フードとアレルギー
1


 こんなことを書かなきゃならないのはすごく恥ずかしいんだけど、傘食い事件から三日後、私のお尻からたくさんの木屑が無事に出てきた。ママは
 「良かったねぇ!」
って、本気で喜んだわ。
 ところが、それから数日後の帰り道で、私のお腹が突然おかしくなっちゃったの。ハーネスをつけて歩いているのに、痛くて痛くて、気が遠くなりそうだった。
 (いけないわ。しっかりしなくちゃ!)
 1歩1歩、ひたすら歩くことだけに集中してたけど、ついに限界に達して、道路脇の草むらに腰を落とすと、水みたいなツーが勢い良く流れ出た。
 「あっ、ノー…ノエちゃん?大丈夫?」
 ママが驚いて駆け寄った。私が痛みを堪えて歩いていたこと、ママはちっとも気づいてなかったんだ。
 「お腹痛かったんだね。教えてくれなくちゃ。我慢しなくていいのに。」
 私は顔を上げることができなかった。心が、ものすごく傷ついてたの。だって、ハーネスをしたままで道端にツーをおもらししちゃったんだもの。ぜったいしてはいけないことをしちゃったんだもの。恥ずかしさと情けなさとで、私はしょんぼりとうな垂れていた。
 「いいんだよ。ノエちゃんはがんばったんだから。お腹が治れば、またちゃんとできるんだから。ね、だから病院へ行こうね。」
 と、ママが慰めてくれたので、ようやく気を取り直して歩きだした。

 動物病院へ行くと、先生が
 「おやおや、お腹壊したの?このまえ傘を食べたから、お腹がびっくりしちゃったのかな?」
と言いながら、私のお腹に聴診器を当てた。そしてママに
 「今日はご飯は少しにして、お薬を飲ませてください。」
って言ったの。
 お薬はちっとも美味しくないし、おまけにご飯はほんとにちょっぴりで、その日はなんだか最悪だったよ。でも我慢したおかげで、翌日にはだいぶ元気になっていたわ。

2

 二日後にはすっかり良くなったので、ママは食事をもとの量に戻してくれた。お腹が空いていたから、私はすごい速さで、ペロリと食べちゃったの。
 ところが、美味しくいただいたというのに、食後1時間もすると、私のお腹はまたもやグルグル言い出したの!今度は私が
 「ヒィ〜ッ」
と声をあげたので、ママがすぐに気づいてトイレに連れていってくれた。
 「良く教えてくれたね。偉かったよ。」
 ママが誉めてくれたから嬉しかったけど、気分が悪くてあまり尻尾を振って答えることができなかった。なんだか、へなへな〜っと力が抜けそうだったの。
 ママは私をタクシーに乗せて、また動物病院へ行った。傘事件以来、これで3度目。もう診察は終わっている時間なのに、先生は2階の自宅から下りてきてくれた。
 ツーの検査をした。それから血の検査も。これは前足に針を刺されたからすごく痛くて怖かったわ。でもそのときの私はとても具合が悪かったから、大人しく、されるがままにしていたの。
 「検査では、特に異常はないですよ。やっぱり少し弱ってるのかも知れませんね。続けてお薬を飲ませてみてください。」
 はっきりしたことが分からないまま、私たちは病院を出た。

