡やヴェスターランド上級試練の洞窟三傑と呼ばれる三つの著名な洞窟のあるラグナロック島の方がサウザンイースト大陸とノーザンウエスト大陸を結ぶ太平洋の中心の中継地として古来より重要視されていた。
 ラグナロック島は、長引く戦乱のさなかにありながら、交通の要衝ということだけではなく。ヴェスターランドの貴族達が貴族であることの証を立てるための場所であったがゆえに、どこの国家にも所属しない唯一の中立地帯となっていた。
 実はラグナロック島をはさみ、さらに南に進むと、満月の干潮の時だけ現れる岩礁が祭壇の遺跡がある小島と対称になる位置にあり。ここにも祭壇の遺跡とほとんど同じ遺跡があることは、ごくごく一部の人間しか知らない。
 海の生き字引と呼ばれるヤムト提督ですら、岩礁の存在は知っていても、そこに遺跡があるという事実を全く知るよしもなかった。
 光の洪水がフラート中陸島を通り過ぎた後、祭壇の遺跡のある小島では複数の影がうごめいていた、そしてなにやら小競り合いがおきていた。
 祭壇の遺跡の中央に横たわっていた白い衣装の男がいきなりおきあがると、周囲にうずくまり、あるいは横たわったままになっている人影に狂ったように襲いかかったのである。時ならぬ騒ぎは小島の岸に停泊していた大型船から屈強な数人の男達が駆けつけて、騒ぎの元凶の男を無理やり取り押さえることによって収まった。
「やれやれ、気がふれてしもうたか…これではものの役に立たぬ」
白のフード付のすその長いローブを纏った長身の男がいまいましそうにつぶやく。
「総大主教睨下、儀式はまちがっていたのでございましょうか」
おずおずとした声が周囲につめかけた白いフード付のローブを纏った一団の中からあがると、不安と不信のさざめきがあたりにひろがっていく。
 次の瞬間あたりを威圧する荘厳な声が長身の男から発せられた。
「ものどもよ、見たであろう、神の御意志が光の柱となりて立ち昇った瞬間を我らの儀式は成った。今宵は全世界が記憶すべき日となろう、我らの光の奇跡を世に喧伝せよ」
長身の男の一喝に近い語りかけに、数十人が百人以上のいつのまにそれだけいたのかという数の白フードの集団を一斉に拝跪させた。

                                

 時同じ頃、サウザンイースト大陸西部の海岸の沖合いにある、周囲を切り立った断崖に囲まれたフラート中陸島よりは一回り小さく、島のほとんどが丘陵と山岳地帯で構成されるヴァスター島にある聖エクセア教団奥の院はにわかに慌しくなっていた。
「総大祭主睨下大変でございまする」
黒いローブを纏った年老いた司祭が呼吸をはずませて叫ぶ
「なにごとぞ、この世に慌てることはなにもない、明日からは戦がなくなる、我らはより一層ヴェスターランドの平和を祈り、なすべきことをなすまでじゃ」」
ヴェスターランドの魔法魔術と古代からの英知を守り続けてヴァスター暦の3993年間、それよりも数百年前に古代の大賢者聖エクセア師がこの地に図書館と学校と教団を設置して初代の総大祭主となった。それから376代目の総大祭主エクセア・ポッター\世が奥の院は賢者の間の隣室の自室で祈祷書と門外不出の魔法大全の魔法陣図の研究を中断する事件の報告は、この会話からはじまった。
「総大祭主睨下、何者かが神魂の儀式を執り行いましたぞ」
呼吸をととのえ搾り出すような声で年老いた黒いローブの司祭が報告をする。
「!!?!!」
温厚篤実にして沈着冷静でヴェスターランド中に知られる大賢者にして、篤い信仰の対象となっている聖エクセア教団376代目の総大祭主は、座していた由緒ある歴代総大祭主愛用の玉脚から立ち上がり絶句する。
ようやくのことで出た一言は
「それはまことか」であった。
しばらく茫然自失の時がながれ、よろめくように玉脚に着座すると
「いったい、何者が何の目的でこの時期に神魂の儀式なぞを…本来なれば2年後にヴェスターランドの全ての国家元首貴族諸侯立会いのもとに2箇所同時におこなわねばならぬに、それにあの儀式は並みのものにはできぬ…2箇所同時にできるものがおったのか…」
と声にならぬうめき声をあげる。
「総大祭主睨下2箇所ではござりませぬ、今宵反応がありましたのは北の祭壇だけでございます。儀式を行った者は何者かは不明ながら、能力はあっても秘儀の全てを知悉していたとはいえないよしにございますぞ」
「ふむ、するとスピリアルナイトがその場で再臨したわけではないのだな」
「御意。封じられていた神魂がいずこへか飛び去りました、再臨あれば光は証として祭壇に灯されたままになりまするが、灯された形跡はございませぬ」
「するとノーススピリアルナイトにふさわしい者がまだこの世におらぬということぞ」
総大祭主エクセア・ポッター\世が考え込んでしまう
「総大祭主睨下、古代秘儀書によれば再臨なれば光輝くとありますれば、北の祭壇を監視して光が現れればノーススピリアルナイトが再臨したとわかるのではありますまいか」
「ふむ、そなたの言が正しかろう、鳥の目を派遣し北の祭壇を監視するのじゃ、せっかく平和になり、千年の災厄に立ち向かおうというときになんたることか…それと南の祭壇の神魂の儀式によって再臨するサウススピリアルナイトの候補者を大至急招請せよ」
「はっ、総大祭主睨下さっそくとりはからいまする」
「それともう一つじゃ、総大祭主勅令書を全ての国家元首に送付する準備もじゃ」
「総大祭主勅令書でございますか」
黒いローブをまとった司祭の年老いた顔が緊張のためにひきつる。

   
大平原とタートルロックの春     © きょうこ

 試練の洞窟

 光はさまよっていた、英知と勇気と正義を備えた若者を求めて…封印が無理やりこじあけられるのを感じたが、光のよりどころとなるだけの器がそこになかったのである。天高く舞い上がった光(神魂)が見出したものは人間がノーザンウエスト大陸とよぶ大陸島の西部にひろがる大平原の中央にある通称タートルロックと呼ばれる黒い玄武岩の巨岩であった。
 長年の風雨にさらされ風化によりゆがんできているとはいえ、一辺1ガルノール(1キロメートルと同じ)の正六角形をかたちづくっていた。この巨岩は、正六角形の形もさることながら玄武岩の単体の結晶そのものであるという地質学の奇跡であった。いつごろから大平原の中央に存在するのかは不明であるが、巨大さと形から聖なる岩として信仰の対象とされており、内部には試練の洞窟も存在していた。
 標高100ノール(100メートル)であるが氷山同様に大地に埋まっている部分が900ノールあるために全体としては一辺1ガルノールの立方体といえなくもない。大地を這う巨大な亀のようにも見え、上から見たときにほぼ正六角形をしていること、亀は忍耐と繁栄をあらわすめでたい生き物というところからタートルロックと称されるようになったと伝えられている。
 本来は地質学的には玄武岩であることと、六角形を意味する古代語の玄武から玄武神岩という正式名称があり、ノーザンウエスト大陸の別名の玄武大陸島の名称はこのタートルロックの正式名称に由来する。
 タートルロックを信仰の対象とする宗教は、タートルロックがなまりタロット聖教と現在は呼ばれている。いつごろからかは不明ながら、五穀豊穣を祈る農民達と古来より山岳や巨石を崇拝する山岳密教が合体してタートルロックを御神体として崇めるようになったといわれている。
 ヴェスターランドにおいてはクリスタルファイア聖教・グリューネワルトクロス聖教・四神獣聖教の三つとあわせて四聖教と呼ばれ。四聖教あわせて、全人口の半数を超える多数の信徒を擁する。その他の民間信仰は1000以上存在しているが、きちんとした宗教教団の形式を持つものは50程度しかない。
 このタートルロックとして民間信仰の対象にもなっている玄武神岩には試練の洞窟があるが、ヴェスターランドには試練の洞窟と公式に認定されている洞窟が15存在する。そのほかにも規模の大小はあるが、試練の洞窟に準じた扱いの洞窟が108箇所準公認の洞窟として全世界に点在している。
 さらに、未確認や未公認の試練の洞窟もどきも1000近く存在するが、その多くはただの洞窟だったり、山賊やはぐれ魔術士やはぐれ召喚魔獣の隠れ家であり。冒険と称して隠された財宝あさりをする盗賊まがいの軽率者の血や命をすすることが多い。
 そもそも試練の洞窟とは王侯貴族が貴族としての証をたてる場所である。本来はただの洞窟や塔や地下迷宮の遺跡なのであるが、出入り口に結界があり、特定の人間にしか反応せず。反応しない人間は入れないようになっている。
 特殊な事例をのぞいては、魔物はいないのであるが、一番奥までは誰でも入れるわけではない。誰がいつの時代にこのような仕掛けを施したのかは、いまだに解明されていない。わかっていることはヴァスター暦の始まる900年前、アカシア暦の100年頃には存在が確認されており。そのころから王侯貴族達が自分自身が貴族たるにふさわしいか証をたてるために使われていたということが、聖エクセア教団の図書館の古文書や現在ブレードニア帝国の帝都プロージットよりさらに南の山岳地帯にあるヴェスターランド最古の図書館遺跡アレキサンドリア・レコードの碑文にも記されている。
 ヴェスターランドの2つの大陸に挟まれた大洋を太平洋と称するが、この太平洋のほぼ中心にあるラグナロック島は三つの著名な試練の洞窟があることで知られている。
 実は試練の洞窟最古の洞窟はタートルロックにあるのであるが、規模的に複雑さと巨大さが群を抜いているのがラグナロック島の洞窟である。ラグナロック島の試練の洞窟は深さ17階層の「遺跡の洞窟リナーク」そして深さ16階層の「氷の洞窟フューリエン」さらに最も広く権威がある深さ18階層の「王墓の迷宮カーリアス」であり、ヴェスターランド上級試練の洞窟三傑と呼ばれ尊崇を集めている。
 試練の洞窟の試練はまず結界を通れることが先決である。結界を通り抜け次なる試練は、洞窟や迷宮内の指定された場所に置いてある宝物多くは武器を持ち帰ってくることである。試練の挑戦者によっては、入り口は通れたけれども。ある一定の場所までしか入れないということが、入り口は通過できてもおこるのである。複数の試練の洞窟に入れるが浅い階層にしか行けない者や。一つの試練の洞窟しか入れないが、最深部にまで行けて全ての階層の全ての部屋に行ける者が出るのはあたりまえのことになっている。
 奥までの、いくつかある結界を通り抜けられる素質については、古来からの研究によって。勇気や武力の実力に比例するということが一応知られている。奥へ入ることができればできるほど勇気があり、剣や武器を扱う腕前も一流であるという証明になるのである。
 ただし、例外は存在し、それほど武術の達人でない者が洞窟の最深まで到達できるケースもある。多くは魔法のレベルや様々な知識の量に比例して奥まで入れるらしいといわれている。
 また、貴族の生まれであっても、試練の洞窟の入り口が通過できずにその地位を失ったり。家名と自分自身に対する羞恥心から自決するものも少なくないのは事実である。逆に貴族でもない平民であっても、試練の洞窟の結界を難なく通り抜けてしまえるものも数多い。
 試練の洞窟自体が本来何のために存在しているのかはわかっていない。いかなる基準で入り口の結界が通す人間を選択しているのかは今なお謎のままである。単なる貴族達の肝だめしの場所ではないはずであるが、実際には召喚魔法で魔獣を呼び出せる貴族の魔術師に洞窟内で魔獣を召喚させて、挑戦者と戦わせたり。平民の挑戦者を減らすために試練の洞窟に挑戦させて、その中で魔獣に襲わせたという話しも枚挙にいとまがない。

