ある日のこと・・・
手早く買い物を済ませ、意気揚々と帰ろうとする俺の前に、見知らぬ一人の女が立ちはだかる。

「ターゲットはっけ〜ん!」

見た感じでは20歳前後。
俺は何かのターゲットにされたらしい。
なんのことかはわからないが、面倒臭そうなので横を通り抜けようとする。

「あ、ちょっと! 無視!?」

女は俺についてきた。

「・・・なぁ。」

「あ、やっと喋ったw けっこうシブい声してるのねぇ・・・」

「どこまで付いて来るんだ?」

「どこだっていいじゃない。私の勝手でしょ。」

それ以上何も聞く気になれず、そのまま俺の家(といってもアパートの一室だが)の前まで来てしまった。

「オジサン、ココに住んでるの?」

「そういうこと。じゃぁな。」

軽く手を振って中に入る。
靴を脱いで上がろうとしたとき、ドアの開く音がした。

「・・・何やってんだお前・・・」

「え? 何って・・・?」

「不法侵入だぞ?」

「だって、カギ開いてたし。」

それはそうだ。さっき開けた直後なのだから。
女は、悪びれることも、ためらうこともなく部屋に入ってくる。

「・・・何がしたいんだお前は・・・」

「うわ〜・・・見た目の割にけっこう広いのね〜・・・」

「人の話を聞けっ!」

「うっさいな〜もう・・・」

「カギが開いてるからって、許可なく人の家に入るってのは・・・」

「でも、文句言う割には私をつまみ出さないのね。」

「そ、それはお前が女で、乱暴なマネは・・・」

「へぇ〜・・・優しいんだw」

「と、とにかく! すぐにココから出・・・」

「ねぇ、オジサンさ・・・一人暮らし?」

相変わらず、こっちの話を聞く気はないようであるが、とりあえず質問に答える。

「・・・だったら何だよ。」

「勿体無くない? 部屋、こんな広いのに一人なんて。」

「別にいいだろ・・・」

「それに、寂しくない? こんな広いトコに一人なんて。」

「それは・・・」

反論できなかった。

「やっぱ寂しいんだ? じゃぁさ・・・」

部屋を見回していた女はイキナリこちらに向き直った。

「私、ここの居候するねw」

「・・・は?」

今、この女は何て言った?
居候? 男一人暮らしのアパートに?