 それから五日経っても、1週間経っても、私の具合は良くならなかった。食事をしてもすぐに下痢をしたり戻したりしてしまうから、栄養が摂れなくて、だんだん体重が減ってきた。
 困り果てたママはアイメイト協会にも電話をしたんだ。電話に出た指導員さんは、初めのうち、私が躾けの問題でワンツーに失敗するのかと思ったみたい。
 「そうじゃなくて、体調が変なんです。」
ママが詳しい話をすると、
 「では、しばらくフードを止めて、お米のご飯をあげてください。それから加熱したたまごを。元気になってきたら少しずつフードに戻していくといいと思いますよ。」
と、丁寧に教えてくれた。
 私は今でもたまごが大好き。あのときの不調のおかげで、すっかりたまごが大好物になっちゃったんだ。だから、今でも誕生日やクリスマスみたいに特別な日のご馳走はたまごなのよ。お肉や骨よりたまごが好きだなんて、変な犬だって言われるんだけどね。
 結局たまごとご飯の生活が2週間ほど続いた。痩せて17.6キログラムまで落ちていた体重も、少しずつもとに戻ってきた。だけど、相変わらずフードを食べることはできなかったの。体調が良くなったと思って、ママが少〜しフードを入れてみると、もうたちまちお腹緩くなっちゃうんだもの。
 「え?まだ治らないの?」
 またまたやってきた私たちを見て獣医の先生が言った。ママが最近の様子を説明すると、
 「う〜ん。だとすると、ノエルちゃん、もしやフードにアレルギー起こしてるのかも知れませんねぇ。」

3

 アレルギー。それはまったくママも予想していない言葉だった。私だって信じられないわ。この私が、そんなデリケートな体質だったなんて。
 しばらく言葉も無く突っ立っていたママが、ようやく口を開いた。
 「あの、アレルギーだったら、フードを食べ始めるとすぐに出るんじゃな いですか?1年以上も食べ続けて、あるとき突然反応が現れるなんてことがあるんで すか?」
 先生の話では、ときどきそういうことがあるんだって。アレルギーが出る原因はそ れぞれの犬によって違うんだけど、牛肉とか、いろんな添加物などが多いみたい。今 まで何ともなかったのに、ちょっとしたことを切欠けにして症状が出ることもある とか。ちょっとした切欠けといえば、やっぱりあの傘を食べちゃ った事件!あれで胃腸が弱って、それまで身を潜めてたアレルギーが一気に爆発したの かも知れない。
 「それじゃ、どうすればいいんでしょう?」
 「アレルゲンになり易いものを使っていないフードを試してみたらいいですよ。牛 肉ではなく、ラムやチキン、七面鳥なんかね。合成保存料にも気をつけてね。」
 それから、さっそくママと私のフード探しの日々が始まった。
 「きっと見つけてあげるよ、ノエちゃんが食べられるフードをね!」
 あれこれサンプルをもらったり、小さいパッケージを買ってきたりして試してみた。でも、なかなか「これは!」って納得できるフードにめぐり合えなかった。
 ママはドッグフードの成分についても勉強し始めたの。合成保存料の中にはすごく害のある恐ろしいものがあること。粗悪な肉や食用に適さない原材料を使ったフードもけっこう出回っていることなどが分かってきた。
 「恐ろしいね。ノエちゃんがアレルギーにならなかったら、ママは何にも知らないでノエちゃんに悪いものをずっと食べさせ続けたかも知れないね。辛かっただろうけど、これはママに警告するための神様の導きだったんだと思うよ。」
と、ママは私の背中を撫でながら言った。

 ある日、アイメイト協会から、私のその後の様子を尋ねる電話があったので、ママはアレルギーのこと、良いフードを探していることを話した。すると2,3日後、
 「最近協会で使っているフードなんですが、良さそうなので試してみてください。」
と、これまで見たことのないパッケージのフードが送られてきた。
 それは自然食で、すごく良い原料を使っているみたいだった。真空パックの口をはさみで開けると、プシュ〜ッと音がして膨らんだ。すごくいい匂いだ。さっそく例のたまごご飯に少し混ぜて食べてみた。すごく美味しかったし、お腹も壊さなかった。
 次の日も、その次の日も、私はそのフードを食べた。お腹は元気なままだった。そして、ついに1週間後、私は完全にたまごご飯から離脱して、フードで食事ができるようになった。しかも、毛並みまでつやつやになってきたのよ!
 食事って、すごく大切なんだね。美味しく、安心して食べられるってすばらしいことだね。
 1ヶ月以上も続いた辛い時間。いつお腹が痛くなるかとビクビクしながら出かける毎日がようやく終わった。私たちは久しぶりににこにこ顔で歩き出した。



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