今年の冬は稀に見る大寒波・・・
各地で積雪による被害は相次いでいる。
当然、俺の住む地域も例外ではなく、めったに雪の降らない所であるにも関わらず記録的な大雪だ。
いつもの街並はその姿を隠し、かわりに白銀の世界が広がっている。
そんなある日、いつもの帰り道・・・


女性「あの、すみません・・・」

誠人「はい?」


自宅付近で、見知らぬ女性に声をかけられた。
もともと人通りの少ない道、誰かに声をかけられるなど、めったにないことだ。


女性「よかった、気づいてもらえたw」


女性は安堵の表情で、俺にこう質問してきた。


女性「私のこと、わかりますか?」


正直わけがわからない。
今初めて会ったのだ。何か知っているワケもない。


誠人「悪いけど・・・」


新手の詐欺か何かだと思い、そう言って立ち去ろうとしたとき・・・


女性「あなただけなんですっ!」

誠人「え?」


意外な言葉に、耳を疑う。
俺だけとは、どういうことなのか・・・


女性「今日、ここを通る人全員に、声かけてたんです・・・
   でも、誰一人として気づいてもらえなくて・・・」

誠人「誰一人・・・気づかなかった・・・?」

女性「はい。 まるで私がここに居ないかのような・・・」

誠人「でも、居るじゃん。」

女性「そうなんです。私、無視されるほど怪しいですか・・・?」

誠人「いや、もしそうだったら、俺もたぶん無視してるよ。」

女性「・・・ですよね。 なんででしょう?」

誠人「・・・わかんないけどさ。とにかく君・・・」

女性「華澄です。」

誠人「へ・・・?」

華澄「槙瀬 華澄。A型、年齢はヒミツw」

誠人「い、いきなり何を・・・」

華澄「自己紹介ですよ。何も知らせずに泊めさせてもらうわけには・・・」

誠人「・・・ちょっと待て。」

華澄「はい?」

誠人「今、なんて言った? ”泊めさせてもらう”?」

華澄「はい、そう言いましたよ?」

誠人「俺の所に?」

華澄「はい。ここでは、雪はおろか、雨風も凌げませんし・・・」

誠人「・・・家は?」

華澄「わかりません。」

誠人「いいトシして迷子? それとも、記憶喪失? どちらにせよ、交番に行けば・・・」

華澄「行ったんです。でも・・・」

誠人「無視された?」

華澄「・・・はい。」

誠人「・・・仕方ない・・・もう日も沈みかけてるし、今日だけは泊めてもいいよ。」

華澄「ありがとうございます!」

誠人「明日、交番で聞いてみる。」

華澄「はい。」


そして翌日。
目を覚ますと、華澄と名乗った女はいなくなっていた。
どこに行ったのか気になったが、とりあえず交番に行くことにした。


警官「槙瀬さんの家?」

誠人「はい。この付近にないでしょうか?」

警官「あるけど・・・なんの用で行くんだい?」

誠人「槙瀬華澄という人の友達なんですけど、遊びに行く約束をしたのはいいんですけど、
   道を聞いてなくて・・・」

警官「槙瀬・・・華澄?」

誠人「はい。」

警官「そうか・・・君は知らないのか。とりあえず、遊びに行くのはやめたほうがいい。」

誠人「どうしてです?」

警官「その人・・・交通事故にあってね・・・」

誠人「そうでしたか・・・ありがとうございました。」


それ以上詳しくは聞かず、俺は交番を出た。
事故被害者と同じ名前の人物・・・
不思議に思ったが、とりあえず事故のことは華澄には伏せておくことにした。

家に帰ると、玄関前で華澄が座っていた。


華澄「あ〜! ドコ行ってたんですか〜? 私をほっぽって〜・・・」

誠人「・・・交番だよ。」

華澄「あ、そっか。 聞いてきてくれたんですね? それで・・・」

誠人「・・・わからなかった。」

華澄「え?」

誠人「教えてもらえなかったんだよ。最近は何かと物騒だし、個人宅は目的がハッキリしてないとダメってさ。」


もちろん、ウソだ。


華澄「そうだったんですか・・・でも、どうしましょう・・・私は一泊だけという約束ですし・・・」

誠人「あぁ、そうだな。」

華澄「他に行く当ても・・・」


華澄は、じ〜〜〜っと俺を見つめている。


誠人「・・・わかったよ。俺しか頼れないんだろ? 仕方ないな・・・」

華澄「ありがとうございますっ! 優しいんですね。」

誠人「ほっとけないだけだ。表は何かと物騒だしな・・・事件に巻き込まれたらかなわん。」

華澄「それじゃ、お名前聞いていいですか?」

誠人「は?」

華澄「これからしばらく一緒に生活するわけですし、ね?」

誠人「・・・誠人」

華澄「苗字は?」

誠人「別にいいだろ、苗字なんて・・・名前で呼べばいい。俺もそうする。」

華澄「わかりました、誠人さん。」

誠人「あと、その丁寧語なんとかならない? 堅苦しくてかなわん・・・」