「ダメだ。」

「え〜、なんで〜?」

「お前、状況わかって言ってるのか? 俺はこの部屋に一人で・・・」

「さっき聞いたから、わかってるよ。」

「警戒心ってモンがないのか? 見知らぬ男の部屋に転がり込むなんて。」

「私が警戒しなきゃいけないようなコト、しようとしてたの?」

「いや、そうじゃなくてだな・・・」

「じゃぁ、いいじゃない。」

何を言ってもココから出ていく気はないようだ。

「・・・わかった。」

「え? ホント?? やったぁ〜!」

「ただし・・・」

「な、なに・・・?」

「俺のことをオジサンって呼ぶのはやめろ。まだそんなトシじゃない。」

「そっか・・・わかった。居候させてもらうんだもん。そのくらいの条件は飲むわ。」

「俺の名前は・・・」

言いかけかところで、また女が被せてくる。

「じゃぁ、おにーさんて呼ぶね。」

「・・・なんでそうなる・・・」

「ダメだった?」

「いや、まぁ・・・別にいいケド・・・」

「そんなコト言って、ホントは嬉しいんでしょ〜?そういうカオしてるよ?」

「そ、そんなことはっ!」

「あははw 図星〜☆」

「そ、それよりお前の・・・」

「"お前"じゃないよ。」

「だから、名前を・・・」

「そうねぇ・・・じゃぁ、"イブキ"って呼んで。」

「イブキ・・・?」

「そう。宿木・・・寄生樹の一種で、別名"ビャクシン"。
 おにーさんにすがって生きる私を寄生樹に例えて・・・」

「いや、そうじゃなくて・・・本名じゃないのか?」

「・・・わからないんだ。」

「え?」

「・・・わからないの。名前も・歳も・血液型も・親も・・・」

「・・・ワケアリ・・・か。」

今までどうやって生きてきたかは、あえて聞かないことにした。

「・・・ごめんなさい・・・」

今までの勢いは完全に消え、悲しそうにうつむくイブキ

「・・・まぁいいさ。実際、一人でもてあましてたんだ。これからヨロシクな、イブキ。」

「・・・うんっ! こちらこそヨロシクね。おにーさんっ!」

突然、素性のわからない女と同居することになった俺。
しかし、不思議と不安はなかった。
しばらく一緒にいても、迷惑がかからなかったどころか、イブキは家事全般を一通りこなしてくれていた。
特に料理をやってもらえるのは、不精者でインスタントやコンビニ弁当ばかりだった俺にとって、
うれしい限りだった。

「おにーさん、今日のご飯、何がいい?」

「ん〜、何でもいいよ。」

「何でもいいって・・・」

「いつも料理してもらって、すごく助かってるし。」

「じゃぁさ・・・今日は外食しない?」

「ま、たまにはいいか。」

「やった〜w」

イブキと一緒に近くのファミレスへ出向く。

「ねぇねぇ、おにーさん?」

「ん?」

「今の私達って・・・どんな風に見えるのかな?」

ありきたりな質問だった。

「そりゃぁ、こ・・・いや、仲のいい兄弟とか、そんな感じじゃないか?」

言いかけた言葉を飲み込み、そう答えた。

「そっか・・・そだよね。」

イブキは、なぜか少し寂しそうな顔だ。

「イブキはどう思ってたんだ?」

「あの・・・ね?」

「ん?」

「その・・・恋人〜に、見られてるかも・・・って思ったの。」

それはまさに、俺が言おうとして止めた言葉だった。

「あ、ごめんねっ その、迷惑・・・だよね・・・」

「・・・いーんじゃねぇ?」

「え?」

「そーいう風に見られてもさ。別に俺、付き合ってる女がいるわけじゃないし。」

何も考えず、ただそう言った。

「そ・・・そうなんだ・・・」

そうこうしているうちにファミレスに到着した。
食事をしながら他愛もない話に花が咲く。
会計はとうぜん、全額俺持ちだったが。

その帰り道・・・

「おにーさん、今日はご馳走様w」

「まーいいさ。俺がイブキにしてやれるのは、こんくらいだ。」

「住むトコも提供してもらってるよ?」

「・・・そーいえばそうだったな。」

もし俺に彼女がいたら、こんな感じなんだろうか・・・
ふとそう考えたとき、イブキのことを"居候"ではなく"異性"として認識し始めている自分に気づいた。

「ねぇ、おにーさん?」

「ん〜?」

「手・・・つないでもいいかな?」

「あ・・あぁ・・・」

イブキが俺の手を握る。
さっき妙に意識してしまったせいか、ヤケに気恥ずかしい。
結局、それから二人は話すことも無く、ただ手をつないでアパートに戻った。

翌日・・・アパートの管理人に呼び出された。
何事かと思った。
イブキにそのことを伝えると、不安げな表情で俺を見送った。
その話の内容はというと・・・

「あなた・・・最近、部屋に女の人連れ込んでるみたいだけど・・・」

「は、はい・・・」

「ひょっとして・・・コレ?」

管理人のおばちゃんは小指を立てて見せた。
意外と茶目っ気があるようだ。

「ま、まぁ・・・そんなトコです。」

場を収めるため、適当にはぐらかす。

「まぁ、アタシに一言もなかったのはちょっと癪に障るけど・・・
 何人も連れ込んでるみたいじゃなさそうだし。
 家賃さえちゃんと払ってくれれば、大目にみたげるわ。」