   くう〜ん

 考古学者

 700年ほど前にラグナロック島の孤島の遺跡群と呼ばれる複数の洞窟遺跡の壁画に新発見があり。何よりも島中央付近に謎の魔法陣が発見され、ラグナロック島だけではなく各地の試練の洞窟の存在意義が解明されかけたが、戦乱と戦乱以外の何かの力によって解明されないままに、無責任なうわさだけが一人歩きするようになった。各地の試練の洞窟は真の姿ではなく古代の財宝を隠す隠れ蓑であり、どこかに結界の効果を消す紋章と魔法陣があるというものである。
 ヴェスターランドには古代から今日にいたるまで存在する魔法の種類は、特殊な波長の音や意味を持った祈りの言葉、俗に音魂による呪文魔法。符術と称される特殊な意味と効果を持つ文字と図形や絵による紋章魔法。大掛かりな準備と術者にも相当な能力を必要とする魔法陣の儀式魔法の3種類に大別される。
 魔法効果は、癒し・防御・攻撃・魔獣召喚・封印・その他の6種類に分類されており、呪文魔法・紋章魔法・儀式魔法のすべてに6種類の魔法効果がある。ただし、魔法陣による儀式魔法は効果が絶大なためにほとんどが禁呪であり、術者に多大な負担と能力を強いるためにおいそれと行うものはいない。
 ただ、悪しき誘惑にかられて密かに執り行うものは後を絶たず、失敗のつけは大きい。ヴェスターランドには本来存在しないはずの魔物や魔獣が人里はなれた洞窟や遺跡に少数ながら生息もしくは繁殖している理由は、儀式魔法の召喚術の失敗によるものである。ほとんどが黄金の卵を産むという幻獣の金鵄鶏や黄金のありかを探り当てるといわれる手のひらに乗る小さな犬のアイフリードドッグを召喚しようとして、バジリスクに石にされてしまったり。ヘルグリフォンに焼き殺されてしまうという無残な結果に終わっている。
 召喚術ではないが、儀式魔法の失敗例の最たるものは、およそ800年前ブレードニア帝国の急激な勃興と領域拡大に対抗しようとした、かつてのヴェスターランドの覇者ローディア帝国最後の皇帝エルウィン・ヨーゼフ12世が自ら執り行った儀式魔法である。
 この儀式魔法はローディア帝国の帝都フューザンを廃墟と化させ、帝都の住民ことごとく生ける屍ゾンビと化し、皇帝自身も未だに現世とあの世の境を彷徨い続けているといわれている。このとき行われた儀式魔法は不死の兵士を作り出そうとしたものと伝えられているが、結果は無残のきわみであった。この後ローディア帝国は急速に解体され、ブレードニア帝国の覇権が確立されていく。
 旧ローディア帝国の帝都フューザンは、現在もヴェスターランドの三大魔法教団である聖エクセア教団・ジェルリバー聖堂教団・聖モードキア修道教団が合同で設立したドライグロス聖堂騎士団と、そのほかにも魔法省や魔術ギルドも共同参加して封印と何人の立ち入りをも禁ずる封鎖地として管理している。
 800年前のフューザンの悲劇はフューザンの悪夢と呼ばれ、事態の収拾に実に1世紀100年という時を必要とした。旧帝都からあふれたゾンビの群れは、無辜のローディア帝国の民に襲い掛かり、戦場においても敵味方の区別なく襲い掛かり。襲われたものもまた生ける屍として戦場を彷徨い、新たな犠牲者を生み出すという悪循環におちいった。
 一時はヴェスターランド全域で休戦協定が結ばれ、三大魔法教団と魔術士達と騎士達によるゾンビ討伐隊が30年かけてゾンビ達を旧帝都フューザンの廃墟に封じ込めると、再び戦乱の世に逆戻りしてしまう。
 完全にゾンビを処理封印するのには、さらに80年近い歳月を要したのである。完全にと言われているが、人知れぬ山奥の洞窟や地下迷宮に仮封印されて、仮封印した術者に忘れられたり。術者の死亡などにより、今日まで洞窟内を彷徨いつづけているゾンビも存在しているのは公然の秘密である。
 なかにはこのゾンビの封印された洞窟を利用して変わった事をする秘密ギルド結社もあるというが、これは別の話である。
 このとき脚光をあびたのが紋章魔法である。紋章魔法とは魔法効果を物質に封印したものでもあり、古代から御守りや御札や幸運を招く縁起物のタリズマンとして存在してきた。
 気配もさせずに突如として現れるゾンビは、熟達の魔法使いや魔導師さらには騎士や聖騎士といえども不覚を取ることが多く、ゾンビの毒よけとして脚光をあびたのが紋章魔法である。
 体に直接呪文を書きつける方法以上に紋章魔法そのものを体に封じ込めてしまう方法は、より効果をあげられることが従来より知られていた。
 フューザンの悲劇は一般庶民にも文章魔法の存在を知らしめて、紋章を自らの体に封印を希望する者が続出した結果。紋章師というあらたな魔法職とギルドを誕生させて今日にいたっている。
 ちょうどこの休戦協定の結ばれて10年たった頃。フラート中陸島のほぼ全域を支配するようになったフラート自由都市同盟出身の一人の考古学者が、ラグナロック島の孤島の遺跡群を調査していて不思議な壁画を発見したのである。
 考古学者は晩年に壁画の分析からラグナロック島の中央部付近で、大掛かりな魔法陣を発掘することになるのであるが、時悪しく世界は魔法陣を使った儀式魔法の悪夢の只中にあり。彼の発見は時の権力者達や三大魔法教団の圧力によって闇に葬り去られてしまうのである。 そして…彼の書き遺した記録は600年の時を超えて、フラートに生まれた、ある人物の手によって息を吹き返し、野心のための道具となろうとは考古学者も夢想だにしなかったであろう。考古学者にとっては正確な記録が後世に伝わることこそ本望であったことは想像に難くない。

 

 尊き血

 ヴェスターランドには現在、「ブレードニア帝国」・「聖フラート自由都市同盟」・「ファーイース群島国家連合」・「シード・ハイランド連合王国」・「ノーザン・ハイランド共和国」・「聖ホワイトタイガー連合騎士団」・「フォーリア自由諸侯連合」・「バーラト共和国連邦」の8大国家が存在し。そのほかにも王国や自治都市や帝国内の自治領、大小の独立貴族や騎士団。自由民の共和制による自治区域が200以上も存在している。さらに魔法関係のギルドも独自の自治権と権利を有し、本来は魔法ギルドといえなくもないが、大賢者と偉大な功績のあった個人や自然の崇拝物を対象として発生した宗教教団が精神的にヴェスターランドを支配しているといえるのが三大魔法教団と四聖教である。
 三大魔法教団と四聖教のなかで唯一独自の領土と騎士団クラスの規模とはいえ、本格的な軍隊を所有するのが聖エクセア教団のみである。設立された古代の中ごろからヴァスター暦がはじまった3993年前より永世中立を宣言し、聖エクセア教団領であるヴァスター中陸島に侵略するものは神への反逆者とされている。
 中世に禁を犯して侵略した貴族と騎士団が聖エクセア教団直属のヴァスター聖堂騎士団に撃破された上に三大魔法教団と四聖教全てから破門となり。当時のヴェスターランドの覇者ローディア帝国の皇帝ラインハルトV世とまだ連合王国ではなく大平原のシード王国の国王イークオZ世の連合討伐軍により討伐され。侵略した貴族と騎士団の一門はことごとく誅殺のうえ領地は近接する国家や貴族の領土として併合された。
 信仰としては全ヴェスターランドを支配しているわけではないが、聖エクセア教団は国家クラスの特別な位置づけがなされているのである。
 魔法魔術に関係する各国の法令の統括管理をおこなう各魔法ギルドの総元締めともいえるのが通称魔法省と呼ばれる魔法魔術ギルド連合組合であり。魔法魔術に関係する利害調整と犯罪の審判を行う最高聖法院も聖エクセア教団のあるヴァスター中陸島に本拠を置いている。
 現在のヴェスターランドを統治する国家や宗教教団を支配し、試練の洞窟で証を立て、貴族として認められている支配階級に属する者は王族が300名余。軍人だけでなく、高級官僚や高位聖職者をあわせた貴族諸侯が4700名余。さらには軍人としての騎士だけではなく、騎士の称号を持つ魔術士と豪族があわせて14000名余存在している。
 あわせて2万人近い王族と貴族に下級貴族としての騎士がいるが、少数の例外を除いてこの数には入っていないものの、やや多い2万人強におよぶ貴婦人がいる。貴婦人とは王族や貴族や騎士さらには平民といった出身は問わないが、試練の洞窟の結界を通ることができる女性の敬称である。
 公認されている15ある試練の洞窟だけではなく、準公認になっている108の試練の洞窟の結界を通ることができれば、女性の場合は貴婦人として身分に関係なく遇されることになっている。
 少数の例外になっている女性貴族であるが、男子の後継者がなく、しかも公認の試練の洞窟の結界を通ることができて女当主となっている者と出身身分は問わず、俗に御転婆ゆえに公認や準公認の試練の洞窟に挑戦し。騎士に叙任されている…させたというのが正しい表現の者は貴族の場合は伯爵であれば伯爵夫人、騎士であれば騎士夫人と独身の場合にのみ爵位と騎士号をつけて敬称されている。混乱を避けるために貴族と騎士の配偶者は単に爵位と騎士号を省略して家名に続けて貴婦人と呼ばれる。例えばブルゴーニュ侯爵の配偶者の貴婦人の場合は、ブルゴーニュ貴婦人という具合である。
 また、貴族に生まれても試練の洞窟の結界を通過できず平民に身を落とす者は男女問わず多く、男の場合は自決するか、才能があれば下級官吏や兵士になるか魔術教団などの修道士として一生を終わる者が多い。女の場合は地域の豪族の配偶者として政略結婚や養女になれれば運がよいほうであるが、その多くは盛り場のあだ花として消えていく運命が待ち受けている。
 貴族の場合、試練の洞窟で証をたてられない、結界を通過できないということは血統を絶やしてしまうことに直結し。貴婦人以外の女性あるいは貴族以外の配偶者は確実にその生まれる子は試練の洞窟で証をたてることができないという冷徹な事実がある。古代よりの経験的な遺伝学の知識により、貴族達の結婚相手はかならず貴族か試練の洞窟で証を得ることができた貴婦人のみなのである。
 試練の洞窟は複数あるが、一つ通過できても他の洞窟は通過できないというケースがよくあり。一箇所の洞窟の結界を通過できなくても他の洞窟の結界は通過できるというケースはあたりまえになっている。
 そのため、証の巡礼として試練の洞窟をわたりあるく貴族も多い。証を立てられない者は結局準公認の108全てをまわったところで立てられないのである。往生際悪く何十年も試練の洞窟巡りをしている貴族の息子や娘達は現代でも100人以上いると言われ、平民達の哄笑の的になっている。できの悪い子ほどかわいいのは何処も同じで、親の貴族の持たせる金遣いも荒いために無意味な巡礼ということで、道化師の巡礼と巷によばれ、いいように金をまきあげられている。
 おおむね騎士も含めて一つの試練の洞窟で証をたてられれば二箇所は証をたてられるが、まれに五つ以上の公認の洞窟で証を立てられる者が出現する場合がある。古代からの記録からも五つ以上証を立てられた者はファイブスターと呼ばれ。貴婦人以外の女性と子を成してもその子も貴族として証が立てられ、平民上がりの一代の貴婦人であっても数代にわたり確実に子孫は貴族としての証を立てられることが証明されているために男女問わず五つ以上の洞窟で証を立てられた者は婚姻相手としてひっぱりだこであった。
 特に跡取以外の次男と次女や末っ子で五つ以上の証を立てることができた息子や娘を持つ貴族や騎士は有力貴族との婚姻関係により。優位な立場を得られることから息子や娘達の洞窟巡礼には金を惜しまなかったものである。
 もっとも五つ以上証を立てられる者は、そうそういるわけでなく。100人に一人いるかいないかであり、10年に一人でるかでないかというのが実際である。
 長引く戦乱のために中立地帯であるラグナロック島はともあれ、証の巡礼も容易ではない。ラグナロック島の洞窟は上級試練の洞窟三傑と呼ばれるだけあって、難易度は高く、どれか一つの洞窟で証を立てられれば御の字である、ごくまれに100年に一度くらいはラグナロック島の三つの洞窟全てで証を立てられる者がいるが、古代からのよほどの名門か時代を風靡した英雄豪傑ぐらいのものである。
 もっとも現在のエクセア教団の総大祭主エクセア・ポッター\世のように平民の出身で武人でもないのにラグナロック島の三つの洞窟全てで証を立てられ、洞窟の最奥まで到達できるという希有のケースもある。エクセア・ポッター\世は、人となりと賢者としての学識だけではなくラグナロック島の三つの洞窟全てで証を立てられた者、トライスターの中でもきわめつけのゴッドトライスターとしても尊崇を集めている。

        