華澄「ん〜・・・わかった。じゃぁ、丁寧な言葉やめにしま・・・やめにするね。
   泊めてもらうから、交換条件w」

誠人「ヤケに不釣合いだけど。」

華澄「それは言わないお約束w」

誠人「約束した覚えはないけどな。 とにかく、明日から情報収集だ。」

華澄「そ〜だね。早くわかるといいいな〜・・・」

誠人「キミが思い出すのが一番手っ取り早いんだけどね。」

華澄「それができたら、苦労しないよ・・・」


翌日、二人で街を歩く。
とはいえ、通行人に突然話しかけても驚かれるだけなので、特に何もできずにいた。


誠人「何か思い出した?」

華澄「何かって言っても、自分の家がわかんないだけだし・・・」

誠人「そうか・・・」


結局、何の成果もなく帰宅した。


誠人「ところで、キミは料理はできる?」

華澄「私? できない〜」

誠人「・・・それも俺の役目か・・・」

華澄「出前や外食でもいいよ〜?」

誠人「食費が持たん!」

華澄「そっか・・・」


一緒に暮らすのはいいものの、華澄は料理も洗濯もマトモにできず、俺の負担が増えるだけの結果となった。
しかし、もともと一人暮らしだったこともあって、常に自分以外の誰かがいる生活というのは新鮮で楽しく、
いっそこのままでもいいのではないかと思い始めていた。
華澄の家がわからないまま数ヶ月が経ち、情報収集のために街を歩き回ることも、少なくなっていった。
そんなある日、久しぶりに華澄と二人で街を歩く。

誠人(よく考えたら、これって、デートだよな・・・?)

ふと、そんな考えが俺の頭をよぎった時だった


華澄「足りない・・・」

誠人「え?」

華澄「足りないの! 決定的に・・・」


華澄は、いつになく真剣な表情で訴える。


誠人「足りないって・・・な、何が?」

華澄「甘味よ! 今の私には、甘味が足りなさ過ぎるわ! ハッキリ感じている!」

誠人「か・・・甘味・・・?」

華澄「そうよっ!」


華澄は力説するが、俺はどうにも拍子ぬけてしまう。


誠人「そんなことか・・・」

華澄「そんなことって何よ。 とっても重要なことなんだから!」

誠人「単に甘いもの好きなだけだろ・・・」

華澄「わかってないわねぇ・・・」

誠人「なっ・・・」

華澄「糖分はね、生き物が活動する上で、とっても重要なのよ?
   取り過ぎもよくないけど、足りなくなったらどうなるか・・・」

誠人「いや、まぁ・・・それはわかるが・・・」

華澄「ということで、スウィ〜ツ食べよっ☆」

誠人「・・・わかったよ。」


近くにあった喫茶店へ入り込む。
今までの経験上、華澄の言葉は店員には聞こえないので、代わりに俺が注文したのだが・・・


華澄「うわぁ〜〜♪」


華澄が、目の前に運ばれてきたものを見て歓喜の声を上げる。


華澄「見て見て! さすがキングというだけのことはあるわね〜w」


大はしゃぎの華澄をよそに、俺はげんなりしていた。
”キング・クラウン・パルフェ”と銘打たれた、バカでかいパフェ。


華澄「誠人さんは食べないの?」

誠人「いや、俺はいいよ・・・」


見ているだけで胸ヤケがしそうだ。


華澄「ん〜、あまぁ〜い! つめたぁ〜〜い!!」


しかし、華澄がおいしそうに食べているのを見ていると、不思議とこっちも幸せな気分になってくる。
結局、華澄はゆうに4人前はあるだろうと思われるバケモノパフェをペロリとたいらげ、
さも満足そうな表情である。
・・・ちなみに、俺のオゴリだったのは言うまでもない。


華澄「誠人さん、ごちそうさま〜w」

誠人「あ、あぁ・・・このくらいなら・・・」


そうは言ったものの、実際はけっこうな出費だ。


華澄「また今度食べたいな〜・・・できれば、”定期的”にw」

誠人「いや、それは勘弁してくれ・・・ん?」

華澄「どうしたの?」

誠人「いや、あれ・・・ちょっと気になってさ。」

華澄「あれ・・・?」


帰り道の途中、人通りの少ない路地。
俺の視線の先には、電柱に手向けられた花の前にかがみ、手を合わせている一人の女性がいた。


華澄「あの場所・・・私がいたところだ・・・」

誠人「俺が華澄と初めて会ったのもココだったな。」

華澄「うん。なんでかわかんないけど、気づいたらあそこにいたの。」

誠人「ふぅん・・・なんでだろうな。」

華澄「わかんない・・・けど、あの人を見る限りでは、事故でもあったのかな?」

誠人「あぁ、たしかちょっと前に・・・」


直後、俺の頭にあの警官の話が浮かんだ。
もしかしてここで事故に遭ったのは、華澄がなのではないか・・・
そして、今俺の隣にる華澄は、幽霊の類なのではないか・・・
事実、ここで事故があった翌日に、俺は華澄と出会っている。