「すみません・・・」

「話はそんだけ。大事にしなさいよ〜?カ・ノ・ジョw」

「は、はぁ・・・ありがとうございます。」

最悪、退去を覚悟していた俺は、少し拍子抜けてしまった。
おおらかな管理人でよかった・・・と喜ぶべきか。

「ただいま〜」

「おにーさん! ど、どうだった? なんて言われたの!?」

「大したことじゃなかったよ。ただ・・・やっぱイブキのことだった。」

「そ・・・だよね。やっぱり、迷惑かな・・・」

「いや、大丈夫だ。家賃さえちゃんと払えば、大目に見てくれるそうだ。」

「ホントに・・・?」

「あぁ。 でも・・・」

「でも?」

「話の流れで、イブキが俺の彼女だってコトにしちまった。悪い・・・」

「そ・・・なんだ。」

うつむき気味に顔を背けてしまうイブキ。
やはりマズかったか・・・

「いや、ホラ・・・ホントのコト説明すると、そっちの方が怪しまれると思って、とっさに・・・」

「・・・おにーさん・・・」

イブキは俯いたまま、こちらを向かずに口を開く。
いつになく沈んだ声に、俺はゾクっとする。

「・・・な、なんだ?」

「・・・今まで言おうとして、言えなかった事が・・・あるの。
 でも、言わなきゃダメみたいだから・・・言うね。」

「あ・・・あぁ。」

「でも・・・やっぱちょっと怖いな・・・」

「・・・俺のことなら大丈夫だ。」

俺はイブキとの別れを覚悟していた。
親や引き取り先が見つかったなら、そっちに行くに越したことはない。
もうこの馴れ合いがなくなると思うと、寂しいが・・・

「じゃぁ・・・言うよ?」

「・・・ああ。」

「さっきの話・・・ホントのことにしない・・・?」

「・・・は?」

ワケがわからなかったが、とりあえずイブキと離れる話ではないようだ。

「さっきの・・・話?」

「・・・管理人さんとの・・・」

「管理人との・・・?」

話の内容を思い出す。
思い当たる部分は一つしかない。
"俺の彼女だってコトにしちまった"・・・

「ホントのことって・・・おまっ」

「ダメッ!! 今のナシナシ!! やっぱ怖いっ!」

イブキは頭を抱え込んで、その場にうずくまってしまった。

「イブキ、顔上げろ。」

「・・・イヤ」

「その答え・・・今出してやる。」

「・・・聞きたくない。」

「そうか。じゃぁ実力行使だ。」

イブキの手を掴んで力づくで立ち上がらせ、ムリヤリに顔をこっちに向けさせる。

「い・・痛い! いきなり何するのっ! おにーさ・・・・んんっ!!?」

俺はイブキの口を覆った。・・・俺の口で。
二人とも、しばらくそのまま立ち尽くす。

とても長い時間に感じた。
口を離したのは、俺の方。
イブキの顔を見ると、驚いた表情のまま固まっていた。

「・・・これが答だ。」

「耳は塞いでなかったんだし・・・言っても聞こえたよ・・・?」

「お前が答えは聞きたくないって言うから・・・」

「・・・こっちの方がハズかくない・・・?」

「う、うっせぇ! とにかくっ! 俺は答えたからな。」

「うん・・・ありがとう。 ・・・嬉しいw」

「なぁ・・・記憶、なんてさ・・・」

「え?」

「なくても・・・いいじゃないか。」

「でも・・・」

「これからいっぱい、二人で作っていけばいい。不安なときは俺が傍にいてやる。
 ここからが、お前の人生・・・それじゃ、ダメか?」

「・・・それじゃダメだよ。」

「・・・やっぱそうか・・・」

「もう、おにーさんに思い出たくさんもらったから。今からが人生なんてダメ。
 あの日、あの場所で・・・おにーさんに会った時が、私の人生の始まりっw」

「・・・ま、それでいいか。」

「最初はね・・・誰でもよかったの。おにーさんに声掛けたのも、ただの偶然。
 でもね、今思えば・・・おにーさんじゃなきゃダメだった。
 素性の知れない私を受け入れて、優しくしてくれた・・・
 声を掛けたのがおにーさんで、ホントに良かったと思ってるの。」

「ちょ、やめろって・・・照れくさいから・・・」

「ねぇ、おにーさん・・・」

「ん?」

「こんな言葉、知ってる?」

「どんなだ?」

「ちょっと長いけど、いい?」

「構わないけど?」

「全部は長すぎるから、ちょっと編集するね。」

「あぁ。」

「宿木は、誰かを糧にしないと生きられない。
 だけど、その誰かが朽ちるときには、共に殉じるような真っ直ぐな愛を持ってる。
 その実は、宿主に捧げる精一杯の贈り物。
 君が元気なときは静かに見守る。
 だけど、君が苦しみに耐えるときは、私が光を受けて小さな実をつけよう。
 何もまとわない君に、宝石のような輝きを与えよう・・・」