 幻獣王

 ヴェスターランドは三つの大陸島と四つの中陸島とラグナロック島のような大小さまざまな島が1000はあるといわれ、特に島が密集して隣接しているファーイース群島には半数以上の島が集中しているといわれる。
 また太平洋の航海の難所ともいわれ海賊達の本拠地になっているといわれる岩礁地帯もある。気候は温暖であり、春夏秋冬の季節が巡り。北半球地域と南半球地域では北半球が春のときに南半球は秋と逆になっている。植物の種類は豊富であり、赤道地域から南北の極地方までさまざまな植物が繁殖している。
 動物は大型肉食獣としてベアー(熊)・タイガー(虎)・ウルフドッグ(狼犬)・ドラゴン(竜)の四種がヴァスターランドにおける自然界の雄であり、そのほか牛・馬・羊・豚などの草食獣系の家畜や鹿・狐・リスなどの小動物が存在し、鳥類も豊富である。海は魚類が豊富であり、鯨やクラゲなどの巨大系の生物が多く、実態は必ずしもわかっているわけではない。
 ヴェスターランドの自然界には自然の動植物以外に本来はいないはずの魔獣とよばれる生物がいる。魔獣には3種類あり、幻獣・魔獣・魔物と一応区分がされている。魔獣というのは本来の自然のなかで生息してる動植物に魔法や薬で変化をおこさせて巨大化させたり本来ないはずの毒や角や凶暴性を増幅させた存在であり。
 アメーバーやクラゲなどの可変性の軟体動物を巨大化させたり毒性を持たせた魔獣がよく見かけるポイズンスライムであり、凶暴性が増幅され肩の部分にまで角が生えているマッドベアーなどかそうである。
 魔獣が生み出された背景は古代から戦の絶えないヴェスターランドにあって。戦力不足に悩む小国が、戦力の足しにしようとして魔術士や薬草学者に研究させて実用化しようとした存在である。
 ところが、もともとが自然界の獣である。変化を起こすことは比較的容易でも制御がままならず、脱走したものが繁殖したり、突然変異をおこして種類はけっこう存在している。スライム程度であれば一般庶民でも撃退可能であるが、マッドベアーともなるとそこそこの腕前の騎士でもないと手に負えるものではない。
 召喚魔法が発達したのは制御できない魔獣をむりやり利用しようという人間の我欲であり、我欲が邪気を呼ぶためか未知の魔獣がときおり召喚され、思わぬ犠牲とあらたな居候をヴェスターランドにもたらしている。この代表例がヘルグリフォンやゴブリンである。
 よくわかっていないのが魔物である。魔物は幽霊やポルターガイスト現象等のオカルト現象や人間の怨念の産物が実体化したものであるとされているのと、別の次元の魔性の生物が召喚などで呼び出された存在と言われている。念あるいは魔法によって擬似生命を吹き込まれた物体や死体も魔物に分類されている。魔物として有名なものがドッペルゲンガーやナイトメアやゴーストでありゾンビである。
 生物でも魔物でも魔獣でもない不思議な存在が幻獣である。古代から幻獣は存在しており、人々に幸福をもたらす神からの使者とされている。聖モードキア修道教団が管理する図書館アカシア・レコードの古代からの秘蔵書「幻獣大全」によると、人間がまだ洞窟で火も知らずに生活していた太古の原始時代。人々の幸福を願う祈りや空想が幻獣を実体化させたと伝える。
 そのため幻獣には優しい優美な姿をしたものが多く、癒しの力、豊かな実りと幸福を授ける霊力を持っている。現実に働いてくれたり宝物のありかを教えてくれる幻獣も意外と多くの種類が知られている。
 幻獣の多くは大掛かりな魔法陣による儀式魔法による召喚によって出現するが、ヴェスターランドの人知れぬ山奥や絶海の孤島にも生息しているといわれている。中には姿を見せるにふさわしいか、主人たるにふさわしいと幻獣が認めた人間の前に祝福と共に現れたり、生涯忠実に仕えるという。
 幻獣として有名な存在はホワイトドラゴンである。ところで、ヴェスターランドには、もともとの自然界の生物としてドラゴンが存在している。冬になると冬眠してしまうので巨大な爬虫類であることが中世に研究者により明らかにされ、幻獣のドラゴンとは全く違う生物であることがわかっている。
 幻獣は幸運をもたらす守護幻獣と実際に働く労作幻獣の2タイプにわかれ、前者の代表格がホワイトドラゴンやユニコーンやエルフ、さらに小さいがフェアリーであり、後者の代表格がホワイトエレファントやドワーフやコボルトである。金の卵を産む金鵄鶏や黄金のありかを探り当てるといわれる手のひらに乗る小さな犬のアイフリードドッグは守護幻獣に分類されている。
 世の中信じられないような事実というものもあり得るもので、めったにお目にかかれない幻獣が群れをなして棲み着いている場所がヴェスターランドには存在する。もっとも幻獣に会う以前に多重の結界が存在するために貴族といえどもおいそれと入れる場所ではない。
 存在すること自体が奇跡と言われている最古の試練の洞窟がある玄武神岩、通称タートル・ロックがそうである。タートル・ロック内部にある試練の洞窟は7層になっており、証に使われるのは6層目までであるが、最深部の7層目にはホワイトエレファントの群れが棲み着き、さらに奥にはキングホワイトエレファントが大地の守護神の如く鎮座しているという。
 6層目まで入れる者もなかなか存在せず、普通はよくて3層目までが限界である。5層目と6層目の奥にもドワーフやノームやコボルトといった労作幻獣が棲んでいる。この幻獣達に会うことができる上に忠誠までされている人間が幻獣王であり、代々のシード国王がその人である。なぜ一介の人間の一つの血統にこれほど多くの幻獣達が仕えているのか…
 それは遥かな古代ヴァスター暦の始まる500年も前にシード王国の太祖イークオT世の誓いにはじまる伝説であり、すでに神話にすらなっている伝承である。その伝承はシード・ハイランド連合王国となった現代でも春分祭の出陣の儀とよばれる、当代の王が忠誠を誓われた幻獣達を引き連れて行進する儀式によって再現されている。その行進はシード家の栄光と武威をヴェスターランド中に知らしめる役割もはたしている。シード家の治める領域を侵犯する者に対して幻獣達がシード家の兵士達や同盟する貴族諸侯と共に戦い、守り抜いた事も古代から中世を経て現代に至るまでに一度や二度ではない1000以上の事例が歴史として刻まれている。
 幻獣達と優秀な臣下に守られ、以来実に4500年も続く名家がシード王家である。既に400人を越える代々の国王がいるわけであるが、イークオと呼ばれる王は現在のイークオ12世まで12人しかいない。
 400人中の12人のイークオは7層の最深部に鎮座する幻獣ホワイトエレファントの王であるキングホワイトエレファントの忠誠を受けることができた王なのである。
 シード王家の男子は、成人まで幼名がつけられるしきたりとなっている。16歳の成人の誕生日にタートルロックの試練の洞窟の5層にある王者の間で幻獣達の選択の儀式を受ける。このときに6層に続く継承の間への魔法陣が現れれば王位継承権が与えられる、魔法陣が現れなければ臣下の貴族になる定めである。
 王位継承権が得られても幻獣達に忠誠を誓われなければ、公爵号を与えられて王族としては遇されるが即位はできない。この厳然たる儀式の存在が、シード王家が王位継承権を巡って対立して他国の介入を招いたり、血で血を争う権力闘争と無縁で4500年もの長きに渡って血統と王国を維持できた最大の要因とも言える。
 実際4500年もの間連続して血統を今に伝えている王家は、ヴェスターランド広しといえども数家、ファーイース群島国家連合を束ねるアマテラス神皇家やロアール皇国のロアール家など片手の指の数にも満たない少数である。
 かくして幻獣達の忠誠の質と量によって代々の国王の名は変わるのである、とりあえず六層まで降りて、ホワイトエレファントだけではなく、ドワーフやノームなどのいずれかの幻獣の忠誠が受けられれば、先代の死去あるいは隠居により即位することができる。名前は成人の日に幻獣の忠誠が得られれば自由に自分で名乗ってよいことになっているのであるが、おおむね先例を踏襲して決まりきった名を名乗ることが多い。
 その中でも襲名条件がキングホワイトエレファントの忠誠である最高の名誉ある名前がイークオである。
 幻獣ホワイトエレファントには厳然たる階級があり、キングホワイトエレファントを筆頭に次いでクイーンホワイトエレファント。王族格のプリンスホワイトエレファントとプリンセスホワイトエレファントが各1頭おり。貴族格としてホワイトエレファントアール(伯爵)が2頭、ホワイトエレファントバロン(男爵)が3頭、ホワイトエレファントマーシャル(元帥)が1頭とホワイトエレファントジェネラル(将軍)が2頭いる。
 騎士格としてホワイトエレファントナイトが200頭おり。中でも千騎長と呼ばれるホワイトエレファントナイトは5頭のみ存在する。その他にあわせて600頭ほど雄と雌のホワイトエレファントがおり、名だたる存在として知られるホワイトエレファントとしてはホワイトエレファントゲートキーパー、ホワイトエレファントジョーカー、ホワイトエレファントソーサラーなどが存在する。
 ホワイトエレファントの幼獣としてベビーホワイトエレファントがおよそ100頭存在するといわれているが、正確な頭数は知られていない。
 古代よりタートルロックには、合計900頭余ののホワイトエレファント一族が棲んでいることが知られているが、ホワイトエレファントでも名だたる幻獣に忠誠を誓われるのはなかなか難しいのである。
 なかでも5頭いる千騎長と呼ばれるホワイトエレファントナイトの全ての忠誠を得る事ができたのは、イークオの名を冠した幻獣王といえども初代T世と中世のZ世と当代の12世の3人きりである。シード王家代々の400人を越える王達といえども、ホワイトエレファントナイトクラス数頭に忠誠を誓われれば御の字だったのである。ましてや全てのホワイトエレファントに忠誠を誓われたのは後にも先にも初代イークオT世だけである。
 本当にごくごく稀に臣下でホワイトエレファントのいる7層まで入れ、ホワイトエレファントに忠誠を誓われたケースも4500年の間には6人の先例があり。一人は古代にイークオX世として即位したケースもある。忠誠を誓われないまでも臣下で7層まで入れたケースも少なく、4500年間でやっと50名を超えたくらいである。臣下の例で特に有名なケースは、中世の初めの大争乱の時代に戦闘で瀕死の重傷を負ったホワイトエレファントアールのリンデンバウムの命を救った平民の少女カーリアが招き入れられ、貴婦人となったカーリアの奇跡がある。彼女の生んだ男の子は豪傑として名高い存在となり。伯爵にまで叙され、家名をリンデンバウムとし、リンデンバウム家の当主が代替わりした翌年の春分祭には必ずホワイトエレファントアールのリンデンバウムが現れ、新しい当主を祝福することが現代まで続いている。
 王位継承権は得られたが、幻獣達の忠誠はがないままに7層に入ることのできたシード王家の一族ですら千人に満たないのであるから、臣下で7層に入れる事は非常に名誉なことであり、カーリアの奇跡があるとはいえリンデンバウム家のような事例は生きた伝説となっている。

 