そうならば、華澄が気づいたらここにいたというのも、誰にも気づいてもらえないというのも納得がいく。
しかし、なぜ俺だけ普通に話すことができるのか・・・
そこに明確な答えが出せなかったので、俺はその仮定を振り払った。


誠人「まぁ、あんまり気にしても仕方ないし、行こう。」

華澄「うん。」


そう言って、女性の後ろを通り過ぎようとしたとき・・・


女性「・・・なんでこんなことに・・・華澄ちゃん・・・」

華澄「え・・・?」


意外すぎる状況で呼ばれた自分の名前に、華澄は驚きを隠せない。


華澄「今・・・あの人、華澄って言った・・・私の名前、呼んだ・・・」


手を合わせていた女性は、立ち上がってその場を離れようとする。


華澄「ちょ、ちょっと待って! あなた、今・・・!」


しかし、女性は振り向く素振りも見せない。


華澄「待ってってば!!」


女性の服を掴もうと伸ばされた華澄の腕は、そのまま女性の体をすり抜けた。


華澄「な・・・?」


あまりのことに、硬直する華澄。
女性は、何事もなかったようにその場を去っていった。


華澄「どういうこと・・・?今、私、あの人をすり抜けて・・・」

誠人「華澄・・・?」

華澄「ねぇ、私はいったい何なの? どうして私の腕は、あの女の人の体をすり抜けたの?
   どうして誠人さん以外の人は私に気づかないの? ねぇ・・・もしかして私・・・」

誠人「それは・・・」


俺は、さっきの仮説を思い出した。


誠人「あくまでも、俺の予測なんだけど・・・」

華澄「聞きたくない!」


言いかけたところで、華澄に遮られてしまう。


華澄「私が幽霊だって言うんでしょ? もう死んでるって言いたいんでしょ!!
   どうなのよっ!!」

誠人「落ち着け! 華澄っ!」

華澄「落ち着いてなんかいられないわよ!! なんでよ・・・ どうなってるのよ・・・」


華澄は、その場にうずくまってしまう。


誠人「あのさ、華澄・・・」


かける言葉が見つからず、そこで口ごもってしまう。
すると、華澄が急に立ち上がった。


華澄「でも・・・」

誠人「え?」

華澄「でも、やっぱりそうなんだよね。 私、もう死んじゃってるんだ・・・」

誠人「まだそうと決まったわけじゃ・・・!」

華澄「ううん、もうわかったの。
   私ね、あの女の人のこと知ってるんだ。でも、思い出せないの。
   私、どんどんわからなくなってくもん。
   友達のことも、家族のことも、自分のことも・・・
   まるで、街が白い雪に覆われてしまうみたいに、
   私の記憶も覆い隠されていってしまう・・・」

誠人「華澄・・・」

華澄「でもね、ひとつだけわかったこと・・・思い出したこと、かな? あるの。」

誠人「なに?」

華澄「私、誠人さんのことが好きだった。小さい頃、遠くから誠人さんのことばっかり見てた。」

誠人「俺のことを?」

華澄「うん。誠人さんの近くに居られるなら、他にはなにもいらないって思ってたの。」

誠人「そうだったのか・・・」

華澄「そのせいかな・・・誠人さんだけが私を認識できるのは。
   でも、本当にぜんぶ失くしちゃったけどね・・・」

誠人「そんな事・・・!」


そんなことない・・・言いかけて俺は口をつぐんだ。
華澄は、その記憶さえも失いかけているのだ。


華澄「そして、こうして誠人さんの近くにいることができて・・・
   誠人さんを好きだったことも思い出すことができた・・・
   ・・・あのね、誠人さん。」

誠人「ん?」

華澄「今も・・・好きだよ。 その、誠人さんのこと・・・」

誠人「華澄?」

華澄「でも、この気持ちも忘れていっちゃうのかな・・・?
   誠人さんを好きだっていう、今の気持ちも・・・」

誠人「それは・・・」

華澄「忘れたくないなぁ・・・だって今、すっごく幸せだもん。
   誠人さんが私のこと好きじゃなくても、大好きな人と一緒にいられる・・・」

誠人「あのさ、華澄・・・」

華澄「なに?」

誠人「・・・決め付けるなよ。」

華澄「え?」

誠人「人の気持ちを勝手に決め付けるなって言ってるんだ。」

華澄「どういうこと?」

誠人「・・・俺も華澄が好きってことだ。」

華澄「誠人・・・さん?」

誠人「昔のことは知らない。正直、華澄のことも記憶にない。
   だけど、俺は今の華澄が好きなんだ。
   他の人はどうであれ、俺は華澄と話せるし、触ることもできる。
   俺にとっての華澄は、人間となんら変わりないんだ。」