俺は、だまってその言葉に聞き入った。

「私がおにーさんに会った時、自分を寄生樹・・・宿木の一種に例えたこと、覚えてる?」

「あぁ。だからイブキなんだ・・・って。」

「だから私は、この言葉みたいに・・・ううん、この言葉とは違って・・・かな。」

「言葉と違って・・・?」

「"小さな実"じゃなくって・・・"精一杯の愛"を・・・
 宿主の、おにーさんに・・・捧げたい。
 大事に・・・してくれますか?」

「・・・もちろんだ。」

俺の中で、素性の知れない女との生活は終わった。
そのかわりに・・・自分を宿木に例える"恋人"との生活が今、始まったのだ。

「ねぇねぇ、おにーさん?」

「ん?」

「呼び方、変えたほうがいい? といっても、おにーさんの名前知らないけど・・・」

「・・・そのままでいいよ。」

「ぁ〜、やっぱこの呼ばれ方、嬉しいんだ?」

「し、知るか!」

「顔、赤いよぉ〜?」

「うっせぇ!」

しかし、運命とは非情なものだ。
イブキと暮らし始めて数年が経ったある日、不幸は突然やってきた・・・

・・・交通事故、頭部および腰を強打。加えて、おびただしい出血。
一命はとりとめたものの、脊椎損傷によって全身麻痺。
かろうじて首から上だけが動かせる状態になってしまった。
リハビリを続けるが、回復は絶望的・・・

「・・・おにーさん?」

「ん?」

「動けなく・・・なっちゃったね。」

「・・・俺はまだ治る可能性を信じる。」

「・・・うん。私も信じてるよ。」

「あぁ。」

「あれから・・・思い出、いっぱい作ったね。」

「そうだな。」

「楽しかったね・・・」

「・・・終わったみたいに言うなよ。」

「そうだね、ゴメンw」

「イブキ・・・」

「なに?」

「いや、なんでもない。ちょっと、例の宿木の話を思い出してただけだ。」

「そう・・・」

少し間をおいて、イブキが再び口を開く。

「"君が苦しみに耐えるときは・・・私が光を受けて・・・"」

宿木の・・・話・・・

『"・・・宝石のような輝きを与えよう"』

最後の部分を、共に口にする。

「私が話したこと・・・覚えてたんだ。」

「忘れるわけ無いだろ?」

「嬉しw」

「・・・すまない・・・」

「なんで謝るの? 大丈夫だよっ!」

イブキはにっこり笑って言った。

「今まで私、おにーさんから、い〜〜っぱい愛を貰ったよ?
 素性のわからない私をたっくさん愛してくれたよ? だから、今度は私の番!
 動けないおにーさんの代わりに、私が動いて・・・おにーさんには、私からも"精一杯の愛情"をあげる。
 動けるようになるまで・・・ずっと。」

「今度は俺が"宿木"か・・・」

「そうだね。そのぶん、動けるようになったら・・・」

「なったら?」

「今まで以上に、楽しい思い出い〜〜っっっぱい! 作ってもらうんだからw」

「はははw こりゃぁ、寝てる間もうかうかしてられないなw」


・・・さらに数年の歳月が流れ、奇跡的に回復。
子が生まれても、いつまでも仲睦まじく、幸せな家庭を築いていた。
ところが、二人の子も大きくなった頃、男が病に倒れて他界。
時を同じくして、女も息を引きとった。
不思議なことに、女の死因はどこをどう調べても判明せず、ただ"突然死"とされた。
自らを宿木に例えた女は、その最期も宿木のようであった。

子は、二人の墓標代わりに木を2本植えた。それが2本とも宿木であるとは知らずに。
木は大きくなるにつれ、互いに寄り添うような形で幹をくねらせ、巻きつき合っていたという。
片方無しでは生きられないその2本の宿木は、まるで生前の二人を見ているようだった・・・

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