光来たりなば

                              1

 シード・ハイランド連合王国の国王の私的サロンを兼ねた貴族専用の拝謁玉座の間には人影が増えていた。国王イークオ12世の玉座の周囲には大蔵卿のネイザン子爵の他に。国王の妹であるサーオウ公爵夫人と千騎長で王都警護の司令官を務めるリンデンバウム伯爵が談笑していた。
突然イークオ12世の玉座の下から飛び出した小さな影がふたつ転げるようにして玉座の間の入り口のほうへ向かっていく。イークオ12世は慣れたものであるが、他の三人は流石に少し驚き、間を置いてネイザン子爵が
「どうやら勤番交代報告が終わったようですな」
と独り言を言いながら、もう一人分のティーカップを用意しはじめる。
「あら、あら、チビちゃん達が騒ぐということは、あの子ね」
とサーオウ公爵夫人も玉座の間の重厚な樫の扉の方を見やる。
扉が軽くノックされ、若い軽武装の騎士が2匹のアイフリードドッグの歓迎を受けながら現れる。
「さすがにファイブスターともなると幻獣からももてるの」
とイークオ12世が半ば苦笑しながら再び玉座の間に現れたファインに温かく声を賜る。
「ファイン千騎長、そなたの席はわらわの隣りぞ、はよう参れ」
と、かたわらからサーオウ公爵夫人が満面の笑みを浮かべつつファインを手招きする。
思わぬ呼びかけに戸惑いながらも、若き騎士ファインが先輩でもあり上官でもあるリンデンバウム伯爵に騎士同士の会釈礼をさりげなく送る。
 こちらも会釈礼を返しつつ、『律儀なことよの』と内心微笑しつつも外見的には威儀を正すリンデンバウム伯爵である。
 ファインが戸惑いながらサーオウ公爵夫人に指し示された、イークオ12世と公爵夫人の間におかれていた背もたれに葡萄唐草文様の入った年代もののイスに腰掛けると、ネイザン子爵がサーオウ公爵夫人の席の左手前の小型のコンソールをこころもちファインの方へずらして手ずから淹れた紅茶を給仕する。恐縮するファインに
「ファイン殿も明日の春の叙勲でいよいよ千騎長ですな、お祝いを申し上げますぞ」
とネイザン子爵がお気に入りの甥っ子をながめる叔父のような視線を送りながら語りかける。
「若輩の身ながらありがたき幸せに存じております、戦乱も明日から収まりますゆえ、王国の安寧を守り陛下に忠誠と臣僚の皆様にも教えを請いながら精勤してまいる所存です」
とファインが若者らしく頬を少し紅潮させて言うと
「よいよい、そなたは生真面目すぎる、もそっと気楽にせよ」
と隣りから笑顔のサーオウ公爵夫人がファインの肩をぽんぽんたたきながら、ますますファインをとまどわせる。
 国王の玉座の横から二匹のアイフリードドッグがファインを愛くるしい目で見上げている。御転婆な妹とアイフリードドッグがファインにまとわりつく様子を半ば苦笑しつつも眺めていたイークオ12世がふとファインに
「春分祭が終わってからになるが、平和にもなるし、そちの武勲とこれまでの実績から余が思うことがあるのじゃが、トライスターに挑戦する気はないかの」
とやや真剣なまなざしで問うと、瞬間その場の全員が驚く。
その場の全員の気持ちを代弁するかのようにリンデンバウム伯爵がせきばらいをしつつ
「陛下のおっしゃりようはファイン百騎長、明日からは千騎長ですが、彼の武勲と現在ファイブスターである事に対する期待でありましょうか」
と問う。続けて公爵夫人が
「兄上いや、陛下は、ファインが上級試練の洞窟三傑ではフューリエン氷の証にまだ挑戦していないことへの期待もおありなのでしょうか、御自分のかわりに」
と少し揶揄まじりの声で問う。
「あいかわらず鋭いのう、エレオノーラ」
と妹をセカンドネームで苦笑混じりに呼び捨てるとさらに続けて
「確かに、余もラグナロックの試練の洞窟三傑に巡礼して二つしか証をたてることができなんだ、ファインはリナークとカーリアスは既に証をたてておるが、いざフューリエンに挑戦のときにノーザンウェストの馬鹿者が我が国境を侵すは、ラグナロックの沖合いではバーラト連邦艦隊と海戦までおっぱじめおってラグナロックにいかれなんだからのう」
とここで一息継ぐと
「余はもう歳じゃ、未来多き者に期待するのは当然のこと、それにな、ファインはトライスターだと余はにらんどる、それにトライスターが一国で同時に2人は帝国といえどもないからの、平和になるからには部下自慢をしたいんじゃよ」
となんともお茶目な事をイークオ12世が言い出し、当のファインも目を白黒させている上に、その場の雰囲気がわかったのか、アイフリードドックまできょとんとした表情でイークオ12世を愛くるしい四つの瞳で見上げている。
「お兄様、歳じゃというのは戯言がすぎます、まだ49歳でしょう」
と妹のサーオウ公爵夫人がまだ49歳のまだだけを強調してあきれたように言う。
でた、陛下のお茶目病とネイザン子爵とリンデンバウム伯爵が肩をすくめながらお互いに目を見合わせる。
場をとりなすようにネイザン子爵が苦笑混じりに
「よいお考えですぞ、このところ小競り合い続きで証の巡礼もままならなかったのですから、どうせなら王太子殿下もお連れして、他の貴族の子息や息女もお誘いの上参ればよろしいでしょう、その程度の費用は充分でますぞ」
とイークオ12世を見やり、リンデンバウム伯爵にアイコンタクトを送ると
「陛下、臣といたしましても、優秀かつ貴族の誉れと証の立てられる部下は多い方がよろしいと考えます。次の世代達の士気向上のためにもよろしいかと」
そこでせきばらいし
「陛下、陛下は当代の名君にして名将でもあられますが、歳じゃという口癖だけはどうかお控えられますように」
と苦言も付け加えるあたりは齢60歳の伯爵の貫禄というものである。

                               

 そのころバーラト連邦共和国の軍港メルカルトを出航した10隻ばかりの連邦艦隊が、ラグナロック島を目指して航行していた。バーラト連邦共和国はヴェスターランド南半球の太平洋西部に位置するバーラト大陸島をまるまる支配する国家である。
 かつてはヴェスターランドを実質的に支配したといえる覇者ローディア帝国の発祥の地であり、今は何人の立ち入りをも禁じられた封鎖地となりはてた旧帝都フューザンが存在している。
「ヤーン大将閣下、明朝は日の出の頃にはラグナロック島のグローリーブに到着いたしますぞ」
「ごくろうさま、フイッシャード提督」
と連邦艦隊副参謀長のフィッシャード海准将軍からの報告を連邦艦隊副旗艦ケアルの夜戦指揮甲板の見張り所に立ったまま受けるのは、バーラト連邦にその人ありと謳われる白兵戦の名将ヤーン将軍である。若干33歳陸上の戦闘だけではなく。海上の戦闘をも指揮できる希有の力量は、ファーイース群島国家連合の統括艦隊総司令官のヤムト提督をしてうならせるほどのものである。
「ふー、やれやれだなあ」
と薄暗い水平線を見つめ続けながらヤーン将軍がぼやくと
「国民主権の共和国だというのに政治家の正当性を貴族の証に求めるというのも変な話しですな」
とヤーン将軍直属の白兵戦部隊の参謀長ムーラ百騎長が憮然として言うと
「まあ、平民だからこそ貴族にあこがれるのだろうさ、それに外交的には貴族の証がないと一人前に扱ってもらえないしねえ」
と肩をすくめつつもムーラ参謀長や周囲の者達に向き直ると
 「貴族達の道化師の巡礼にならないだけ、マシさあ、一つ証を立てればいいことなんだからさあ」
と揶揄するような口調で言うと周囲から苦笑が漏れる。
「今ごろはプロージットでうちの大統領のおっさんが平和のための署名をしている頃だろうし、チャンバラするより子守りのほうがましださねえ」
とヤーン大将もなかなか口が悪い。連邦艦隊の今回のラグナロック島行きの目的は、ヤーン大将が子守りと表現したように、バーラト共和国連邦の平民による選挙で選ばれた政治家達が対外的なハクをつけるために試練の洞窟に貴族の真似をして証を立てに行く護衛である。ラグナロック島は中立地帯とはいえけっこう小競り合いはあるのである。
 戦闘に慣れている貴族や騎士達はいざしらず、平民あがりで、議場で乱闘騒ぎをやらかすくらいしか戦闘体験のない政治家達にとってはケンカ御法度の中立地帯ですら大仰な護衛が必要なのである。
 「んんんっ!?」
振り向いて進行方向の水平線を見やったヤーン将軍が小さく声をあげる、前方のラグナロック島の方角からまばゆい光が現れ、光点が大きくなり水平線をなぞるように水平移動を始め、中天を弧を描いてノーザンウエスト大陸島の西部をめがけて飛び去っていく。巨大な光の彗星の出現に声もないケアル夜戦指揮甲板に立ち尽くす面々であった。
 光は黒光りする玄武岩の巨岩を押し包もうとした、そして仮の宿りとしてとどまるために身を縮めようとした刹那、岩の記憶が岩の深奥から白い巨魁とともに出現するや光に語りかける。数瞬の語りかけが終わるや否や光は、英知と勇気と正義を備えた若者をめがけて駆け抜けた。

 

 スピリアルナイト再臨

                             

「殿下そろそろお休みの刻限でございますよ、あしたの春の叙勲の儀は殿下も重要なお役目がござりますれば、お寝坊されては困りますぞ」
「じい、もそっと、コレをやらしてくれい、いいとこなんだ」
シード・ハイランド連合王国王都ヘックスの中央に聳えるヘックスホースシュー城の王太子の間に隣接する私室では、王太子イルヒアイス24世。通称イル大公がヴェスターランドの貴族の子供達を夢中にさせているテーブルゲームに熱中していた。
 貴族の子供達を夢中にさせているゲームとはランドシャッフルと呼ばれる魔法の陣取りゲームである。内容は架空のいくつかの国々が描かれた地図をひろげ、国の数だけ用意された城のミニチュアが、各国の首都の位置に配置される。一つの地図には、決まった数の兵士と騎士と城以外の砦と町や村がセットになっており、最初に魔法ダイスによってランダムに地図上の各国に兵士や騎士や砦や町や村が自動的に配置される。そのあと兵力や町や村からあがる税収などの経済力をチェックして自分の国を決めて、周りの国を占領していくというものである。毎回ランダムに兵士や村などの配置が変わり、ゲームの中の国の国力も変わるために一度全ての国を占領して終わりというゲームではない。ミニチュアの兵士達が地図の上で自動魔法により擬似戦闘を行うわけであるが、地図に指定されている地形や兵士達の配置によっては負けてしまい、自分の国を失うという結果もあるため。なかなかにスリリングなゲームとして貴族の子供達に人気がある。
 戦略や戦術を学び、実践における陣形の配置の演習にもなるということで、騎士達の間でも人気が高く。子供用とは別に地図の細かさや同じ大きさの地図であっても。トータルの兵士や村の数を増減することによって初級・中級・上級と難易度のランクをつけたものもある。
 地図と城のミニチュアのセットと魔法ダイスと兵士や村のミニチュアセットの二つ組で売られるのが普通であるが、魔法ダイスと兵士や村のミニチュアセットである通称「フィギュアキット」を購入し。
 「マップキット」と呼ばれる地形説明と架空歴史シナリオのついた地図と城のミニチュアを好みやレベルに合わせて購入して組み合わせて遊ぶのが一般的である。一人でも複数でも魔法ダイスと自動魔法石のおかげで楽しめるようになっている。
 また「マップキット」には一種の芸術品でもあり、様々なブランドやシリーズがある。騎士に人気の重厚な切絵文様に縁取られた美しい地図で有名なkarya工房のベーシックシリーズ。個人の人気マップ製作者ジャスティ・バレーなどは、ヴェスターランドにおいてはなかなかの名士扱いでもある。
 「あと一城占領したらおやめくだされ」
とやれやれという、溜息とともにじいがイル公のベッドを整える。ベッドのそばには子牛ほどのベビーホワイトエレファントが小さな主人が寝床にあがるのをじっと待っている。
ゲームマップの広げられたテーブルの片隅では、一匹のアイフリードドッグが銀の小匙をしきりにかじっていた。
 突然ベビーホワイトエレファントが立ち上がる。奇妙な気配を窓の外から感じたイル大公も、ゲームテーブルから顔をあげて窓の外を見やると空が異様に明るくなっている。椅子の上に投げ出してあった剣をつかみ、隣りの王太子の間のバルコニーに駆け出すと、後をベビーホワイトエレファントとアイフリードドッグもついていく。
異変に気づいたじいも小走りにイル大公が出て行ったバルコニーへでていくと
「あの光はタートルロックの方角でございまするな」
とイル大公の肩を抱くようにしてささやく。しばらくタートルロックの方角で輝いていた光はいったん空高く舞い上がると、一直線にヘックスホースシュー城の一点をめがけて飛び込んだのである。
まばゆさに目がくらみながらも
「あれは父上のお部屋の方ぞ、父上ーっ」
と未来のイルヒアイス24世は剣をさやから抜き放ち、ベビーホワイトエレファントと小さな生き物を従えて王太子の間から玉座の間へ駆け出していった。

                             

 最初に異変に気づいたのはリンデンバウム伯爵であった、当初一条の光が拝謁玉座の間のバルコニーに出られる窓の上のほうを横切ったときは気のせいだと思ったのであるが、だんだんと朝でもないのに空が明るくなってくるのである。
伯爵のけげんそうな表情にサーオウ公爵夫人が
「いかがなされた伯爵」
と言い終わらないうちに、ネイザン子爵が
「あれは…」
と窓の外に近づいてくる光の渦を指し示す。とっさにファインが抜剣し、バルコニーに面した窓に駆け寄り戦闘姿勢をとる。リンデンバウム伯爵もファインにならい抜剣すると、国王イークオ12世を背中にかばうように立つと
「陛下、危険やもしれませぬ、お下がりくだされ」
と言いおくと、ファインと並び立ち。窓に対して年季の入った重厚な戦闘姿勢をとる。御転婆サーオウの面目躍如というところか、公爵夫人も護身用の細身のシルバーソードを抜き放ち、文官であるネイザン子爵を背にかばう。
 外の異変に気づき城内外が騒々しくなり、近衛騎士団の面々が
「陛下はいずこにおわすかー」
「陛下を護りまいらせよ」
と拝謁玉座の間へ駆けつけようとする声が玉座の間の入り口の重厚な樫の扉越しにも聞こえてくる。
光の渦はファインとリンデンバウム伯爵が立ちふさがるバルコニーへ続く窓いっぱいに広がって迫り来る。近衛騎士団の面々が拝謁玉座の間の樫の扉を開けて室内になだれこむのと同時に窓いっぱいにまぶしいくらいに広がっていた光の渦が一瞬小さく収縮するやいなや。
戦闘姿勢で構えているファインめがけて突入してくる。
次の瞬間、まぶしい光に眼がくらみながらも人々が見たものは
「うおおぉぉぉっ」
という雄たけびの声とともに剣を突き出した姿勢のまま仰向けに床に倒れるファインの姿であった。
遠のく意識の中でファインが耳にしたのは、王太子イル大公の
「ファイン死んじゃいゃだー」の悲鳴と
「我、汝の才知と勇気を認めたり、共に古の英知の探求に羽ばたこうぞ」と若々しくも重厚な声であった。

