はるちゃんとハムスター


1

 ママの家族で、まだ紹介してない人がいたわ。はるちゃん、ママの妹よ。
 私が宮崎に来たころ、はるちゃんはママの実家で、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に暮らしてた。大きなスーパーに勤めていて、たいていお昼過ぎから夜にかけてお仕事に出ていたから、私がおじいちゃんちに行っても、はるちゃんに会えるのは短い時間だった。だけど、私はるちゃんが大好きなんだ。おじいちゃんたちが寝てしまってから帰ってくることもあったんだけど、私は必ず玄関へ飛び出していってお迎えしたの。
 「し〜っ、皆寝てるからね。」
と言いながらも、はるちゃんはたっぷり私と遊んでくれた。
 私とママは、ときどきはるちゃんの働いてるお店にも行ったわ。はるちゃんの同僚たちも皆いい人だった。
 「ノエちゃん、こんにちは〜!」
って、売り場の中から出てきて、いい子いい子してくれるんだもの、それはもう嬉しいんだ。私、そこがお店だってことも、自分がハーネスしてお仕事中だってこともすっかり忘れてお姉さんたちにじゃれじゃれしたり、床にひっくり返ったりしたわ。
 はるちゃんが私たちのアパートにやってくるときが一番楽しかったな。ママとはるちゃんがぺちゃくちゃおしゃべりしてるとき、私は二人の間にごろ〜んと寝転んで、耳やお腹を撫でてもらうの。
 「ノエちゃんは仲間はずれはいやなんだねぇ。」
 二人がそんなことを言った。当然だわ、私だってお話の中に入れてもらわなくっちゃ。なんたって私はママの身体の一部なんだからね!
2

 ところで、はるちゃんはハムスターを1匹飼ってたの。「むー太」って名前のその子は、実家のはるちゃんのお部屋のテーブルの上で、小さなかごに入って暮らしてたわ。人間の手のひらに入っちゃうくらいちっこくて、昼間は眠ってばかり、夜は置きだして一晩中くるくる、くるくる滑車を回してる。そんなむー太のどこが可愛いんだか、はるちゃんは彼をものすごく大切にしていたの。
 ときには、はるちゃんがむー太をお出かけキャリーケースに入れてアパートに連れてくることもあった。そうすると、ママまでが彼を手のひらにのっけて、可愛い可愛いって言うのよ。いやになっちゃう。私はいつだって自分が一番可愛いって言ってほしいのに。
 ママがむー太を可愛い可愛いすると、私は決まって邪魔をしたの。横から身を乗り出してママの手をくんくんってね。むー太は縮み上がって震えてたわ。それはそうだわね、あのちっこい彼にしてみたら、私なんか怪獣みたいに巨大なんだから。
 「だめだよ。怖がるでしょ?」
ママとはるちゃんが言っても私はむー太を脅かすことを止めなかったので、しまいにはハウスにチェーンで繋がれたりしたわ。ほんとつまんないんだから!
 ある土曜の夜、私たちはママの実家で過ごしていたの。はるちゃんもその日はわりと早く帰っていて、ママとおばあちゃんと3人で、テーブルを囲んでテレビを見てたわ。
 そっと見回すと、部屋続きの6畳間の机の上に、むー太のかごがあった。そろそろむー太の活動開始時刻なのか、彼は向日葵の種なんか食べて一晩滑車を回すだけのエネルギーを蓄えてるところだ。
 (よし!ちょっと脅かしてやるわ。)
 私はそっと立ち上がって、かごに近づいた。かごの隙間に鼻を押し当てて、ふっふっふってやってみせた。
 その「ふっふっふっ」が聴こえたのか、ママが振り向いて
 「ノー」
と言ったけど、私は止めなかった。
 「ま、いいよ。かごに入れてあるんだから危なくはないやろ」
はるちゃんもあまり気にする様子はない。
 (ふふふ、いい気分だわ。むーちゃんなんか、いつもつまらない遊びしてるばっかり。私のほうが偉くて可愛いんだから。) 私は調子にのって、かごに覆いかぶさるようにして「ふっふっふっ」を続けた。
 (うっ痛い!!)  あわてて飛びのいた。さっきまで私に怯えて縮こまってたむー太が、大胆にも私の目の前に来て、かごの隙間から私の鼻を齧ったのよ!
 悪いことに、はるちゃんに全部目撃されちゃってた。はるちゃんが今起きた一部始終を話したので、ママもおばあちゃんも笑い転げる。恥ずかしいやら、鼻が痛いやらで、私はすごすごと部屋の隅っこに行って寝たふりをした。
 犬にも猫にも頭が上がらない私だけど、これでネズミにさえ頭が上がらなくなっちゃったわ。ああなさけない!

3


 ハムスターの命はとっても短い。長くても3年、普通は2年くらいだ。
 むー太が死んだのは1999年の夏、2歳3ヶ月だった。そのときはるちゃんはもう結婚していて、佐賀県で暮らしていたんだけど、むー太の亡骸を箱に入れて宮崎に帰ってきて、実家の庭に埋めてあげてたわ。
 「だって佐賀の家は借りてる家だもの。転勤して引っ越したら二度とむーちゃんに会えなくなるから…」
あのちっこいハムスターは、それくらいはるちゃんには大切な存在だったんだね。それには深いわけがあったみたい。
 その年(1997年)の5月、おじいちゃんが足の手術をした。足を失うということは、おじいちゃんはもちろん、ママたち家族にとっても、どれだけ辛かったか分からないね。手術室に運ばれていくおじいちゃんを見送った後、おばあちゃんはその場に立ち尽くして泣いていたんだって。
 手術の後、痛みにうめいているおじいちゃんと、付き添っているおばあちゃんを病院に残して、はるちゃんは車にママを乗せてアパートへ向かった。しばらくの間ママたち姉妹はアパートで二人で暮らすことにしていたからね。
 「なんかたまらないねぇ」
 「うん…」
 言葉少なに運転していたはるちゃんが、突然言い出した。
 「ハムスター飼おうかな。今日新聞にちらしが入ってたとよ。」
 「う〜ん。サリーもベルもおらんくなったしねぇ、なんかさびしいもんねぇ。」
 こうしてむー太がやってきた。そしてママとはるちゃんとむー太は、私が来るまでの3ヶ月間、ママのアパートで暮らしていたんだって。おばあちゃんは
 「お父さんがたいへんなときにそんなもの飼って…」
って、いやな顔をしたみたいだけど、
 「たいへんだったからこそ、むーちゃんが必要だったんだよ」
ってママは言うの。
 むー太が死んでしまってからも、はるちゃんは他に2匹のハムスターを飼った。でもむー太ほど、はるちゃんやママに懐いた子はいないわ。むー太を可愛いと思ったのか、おじいちゃんも1年後にハムスターを飼い始めた。でもその子はひどく凶暴だった。むー太は1歳のときにガンにかかったけど、すぐに見つけて動物病院で切り取ってもらって、それから1年以上も生きたのよ。懐かない子や凶暴な子は、手を触れられないので病気になっても発見が遅れて、早く死んでしまった。
 「むーちゃんは可愛かったなぁ。」
何年経ってもはるちゃんは愛しそうにむー太を思い出している。


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