華澄「・・・うれしい・・・」


照れ笑いの表情を浮かべる華澄。
だが、その姿が徐々に透明度を増していく。


華澄「あはは・・・なんだろ、これ・・・ 私、幸せすぎて死んじゃうかもw
   あ、もう死んでるか・・・」

誠人「華澄・・・? お前、体が透けて・・・」

華澄「うん、もうお別れみたい。」

誠人「そんな・・・!」

華澄「ありがとう、誠人さん。今まで、本当に楽しかった。幸せだったよ。」

誠人「終わったみたいに言うな!」

華澄「・・・もう、あんまり時間がないみたい。
   ・・・最後に、一言・・・」

誠人「・・・ああ。」

華澄「生まれ変わっても・・・愛してます。」


言い終わると同時に、華澄の姿が見えなくなる。


誠人「華澄・・・」


俺は、力なくその場にヒザをついた。
華澄は消えた・・・もう会うことはできない。
えも言われぬ寂しさがこみ上げてきた。

それから数日後、家のチャイムが鳴らされてドアを開けると、そこに立っていたのは・・・


誠人「華・・・澄?」

華澄「・・・私のことをご存知なんですか?」

誠人「え? そりゃ・・・まぁ・・・
   ところで・・・どうしたんだ?一体・・・」

華澄「・・・ここに来なければいけない・・・その衝動に駆られて来たのですが・・・」

誠人「ちょっとまって・・・」


あきらかに様子がおかしい。
そもそも、華澄はあのときに消えたはずである。
とすると、今目の前にいるのは・・・?


誠人「・・・ちょっと変な質問していいかな?」

華澄「はい、どうぞ。」

誠人「ここに来る前は、何してた?」

華澄「病院で検査を受けていました。」

誠人「病院・・・?」

華澄「はい。」

誠人「なんでそんなところに?」

華澄「・・・意識不明の重体だったそうです。交通事故に遭ってしまって・・・
   その退院手続きの一環です。
   それで、意識不明の間に、夢の中で・・・ここが。」

誠人「そうなのか・・・」


このとき、俺はある結論にたどり着いた。
あの華澄は、死んだのではなく意識不明の重体だった。
その間に幽霊として俺と過ごした。
そして、それはこの”生身”の華澄に”夢”として認識されている・・・
とすると・・・


誠人「・・・じゃぁ、もう一つ。 この質問は、わけがわからないかも知れない。
   答えれるなら、答えてほしい。」

華澄「わかりました。」

誠人「・・・君が意識を取り戻す直前・・・その夢のいちばん最後に、君が言った言葉は覚えてる?」

華澄「それは・・・」

誠人「それは・・・?」


しばしの沈黙。
そして、華澄が口を開く。


華澄「生まれ変わってないけど・・・愛してます、誠人さん!」


その顔は、今までの無表情から一変、満面の笑みだった。


誠人「か・・・華澄?」

華澄「演技だよっ! びっくりした〜? くすくすw」

誠人「え・・・? え?」

華澄「憶えてるの。事故に遭ってから、みんなに気づいてもらえなかったことも・・・
   誠人さんとココで過ごしたことも、ぜんぶっ!」

誠人「華澄っ!」


俺は華澄に抱きついた。


華澄「ちょっ、誠人さん! そんな、いきなり・・・ こんなトコじゃ恥ずかしいよ・・・」

誠人「驚かせやがって・・・!」

華澄「ちょ、ストーップ!! 恥ずかしいって言ってるでしょっ!」

誠人「あ、あぁ、ゴメン・・・あんまり嬉しくて、つい・・・」

華澄「そりゃ、気持ちはわかるけど・・・」

誠人「でも、これでずっと一緒に居られるな。」

華澄「それはムリだよ?」

誠人「え? だって華澄はもう・・・」

華澄「私にだって家族がいるし、自分の家もあるもん。
   ずっと一緒ってわけにはいかないよ。」

誠人「あ、それもそうか・・・で、思い出したのか?家。」

華澄「うん、おかげさまでw でも、その点で言えば、幽霊のほうがよかったかな〜・・・
   ずっと誠人さんと居られるわけだし。」

誠人「でもさ、またいつでも会えるじゃんか。」

華澄「そうだね、私がココに来れるときは・・・ね。」


それは、よく晴れた日のこと。
華澄の記憶を覆っていた”雪”が溶けたように、
白銀の街並みも、徐々に本来の姿を取り戻していった・・・

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