 

karya工房謹製  ベーシックマップシリーズZ  450×170hx 23国セット
ゲームランドシャッフルのもう少し詳しい設定はこちら          © 天翔佳亜也

 

陰謀は仮面の下に

「総大主教睨下、トライスターであれば神魂の儀式によりてスピリアルナイトとなるのではなかったのですな…」
祭壇の遺跡がある絶海の孤島からフラート中陸島めがけて出帆した大型船の豪華な船室ではなにやら密談がされている。
「いかんせん千年前の伝説と600年まえに封印されておった記録を教祖トリューニヒト大聖師が教団の布教拡大の教義の中心の世を救う救世主の奇跡として利用しようとして極秘に研究してきたことだからな。余とて半信半疑というのが本音じゃ」
総大主教睨下と呼ばれた長身の男が重厚な声でかたわらの側近達に大儀そうに言う。
「しかし、イア殿、今宵の神魂の儀式は成功したのではありますまいか、少なくともスピリアルナイトの封印は解除できたのであろう」
「ピサロ元帥、いかに幼馴染とはいえ教主たる総大主教睨下に名指しでは失礼であろう」
と白いフードつきのローブを纏った主教が憤るのを手で制すると、傍らのピサロ元帥にイアがやや苦笑交じりの声で言う。
「ピサロ元帥、そなたの言わんとすることは、我々聖フラート都市同盟が世界の要としての位置を占めるために救世主伝説の主たるスピリアルナイトを我々のコントロールの元におけなかったことが失敗だったといいたいのだろう。だがな、あれは一介の人間や国家クラスの組織といえどもコントロールしきれるものではないぞ」
「そんな、総大主教睨下、教祖トリューニヒト大聖師以来の我らの目的はどうなさるのですか」
先ほどピサロ元帥にかみついた主教が弱音を吐く。
「我がフラート救世聖教はすでに聖フラート都市同盟を200年にわたって実質的に支配しておる。三大魔法教団と四聖教を超える崇敬を集めてヴェスターランドの精神的な支配者たらんとする野望が潰えたわけではない。むしろ好機じゃ、光が現れて天空を駆け抜けたことは全世界が知るところ、このあと1000年伝説の悲劇を救う救世主の出現を我らが手助けしたと喧伝すればよいことじゃ、我々が直接スピリアルナイトをコントロールせずともよい」
「かえすがえすも、貴重なトライスターをむざむざ廃人にしてしまったのは惜しいですな、どのみち現在トライスターは全世界に11名しかおりませんから、誰かがスピリアルナイトになっている可能性はありますな」
とピサロがつまらなさそうに言うと。
「今にしてみれば、無名の我らの子飼いのトライスターでよかったかもしれませぬ、発狂してしまっては始末するしかありませぬ」
と宗教家らしからぬ残酷なセリフを主教が吐く。
「ともあれ我々の欲するところは俗世の尊崇ともたらされる富じゃ、戦争ごっこなどは馬鹿者どもにやらせておけばよい、もっとも明日からは平和条約のおかげでそれもなくなる。奇跡をおこし全ヴェスターランドの尊崇を集め巡礼を我がフラートに集めるのじゃ、さすれば労せず富は集まろう、今宵の光の奇跡は救世主降臨の証として全ヴェスターランドに広く宣伝し、スピリアルナイトとなったものには称号と援助を与えて我らの権威を高めるのじゃ」
とピサロ元帥以外の5人の側近の主教達に新たな策謀を吐露するイア総大主教である。
5人の主教や腹心達が出て行った後に残ったピサロ元帥がイアに向かってつぶやいた一言は
「お主も悪よのう」
であった。続けて
「自分が信じてもいないことを利用して権力と富を握る手腕は芸術だな」
と嫌味とも憎まれ口ともつかないセリフを吐く。
「宗教家と乞食は一日やったらやめられんとは昔からいうからな、民衆から労せず金をまきあげるのには宗教が一番なのは事実だしな。もっとも、うちの教団のように既に国家権力を握っていると税金までちょろまかすことができるからぼろいな」
「都合の良い法律もつくれるしな」
とピサロ元帥が揶揄するように言う。苦笑しつつイアがくちごもる。
「誤算はスピリアルナイトを我が物にできなかったことだな、スピリアルナイト伝説記録と千年伝説もどこまで真実やらわからぬし、今後の不確定要素が多すぎる」
「らしくないな、状況がどうあれ我々が世界に対して発言権を確保できて富を手中にできればよいこと、トリューニヒトの亡霊の執念にとらわれることはない、まぐれでも三大魔法教団と四聖教を超える信者ができればそれでよいのではないか、おぬしは権力と富の亡者かと思いきや意外なところでまじめだからな」
とピサロ元帥が苦笑すると。少し考え込む風だったイアも無礼を咎めるどころか苦笑して。
「信徒どもには聞かせられないが、幹部にも言えん話しだな、ともかく光の奇跡の宣伝だ、情報収集の方は頼むぞ」
と立ち上がって自室に帰ろうとするピサロの背中に声を響かせる。ピサロは振り向きもせずにまかせとけというサインに後ろ手を振る。
 祭壇の遺跡がある絶海の孤島からフラート中陸島めがけて大型船が出帆してしばらくすると祭壇の遺跡の中央がにわかに輝き、見たこともないような美しい紋章が浮かび上がる。そして青い炎が静かに垂直に3ノール(3メートル)たちあがり不思議な光をやさしくあたりになげかけた。
 そして、その光を確認するかのように上空を黒い影が数回旋回すると、南のヴァスター中陸島めがけて飛び去っていった。
あたりには、何事も無かったかのように、静かな波の音だけが心地よく響いていた。

  

伝説と真実

                             

 ヴェスターランドには古代よりいくつかの伝説が存在する。最も有名な伝説が「〜太古に大いなる力あり〜」ではじまる各地の遺跡や洞窟に刻まれている言葉である。この続きの文章はいくつかのパターンが存在しているが、よく知られているのは「大いなる力天より来たりて大地を割る、割れし大地よりいでし魔風を斬らんがために英雄来たりて、大いなる力を掴みて大地を平らげん」というものである。
 「天より来たりて」が「地の果てより」だったり、「魔風」が「大いなる悪魔」や「魔竜」という違いである。翻訳すると、何らかの原因で一つだった大陸が分かれて太平洋となり、さらに地上を災厄と戦災がおこり英雄が現れてヴェスターランドに平和をもたらしたということである。大いなる力の正体はよくわかっていないのであるが、英雄といわれる存在が大いなる力を自在に操ったというのがほとんどの伝説の伝えるところである。
 はっきりしているのはヴェスターランドとは破壊された大地という意味であり、もともとは栄光の大地ヴァスターランドと世界が呼ばれていたということである。
 災厄は1000年ごとに発生していることは、伝説や各地の図書館の古文書や遺跡に刻まれた碑文が断片的に伝えている。1000年ごとに何かが起きるという事実と、大いなる力を操る英雄がスピリアルナイトと呼ばれていることのみが正確な記録が残されないままに現在にいたっているのである。そのために、ヴェスターランド各地に様々な迷信伝承が残っている。
 おぼろげながら伝わる古代からの記録では、ヴァスター歴以前から少なくとも4回は1000年ごとの災厄が実際にあり、4回にわけて起きた出来事がごちゃ混ぜになって一つの災厄のように伝わってしまっている。正確な内容は1000年という時間の流れのなかで忘れ去られ。ましてや4000年分の正確な記憶も記録も何処にも存在せず、いくつもの謎がヴェスターランドのいたるところに散らばっているのである。
 時には探求者によるかなりの真相に近い事実が解き明かされることもあるが、いつのまにか時の流れという魔物に侵食されて何処となく消えていってしまうのである。少なくとも一般的にはそう思われているのがヴェスターランドの歴史である。

                            

「総大祭主睨下、北の祭壇に証の光が灯ったとの鳥の目より報告がございました」
深夜、聖エクセア教団376代目の総大祭主エクセア・ポッター\世のもとに新たな知らせがもたらせられる。
「そうか、スピリアルナイトが無事再臨したのだな、とりあえずは良かった」
とエクセア・ポッター\世がほっとした表情を見せる。
「睨下、失礼いたしまする」
静かであるが凛とした声と共に、エクセア教団奥の院総大祭主の間に相当年老いた司祭が入室してくる。
「シャーウッド枢機卿長無理をなされるな、お知らせいただければ参りましたものを」
と教団の最高位にある総大祭主が気遣いの言葉をかける。それも道理でシャーウッド枢機卿長は御歳107歳と教団はおろかヴェスターランドにおける最年長者なのである。
 先に総大祭主に報告をした中年の司祭が慌てて席を用意してシャーウッド枢機卿長の歩行を助ける。用意された席に座りながら
「睨下、今宵スピリアルナイトが再臨いたしましたことは先ほど耳にいたしました、私の水鏡の術によると、そのものは玄武神岩の元に生まれ玄武の福音をも受けましたぞ」
とものしずかに語り始めた。
「なんと玄武の福音とな、とするとスピリアルナイトはシード・ハイランドのイークオ12世殿か、されば話しは早い即刻、総大祭主親書の手配をせねばならぬ」
と喜色満面で総大祭主エクセア・ポッター\世の声が彼には珍しく高くなる。
「睨下お待ちくだされ、こたびのスピリアルナイトは御名はわかりませぬがシード・ハイランド連合王国の若い貴族の方です。それもスピリアルナイトになるために生を享けたとしかいいようのない逸材でございますぞ、ただ」
とシャーウッド枢機卿長の声が低くなり表情には憂いがただよう。
「ただ、どうしたのじゃ」
と総大祭主エクセア・ポッター\世が先を続けるよううながす。
「こたびの神魂の儀式は儀式の手順としては申し分なく、執り行った者の力量も相当なものですが、儀式の動機がよろしくなさすぎます」
何か憤りを感じてかシャーウッド枢機卿長が咳き込む。慌ててかたわらに控えていた中年の司祭が背中をさする。
「睨下はもちろんのこと、そなたも知るとおり」
と中年の司祭に謝意を表しながらシャーウッド枢機卿長が言葉を続ける。
「魔法魔術は術者の力量が成功に大きく影響するが、術を行う動機というものも大事な要素であり。よく耳にするのは一攫千金を狙い金鵄鶏やアイフリードドッグを召喚しようとして、バジリスクに石にされてしまったりとかのう、ヘルグリフォンに焼き殺されてしまったなどという無残な結果に終わっておる。理由は目的と動機が不純だからじゃ」
と、やや吐き捨てるかのように言葉をしぼりだす。
「では枢機卿長殿は、こたびの神魂の儀式には不純な動機があると」
中年の司祭が言い終わらないうちにシャーウッド枢機卿長がうめくような声を出す。
「そのとおりじゃ、術者はわしが40年前に破門にしたイアじゃ、それにどのような手段を弄したか知らぬが、今ではフラート救世聖教の総大主教として聖フラート自由都市同盟を支配しておる。この時期に神魂の儀式なぞ行ったのは宗教的な支配権をスピリアルナイト伝説にかこつけて確保しようとしてのことじゃろうて」
「フラート救世聖教といえば200年ほど前にトリューニヒトとか申すペテン師がはじめた新興宗教でしたな。初期のフラート自由都市同盟を宗教的に支配するようになって10年で聖フラート自由都市同盟と名をあらため。宗政一致の宗教が政治と世俗まで支配しているという珍しい統治形態ですな」
とエクセア・ポッター\世が学者としての見解を披露する。
「宗教が政治に口出しするのも、政治が宗教に口出しするのもどちらも良くないことじゃ、その邪道を極めておるのがフラート救世聖教じゃよ」
とシャーウッド枢機卿長が溜息をつく。
「フラート救世聖教といえば芳しくないうわさは聞き及びまするが、我が教団を含む三大魔法教団と四聖教によるシャーテンブルグレコードには加わっているわけではありませんし、ヴェスターランド全体に対する影響力も無いに等しく、現にフラート都市同盟の領域のみしか信徒はおりませんでしょうに」
と中年の司祭がたいした影響力があるわけでもなし、無視してもよいのではという見解を披露する。
「問題はイアの能力と才能じゃ、一人で神魂の儀式を執り行えるほどの力量じゃ、悪いことにあまりにも世俗の権力と富に貪欲すぎるのじゃ、それとあまりにも言動が不一致すぎての。俗に腹黒すぎて宗教者としての資質を欠いておることが破門の理由じゃ」
と情けなさそうな声でシャーウッド枢機卿長が溜息をつく。
「フラート救世聖教の教義は世直しの救世主が世紀末に現れて地上天国とやらを建国し、そのための大いなる力を授けるものがフラート救世聖教の教主であり、授けた者は法王として全ての王を支配するという荒唐無稽な教義じゃが、大いなる力を授けるという点がひっかかっておったのだが、今回のスピリアルナイトの再臨を無理やりおこなったのはヴェスターランドの支配が目的ということかの」
とエクセア・ポッター\世がみけんにしわを寄せながらつぶやくように言うとエクセア・ポッター\世を見つめるようにしてシャーウッド枢機卿長が語りだす。
「おそらく、そのとおりであろう、フラートには封印文書があるが、まだフラート救世聖教が影も形も存在しなかった頃の話しじゃが、一人の相当優秀な考古学者がフラートにおってな、独学でヴェスターランドの歴史と秘密のほとんどを解明したのじゃよ。もう700年もの前の話しじゃが、三大魔法教団と四聖教によるシャーテンブルグレコードが守り続けている最高秘奥義に抵触したゆえに封じ込められたが、およそ600年後に勃興したフラート救世聖教の教祖のトリューニヒトとやらが入手して教義のネタにしたのが真相じゃろうて」
「北の祭壇だけしか神魂の儀式を執り行っていないということは、スピリアルナイトが2人だということは知らないことになりますな、つまり封印文書の中身は不完全であるということですな」
と中年の司祭がほっとしたように言う。
「不完全であるが神魂の儀式が完全に終了したのは厳然たる事実だけに、気になるのは術者の動機の不純さがスピリアルナイトとなった者に及ぼす影響じゃよ、魔術的なものとして幸運の減殺現象とこの世の真実を知らぬ諸侯や民から英雄なのに英雄の扱いを受けられない運命になるやもしれぬ」
とシャーウッド枢機卿長が哀れむような調子の声でまだ見ぬスピリアルナイトの若者の行く末を案じると。
「よろしい、一般の民や諸侯がどのように申そうと、フラート救世聖教がどのような陰謀をめぐらそうとも、スピリアルナイトの若者をエクセア教団いやシャーテンブルグレコードの総力をあげて護ろうぞ」
とエクセア・ポッター\世が力強く言う。
「それがようござりましょう、つらい困難を背負い未来を紡いでくれる者に対するせめてもの餞別ですじゃ」
とシャーウッド枢機卿長もうなづく。

                             

「おばば様、急なお呼び、いかがいたしましたでしょうか」
若々しい凛とした声が、月明かりが差し込む塔の先端部にある観測所を静か通っていく。下界のざわめきが風に乗ってあがってくるのを別とすれば、真理の探究者の部屋のたたずまいは俗世を離れた清浄さに満ちていた。
「おお、エルリア姫さま、よう参られた、今宵はそなたの運命の封印が解かれる日となったぞよ」おばばと呼ばれた黒衣の老女が水晶球に手をかざしながら、観測所の入り口のところにたたずんだ、軽装の鎧をまとった一見美貌の少年のような、目鼻立ちのくっきりとしたショートヘアーの少女を招き入れる。そして、おごそかに
「姫様、今宵スピリアルナイト伝説が現実のものとなりましたぞえ、もう1人のスピリアルナイトとして生をうけし姫様の神魂の儀式を執り行いたいという通達がとどきましたですのじゃ」
と告げたのである。
「えっ…神魂の儀式はあたくしが、20歳になる2年後に執り行われるのではなかったのですか」
姫様と呼ばれた少年のようなエルリアが驚くと、おばば様と呼ばれた黒衣の老女が少し憤りの炎を瞳に宿しつつも慈愛に満ちた表情で口を開く
「今宵、北の祭壇で愚か者がノーススピリアルナイトの聖なる眠りを無理やり妨げましたのじゃが、運命の星は正統な継承者をさし示したのですじゃ」
「まさか、犠牲者が出たのではありませんでしょうね、神魂の儀式は並の術者には行えるものではなく、不完全な儀式は犠牲者を伴うと古代秘儀書の『魔方陣神秘抄』で読みましたわ」
と、逆にエルリアが憤りのオーラを発する。
「なんと、禁書の『魔方陣神秘抄』を読まれたですじゃと」
今度はおばば様があきれたような声を出す。
「当然です、あたくしは第3皇女とはいえ、ブレードニア帝国の皇族です。しかしながら皇族である前にブレードニア帝国、いえヴェスターランド最高の魔女ドロシー・グリンダの一番弟子であることをお忘れなく」
と憤りのオーラに満ちた表情を一転させ、いたずらっ子が楽しいいたずらの種を見つけたときのような表情に変化させたのである。
 やれやれ、この御転婆にも困ったものだが、他人の心をくすぐる術も相当なものじゃわいなと内心は苦笑しつつも愛弟子のエルリア姫を愛しく思う、おばば様ことドロシー・グリンダである。

 

玄武回想

                            

若者は天を漂っていた、意識はあるが全身の感覚がなくなってしまい自分自身の存在すらわからない、風にふかれて飛んでいくたんぽぽの綿毛のように中空を漂っているのである。前方にうっすらとあらわれる影が輪郭をあらわにし始めそれが六角形になった瞬間光がまばゆく煌き黒い玄武岩のタートルロックに変化する。そして若者はいつしか王者の間を見下ろしていた。

                            

「まさかここまではまだ来れまい」
近衛騎士団長ジークフリード千騎長が物静かな声を発する。
「現在のところ3層目までは探索がほぼ終わっているが、問題は4層と5層だ」
とシード・ハイランド王国宰相のコーン侯爵も端麗な眉をひそめる。
「王国貴族といえども5層目まで来れる者は50に満たないからのう、それに陛下とサーオウ公爵夫人とリンデンバウム伯爵にミュラー子爵までもが国境で戦闘中なのが痛い」
と国家の元勲である御歳88歳のヒオ老公爵が溜息を漏らす。
 ここタートルロック地下第五層にある王者の間には、数名の男達が額をよせて腕組みをしていた。
ヴァスター歴3989年、シード・ハイランド王国は初夏のすごしやすい季節にあったが、ときならぬ騒ぎがまきおこっていたのである。今年8歳にになる王子が行方不明になったというのである。どうやらタートルロックの試練の洞窟に探検に入ったらしいということだけは目撃情報から判明し、王子の捜索のために貴族と騎士達が動員されているのである。
「失礼いたしまする、4層目の探索終了いたしました」
と王者の間に報告の若々しい声が響く
「おおっ、ファイン百騎長、殿下はおられぬのだな」
とヒオ老公爵が孫のファインに重々しくも慈愛に満ちた声で問う。
「はっ、元帥閣下、残念ながら4層目には王子殿下のお姿はございませんでした」
報告がすみ、足早に立ち去ろうとするファインにジークフリード千騎長が
「ファイン百騎長、卿もここにとどまり我らとともに5層の探索に参加せよ」
と命じるとコーン侯爵が
「では、我は陛下との連絡と5層の探索の助っ人の手配をしてくる」
と言い置いてファインの傍らを通り過ぎざまに御苦労という意味をこめてファインの肩を軽くたたいていく。ファインが、シード・ハイランド連合王国軍元帥である祖父のヒオ老公爵の後ろに控えるように立つと。
「ラグナロックの王墓の迷宮カーリアスも広いが、ここの5層と6層もあなどれんほど広い」
とジークフリード千騎長がふたたび腕組みをする。
「おまけに正確な見取り図があるのが4層目までで、5層と6層は幻獣達の居住区ということもあるのでのう、5層は王者の間周辺の小部屋の幾つかと、6層は継承の間と階段回廊だけしか見取り図がないようなものじゃ」
とみけんじわをヒオ老公爵が寄せる。
「記録はないではないが、ましてや7層にいたっては王族ですらよく知らぬし、陛下以外に入れるのはあの御転婆だけだしのう」
とは先代の王の弟で現王の叔父である、タロット聖教のナンバースリーの司教長でもあるベルナジッド供奉卿が杖にもたれながら思案顔をする。
「卿はそういうが、5層と6層に王子殿下がおられぬようだと卿1人で7層の探索というわけにもいくまいに」
とヒオ老公爵が少し揶揄まじりの表情でベルナジッド供奉卿に言うと。ジークフリード千騎長も苦笑交じりの表情で
「御転婆はともかく、王子殿下を無事に保護することが先決ですからな」
となにやら意味深に肩をすくめる。
そのとき何やら騒がしい音とともに
「また牛の役目ですかな、我は助っ人を呼びに参る所です」
とコーン侯爵のどこかおどけた声が響くと今度は、
「おうっ、コーン殿ご苦労じゃ、腹が減っては戦はできんのじゃ、ほれよこせ下の連中の分はわしが担いでいく、やれやれどうせならファインをよこしてくれればよいものをコーン殿を牛がわりにするわけにもいかんでな」
と5層はおろかタートルロック中に響きそうなほどの大声が王者の間の面々の苦笑を誘う。
ファインがあわてて声の主のやってくる方へ駆け出していく。
ほどなく荷物をかかえたファインと声にふさわしい大男がやってくる。
「グラーオ男爵、牛の役目大儀」
と再び苦笑交じりの声でジークフリード千騎長が大男に声をかける。あいかわらずの大声で
「いやーいつ来ても不思議だが、物は結界を通るのに、通れない者は本当にはじかれてしまうのだのう。3層目では目障りなくらいおった者どもが4層目でスカスカでの、5層まで来たら寂しいうえにまずいツラばかりでのう、イキのいいのはファインだけか、ワハハハッ」
と豪快にグラーオ男爵が笑うと他の面々からも微笑が漏れる。口は悪いが悪気がないカラッとした性格のため、民や兵士からも意外と慕われているのがグラーオ男爵である。
「おお大事なことを忘れとったわい、国境での戦闘がケリがついたと伝令が入った」
と王者の間の面々に食事を配りながらグラーオ男爵が言うと
「んんっ、随分早く決着がついたのだな、先日の戦況報告の伝令ではノーザン・ハイランド共和国軍はかなりの大軍で、キーム千騎長と大統領自ら侵入した上にパディナ傭兵団までおると聞いておったので、援軍の手配を参謀長のエステ伯爵と考えとったのじゃが」
とヒオ老公爵が不思議そうに問う
「それが傑作でのう、御転婆にキームめが生け捕られたんだとな」
と男爵の爆弾発言にその場が静まり返る。
「生け捕った…キームをか」
と戦闘食の干し肉をかじっていたジークフリード千騎長が絶句する。
溜息をつきつつベルナジッド供奉卿が
「御転婆もここまでくると才能というか芸術かもしれんて」
と降参とばかりに肩をすくめて両手を広げる。

                               

「陛下、親衛隊旗が見えまするから、大統領自ら出陣ですな」
シード・ハイランド連合王国の東部に位置するミョーギン連山のふもと、マーグン高地北部にあたるノーザンハイランド共和国との国境では大規模な戦闘が行われていた。
「やっかいなことにキーム千騎長とパディナ傭兵団が参加している」
とシード・ハイランド連合王国国王イークオ12世が千騎長のリンデンバウム伯爵と戦場が見下ろせる丘の上で戦況分析を行っていた。
「小競り合いと思っていたが、意外に多いな、1万6千か」
とイークオ12世が考え込む。
「現在、我が軍は8000と数の上では劣勢ですが、地の利があり。グラーオ男爵領警備隊長コンラート上級騎士と我が近衛騎士団副団長のミュラー子爵が奮戦しておられるので、善戦している状況であります。負けない戦いは現有戦力でも可能ですが、ここは王都に援軍の要請の必要がございますな」
と副参謀長のメックリンガー准男爵が国王とリンデンバウム伯爵に意見具申する。
「そうだの、そちの言が正しかろう、援軍の手配を即刻せよ、余も参戦する」
「はっ、さっそく手配いたしまする」
と副参謀長が言い終わらないうちに、敵陣の左翼に突進する黒い群れからの雄たけびがイークオ12世のいる丘の上まで聞こえてくる。
とっさにリンデンバウム伯爵が遠眼鏡を出してのぞくと
「あれはシュバルツシュルドの黒色槍騎兵連隊ではないか、2000くらいの戦力で無茶をする」
と叫ぶと、丘の下から伝令の兵士が息せききって国王の前にかけより報告する。
「陛下、報告いたしまする、ただいまシュバルツシュルド大公国より助太刀いたすとの申し出があり、ビッテンフェルト大公殿下自ら突撃された由にございまする」
「ありがたいが、あれでは自殺行為じゃ、我らも突入する、続け」
とイークオ12世自らが馬を駆る。
 そのころ敵の右翼に布陣していたキーム千騎長の部隊はは思わぬ方角からの襲撃を受けて混乱していた。
 シード・ハイランド連合王国近衛騎士団副団長の豪傑で名高いミュラー子爵を取り囲むべく木がまばらに生える草原を前進展開していたつもりが、気づかないうちに隊列が分散していたのである。
 これはグラーオ男爵領を警備する上級騎士コンラート警備隊長と近衛騎士団副団長のミュラー子爵を中心とする2100名の騎士と兵士達による巧妙な連携作戦であった。
 おりしも1日目の戦闘開始から夕暮れがせまっていたせいもあるが、5000人いるはずのキーム千騎長の部隊は500人づつ10のグループに分断されてしまっていたのである。
 コンラート上級騎士の命中率は落ちても数撃てばよい作戦で、合計300人の弓兵に小型のショートボウをもたせて馬に乗せて10人づつ30のグループに分けて、さらに囮としてミュラー子爵のような豪傑を戦功狙いで追撃するように敵にしむけながら高速移動をしたのである。
 さらに40以上の方向に雑木林などの障害物を利用してキーム千騎長の部隊の足並みを乱させて分裂させたのである。
 弓兵の役割は矢による弾幕を張り、ミュラー子爵のような囮を護衛するのが役割であるが、功名をあせる敵の将兵が我先と殺到するところを30のグループが高速で移動しながら相互に連携して弓矢をあびせ。キーム千騎長の部隊の攻撃が届くよりもシード・ハイランド連合王国の弓兵達の矢弾でキーム千騎長の部隊の方が落命するものが続出するありさまであった。
 戦況が膠着するなかで、時間は大地に敵味方の血潮を吸引しつつも刻々と過ぎ行き、戦闘開始から2日目の正午にキーム千騎長が気づいたときには、数としてはまだ敵の2倍の4000の戦力があったのにもかかわらず。キーム千騎長の周囲には80騎ほどの戦力しかなく、後ろからいきなりそろいの赤いジャケットを羽織った300人ほどの騎兵と剣兵と弓兵の集団に包囲されてしまっていたのである。
 そして、またたくまに5人の騎士と10人の兵士が、左横から突撃してきた切絵紋様の白い篭手をはめた1人の騎士により突き殺されてしまったのである。
 さらに赤い甲冑をまとった身軽な剣士が5人の騎士を一気に斬り伏せ、弓兵が周囲の騎士と兵士を連射でなぎ払った瞬間、
「ローゼンリッター隊長サーオウ参る」
の名乗りに戦慄しつつもこしゃくなと頭に血が上るあたりが狂戦士キームの真骨頂である。
 右手からせまりくる近衛騎士団の騎士1人と10名ほどの兵士をを斬り伏せたものの、正面から突撃してきたサーオウの意外な斬撃の強さによろめいたのが運の尽きで。仰向けに倒れたあげく甲冑の面あてをはがされて眼前に剣の切っ先を突きつけられては降伏するより他になす術がなかったのである。
 そして、彼にとっての最大の屈辱は
「サーオウ公爵夫人の名においてキーム千騎長、卿を捕虜とする」
と高らかに宣告されたうえに、ロープを巻きつけられたかと思うとその場から、女のサーオウ公爵夫人1人にそのまま引きずられてしまったのである。
 同じ頃、前日のシュバルツシュルドの黒色槍騎兵連隊の突入にあわせて、ノーザン・ハイランド軍の中央主力の大統領親衛隊と矛を交えていたイークオ12世とリンデンバウム伯爵であったが、敵軍の動きの乱れと後退していく気配に怪訝になる。
 左翼に展開していたパディナ傭兵団だけが唯一秩序ある戦闘を行っているために、足止めされるが、全体としての戦況の流れは大統領親衛隊が引きはじめ。シュバルツシュルドの黒色槍騎兵連隊が追撃の構えを見せると頑強に抵抗していたパディナ傭兵団が秩序を保ったまま、ノーザン・ハイランド共和国側ではなく、太平洋側のフラート方面に面した海岸へ撤退していく。
 海岸には11隻の大型船団が待機しているのが確認されたが、イークオ12世は敢えて追撃の指示を出さず、残兵の掃討と味方の負傷者の収容を命じ、一旦国境近くのグラーオ男爵領の砦に全軍を撤収させる。このときキーム千騎長がサーオウ公爵夫人により生け捕られたという情報と王子が行方不明という情報が全軍に伝わり、2重の衝撃が走る。
 緊急協議の末、ノーザンハイランド軍の再侵攻に備えて、近衛騎士団副団長のミュラー子爵が国境にシュバルツシュルドの黒色槍騎兵連隊とともにとどまり。急遽、国王イークオ12世とサーオウ公爵夫人とリンデンバウム伯爵以下護衛の貴族と上級騎士100名余が王都ヘックスへ駈け戻ることになった。
 途中コーン侯爵の手配により、タートルロックの試練の洞窟第6層まで到達できるレベルの貴族と騎士10数名が合流する。

                           

 今回の戦場となった北部国境からミョーギン連山の南西に広がるマーグン高地の南部の裾野にあたるリンデンバウム伯爵領は古くからサウスミョーギンと呼ばれ、王都ヘックスまでのほぼ中間地点にある。
 伯爵の居館の領地代官庁の門前では、伯爵の双子の幼い孫のチール・リンデンバウムとトール・リンデンバウムを抱えるようにして、サーオウ公爵夫人の親友でもあるアイーラ上級騎士夫人が王都に駆け戻る一行のために食事と代えの馬を用意して待っていた。
 国王イークオ12世以下リンデンバウム伯爵ら100名余の貴族と騎士達が作法もあさってに居館の大広間で用意された食事をかきこんでいる間に、リンデンバウム伯爵の居館の応接間と玄関ホールにはあふれんばかりに部下を従えた貴族や騎士達が参集しはじめる。
「聖ジークヒルデ君侯国、君主クロード・クラウド[世侯爵閣下御到着」
「トリスタンハイムラント君主フォイエルバッハ伯爵閣下御到着」
「聖ローエングラム騎士団聖騎士長ウェンツ・キルヒアイス上級聖騎士殿御到着」
と近隣の友好国や騎士団からの王子捜索の助っ人として錚々たる面々が続々と到着する。
 すでに彼らにもキーム千騎長捕獲の報は届いており、ひとしきりサーオウ公爵夫人を賞賛する。
 御転婆の最高峰を極めた妹が貴族達とはしゃぐのを複雑な表情でながめているイークオ12世の表情を見やり、リンデンバウム伯爵は内心 『またぞろ陛下の悪い病気がでなければよいのだが』 とはらはらしていた。
 ところが当のイークオ12世もやはり人の子の親であり、王子のことが心配でそれどころではなかったのである。さすがに内心の動揺を表にださないあたりは大国の君主としての矜持というものである。
 食後のコーヒー飲料をリンデンバウム伯爵家、領地代官長サザージュ上級騎士の長男で12歳の中級騎士待遇をされているトキ・サザージュが家令の少年達を指揮して給仕をはじめる。
 トキ・サザージュが居館の主であるリンデンバウム伯爵と主君である国王イークオ12世に給仕をしているときに国王が声を賜る。
「そちはタートルロックの試練の洞窟は6層目まではいれたのう、このあと余とともに王子の捜索に参れ」
 銀のトレイを小脇に抱えて突然の国王の命令にどぎまぎするトキ・サザージュであったが、リンデンバウム伯爵の次の一言で騎士の会釈礼を国王にささげると駆け足で大広間からでていく。
「勅命ぞ、支度をしてついてまいれ、ここはもうよい」
トキ・サザージュの後姿を見やりながらイークオ12世が
「さすがにブレードニア帝国で代々典礼尚書を勤めたサザージュ伯爵家の血筋だけはあるの、幼いのに気品がある」
と目を細める。
「それにしても不思議なのはタートルロックの試練の洞窟だけしか入れないというのも珍しいですな、幼いのに6層目まで入れるというのもすごいものであるが」
とリンデンバウム伯爵も常々の疑問を吐露してみせる。
「やはり、あれかの聖女ジークヒルデの奇跡が影響しておるのかの」
と国王イークオ12世がサザージュ家にまつわる奇跡を話題にする。

                             

 サザージュ伯爵家は、もともとブレードニア帝国貴族であり。頭脳明晰な当主が多く、帝国の公式の儀式を司る典礼尚書を代々務めることが多かった名門貴族である。
 ところがトキ・サザージュの父であるサザージュ上級騎士は成人までに準公認はおろか未公認の試練の洞窟の結界をすら通ることができなかったのである。
 そのためにサザージュ伯爵家は帝国貴族法の定めにより、領地没収の上平民に落されてしまったのである。
 運の悪いことは重なるもので、婚約者のムンディアルグ公爵の次女カタリーナ公女も道化師の巡礼のあげく。いかなる試練の洞窟も彼女を貴婦人として遇するための門を閉ざしてしまったのである。
 名誉も地位も全てを失った2人にとって唯一の宝は2人の愛だけであった。ブレードニア貴族社会は冷たく、親族ですら援助を申し出るものが誰もいなかったが、サザージュ伯爵家崩壊のときに唯一忠実に仕えた老騎士ハーチ・キアーテン下級騎士が、ドラゴニア魔法魔術学校校長にしてブレードニア帝国天聖官を勤める女賢者ドロシー・グリンダに2人に祝福の魔法を施してくれるように全財産をなげうって依頼したことが2人にとってささやかなお家再興の糸口となった。
 若いが悲惨な境遇に落ちた愛し合う2人の真摯な姿と、没落した主家に最後まで忠誠を尽くそうとするハーチ老騎士の姿に女賢者ドロシー・グリンダが痛く同情し、占いと秘法を授け、新天地に向かう2人と従者のために依頼料をそっくりもたせたという。
 ドロシー・グリンダは2人に2人の子は玄武の祝福を受けるであろうという予言と懐妊したら聖女ジークヒルデの神殿にお参りせよというアドバイスをしただけであったが…結果は奇跡がおきたのである。
 苦労の末聖女ジークヒルデの神殿遺跡がある聖ジークヒルデ君侯国の首都カイーサにやってきた若い夫婦とハーチ老騎士であったが、一年後どうにか生活できるようになった矢先に労苦をともにしたハーチが死去したのである。享年82歳であった。
 悲嘆に暮れる若夫婦であったが、懐妊の喜びがわかり、大いなる奇跡に変わるまではあまり日を要しなかった。
 懐妊判明より3日後、2人はかつて無残にも結界に弾き飛ばされた記憶も生々しい聖女ジークヒルデの神殿遺跡の試練の洞窟の入り口に立っていた。
 2人は軽く接吻し、意を決して互いの腕をとり、からめあわせると、制止する入り口の神官と番人を振り払い、見事に結界を通過したのである。
 このとき聖女ジークヒルデの神殿遺跡全体に青いオーラが輝き、若い2人を祝福したという。ようやく2人は貴族としての証を立てることができたのである。
 この事実は聖ジークヒルデの神殿遺跡の試練の洞窟を管理する神官団によってヴェスターランド中に知らされ。ヴェスターランドはじまって以来の奇跡として聖女ジークヒルデの奇跡と喧伝されている。
 この奇跡により、これまで準公認の扱いだった聖女ジークヒルデの神殿遺跡の洞窟が公認の試練の洞窟に加わり、現在の15の公認の洞窟が構成されている。
 この奇跡の起きた13年前、シード・ハイランド連合王国軍と聖ジークヒルデ君侯国軍は合同演習と馬上槍試合(トゥルノア)を聖ジークヒルデの神殿遺跡の近くのジークヒルデの森の原野で行っていた。
 おりしも遺跡全体が明るい青い光に輝く奇跡を目の当たりにした両軍であり。事情を知ったリンデンバウム伯爵が国王イークオ12世に奏上し、新規お抱えの下級騎士として迎え入れたのである。
 さらに忠誠を尽くした老騎士ハーチ・キアーテン下級騎士はその遺体を聖ジークヒルデ君侯国君主の先代侯爵シューン・クラウドW世が上級騎士の礼遇を持ってカイーサ大聖堂の貴族墓地に改葬したのである。彼の墓碑銘には『美しき真の宝を所持し者ここに眠る』と刻まれ、真の忠誠心を示した騎士の鑑として今日に至るまで参拝者が絶えない。
 新規お抱えの下級騎士となった若い2人の夫婦であったが、持ち前の明晰な頭脳で領地行政事務を流れるように共同で処理する実績により、3年後に上級騎士にまで昇格する。2人にもしばらくわからないことがあったのは、女賢者ドロシー・グリンダが語った玄武の祝福の意味であった。
 生まれた息子のトキ・サザージュが近隣のどこの試練の洞窟にも入れず、やはり一代貴族で終わってしまうのかというのと、玄武大陸に幸せがあるという。ただ、それだけの象徴的な意味なのかと落胆したことである。
 ところが、トキ・サザージュ10歳のときにシード・ハイランド連合王国の春分祭でタートルロックの試練の洞窟の入り口の手前の祭壇に供奉する役目の10歳の少年が必要になり、供奉したときに入り口の手前で止まるところをうっかり試練の洞窟の中に入ってしまったのである。
 儀式の進行上は特に問題はなかったのであるが、トキ・サザージュの事情を知る一部の貴族達が正式にタートルロックの試練の洞窟に挑戦するように取り計らうと…驚くべきことに。齢10歳にして一気にタートルロックの第6層の継承の間まで入ることができたのである。さすがに第7層は無理であったけれども。
 このためにトキ・サザージュは本来10歳以下の貴族と騎士の子弟は試練の洞窟に出入りできても、特殊な事例をのぞいては16歳の成人までは騎士見習か下級騎士待遇が普通であるところを中級騎士待遇となったのである。
 不思議なのはタートルロックの試練の洞窟はやすやすと入れるというのに他の試練の洞窟には全く入れないのである。普通は他の試練の洞窟には入れても、タートルロックには入れないか、タートルロックのせいぜい第3層まで行ければ御の字というケースが多いにも関わらずである。
 この件に関しては、タロット聖教にはいくつか伝わる伝説があり、玄武の祝福を受けたものはタートルロックにのみ愛されるというものがある。
 どうやらトキ・サザージュのようなケースは過去にもごく稀にあったということになる。この事実を知った両親は複雑な思いであったが、貴族としての証は立てられたことに安堵し、家名再興をシード・ハイランドの地でと誓いをたてた。一つには故郷ブレードニア貴族社会の冷酷な仕打ちに対する見切りと、強大な軍事大国であり規律が厳しいにもかかわらず人間の血の通った心温まるシード・ハイランド連合王国という国に惚れ込んだということである。そして12歳となったトキ・サザージュの思わぬ活躍がはじまる。

                             

 日が沈み夕闇がせまるころ、大平原のタートルロックの周囲は煌煌と篝火が焚かれていた。
戦場となったノーザンハイランド共和国との国境から途中リンデンバウム伯爵領を経て、時間を無駄にしないために敢えて王都ヘックスを経由せず。タートルロックへ続く、通称大平原街道を疾駆してきた騎馬軍団が続々と到着する。
 タートルロックを御神体として崇敬するタロット聖教の教主レイヤード総大祭主が国王イークオ12世以下貴族諸侯を出迎える。
 沈痛な表情のままレイヤード総大祭主が
「国王陛下、第5層の捜索が半分ほど進行しておりまするが、いまだ…」
と報告するのをさえぎり
「よい、総大祭主殿が責任を感じることはない、見つからぬというのであればまだ無事ということ、捜索は数の勝負、少ない数での捜索大儀であった礼をいう」
とねぎらうのも早々にタートルロックの試練の洞窟の奥へと足早に入っていく、続く貴族達も国王の後を追い、つぎつぎと5層へ向かう。
一時間後、第5層の王者の間の真下にある第6層の継承の間には、年齢も階級も異なる貴族と騎士達が68名、国王イークオ12世を中心にして参集していた。
「5層目にもおらぬ、残るは6層だが、ここは5層と異なり図面は継承の間と5層から続く階段回廊のものしかない」
と疲労の色も濃く国王イークオ12世が貴族達に現況を語りだす。
「手探りということですな」
とトリスタンハイムラント君主フォイエルバッハ伯爵が相槌を居並ぶ諸侯を代表するかのように重厚なバリトンの声で言った瞬間に、ガシャンという音とともに扉が壁に打ち付けられる音と
「危ないっ」
というファインの甲高い声が響く、居並ぶ諸侯がそのとき見たものは…
継承の間から第7層へ続く階段を護る通称「キングスゲート」の背の高い黒曜石作りの重厚な王者の扉が大きく開き。階段を転げ落ちて行くトキ・サザージュを助けようと階段を駆け下りようとするファインの姿であった。
 そして階段の下で無事トキ・サザージュを受け止めたファインが階段をあがってくるとレイヤード総大祭主が居並ぶ諸侯の心中を代表するように声を絞り出す。
「そなた達7層に入れるのか…」
そして結界の有無を確認するレイヤード総大祭主の差し出した腕はキングスゲートのある空間にもののみごとに弾き返されたのである。
「キングスゲートが開くということは王者の間の紋章が現れたということじゃ」
ベルナジッド供奉卿が常日頃の冷静な彼らしくなく叫ぶ。
「ということは王子殿下は継承の儀を…」
と聖ジークヒルデ君侯国、君主クロード・クラウド[世侯爵が驚く。
「それだったら王者の間に印が残っているはずでしょうが、なにもなかったではないか」
とサーオウ公爵夫人が叫ぶ
「あれは時間とともに消えるのじゃ、半日たっていたらわからぬ」
とイークオ12世が妹をたしなめるように言う。
「ということは王子殿下は7層においでということになりますな、それにもはや王子ではなく王太子殿下ですぞ」
とヒオ老公爵が一同に注意と重大な事実を喚起すると、居並ぶ諸侯達も急にざわつきはじめる。
「確か王子殿下は御歳8歳のはず…」
「成人の儀は16歳でだが…前例が…ない」
ざわつく貴族諸侯達を制するように
「7層目の確認を急がれるべきです、詮議は後刻すればよろしい、我らの目的は王子殿下の探索ぞ」
と聖ローエングラム騎士団聖騎士長ウェンツ・キルヒアイス上級聖騎士の通りのよいテノールが響く。
継承の間の中央部にたたずんでいたコーン侯爵が、いとこでもあるウェンツ・キルヒアイス上級聖騎士の一言に推されるように国王の前に進み上奏する
「陛下、我らは7層にはいることはかないませぬ、聖騎士長の言は正鵠を射ておりまする、臣慎みて陛下に7層の探索を奏上いたしまする」
奏上を受けてうなづいたイークオ12世は
「ベルナジッド供奉卿、サーオウ公爵夫人、ファイン上級騎士、サザージュ中級騎士、卿ら四名に供奉申し付ける。余についてまいれ」
その場の雰囲気に緊張したトキ・サザージュがやや遅れたものの、ベルナジッド供奉卿の重厚な栄誉答礼を皮切りにサーオウ公爵夫人とファインが騎士の栄誉答礼を国王に返し、サーオウ公爵夫人がトキ・サザージュの手をひき、ファインがしんがりを務め。国王以下四名が粛々とキングスゲートをくぐり第7層への石段を降りていく。
降りていく一行の姿が階段の影で見えなくなると、期せずして見送る貴族諸侯から溜息がもれる。
「やれやれ、子供の冒険心があらゆる前例を打ち砕く日になりそうだな」
とジークフリード千騎長が首をふりながら居並ぶ貴族諸侯と騎士達に語りかける。
「それにしても当代で2人も臣下から第7層へ入れる者がでるとはのう」
と少し痛むのであろうか、キングスゲートに弾かれた腕をさすりながらレイヤード総大祭主が驚きとも感心ともつかないような声を出す。
「やはりジークヒルデの奇跡はここでも再現したとみゆる、諸卿は王子殿下のことに気をとられているがトキ・サザージュがキングスゲートを破ったようじゃの」
とリンデンバウム伯爵が心なしかやや嬉しげな表情で声をあげる。
「確かに結界があるから例え扉が開いていたとしても、我らでは通れないからな、それにしても毎度のことながら結界やぶりのお騒がせ小僧だの」
と半ば揶揄するかのように苦笑混じりの表情で聖ジークヒルデ君侯国、君主クロード・クラウド[世侯爵が言うのも道理で2年前の春分祭の供奉役のときにもトキ・サザージュが結界の中に入り込んでしまったのであるから。
 もっとも今回は怪我の功名に近いものがあるのは誰も気づいていない、事実は12歳というこの場の最年少であり。長距離を馬で飛ばしたうえに、1時間の慣れない5層の迷路での探索に疲れて居眠りがでて、よしかかろうとした壁が実はキングスゲートの扉だったのである。
本来ならば通れないはずの7層へ結界が開いたのはなぜかわからないのであるが、扉によしかかった瞬間結界をつきぬけて。
しかも開く状態になっていた扉を押し開けてしまったのである。
 継承の間で残された貴族諸侯達が雑談混じりで小半時過ぎた頃、開きっぱなしのキングスゲートから見える階段に白い塊が現れ、続いて国王イークオ12世の顔が見え、やや緊張の趣でベルナジッド供奉卿以下3名が続いてくる。
 継承の間で待ち受けていた貴族諸侯を驚かせたのは白い塊が幻獣ホワイトエレファントの幼獣ベビーホワイトエレファントだったからである。
 そしてその背中には彼らの捜索の対象がすやすやと寝息を立てていたのである。
既に打ち合わせがなされていたとみえて、サーオウ公爵夫人とファインとトキ・サザージュが付き従い、王子いまや王太子となった捜索の対象を背に乗せたままのベビーホワイトエレファントとそのまま地上に向かう。
護衛のために追おうとする一部騎士達をベルナジッド供奉卿が制止すると。
「参集いただいた貴族諸侯殿、無事王子を見つけることがかなった、足労大儀であった、心より礼を言う」
とイークオ12世が貴族諸侯に心のこもった謝意を表した後
「諸侯も見てのとおり、此度は前例破りなことが続出してしもうた」
と、こころなしか声が低くなる。
「立太子の儀ですな、前例はともあれ継承の儀を通過されてしまった以上は異議はありませぬぞ」
とレイヤード総大祭主が国王の不安をぬぐうように発言する。
「それだけではなく忠誠の儀も通過したのじゃ、見てのとおりベビーホワイトエレファントだけではなく、しかもリンデンバウムの忠誠もじゃよ」
とベルナジッド供奉卿が、やれやれという表情と声をだす。
「リンデンバウム?!」
とリンデンバウム伯爵自身があきれたような声を出す。
「そうなのだ、リンデンバウム伯爵家に双子生まれるとき、次の王はホワイトエレファントアールのリンデンバウムに忠誠を誓われんという伝承が200年ぶりに現実になった」
とイークオ12世がいたずらっぽい目線をリンデンバウム伯爵に投げかける。
その場は!?という感情と沈黙に支配される。貴族達がお互いに顔をみあわし、まさかという表情をお互いに確認しあう状況となる。
そこへグラーオ男爵の大声に勝るとも劣らぬ声がキングスゲートのほうから響いてくる。
「チビ介だけでは信じられぬようだの、わしも王太子殿下に忠誠を捧げる」
ややあって背の高いキングスゲートいっぱいになって姿をあらわしたのは1頭のホワイトエレファントナイトであった。しかも名だたる千騎長のホルスト・ヴェッセルである。これには貴族諸侯達もどよめく。
「あの額と右耳の三日月の傷はまさしくホルスト・ヴェッセルぞ」
「では王太子殿下はマクマオン…」
「いやイルヒアイスであろう…」
と居合わせる貴族諸侯と騎士達の囁き交わしが激しくなる。
そしてホルスト・ヴェッセルが立ち去りぎわに
「わしは戻るが、チビ介は忠誠だけで足りないらしいのでな、騎士見習の修行に出すのでよしなに」
と咆哮して戻ると同時にキングスゲートの黒曜石の扉がとざされる。
想像を絶するというか前例もないベビーホワイトエレファントの騎士見習の修行というホルスト・ヴェッセルの一言に一同茫然自失の時のあと、元祖大声のグラーオ男爵がにあわないつぶやくような声で
「大変なことになりましたな、まあ一件落着だが…」
と一声発すると。
レイヤード総大祭主が
「今宵はもう遅い、王都にお戻りになるにしても、諸卿もお疲れのこと。大聖堂に酒食の手配をいたしてあります。お休みくだされ」
と休養を提案して全員が継承の間から引き上げ始める。
 数日後、国を挙げて盛大な立太子の儀が行われ、幼い8歳の王子は自らの冒険の結末として王位継承権と幻獣の忠誠を勝ち得ることに成功し。本来ならば無断外出により、おしおきされるところを栄誉をもって遇されるという前代未聞の幸運を手中にしたのである。
 そして、すでにミョーギン連山にある公認の試練の洞窟のミョーギン洞を遊び場にしていたリンデンバウム伯爵の双子の孫チール・リンデンバウムとトール・リンデンバウムも王太子付き騎士見習として王宮に仕えることになった。お守役兼家庭教師として中級騎士トキ・サザージュもリンデンバウム伯爵の命令により、付き従うこととなった。
 このことに最も驚いたのは、トキ・サザージュの両親の上級騎士夫妻と双子の孫の父親であるリンデンバウム伯爵の長男のミョーギン男爵であった。

 

トキ・サザージュの探索 コノエ ©

   

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